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第15話 こっそりではなかった

 アーサーは眉をひそめた。


「こどもでない?」


「私には、別に両親がいたんです。でも彼らは、私が五歳のときに事故で、二人とも亡くなってしまったんです。私にはケストリア家の血は一滴も流れていません。母は術を使えますが、私は養子なので、術士ではないんです」

 それがあり、サリサは今の両親に対し壁を築いてしまっている。


 両親はとても優しく、サリサを大事に育ててくれた。彼らには実子がいなかったのもあり、全ての愛を彼らは惜しみなくサリサに注いでくれた。


 それが余計に申し訳なかった。


「ケストリアのお父さんもお母さんも、血の繋がらない私のことを大事にしてくれたんです」


 言うなり、アーサーは立ち上がった。がたりを大きく音をたて、椅子はセットのテーブルにぶつかった。随分無作法な動きは、アーサーらしくなかった。

 サリサは驚き、立っているアーサーを見上げた。


「サリサ」


 アーサーは蒼白な顔をしている。ただ、目だけが光っていた。一途にサリサを凝視している。


「はい」

 サリサは身構えた。

 やはり、両親の勧めの通り、自分が養子だったことを言うべきではなかったのか。


 両親がサリサを養子にしたあと、親族は反対こそしなかったが、いとこたちは、平民のサリサがケストリア家に入ったことを嫌がった。学校も、私立の、ケストリア家にふさわしいところに入学したが、いとこたちはクラスメイトと結託しサリサを虐め、サリサは学校に通えなくなった。そのため、両親は家庭教師を付けてくれたのだ。十三歳からの高等学校は、家庭教師の勧めで王都の学校に行くことになり、サリサの過去はそこで一新された。両親からは、学校で養子だと言わなくていいと教えられた。最初からケストリア家の子ということで、平民だと虐められることなく過ごすことができた。

