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第07話 話し合い話し合い話し合い

「ケストリア留探士は、滅多に弟子を取られないハロルズ教授が是非にと望まれた留探士だとお伺いしております」


 アレックの問いに、ハロルズは鼻を鳴らした。


「それは噂の一人歩きのいい例だな。私は弟子を取らないわけではない。私の研究室の人気がないだけだ」

「先生の研究は理論ですから、若手にはまだその面白さが分からないだけですよ」

 ハロルズの卑下のような言葉を、別の教授が慰めている。


「差し支えなければ、術理論というのはどういう学問であるのか、ご教授頂くことは可能ですか」

 アーサーが尋ねると、ハロルズは心なしか嬉しそうな顔をし、よろしいと背筋を伸ばした。


「あまり時間がないようなのでかいつまんでの説明だが、かの竜の力の余波で各地に残った呪術の、解呪を専門とした巡探士について。これは」

「分かります」


 【共喰いの竜】封印後も、人々は過去に起こした戦いの傷痕に長く悩まされた。戦いや、怨念のせいで世界じゅうに残った呪術──術のなれの果てのようなもの──の解呪を随時行う必要があった。そのため王立研究院が設立された。当初はその解呪を行うための調査員、つまり巡探士のみの機関だったが、近年は内在の研究員も置かれるようになった。その内在の研究員が留探士である。


「その、巡探士が解呪したものの内容を読み取り、そこに規則性や汎用性など、後生に役立つ可能性があるものを探る、もしくは役立つものに再構築する論理式を組み立てるのが術理論である」

 アーサーは相づちを打った。


「ちなみにケストリア留探士は、希望配属先を複数選択していたが、私の弟子になるのが妥当だろうと、我々が判断し講座配属を決めた」

「ケストリア留探士は何故、皆さんが」

 大抵は配属前の実習生の希望が反映されるのに、教授たちが判断したというのは珍しい。そのアーサーの質問に、ハロルズ以外の教授が全員、なんとも微妙な顔をした。

「……何か?」

 アーサーが問うと、やっぱり全員が濁った返事をする。

「彼女は優秀です。論理的思考、それら知識を踏まえた上での柔軟な視点も、所見や結果の考察に関しては大変優秀なんですが……先ほど、ハロルズ先生が少し仰った」

「ねえ」

 顔を見合わせ、苦笑いをしている。

「レファローヤ少尉、あなたもケストリア留探士に会ったなら、多少なりとも人となりを理解しただろう。彼女に火や劇薬を使用させたいと思うかね」

「いいえ」

 ハロルズの問いに、アーサーは表情を変えずに即答した。

「そういうことだ。私の講座では実験を行うことはまずない」

 他の教授も力強くうなずくなかで、一人の教授はしかしと手を挙げアーサーの意識を促した。

「ただ、彼女は、ハロルズ先生の研究を意図的に外部に漏らすような人物ではありません。それは保証します」

「君が保証したとことでなんになるのだ。彼女は何もないところで転ぶような人物だぞ。重要な研究内容をうっかり外部に持ち出し、それをどこかに忘れてくるくらいのことはする」

「その意見は飛躍のし過ぎではありませんか。先生こそ私見を挟んでおられるように見受けられますが。先日あなたのお弟子さんは、研究の欠点を彼女に指摘され」

「それこそ関係ない。そもそも術を使えない人間が院に所属していること自体が間違っておる。留探士といっても、場合によっては呪いの残った場所で研究をせねばならんのに、無術でいざというときに身を守れるのか」

「ケストリア留探士は術理論が専門です。外部で得られ持ち帰られた術の研究者です。有事であろうが外に出るなど」

 当のハロルズは黙っているが、何故か他の教授たちが言い争いのようなものを開始してしまった。

「失礼致しました。参考に致します。ご協力ありがとうございます」

 アレックは彼らを宥めるように両手を挙げた。



 退出後にアーサーはアレックの一歩後ろをついて廊下を歩いていた。開け放たれた窓の向こうでは等間隔に植えられたポプリが葉を揺らしている。


「レファローヤ少尉。ケストリア留探士について、卿の印象はどうか」

「ハロルズ教授の仰る通り、行動にやや迂闊なところがあります。おそらくですが、一つのことの集中してしまい他がおろそかになる気質かと思います」

「研究内容を過失で漏洩してしまう可能性はあると?」

「ゼロではないと。ただ報告にもありましたが、官舎の彼女の部屋では自身の研究について記述のあるものは一切確認できなかったとあります。自身の欠点を把握し、物理的に外部に持ち出さないように気を付けていたのではないでしょうか」


