第16話 ダンジョン探索のカギは、一階層?
次の投稿から、不定期での投稿に成ります。
出来るだけ月一話の投稿が出来る様に頑張ってみるつもりです。次の投稿で新しいキャラクターが出て来る予定です、お楽しみに。
16話 ダンジョン探索のカギは、1階層?
百花と弥生は、悔しさを滲ませて家路についていた「なによ、あの自慢げな態度、思い出したら一発殴りたくなってきたわ」と百花。”殴ってたでしょう?”とツッコミそうになった弥生だがここは自重して「でも私たちに、あの岩を壊せないのは事実だわ。何か良い方法は無いかしら?」と前向きな事を考える。
「そうね、恭平や雫斗みたいに重い物で殴るのは性に合わないわ。・・・ねえー、保管倉庫で何か出来ないかしら?」と百花は習得したばかりのスキルで今の局面の打開を模索する。
弥生は少し考えて「たとえば、重い物を上から落とすとか?」。と言うと「いいわね、それ。でも保管倉庫ってどれだけの重さが入るのかしら?」と百花が疑問を口にする。「どうかしら、やっぱり試してみない事にわ分からないわ」と弥生。相談した結果、京太郎爺さんの工房で試すことにした、工房の敷地には廃品の屑鉄が山積みになっているので、そのくず鉄で保管倉庫に収納できる量を計ることにしたのだ、ついでに重い物を上から落とす武器?の事で、何か良い案が無いか京太郎お爺さんに聞く事にした。
工房の入り口のわきから工房の中を覗き込むと、京太郎爺さんとロボさんが何やら話し込んでいた。他の工員は見当たらないので、もう帰った後なのだろう、二人に近づき話しかける。
「お爺さん、少し相談したい事が有るんだけど今良いかしら」と弥生が遠慮がちに聞いてみた。
「おお、弥生と百花か?もう終いだから構わんが、何かな?」と気さくに応じる京太郎爺さん、ロボさんも興味津々で聞き耳を立てている。
「新しいスキルで保管倉庫と言うのが取得できたの、その使い方で相談があるの」と弥生が言うと、ロボさんが興奮して「おおおお、ついに見つけましたか?雫斗さんが予測して居たスキルが。どの位の量が入りますか?大きさはどの位迄大丈夫なのでしょうか?」と食い気味に聞いてきた。
ロボさんの勢いに、顔を引きつらせながら「まだ分からないわ今日取得したばかりだし。此れから検証していく予定よ」と弥生が若干引き気味に答えると。ロボさんが残念そうに肩を落として「そうですか」と気落ちして答えた、百花は雫斗の名前を聞いて顔を強張らせていた、まだ怒っている様だ。
弥生は、もしかするとロボさんと京太郎爺さんも、保管倉庫のスキルを取得しているかも知れない事に気が付いた、そこでロボさんと京太郎お爺さんに聞いてみた「ロボさんとお爺さん、スライムの討伐総数は何匹位?」。
「どうでしょう?最近はダンジョンに行っていないですけど、軽く千匹位は倒しているはずですが」とロボさんが言う。「それならロボさんも保管倉庫のスキルを取得しているかも知れないわね?試してみる?」と弥生が言うと「待て待て、どういう事じゃ、説明せんか?」と京太郎爺さんが詰め寄ってきた。
確かに、いきなり言われても理解できないと考えた弥生が、これまでの経過をかいつまんで説明した。
「なるほど、魔物に固有スキルがあるとは思わなかったぞ?しかも千匹討伐でそのスキルを取得できるとは考えもせんかったな」と京太郎爺さんが感心していると。「スライムはそうかもしれませんが、他の魔物はどうでしょう?階層が深くなるにしたがって強さと比例して出くわす頻度が少なくなるわけですから、千匹の討伐は不可能になりますね?」とロボさんが言うと。
「其処は此れからの検証次第ね、深層を探索している高レベルの探索者さんが、スライムを一万匹倒して鑑定のスキルを取得したら、知らないうちにすごい数のスキルを使っていました。なぁ~んて事に成っていても不思議じゃないわ、私たちでさえ知らずに保管倉庫を取得していたくらいだもの」と弥生が言うと。
「そうね、5年もダンジョンに通って居る訳だから、その可能性は大いにあるわね。気が付かない内に使っている可能性もあるわ?」と百花が補足する。すると京太郎爺さんが不思議そうな顔で聞いてきた「どういう事なんだ?その気が付か無いと言うのは?」。
「スライムの固有スキルに物理耐性があるのよ、あと2階層のケイブスネークの固有スキルには毒耐性というスキルも有るわ、私たちも持っている可能性が有るらしいの、物理耐性と毒耐性は今まで気づかずに使っていたみたいなのよ、雫斗に指摘されるまで思いもしなかったわ。でも確かにケイブバットやケイブラットを素手で殴っても何とも無いのはおかしいわよね?ケイブスネークにしても最初の頃と比べて毒を受ける事が無くなっていたのはそのスキルのせいみたいなの。今までダンジョンで魔物を倒してきた恩恵だとばかり思っていたけど、どうもそれだけじゃ無いみたいなの、深層を探索する人たちが化け物じみて強いのも、知らずに色々なスキルを使っているからかもしれないわ」と百花が羨ましそうに話すと「そうね、それを考えると鑑定のスキルが世間に広まると、大変な事に成りそうね、暫くはスライムの討伐ラッシュに成るでしょうね?」と弥生がげんなりして言う。