 だが、いとこたちに小突かれ、叩かれ、あれからサリサは対人恐怖症になった。


 まさかアーサーも、本当は平民だったサリサに嫌悪感を持ったのだろうか。もしそうであれば、自分はおそらく、酷く傷付くだろう。


 おそらく、二度とアーサーとは顔を合わせられない。いとこたちにそうされたように、蔑まれ見られることに、アーサーにそうされることに耐えられると思えない。


 大好きなひとに。


 サリサはそれを自覚し、狼狽(うろた)えてしまった。動揺したが、対峙のアーサーはそれ以上に呆然とした顔をしている。

 嫌悪ではなさそうなのだが、それはそれでサリサに理解できない。サリサは徐々に動揺が収まってきて、アーサーの動きを待つ余裕ができた。


「貴女の両親は、……お二人とも、今から十四年前くらいに亡くなったか?」


 サリサは目を見開いた。


 サリサ自身でなく、両親、しかも亡くなった時期を聞かれるとは思わなかった。

「はい、そうです……本当の両親は、ケストリア家の庭師とメイドでした。その縁で、今の両親が私を養子にしてくれたんです」


「ご両親が亡くなられた直後、貴女はリーリスの別荘にいたか?」

「はい……」

 話の筋が、予想外の方向へ進んでいる。


 アーサーは、息を飲んだ。さっきから出しているひび割れた声を調えたいように。


「そのとき、貴女は、頭を全て包帯で覆われたこどもに会わなかったか?」


 サリサは硬直した。


「……あ、え」

「サリサ、どうなんだ」

 アーサーは険しい顔をして、サリサの答を催促してくる。何かに追われているよう、いやむしろ、何かを追っているよう。

「会いました。会いましたというか……こ、こどもだったんですね。そこは覚えていなくて、……私が覚えているのは、私の記憶が正しければ」

「ああ」

「会ったというより、本当はダメだと言われたのに、こっそりその子に会いに行ってました。多分まいにち」

「……こっそりではなかったな。皆、貴女が私の元に来ていたのを見て見ぬ振りをしていた。私が頼んだから」

 アーサーは失笑した。だが、彼の目は輝いている。一心不乱にサリサを見つめていた。


「ワタシガタノンダカラ……」


「ああ。私が、あの別荘を去ると言ったあの日、貴女は泣いていたのだろう。私は包帯で見えなかったが、触れた頬が濡れていたから」


「ギャーーーーーー!!!」

 突然叫んだサリサに、アーサーはぎょっとして言葉を切った。

 サリサは場所も忘れて立ち上がって逃げようとして、足を取られてよろめいた。ベッドに膝の裏を取られて仰け反って、後頭部から床に倒れそうになった。

「サリサ!」

 アーサーがサリサを自分の胸元へ引き寄せ、二人してベッドの上に転がった。サリサはアーサーの上で、彼に抱きしめられた体勢で落ち着いた。

「危なかったな」

 アーサーが安堵で手を緩めたとき、サリサは彼から離れようとした。しかしアーサーはサリサを逃がさず、手を掴んで彼女を引く。ころりと体を反転させ、サリサを下に組み臥した。

「逃げるな」

「あーっお願いします逃げさせて下さいッ!!!」

 頬を真っ赤にし、顔に手を当てているサリサを見て。アーサーは声を出しくつくつ笑った。

「何故逃げる」

「えっ、いや、だって」

 サリサは手を下げた。そこではっとする。そういえば彼はあのとき、口以外包帯を巻かれていた。サリサが勢い余って口付けたことを知らないのではないか。

 サリサはその希望に縋りながら、怖々、アーサーの顔色を覗った。

「何故、私から逃げたい」

「あ、いや、ソウデスネ。逃げなくてもいいかも」

「あのときは、行かないでくれと言ってくれたのに」

 サリサはじゃぶじゃぶ視線を泳がせた。

「ああ、ええ。はい。言いました」

「そして口づけをくれた」


 バレてる。


「ああああああ」

 サリサはもう一度、顔を覆いたいと思ったが、両手をアーサーに取られていた。手首を握られたのではなく、両手を重ね、指を絡める直前で。

 サリサはぎゅっと目を閉じた。


「申し訳ありません」

「……サリサ?」

 アーサーは笑顔をひっこめ、謝るサリサの顔を覗きこんだ。

「こどもだったとはいえ、大変失礼を致しました。……あの、できれば、忘れて頂ければと」


「忘れるものか」


 静かだが、意思のみなぎった断言だった。羞恥など入る隙もないほど強い思いを受け、サリサもはっと目を開く。


 碧青の瞳とカチリ、視線が合った。

 サリサの手は離され、代わりに両頬を抱えられた。

 あのとき、サリサがアーサーにそうしたように。


「あのとき、貴女があの場にいてくれたこと、あれがどれほど私の支えになったか、貴女に分かるか?」


 彼の声は、わずかだが震えている。アーサーの美しい宝石のような目が光る。


「必ず治るといくら言われても、絶望しかなかった。記憶も曖昧で何も見えず、聞こえる音も雑音ばかりで、闇に放られた私が、生きていきたいと思えた唯一の希望が貴女だった」


 はたりと、彼の目から雫が零れ、サリサの頬に落ちた。


「貴女は、両親が突然いなくなったと泣いていた。話しかけた私の外見など気にもせず、貴女は私の手を握った。あのとき、私は満足に言葉を話すこともできなかったのに、貴女はそんなことなどおかまいなしに、ただ私のそばにいてくれた。そしてずっとそばにいてくれとも言ってくれた。あの言葉がなかったら、私は闇に飲まれていた。貴女がいてくれと言ってくれたことで、貴女が頼ってくれたことで、自分は生きねばと思えた。貴女が私の光だった。サリサ」


 抱きしめられた、そのアーサーの体も声と同じく震えていた。

「会いたかった。貴女に、もう一度。……貴女の姿をこの目で見たかった。触れたかった」


 感極まったように、アーサーはサリサのこめかみに頬をすり寄せた。そこに彼は唇をあてる。何をされているのか見えないが、サリサは気付き体を震わせた。

 愛おしいのだと態度で示されている。産まれて初めての経験だが、サリサにはそれが分かった。嫌悪感はない。ただ嬉しくて、サリサも彼の背に手を回す。

 背中と、後頭部に彼の手が回った。背の方は強く引き寄せられる。首の後ろは擽るように撫でられた。フワフワしているものに目がない、アーサーの嗜好を思い出し思わず笑ってしまった。

