子猫のような
足を踏み入れた瞬間、甘ったるい薔薇の香りが、鼻腔を突いた。
アロマなのだろうか。
強すぎるその香りは、頭をくらくらさせる。
「匂いきついねー」
店の人には聞こえないように、ナナギは小さい声でささやいた。
物珍しそうに、店内をきょろきょろと見回していたシャオロンだったが、ナナギの言葉に頷いた。
「そうですね。薔薇…でしょうか?」
そう言いながら、ディスプレイのレイピアを手に取り物色する。
銀が使ってある。
なかなか良い品のようだ。
「装備って具体的には何買えばいいのかなー」
鼻歌混じりに呟いて、ナナギはシャオロンを覗き込む。
「…防具と武具。大きく分けるとその二つですね。防具はいいとして、武具は…。ナナギ…は何を使いたいですか?」
ナナギの名を、少しくすぐったそうに呼び捨てる。
それに気付いたかどうかは定かではないが、ナナギはふわりと笑った。
そして、きっぱりと言い切る。
「分かんない」
いい笑顔ですこと。
ナナギの答えに、シャオロンはあからさまに大きなため息をついて、額を押さえた。
レイピアを置いて、ナナギに向き直る。
「見ててください」
長いまつ毛の奥に漆黒の瞳が隠れた。
口の中で呪文を転がして、空中に丸を描いた。
すると、何もないはずの空間に映像が浮かび上がった。
「ふわ…ぁ」
ナナギは思わず感嘆の声を上げる。
「まず、有名どころから」
そう言いながら、シャオロンは映像の一つを指差した。
輝く大剣が映っている。
「剣ですね。これは、体力のある男性が向いていると思います。ナナギには…」
ふい、と視線を逸らす。
暗に無理だと諭され、ナナギはショックを受けた。
「次は遠距離支援…、銃や弓。あるいはナイフですね」
「ナイフ?」
首をかしげたナナギに、シャオロンは隣の映像を指す。
鋭いナイフは、刺さったら痛そうだ。
「投げるんです。結構威力はありますよ。コントロールが良ければ、致命傷も与えられます」
コントロール。
その言葉にナナギは遠い目をする。
「あー…ナイフは無理かもー…」
「そうですか。なら、これはどうですか?」
ナナギに頓着することもなく、シャオロンは最後の映像を指差した。
そこに映るのは、大きく開いた扇だった。
「…?」
「扇ですよ。これなら、非力な方でも使いこなせますし。威力もそれなりですから」
説明しながら、シャオロンはナナギを見た。
品定めするように、じっと眺める。
「多分…向いていると思います。貴女はどうやら風の魔力が強いようなので」
「魔力? え? 私人間だよ」
目を丸くするナナギに、シャオロンは呆れの視線を送る。
「人間でも、微弱ですが魔力を纏っているものなのです。火、水、雷、土、氷、闇、光、緑、そして貴女の風。人それぞれ違う魔力を備えているのですよ」
無知に肩を竦めて、シャオロンは淡々と言った。
「そ、そうなんだ」
罰が悪そうに苦笑するナナギにシャオロンは一瞥だけくれて、店の奥を見た。
「店主に、貴女に合ってるものを見繕ってもらいたいですね」
「そだねー」
「…まぁ、とりあえず希望は聞いておきますよ。どれが好みです?」
シャオロンの言葉に、ナナギは早速扇の並べられた棚に近づいた。
「色々あるねー」
紅に碧に純白に。
装飾の施された華美なものもあり、ナナギは目をしばたたかせる。
と、ナナギはある扇に目を止めた。
「これ、綺麗ー…」
「どれです?」
それは、玻璃で出来た透き通る扇だった。
玻璃なのに、何故かそれは柔らかさを帯びており、壊れそうに儚いのに破れそうにはなかった。
光の加減で、それは幾重にも色を変え、様々な光を放つ。
降り積もったばかりの新雪のような、満ちた月を映した水面のような、侵しがたい張り詰めた美しさを持っていた。
「そうですか、確かに綺麗ですね」
「うん」
こくりと、ナナギが頷くと同時に背後で物音がした。
びくっとナナギの細い肩が跳ねる。
シャオロンが少し尖った耳を立てて振り返った。
「あの…。お客様ですか…?」
鈴の音色のような、か細い声。
怯えたように立っていたのは、幼い少女だった。
銀の髪に、緑の瞳。
どことなく、子猫のような印象を受ける。
そんな少女に、ナナギはほぅと息をついた。
「なんだ…女の子かぁ」
「えと、その扇…」
「買います。お代は?」
何故かシャオロンは即答した。
「え? シャオロン、これに決めちゃうの? いいの?」
「構いません。見たところ品も良さそうですし、相性もいいようです」
「ありがとうございます。ではこちらに…」
少女が店の奥を指した。
二人は、少女の後を追った。
こんにちは~。
椎名です。
セルフィオネ編、第二話です。
ナナギの武器は決まったようですが、果たして使いこなせるのかな?
では。
瑞夏