「ま~、そうなるだろうな。その対応を考えるのは協会の仕事だ、取り敢えず保管倉庫の検証だな、ところでどうやって使うんだ、その保管倉庫とやらは?」と保管倉庫のスキルに興味を示す京太郎爺さん。
「そうだったわ、装備収納と同じだけど別の入れ物を頭の中でイメージしてそこに入れるのよ、此れも雫斗の受け売りだけど」と弥生が保管倉庫のスキルの発現した時の経緯を話した所、京太郎爺さんとロボさんが試してみた。
ロボさんは保管倉庫のスキルを使えたが、京太郎爺さんはまだスライムの討伐数が千匹に達していないみたいで、保管倉庫を使えなかった。
「残念だが、わしにはまだ使えん様だ。暇を見つけてスライム狩りをせんといかんのう」と京太郎爺さんが肩を落として言う。 確かに千匹なら簡単とはいかないが、倒せない数じゃないしかしその十倍の一万匹となると、もはや罰ゲームじみてくる。装備収納の攻撃力を使えば花火で倒すより時間的に早くはなるが、探して歩くのが面倒なのだ。
「師匠が保管倉庫を使えないとなると、どれだけの量が入るのか検証できないですね。残念です」とロボさん。
「えええ~検証できないって、どうして?」と百花が驚いて聞いてきたので、ロボさんが答えた「装備収納もそうですけど、たぶん保管倉庫も同じで何かを収納する時に所有者を明確にしないと収納できないと思いますね。つまり師匠が保管倉庫を使えないと、此処にあるすべての物が収納できないという事に成ります、という訳で検証できないという事です」。
そう言われて思い出した。そうだった収納は所有者を識別するんだった。百花は試しに、近くに落ちている鉄板を保管倉庫へ入れようとしてみたが出来なかった。
「便利そうで、結構使い勝手が悪いわね」と弥生が言うと「際限なく収納できると、大変な事に成るからな、なんでも盗み放題に成ってしまう。そうならん為の制限だろう、まー其れを差し引いても便利な機能だと思うぞ」と京太郎爺さんが言うと。
「仕方ないわね、保管倉庫にどれだけの重さの物が入るのか分からないと、重力兵器の構想が出来ないわね」と百花が残念そうに言うと「重力兵器?何ですか其れは?」とロボさんが聞いてきたので。
「ダンジョンに此れ位の岩があるでしょう?」と弥生、「そうですね、各階層で見かけますね」とロボさん、「その岩に擬態しているモンスターがいるのよ、ベビーゴーレムって言うみたいだけど、襲ってこないし動かないから見分けがつかないけれど。そのモンスター自己回復と自己再生っていうスキルを持っているらしいの、倒したいけど私たち打撃系の武器はないし倒せないのよね」と残念そうに弥生が言うと、はっとロボさんが顔を上げて拳を握りしめた。
「確かに、私も鍛錬のためにいくつか叩き壊したことがありますが。何個か壊そうとして、何か背徳的な気がして壊せなかったものがあります。・・・同族でしたか?」とロボさんが考え深げに言うと「ロボさんロボさん、一応モンスターだからね、情けを掛けると死んじゃうよ」と百花が言うと「分かってます。攻撃されたら死にたくないので戦います、でも同族の動かない個体を倒せる自信がありません」としょげ返るロボさん、”本気かな”と思いながらも「でもロボさんも回復系のスキル欲しいでしょう?」と弥生が聞くと。
ぐっと拳を握り締めて顔を上げて考え深げに「ほしいです」とロボさんが一言、「じゃ~、倒してスキルをゲットしなきゃ。変に同情してるとおいて行かれるわよ」と百花が言う、何処に置いて往かれるのかは分からないが、ロボさんは納得したようで「そうですね、所詮はこの世は弱肉共食の時代です。弱い個体が強い個体の糧となるのは必然、倒しましょう」とロボさんが気炎を上げる。なぜか強食が共食いに成っているがそこは気にしない事にして。
「そこで、倒すための武器がいるのよ。私達にハンマーなんかの打撃系の武器は使えないから、保管倉庫を使って重い物を上から落とそうかな~と思いついたのよ。でも保管倉庫にどれだけの物が入るか分からないと何を使ったらいいか思いつかないのよね?」と百花。
「なるほど、それで重力兵器ですか?」と、しばらく考えていたロボさんが「分かりました、二日三日ほど時間をください武器と検証が一気に出来そうです。お二人とも鑑定のスキルの取得の為に、暫くスライムの討伐でしょう?」とロボさんが言うので、どうするのか聞いたが、話をはぐらかされた。”後のお楽しみらしい”、どうも古参のゴーレム型のアンドロイドは人に対して遠慮がない、自分の楽しみを優先するきらいがある。