「もしくは、メモを取る必要がなかったか」


 アーサーは、振り返った上司の顔を見た。


「それは、院外では全て頭の中だけで術式を練っていたと?」

「ありえなくはない。ケストリア留探士について、教授陣の印象が完全に二分していた」

「はい」

「彼女は良くも悪くも、それだけ彼らの印象に残る留探士なのだろう。突出したものは賞賛も反発も必ず受ける。特に現在の教授の地位におられる方々は全て巡探士出身だからな。最近に認められるようになった留探士の存在を下に見たい人物もいるだろう。特に彼女は無術のようだ。つまり知識だけであの地位だ。脅威を感じていてもおかしくない」


「八卿の派生で、術士でない」


「そのようだ。卿の従姉妹のように明らかに巡探士向きの術士が留探士となっていることも珍しいがな。術を使えないものも研究院になれる時代になったようだ。情勢は各方面で日々変化する。付いてこられない者もいる」


「私はそれを見極めねばなりません」


 アレックは足を止めた。初夏にさしかかろうとしている今、昼になると太陽の位置が高い。廊下の窓からは日がほとんど射さず、晴天でも少し薄暗い。廊下の窓から見える外とのコントラスト比が高く、不意に視線を動かすとアーサーの、明度の高めな光彩では明暗の差を慣らすには時間がかかる。

 アレックは黒の目を左右に動かした。外を歩いている警備員と目が合った。アレックが外に向かって敬礼するのを真似、アーサーも同じ動作を外に示す。

「レファローヤ少尉」

「は」

「真面目なのは卿の長所だが、生真面目なきらいもある。時には息抜きも必要だぞ」



 アーサーはアレックと別れ、ハロルズ教授の講座に足を運んだ。そこには一人、男性の留探士がいた。たしか、サリサより先に配属されていた留探士で、名をフリス・シシロアと言ったと、アーサーは記録を脳内で引く。シシロアということは八卿のシシ家の派生だ。

 戸をノックしたのち、フリスが招いてくれたのでアーサーは部屋に入った。身分証を提示して身分を明かすと、フリスも丁寧に自己紹介をした。


「ケストリア留探士の件ですか」

「その通りです。その件は彼女から?」

「はい。相談されました。随分大がかりなことになっているようで、心配しております」

 フリスはふうと息を吐いた。


「彼女は、少々うかつなところがありまして」


 アーサーは視線だけを動かし、黙って彼の様子を見た。

「物事を大きく言ってしまったり、大したことがないのに騒いでしまったりということをよくやります。今回も彼女の勘違いではないかと」


 フリスは、アーサーの目の前でいかにも心配そうに振る舞っている。

「ほう」

「盗難されたものがあると言っていました」

「貴殿に、彼女がそう?」

「はい」

 アーサーは、それ以上何も話しそうにないフリスに軽く一礼した。

「参考にします。ところでケストリア留探士は今どちらに」

「昼食に出たようです。そうですね、その後は一度官舎に戻ってから植物園で気分転換をすると言っていました」


 アーサーはもう一度、畏まって礼を取った。

「失礼致します」

「また何かありましたら、おいで下さい。何でもご協力致します」

「感謝します」

 アーサーは踵を返した。





◇◇◇





 昼食の時間のとき、サリサは研究室を出てミランのいる部屋へ向かった。彼女もまたお昼どきで、実験を終えたところだった。ミランはサリサの顔をみるや笑顔を浮かべたのだが、格好を一瞥し目を見張った。


