年増の見栄
「おーっほっほっほ!」
闇のなかに最初に響いたのは、女の甲高い笑い声だった。
「リィーリア様、聞くに堪えないんで、止めてください」
お次に聞こえてきたのは、何とも冷静な声。
「な…っ!」
「年増の見栄は見苦しいだけですよ」
「年増ですって!?」
「はい。三百をこえた老女が年増でなく、他に誰がいるというのです?」
その一言に、しくしくと陰気なすすり泣きが始まる。
「きっつー…」
ナナギが同情的な呟きを洩らした。
「てか、こいつら誰だよ」
ぼそりとチサヤが言うと、待ってましたとばかりに闇が失せた。
数秒ぶりの太陽に、思わず四人は目をつぶる。
次の瞬間、目の前にいたのは、一人の女と一人の少年だった。
ちなみに女の目は赤く、鼻水も垂れている。
「いい年した年増が、鼻水垂らして泣かないでください」
「な、泣いてなんかいなくってよ!」
「はぁ、ではその鼻から流れる液体は何ですか?」
「うっ。こ、これは…」
「これは?」
「これは……」
ごくり。
思わずナナギ達も、女の答えを固唾を飲んで見守ってしまう。
「これは…………………っにょ、汁よ!!!」
今、尿って言い掛けましたよね?
「汁ですか。へえ、あんたは鼻から得体の知れない汁を垂れ流すんですね。鼻水流すよりも、よっぽどみっともないと思いますが」
少年の毒舌は容赦が無い。あまりにも辛辣な言葉に、女はおろかナナギも固まった。
「あー、で、何なんだ? お前達は」
事の成り行きを眺めていたクシナが、半ばげんなりとした面持ちで聞いた。
「ほら、聞かれてますよ。リィーリア様」
「うぐっ、ぐすっ」
「…私達は魔界の者です」
フォローなし。
むしろ不機嫌そうに少年は、女を見てからため息をついた。
「魔界……って、もしかして」
「はい。魔物ですが?」
「魔物っ!?」
どう見ても人間にしか見えない。
と、ナナギは思わず少年を見る。
「今は翼をしまってますから」
ナナギの不躾な視線に気付いたのか、少年は少し眉をひそめた。
黒髪に黒い瞳。
翼が無いことを除いても、何故か雰囲気が人間に似ている。
隣で泣いている女は、やはりどこか人間離れした空気を纏っているのに。
「えっと…」
「ああ、私は魔物と人間の混血児ですよ」
「混血児……?」
ナナギは首をかしげる。
あまりナナギには馴染みの無い言葉だった。
「要は、ハーフって事ですよ」
「ふぅん」
理解出来たのか、ナナギは小さく頷いた。
横のチサヤが、こきこきっと首を鳴らす。
「で? そのハーフさんが、何の用っすかね」
なんだか態度が悪い気もするが、一応敵なのだからそれは仕方がないのだろう。
そんなチサヤの声にも、少年は全くの無表情で返す。
「魔界では、今地上を乗っ取ろうという計画が進んでいます。その証拠に、貴方たちがいるのでしょう」
淡々とした口調は、友好的とも取れるし、好戦的とも取れる。
戸惑いの表情を浮かべながら、今まで黙っていたレイが口を開いた。
「ちょっと待って。ということは、君たちは僕らを殺しに来たの?」
「……さぁ? それは、私ではなくリィーリア様が決めることですから」
そう言って薄く笑うと、少年はまだ半泣き状態の女を見た。
ぐすぐすと情けない声を上げながらも、女は豊かな胸を突き出し精一杯威厳あるポーズをしてみせる。
「シャオロン、掛かった時間は?」
女の問いに、少年は表情を変えずにメモ帳を開いた。
「雑魚、三十分。ボス、二十分。最終的には、弱点を見つけだせたものの、危機的状況にもなる。弱点発見も、まぐれの可能性あり」
「な、なんだかぼろくそ言われてない?」
「そうだな……」
ひくりと、ナナギの頬が引きつる。
しかし、少年の答えに女は満足げに頷いた。
もう涙は乾いたようだ。
「まぐれも実力のうちだわ。力があったって、運が悪いのは御免だもの」
「そうですね。もしかするとまぐれではないかも、しれませんしね」
「なんだよ」
吟味されるような口振りに、チサヤがイラッとしたようだ。
「貴方たちにとっても、悪い話ではないはずですよ」
「わたくし達と、手を組まなくって?」
こんにちは~。
椎名です。
今回は、ついに魔物と人間が出会ってしまいました。
果たして、敵か味方か!?
って、これを見てる人はもう分かってますよねー。
では。
瑞夏