「師匠!!、暫く休ませてください。明日は工場に行って直接注文してきます、重量があるので運ぶのに時間がかかりますから」と休暇の申請をしてきた。
「まー、急ぎの仕事も無いし構わんが。お前は興味の有る物が目の前にあると周りが見えなくなるから、ほどほどにな」と京太郎爺さんが呆れて言うと。
「有難うございます、師匠。ではお二人とも、準備が出来ましたら連絡しますから」というが早いか、そのまま帰って行った。
呆気に取られて、呆然としている百花と弥生に「そういう事だ、暫くはスライムと戯れている事だな。わしも午後からスライム狩りだな。・・・ふぅ~」と京太郎爺さんがため息をつきながら言った。
~~~~~・~~~~~~~・~~~~~~
その夜、食事を終えた雫斗は母親の悠美に鑑定スキルの事を話した「母さん、じつはスライムの事なんだけど」そう言い始めた雫斗を、お茶を飲む手を止めてまじまじと見つめる悠美。
悠美はここ最近雫斗に振り回されているのだ、これ以上の厄介事は正直勘弁してもらいたいのだが、聞かない訳にはいかないだろうとため息と共に聞く事にした。
「なぁに雫斗、またスライムで問題でも起きたの?」雫斗が話し始めて雰囲気の変わった母親にたじろぎつつ「ええと、問題というか、発見というかスライムを一万匹倒すと、鑑定のスキルが貰えます」雫斗は穏便に事を運ぶ為に、多少おどけてスキルが発現した事を話した。
「鑑定って、宝石や古い壺なんかの価値を決める鑑定士のこと、何でダンジョンでそんな物がスキルになるの?」と悠美が見当違いの事を聞いてきたので、雫斗は実際に見せる事にした。自分を鑑定したカードを母親の悠美と父親の海嗣に見せると、カードの内容を見た二人は、お互いの顔を見合った後、悠美が呆れた様に言った「ダンジョンカードがメモ帳に状態変化した訳じゃ無いのね、書かれている内容は雫斗のステータスって事?」出来ればメモ帳であって欲しいと、願いを込めた悠美ではあったが、雫斗の憤慨した言葉に、これから起こるであろう騒動を予測して、頭を抱える事になる。
「母さん、いくら僕でもこんな悪戯はやらないよ。正真正銘、鑑定のスキルだよ!」怒っている雫斗を宥める様に、海嗣父さんが話しかける「まぁ怒るな、母さんも雫斗の事は信じているさ、しかしこう立て続けに新たな発見が見つかると、流石の母さんも対応し切れないからね」そう言いながら、面白そうにチラッと放心状態の悠美を見て続ける。
「ところで、このアルファベットはどういう意味なんだい?強さの指標にしては曖昧だね?」そう聞かれた雫斗自身まだ3人しか鑑定して無い事もあり、データーが揃っていないので分からないのだ。
「どうなんだろう?まだ数人しか鑑定してないから、良く分からないけれど。一応僕より強いはずの恭平は総合力でB−だったからCよりBが強い事に成ると思う」と自信なさげに雫斗が言うと。放心状態から回復した悠美母さんが「ちょっと待って。スライム一万匹って言ったわね?雫斗、あなたひと月と少しでスライムを一万匹倒したってことなの?」悠美が驚いて聞いてきた。
確かに、探索者カードの講習を受けてから一月と少し、思えばオーガとの遭遇も懐かしい様な気がするが。それはさておき、放課後のほとんどをスライム狩りに費やしてきた雫斗にとって、もはやスライムはお得意さんである。無理をすれば2時間で数百匹は楽勝なのだ、其れも村の人口が少ない事が起因してはいるが、それでも最近では、倒す時間より探して歩き周る時間の方が多いのが今の現状なのだ。
「スライムを倒している武器が優秀だからね、今では一撃で倒せるよ」と自慢げに話す雫斗は、そういえばトオルハンマーを鑑定していない事に気が付いた「そういえば、武器も鑑定できるのかな?」と独り言を言ってトオルハンマーを収納から取り出した。
トオルハンマーをダンジョンカード越しに見て鑑定してみると、武器の名前がトオルハンマーになっているのには驚いた、種類の欄には戦槌で書かれていた。そして耐久値が500/580と書かれていて、どうやら武器も消耗するらしい。確かに刃物なら切れ味とかが悪くなるのは分かるが、戦槌だとどこが悪くなるのかいまいち理解できないが、とにかく200を下回ったらロボさんに整備をお願いすることにした。
スペックはやはりアルファベットで書かれていて、強さの定義があいまいだ。興味深いのは一番下に”スライム特化 ダメージ大”と書かれていた、やはりスライムに対しては強力な武器になっているみたいだ。
戦槌とダンジョンカードを交互に見てブツブツと独り言を繰り返す息子を呆れた表情で見ていた悠美は、ため息交じりに「雫斗、検証も大事だけど程々にして置きなさいね。明日は学校でしょう?授業中に居眠りはダメよ」とくぎを刺す。
言われた雫斗は、ハッとして現実に引き戻された。確かにログの解析だけで完徹どころか4・5日掛かりそうなのだ、取り敢えずスライムの固有スキルと鑑定スキルの取得条件をそれぞれ書き出してダンジョン協会に提出することにした。