「どうしたのその格好。珍しい〜」

「そのことも、外でご飯食べながら話さない?」

「あ、いいね。外でお弁当にしよ」


 二人は食堂で購入したものをお盆に乗せて外に出て、院内の広場の一画にある東屋に落ち着いた。そこで食べながらサリサはミランに今の状況を伝えた。

「じゃあ朝はアーサーの家からここに来たんだ。大丈夫だった?」

「あれから変なことはないよ」

「そっちはアーサーがいるんだし、私はあんまり心配してないのよう。サリサは、あんまり仲良くないひとと一緒にいたがらないじゃない?」

「あ」

 そういえば、アーサーと同衾し手を繋いだりしたが、嫌悪感はない。

「大丈夫みたい」

「ショック療法なのかな」

 昨日と同じ事をミランは言った。サリサは何気なく思ったことを口にしてみた。

「それが有効だったら、もしかして好きになれそうな相手に抱きつくところから始めれば、触れるようになるかな」


 結婚への突破口が開いたのだろうか。サリサは意気込んだが、ミランは引き気味で首を傾げた。


「何、突然。そんな体当たりな思考」

「……あれ、……あ、そうか」

 ミランは飲むと記憶が飛び飛びになる。それもあり飲酒の際はルシウスがお目付役でいる。昨日話した、結婚したいために対人恐怖症を克服したいといったサリサの悩みの話は、ミランの中では飛んでしまっているようだ。

「無理はしないほうがいいよ〜」

 宥められてしまった。

「そうだよね……そもそも、抱きついた時点で向こうから引かれるよね」

 だがミランは否定のように手を振った。

「それはないない。相手は喜ぶと思う。だってサリサ可愛いじゃん」


「は?」

 ミランに突然可愛いと言われ、サリサは目を剥いた。


「かわいい?」

「サリサ可愛いよ。小さくてちょっと童顔で、髪とかもフワフワで小動物系なんだよね」

「小動物系……」

「ほら、街ゆく人もみなサリサのこと見てるじゃん」

「それは違う」


「そんなことないよ〜。アーサーも昨日、馬から落ちそうだったサリサを抱えてたとき、クラっときてたもん」


「は!?」


「だからあなたは、相手に無駄に期待をさせるようなことはしてはいかんよ、サリサ」

 諫められてしまった。昨日、雷の術をぶっぱなした人物と同じとは思えない良識ぶりだ。

「多分、アーサー様もクラっとじゃなくて引いてたと思うけど」

「いやあれはクラっときてたね。アーサーは小動物大好きだもん」

「……でもだったら、飼うんじゃない? 中型犬はいたけど」

 確かにボーダー・コリーはフワフワの毛並みだったが。

「だめだよう〜。身近で飼ったら離れられなくなるじゃん。アーサーは雨に濡れている小動物を見たら連れて帰るタイプだよ」


 ミランの言は、なんとなく分かる気がしてしまった。絵面的にはグレート・デンの背にアヒルの雛が乗っている感だ。連れて帰ったはいいが刷り込みされてしまい、離れないアヒルの雛に困惑しているような。


「アーサーはフワフワした動物大好き青年だからねえ〜いや昔からか。今もボーダー・コリーがいるよね〜確か」

 ミランはふふっと懐かしそうに笑った。

「アーサーはボーダー・コリーが好きでねえ〜。ずっと飼ってるよ。でも昔はアーサーの方が面倒を見てもらってたねえ〜」

「見てもらってた?」

「アーサーはねえ、今でこそ背も伸びて胸板も厚くなって、馬の扱いも上手でいかにも騎士様ってなってるけど、昔は病弱でひょろひょろだったのよ。歳は私より二つ上なのに、背は私と同じくらいで」

 意外な過去にサリサも目を開いた。

「そうなんだ。想像つかない」

「すごく頑張ったんじゃないかな。昔はさ、いつまで生きられるかってくらいよく伏せってて」

 想像より厳しい幼少時代を過ごしていたようだ。


「だから動物が慰めになってたのかもね〜」

 ミランは肩の力を抜いて背もたれに身を預けた。


「や〜でも心配してたんだ。アーサーのところにいるならよかった。それでその服なのね。なんだか急に大人っぽい格好してびっくりしたわ〜」

 サリサは自分の格好を見下ろした。

「おかしい?」

「おかしくはないよ。でもサリサぽくはないよね。アーサーに言っとく。サリサからは言い辛いでしょ」

「や、……そこはお気遣いなく。むしろ官舎の服を」

「サリサはモノトーンって感じじゃないのよねえ〜多分だけど」


 サリサの遠慮をミランはあまり聞いていないようだ。


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