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前章 ファーストキスの夢

 辺りの木々が一斉に葉を鳴らした。同時に桃色の花びらが空へ踊り飛ぶ。辺り一面に散った花は、なお風にあおられさざ波のようにも見えた。


 楽園、いや、ここは秘密の園だ。ここでなら泣いていてもいい。泣いてもいいのだよと言ってくれた。その許しがいかほど慰めになったか。


 そしてあなたの存在も。


 なのに今日は、それが許されないという。


 頬に伝う涙をぎこちなく拭かれ、泣かないでと掠れた声で囁かれた。


 だったら行かないでと泣いた。相手の頬を、自分がそうされているのを真似て抱えた。

 少し舌足らずの懇願を、相手に直接与えるかのように、サリサは自分の唇を相手のそれに重ね──



「ギャーーーーーー!」

 サリサは真っ赤になって飛び起きた。心臓がバクバク鳴っている。自分が仕出かした赤っ恥を改めて見せられている苦行はこの上なく体に悪すぎる。

 この夢を見た朝は、こうして一瞬で目が覚める。

 恥ずかしさでいたたまれなくなり、サリサはベッドの上で顔から掛布に突っ込み、立てていた膝に思い切り額をぶつけた。

「あいたっ!」

 頭を上げ、額に手をあて、口をイーっという形に変えて痛みを我慢した。


 これは夢だ。ただし、実際にサリサにあったことだ。こうして何度も夢として見てしまうことに意味があるのか分からない。夢と記憶の関係について調べたいが、対象がこの出来事では、思い出すたび顔から火が出て研究が進まない。


 けれど、とても大切な思い出だ。


 初夏に薄桃の花が満開になる庭で、自分は五歳のあのとき、悲嘆に暮れ自分を見失っていた。両親がサリサの心の傷を癒やすために連れてきてくれた別荘で。

 そしてあの人に会い、泣くことで自分を取り戻せた。


 サリサは官舎の自分の部屋で、ベッドに頭を突っ込んだまま大きなため息をついた。

 今日は、いつもの恥ずかしさもすぐに消えてしまった。サリサを悩ます問題が頭をもたげた。

 両親からの手紙だ。両親から届いた手紙がきっかけで、またこの夢を見たのだろうか。

 両親は自分を、ここまで何不自由なく育ててくれた。不自由なくどころではない。沢山の迷惑をかけてきた。それでもいつでも優しく、ときに厳しく、今までずっと見守ってくれていた。

 その両親が手紙でサリサに結婚を勧めてきた。


 またもため息をついて、とうとう頭を抱えた。


 両親が娘の結婚を望むなら、従いたいと思う。思うのだが。


 サリサが結婚をするには巨大すぎる壁があるのだ。



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