自分のタブレットに送られて来た書類を見ながら、悠美は頭を抱えて喚きだしたい気分になってきた、鑑定のスキルだけでなくスライムの固有スキルの物理耐性と、保管倉庫のスキルの取得条件と、ケイブバットの固有スキル、気配察知や迄書かれていたのだ。今でさえ接触収納を覚醒させるため多くの探索者が1階層のスライムを奪い合っているのだ。比較的人口の少ない田舎の村は穏やかだが、都会ではトラブルが尽きないらしい。その対応に追われて都会の探索者協会の職員は一階層をゾンビの如く、ふらつきながら徘徊しているらしいのだ、
これ以上協会の職員の仕事を増やすと協会自体が機能不全になりかねなかった。そこで悠美は鑑定とスライムの固有スキルの取得に関して、協会の上層部には報告しない事にした。下手に上にあげると、またダンジョン庁から出向してきたバカな役員がリークしそうなのだ。そんな事に成れば協会だけでなく、社会全体がひどい状態に成る事は考えるまでも無い。
ふと見ると、雫斗が報告したからもう終わったと、のんきに海慈父さんと笑いながら話している。それを見て悠美は雫斗達も引き込むことに決めた、取り敢えず明日は雑賀村の長老たちを集めて此れからの事を話し合う事にした。
翌朝、悠美は昨日雫斗がまとめた報告書を、日本探索者協会の雑賀村支部を含めて東海地区を管轄している名古屋支部あてに、東京にある日本探索者協会本部への開示を遅らせてほしい旨を添えて転送した。ネットを使った秘匿通信での説明に、名古屋探索者協会の支部長も、鑑定スキルやスライムの固有スキルの取得条件がリークされると、これ以上のトラブルを抱える破目になるので、そんなことは御免だとばかりにすぐさま了承した。
悠美は、取り敢えず世界探索者協会の本部長あてに8時間後の午後4時にオンラインでの会談を申請した、一応発見した事を報告しなければ規則違反に問われるので、直接説明しようと思ったのだ。とうぜん秘匿通信での要請だ、協会本部の置かれているベルリンは今は真夜中なので、返事が来るのは早くても4・5時間後になるだろう。
午後の早い時間、雑賀村役場の会議室に集まったメンバーは、恭平の父親の立花 浩三と、弥生のお爺さんの麻生 京太郎。村の診療所の山田 洋子医師、最後に悠美の父親の武那方 敏郎の四名と、雑賀村役場と雑賀村ダンジョン協会支部の代表で村長兼支部長の悠美と副村長の開田 一之条の計六名が雑賀村のかじ取り役である。
「珍しいわね、悠美ちゃんが村長になって初めてじゃない?長老会の会合なんて?」 と診療所の山田医師が悠美をちゃん付けで話す。山田医師は雑賀村に赴任して来ておよそ40年を超える、そろそろ80を超えようかと言う年齢にも関わらず元気である。
この時代のお年寄りに言えることはみなうるさいくらい健康だ、一つにはダンジョンからもたらされるポーションや食料による影響もあるらしいが、何と言っても暇を持て余しているお年寄りには、ダンジョンの表層は良いお散歩コースとなっているのだ。
当然危険もあるが、それを差し引いてもダンジョンに入る事でお年寄り、いや人類にとって良い事が有る。それは魔物を倒すと身体能力が上がるというメリットがあるのだ、今までは経験したことで分かるぼんやりとした実感だったが、雫斗が鑑定のスキルを発見した事により視覚的にも数量的にも鑑定で証明されることに成るのだ。
今まではお年寄りにとって体力が衰えていくばかりの人生が、ダンジョンの出現によりこうして自分の足で歩き周ることが出来るのだから、一番の恩恵に預かっているのはお年寄りかも知れない。
ちゃん付けで呼ばれた悠美だが、山田医師には頭が上がらない。生まれた時に取り上げて貰った時から、・・・いや母親のおなかの中にいた時から大学に進学するとき迄、山田医師には世話になっているのだ。「ええ。少し込み入った事が起こりまして、それで相談に乗って貰おうかと思いまして皆さんに集まってもらいました」。悠美が話始めてすぐ京太郎が聞いてきた。
「鑑定スキルの事かな?どうするつもりじゃ?」といきなり核心をついてきた、いちいち説明するのは面倒なので「取り敢えずこの書類を読んでいただけますか?」と各自に簡単にまとめた書類を渡す。
皆が読み終えた頃合いを見て悠美が話し始めた「最近の都市部のダンジョン内は、接触収納の取得に向けた、スライムの討伐の奪い合いで大変込み合っている状況です」とここ迄話した悠美の言葉をさえぎって武那方 敏郎が手を上げた。「接触収納とは何かのう?初めて聞くが」と聞いてきたので「今まで私たちが、装備収納とかカード収納とか言っていた名前です。雫斗が取得した鑑定のスキルで正式な名前が分かりました、取り敢えずここでは正式な呼び方で通します」と悠美が言うと、解ったと敏郎が手を下ろした。