「何がおかしい」

「だって」

 アーサーは顔を上げ、くすくす笑うサリサを咎めたいかのように、サリサの頬をつついた。


 重なる、彼の重い体が愛おしい。

 厚い胸板も。

 額に流れる髪も、青碧の眼も。


「サリサ」


 掠れた声を聞くと背に快感が走った。見つめ合い、息を潜め、心臓を高鳴らせサリサは待つ。


 だが、アーサーは大きく息を吐き、サリサから手を離した。離れていく彼の頬に、傷痕に手を添えようとして、その手を取られた。

 アーサーはサリサの手のひらに口づけをする。そして、手を自身の顎に、傷のあるそこにあて、サリサの目を見据えた。


 そのなかの真実を探すように。


「教えてくれ、サリサ。どうして貴女は」


「……は、い?」

 苦悩に満ちた、アーサーの顔。そんな顔を見たくない。笑ってほしいのに。


 何故彼は。


「私に対し、正直でいてくれない?」


 何を責められているのかすぐには分からなかった。だが察し、サリサは体を強ばらせる。視線を逸らせたサリサを、自分の腕の中で見たアーサーは、口を歪めたのちに体を起こした。

 彼は無言のまま、部屋を去った。

 サリサは一人、ベッドの上に横たわる。

 手のひらで口を覆った。先ほど、アーサーが口付けたそこに唇をあて、嗚咽を堪える。

「ごめんなさい」

 それを最も伝えたい相手に、それを伝えることができない。

 悔しさに涙が零れた。




 目覚めると雨の音がしていた。ベッドの上で寝返りを打ち、サリサは横になったままで窓の方角を見た。カーテンが閉まっているのでもちろん外は見えない。

 今日も、アーサーとシェルトは散歩に行っているのだろうか。サリサは体を起こし、ベッドから出た。

 朝食の時間より早く、アーサーがサリサの元へやってきた。

「おはようございます」

「おはよう。昨日は済まなかった」

 サリサは眉尻を盛大に下げた。

「どうしてアーサー様が謝るんですか」

 アーサーはサリサの顎に指を添えた。

「私は、貴女にとやかく言える立場ではないのだ。……サリサ殿」

 そんなふうに言われると見放されたような気分になってしまった。

「はい」

「顔色がよくない。眠れなかったのか?」

 どうだろう。サリサも眠ったようなそうでもないような、よく分かっていない。眠りが浅かったのは確かだ。

「今日は、仕事は休んではどうだろう。体調も気になるのだが、研究院に行かせたくはない。それに、貴女のご両親が王都に到着されたそうだ」

「……は?」

 今日はハロルズ教授が来るであろうから、フリスと二人になることは恐らくないのだが、サリサも少々腰が退けていた。だが最後にアーサーは爆弾発言を落とした。


「お父さんとお母さんが?」

「来られるだろうとは思っていたが。さすがに早い」

 確かに娘が他人の、しかも八卿の名を持つ人物の家に居候したとなると、こちらに来るのは当たり前なのか。

「王宮の中心の通りから一本東の大通りがあるだろう。そこの宿のひとつに滞在されている。昨晩到着されたそうだ。その報告が昨日に来ていた」

「会いに行ってきます」

 サリサのはっきりとした意思を聞き、アーサーはわずかに目を見開いた。

「アーサー様が昨日、お話を聞いて下さったじゃないですか。私、両親と話をしなければと思って」

 意外そうな顔をされたので、サリサは付け加えたのだが、アーサーはそのサリサの返事の途中で、彼女の後頭部に手を動かし撫でた。

「アーサー様?」

「私も貴女を見習うことにしよう」

「はい?」

 アーサーはサリサの後頭部から手を離し、微笑を浮かべて彼女の前髪を指で払った。

「同じ事があって私も驚いているのだが、私の両親も、今日ここに来るそうだ」

「え!」

「偶然なんだ。私も、キリウから二通の知らせを聞いたとき、思わず笑ってしまった」

 言いながら思い出し笑いなのか、アーサーは顔を綻ばせていた。

「ケストリアご夫妻の滞在されている宿に送っていこう。だが、こちらへ戻るときは、私は迎えに行けないかもしれない。私も両親に会うつもりなので」

「はい。ありがとうございます。送って下さるだけで十分です」

 アーサーはうなずき、サリサを連れて食堂へ向かった。



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