「そのような状況なので、今回の鑑定スキルの取得条件に関して日本ダンジョン協会の上層部には秘匿することにしました。そこで鑑定スキルおよび固有スキルの検証は雑賀村と近隣の数か所の村で検証したいと思います。皆さんにはその調整役をお願いしたいのです」と悠美が此れからの事を端的に話すと、恭平の父親の構造が心配して聞いてきた「鑑定スキルの取得条件を発表しないとなると誰かに先を越されると言う事に成らないかね?」。「秘匿するとは言っても、上層部に上げない訳ではありません、日本ダンジョン協会の理事の何名かは信用できないので信頼のおける名古屋支部の上層部と、世界ダンジョン協会の本部あてには報告しますからその心配はありません」と悠美が報告はするけどリークされる心配のない人達にだけ話を通すつもりの様だ。
「ではわしらは、この村のダンジョンの入場の管理と近隣の村の調整役をすればいいのかな?」と京太郎爺さんが聞いてきたので。「そうです。それと同時に先行してスライムを討伐しているチームSDSにはそのまま更なる検証と、皆さんもスライムの討伐をして鑑定スキルの検証をお願いします」悠美がそう言うと「村の連中は締め出されて騒ぎだしませんか?」と副村長の開田が言う。
「大丈夫でしょう、鑑定のスキルは逃げませんから」と悠美は余裕の表情で話すと、「おお、忘れておった。一人厄介な奴がおる」と京太郎爺さんが慌てて言うと「どうしたんですか」と悠美。
「いやーロボがな、弥生と百花の話を聞いて自分にも保管倉庫のスキルが有る事に気付いてな、発現したのはいいがどれだけの物が入るか検証ができないと分かると武器と検証が同時に出来る物が在ると言って、購入してくると息巻いて飛び出して行ってな。あいつもべらべら喋るとは思わんが・・・ま~、たぶん大丈夫だろう」と京太郎爺さんが気落ちして言うと「その時はまた考えましょう。秘匿したことがばれても検証スキルを拘束していた訳ではないので、・・・ただこの事が知れ渡ると、騒ぎがこれまでの非じゃないだけですから。ところで武器とは何のことです?」と悠美が聞いてきた。
「これにも書かれておるが」と京太郎爺さんが渡された報告書を見ながら言って「ダンジョンにこの位の岩が点在しているが、その中にベビーゴーレムがまぎれているらしい。その岩を壊すのに、打撃系の武器が必要だが弥生と百花は持っていないからな。それで保管倉庫を使って上から重い物を落とそうと考えたらしいな」。それを聞いた悠美が「なるほど考えましたね、それでどのくらいの重さが保管倉庫に入るか検証が必要だと言う事ですか?」と感心して言う。
「分かりました、ロボさんが保管倉庫について話しているかどうかの確認は京太郎さんに任せます、連絡してもらえますか?」と京太郎さんに聞くと、解ったと頷いたので「では皆さん各自の調整を決めてしまいましょう」と言って悠美と他の面々で役割分担を決めてしまう事にした。内容は雑賀村の人たちの調整は、武那方 敏郎、立花 浩三、麻生 京太郎、山田 洋子の4名で調整して、村以外の対応は悠美と開田 一之条が担当する事になってその日は解散となった。
~~~~~・~~~~~~~・~~~~~~
そのことを知らない、チームSDSのメンバーは新しいスキル≪鑑定≫の取得に向けて、期待を胸にダンジョンへと入って行くが。
その少し前、沼だんしょん迄軽いジョギングで体を温めて軽いストレッチの後ダンジョンに入る寸前、弥生と百花からロボさんの事を聞いた雫斗は驚いた。
「え?ロボさんいないのか。聞きたいことがあったんだけど、・・・いないんじゃ仕方が無いか~帰ってから聞くか?」と気落ちしてつぶやくと「聞きたい事ってベビーゴーレムの事?その事も話したら同族かと気落ちしていたけど、スキル取得の為には仕方がないと割り切っていたみたいよ」と弥生が言うと。「そうなんだ、それも有るけど聞きたかったのは、このトオルハンマーの事なんだ」と収納から出したハンマーを見せる。
「そのハンマーがどうしたの?」と百花、”相変わらず変なネーミングを考えるわね~”と思いながらも聞いてみた。
「トオルハンマーを鑑定してみたんだ。そうしたら≪スライム特化 ダメージ大≫と出ているんだ、そのことを聞こうと思ったんだけど。…いいや帰ってから聞くよ」と言うとそそくさとダンジョンに入ろうとする雫斗だったが「ちょっと待ちなさい」と百花にハンマーを”グワァシ”と掴まれて止められた。
「何、なんでもありません!みたいな顔でスルーするのよ。今おかしな事を言ったわね?スライム特化 ダメージ大って・・・どういう事?」と百花に聞かれた。何気ない顔で煙に巻こうとした雫斗だったが聞かれたからには答えない訳にはいかない。
ばれない様に軽くため息をつきながら「僕はスライムをこのトオルハンマーで倒していたんだけど、ある時を境に倒し易くなってきたんだ、最初は自分が強くなったのかと思ったけど他の魔物を倒すと変わらなかったんだ。…で昨日トオルハンマーを鑑定してみて納得したって訳。だけど、どうしてそうなったのかが分からなくて、どんな材料を使ったのかロボさんに聞いてみようと思ったんだ」と一息で話した雫斗だったが、まだハンマーを掴んで離さない百花に、放してくれ~~と願いを込めて軽く揺すってみる。
そんなことはお構いなしに、考え込んでいた百花だったが雫斗に視線を向けてハンマーを放すと、おもむろに「見せて」と一言。
訳が分からず「え?」とあほみたいに答える雫斗に「スライムを倒すところを見せて」と百花、もうこうなったら後には引かない百花なので仕方なくスライムを倒すことにしてダンジョンの中に入った。他のメンバーも何も言わずについてくる、暫く歩いてスライムを見つけた雫斗は振り返って”やるよ”と目で合図して気負わず軽い一撃で倒して見せる、後ろにいるメンバーからの反応が無いのが気になって振り向くと、呆れた顔で恭平が「一撃か」とつぶやいた。
「最近は、スライムを倒す時間より探す時間が長いんだ。どこかにモンスターハウスみたいにスライムの集団がいても良いのに、とか思う時が有るよ」と言う雫斗に「そんな不埒な事を考えていると今に痛い目に合うわよ」と弥生が注意する。「そうね、天井からスライムの集団が雨の様に落ちてくるかも知れないわよ?」と百花が声を震わせて言うと、思わず天井を見上げた雫斗は天井の岩の隙間からスライムが雫の様に、ぽたり、ぽたり、と落ちてくることを想像して身震いする。
「やめてよね、百花が言うと現実に起こっちゃうんだから」と弥生が雫斗と同じように、想像したのか肩を抱きながら身震いして居る、そう、百花の予言的中率は驚異的なのだ。
三人が、空想の中でスライムに絡まれて悶絶して居る中、マイペースな恭平が「百花、ハンマーでスライムを倒してみたかったんじゃ無いのかい?」と、当初の目的を思いださせると、「そうだったわ。ちょっと貸して」となし崩し的に、トオルハンマーを奪い取っていく。
雫斗はそれだけは何とか死守しようと思っていたのだけれど、スライムの集団にもみくちゃにされている空想でフェイントを掛けられた格好になってしまった。しばらく歩いてスライムを見つけた百花は、スライムに狙いを定めると。「へいやっ」、「とぉりゃ」、「そりゃあ」、「もう一丁」。と工事現場のおっちゃんの様な掛け声でハンマーを降り抜いていく。
中学生の女の子としては、割と鍛えられている百花だから、ハンマーを降り抜く姿は様になっているが、その掛け声は普通は違和感しか無いはずなのに、なぜかしっくりくるのはどうしてだろうか?。
雫斗がハンマーでスライムを倒したときは、25回平均で倒していた、トオルハンマーに代わってから威力は上がったが、今の百花なら半分以下の12・3回ぐらいかと予測してみるが、8回程度で倒してしまった。「面白いわねこれ!、だけど雫斗は一撃でしょう?何がちがうのかしら?」と百花が納得していない様子だ。いやいやいや、百花さん十分凄いって、そのことを雫斗は力説する。
「8回かぁ~、なんかへこむな~。僕は最初の頃は25回は殴っていたよ、いくらスライム特化のダメージがあるとはいえ、その少なさは驚異的だよ」と落ち込んで話すと、「えっ、そうなの?だけど雫斗は一撃で倒していたじゃない?」と百花。
「ああ、それはスライムの弱点を突いているからだと思う、なんとなくだけど魔核の位置が分かるんだ」と雫斗が言うと、恭平が驚いて「スライムの魔核を殴っていたのか、それで一撃で倒せていたのか。見えるのかい?」と聞いてきたので、雫斗は正直に「いや。たぶん此処かな~~、っていう曖昧な感じ?、う~~ん感覚的なものだから説明しずらいや」と話す。雫斗自身良く分かっていない物を説明できずにいた。ある時を境にここだと確信してトオルハンマーを打ち込んでいるのだ、しかしここ最近スライムの魔核を外したことが無いのは事実なのだ。
「ふうぅん~。そうなんだ?だとしたら私達も何れは出来る様になるかも知れないわね。はいこれ返すわね、有難う」百花があっさりとハンマーを返してきた、持って行かれると思っていた雫斗は涙を浮かべてトオルハンマーを出迎える。「大げさね。雫斗の大切な武器でしょう?取る訳無いじゃない」と普通のことをおっしゃる百花。てっきり今日の百花はハンマーでスライムの討伐をするものだと思っていた雫斗は「えっ?スライムは何で倒すの?」と疑問を投げかける。
「これよ!!」と自慢げに掲げたのは銀色に輝く鞭・・・短鞭だ、本来皮で編み込まれている部分の上にさらに金属の細い線で編まれていて簡単には壊れない様に強化されていた。
「うわ〜、何これ短鞭だよね?ガッチガチに強化してあるね、ロボさんに作って貰ったの?」
雫斗に聞かれた百花は自慢げに「いいでしょう?、そのままだと壊れそうだからってダンジョンから取れた魔鉄を使って編み込んでくれたの。壊れにくいって事も有るけど強靭だからダメージもそこそこ増えてるのよ」と嬉しそうに話す。確かに百花の怪力(馬鹿ヂカラ)に耐えるには此れだけの事をしなければ無理なのだろうけど。すごい派手なんだけどと思いはしても言葉にはしないだけの分別は持っている雫斗だった。
短鞭を使うって事は礫で倒すはずなんだけど、鉄で形成された礫ではコスト的に無理があるように思った雫斗が聞いてみた「礫を使うの?倒す数が結構あるから厳しいんじゃないの?」すると百花は「使う礫は周りに沢山あるわ」と言いながら周りに在る小石を保管倉庫の中へ収納しだした、「小石を使うのか、それならいくらでも使い放題だね」と雫斗は納得した。
百花は拾った小石を保管倉庫から掌の上に出した後、接触収納へと入れ直していた、それを見た雫斗は「百花、百花。保管倉庫と接触収納は連携できるよ」と教えてあげる。
昨日習得したばかりの保管倉庫だが当然雫斗は色々試した。その中で接触収納と保管倉庫の中身を入れ替えが出来ることを突き止めた、ちょっとしたコツと、重量制限があるが自由に入れ替える事が出来るのだ。
「連携できるってどういう事?」と百花が聞いてきたので、雫斗ちょっとしたパフォーマンスをすることにした。装備収納から取り出したトオルハンマーを振り回して型を決めた後収納したと同時に2メートルほど離れた地面の上に、柄を下にして立てて保管倉庫から出す、当然トオルハンマーは倒れていくが倒れ切る寸前に一本鞭を取り出して絡めとり自分の方へと引き寄せるが、受け取らずにスルーする。トオルハンマーは空しく頭上を越えていくが途中で保管倉庫に収納すると、右手に九節鞭、左手にトオルハンマを出現させて簡単な型をなぞった後武器を収納して包拳礼を決めて終了した。
”パチパチパチ”。弥生はそのパフォーマンスに受けたようで、素直に拍手をしているが、桃花と恭平はあんぐりと口を開けて呆けている。我に返った二人が詰め寄って来た「今のどうやったの?」と百花「何だ今の?保管倉庫と収納がつながっているのかい」と恭平。
雫斗にしても、簡単に出来た訳ではない昨晩自分の部屋で勉強が終わった後、当然保管倉庫の検証をしのだ。入る量を調べるのは無理なので、何が出来て、何が出来ないのかを実際に試してみた。収納に入っている物は重量が有るので、夜にゴソゴソ音を立てるのは不味いと思って、何かないか見回すと机の上で鎮座している2体のパペットの縫いぐるみが目に入った。
香澄をあやすために買ってきた、手にスポッと嵌めて使う手人形だ、両手を使ってコントめいたことをして香澄を喜ばせていたが、最近出番が無くなってきていた。
その1体を使って、初めは収納できる距離はどの位か見るために部屋の端から端で試してみたが、収納することが出来た距離にして4メートル程。これ以上はここでは無理なので、保管倉庫に収納できる条件を考えた。見えてると当然収納できる、では見てなければどうか?。もう一体のパペットに背を向けて収納・・・出来た、今度は見えない様にベッドの上に出して掛け布団を掛けた、収納・・・出来ない?存在は分かる掛け布団が盛り上がっているのだから、でも収納できなかった。
つまり見えてる範囲で収納できるが、完全に隠れていると収納できないという事が分かった。後は保管倉庫と接触収納の連携が出来るかだ、
結論から言うと出来ました、ただイメージが結構しづらい、そこで縫いぐるみを使って出し入れを練習する。倉庫から収納へ。収納から倉庫。倉庫から空中へと出して受け止めて壁に向かって投げつける、ぶつかる寸前に倉庫へ格納して手に出す。最初はゆっくりと出し入れしていた雫斗だが、興に乗ってきた雫斗はけん玉を鞭代わりに使って動き回りながら収納、倉庫と出し入れの練習を始めた。
いくら縫いぐるみを使っているとはいえ、激しい動きをしているので階下に響いてしまう。当然様子を見に来た両親に怒られることになる、正座をさせられてしばらくお説教を食らった雫斗だが、保管倉庫と接触収納との連携した攻撃の可能性に手ごたえを感じていたのだった。
詰め寄られた雫斗は倉庫と接触収納の連携で出来る事を話すと三人は思い思いに試している様だ。その中で弥生が器用にダンジョンの小石を使ってお手玉を始めた、それが普通のお手玉では無い、最初は2.3個から初めて2個3個と増えていき、最後には20個の小石が空中を飛び交って、現れては消え、消えては現れるのを繰り返しているのだ。
呆気に取られて見ている三人に気が付いた弥生は、ピエロが最後にお疑義をする様に手を前と後ろに組んでお辞儀をした。
「器用よね弥生は、羨ましいわ」と百花が手に持つ小石を見ながら言った。四人の中で一番不器用な恭平が蒼ざめている、未だにイメージの中で保管倉庫との連携が出来ていない様だ。
見かねた雫斗がアドバイスをする「後はイメージが定着出来ればあれくらいはできる様になるよ、練習あるのみだね。恭平の場合は錫杖を使ってみたらどうかな?使い慣れているからイメージしやすいでしょう?」言われた恭平は少し考えて「分かったやってみるよ」錫杖を出したり入れたりを繰り返しているが、どうも接触収納のイメージが強すぎる様だ「手に持った錫杖を保管倉庫に入れてみて」雫斗に言われてやってみる恭平。
何度か試して「うん、出来る」と恭平が言う、恭平も必死だ雫斗のアドバイスを真剣な表情で行っている「後は交互に保管倉庫と接触収納に入れながら、出来るだけ高速で出し入れするんだ」。
最初はぎこちない出し入れだったが、慣れてきたのか錫杖を高速で出しては消すのを繰り返していた恭平が途中で「あっ!!」と言って固まる。そして”ニタ~”と笑いながら集中している,どうやらイメージの中で保管倉庫と接触収納との間で、出し入れが出来たみたいだ。
「出来た?」雫斗が聞くと「うん、出来た!」と恭平が嬉しそうに言う。その後ろでは百花がニタニタ笑いながら、京太郎爺さんにあつらえて貰った刀を、空中に出しては落ちる寸前に収納して手の中に出したりしていた、どうやら百花も出来たみたいだ。
「全員出来たみたいだね、後は各自で練習するとして。スライムの討伐する範囲を決めようか?、重なると効率が落ちるしね」と昨夜プリントして学校のコピー機でコピーしてきた紙をそれぞれに渡すと「其処に書いてあるエリアを決めてね」と雫斗が言う。
その紙には一階層の地図が書かれていて、全部で24ヶ所のエリアごとに色別に囲われていた、そのエリアは雫斗がスライを倒してきた経験から効率よく回れるルートになっている。一つの広間のスライムをすべて倒した後、いくつかの広間で倒した後に戻ってきたときにリポップしている計算になる様に調整したものだ。ルートも矢印で書き込まれている雫斗自慢に逸品である。
「エリア別にルートが書かれているのね。何故24ヵ所に分かれているの?」と百花が疑問を口にすると「そのエリアは最低この位の感覚で回るとスライムがリポップする時間になるんだ、24ケ所になったのは偶然だけど4パーティで回れるからいいんじゃないかな?」と雫斗、カードで認識できるパーティの人数は6人だ。
だけど3層ダンジョンの一階層でこの広さである、深層ダンジョンの1階層は大きいとはいえ、そんなに大差はないのだ。
スライムを効率よく倒さなければ、一万匹のスライムを討伐するのに何日掛かる事やら見当もつかない。これは鑑定のスキルの取得条件をむやみに発表すればパニックは避けられない事に成りそうだ、雫斗は朧気ながらそのことを感じていた。
各自エリアを決めて歩きだす、スライムを倒すのは一人の方が効率がいいのだ、ただパーティは組んでおく、ダンジョンの中では何が有るか分からないからだ。雫斗は自分の担当するエリア着くと軽いストレッチを始めた、皆にスキルのレクチャーをしていたので体が凝り固まっていたのだ。
体が温まると”さぁーやるか”とスライムめがけてトオルハンマーを振りかぶる。そこで、ハッと気が付いた、そう言えば検証スキルのレベルアップを試すんだった。
カード越しに対象を見て検証するのだけれど、妙に使い勝手が悪い。直に見て検証できないか試してみようと思いついたのだ。トオルハンマーを収納して代わりにカードを持つ、スライムをカード越しに見て検証。”うん普通~のスライムだ”スライムのデーターがカードに浮かび上がる、すかさずカードを下げてスライムを見る。代り映えしない何時ものスライムの御姿、他に変わった処などない、カード越しに見る、カードにスライムのデーターが浮かび上がる。
暫くカード越しに見たり直に見たりを繰り返すが、変化はない。雫斗自身いきなりレベルアップするとは思っていない、多分魔物の討伐回数でレベルが上がるはずだと思ってはいるが、如何せん実例が無い、どっちにしても手探りで試していかないと分からないのだ。何故スライムの検証を繰り返しているかと言うと、毒耐性の例があるように、使った回数によってレベルが上がるかも知れないと思ったからだ。
しかし一個体に対して鑑定が一回だけが有効なら、今雫斗がやっている事は全くの無駄となる、だけどやってみないと始まらないと割り切っている雫斗だった。
スライムを直に見たりカード越しに見たりを数回繰り返して倒す。それを延々繰り返すと、効率は落ちるし精神的に疲れてくる、二つの広間を討伐し終えると疲れて岩に腰を下ろした、当然ベビーゴーレムではない事は確認済みだ。
手を後ろに付き天井を見上げてため息をつく、高い天井だ一般にダンジョンの一階層は洞窟型が多いが真っ暗で見えないと言う事は無い、ほのかに明るい鉱石があちら此方に散りばめられていて、慣れてくると全く問題なく動けるようになる。
「そういえば、百花が変な事を言っていたな」と雫斗が独り言を言う、スライムが天井からポタリ、ポタリと落ちてくると百花が言っていたことを思い出したのだ。雫斗はスライムが天井に張り付いて居ないか見回す、すると視界の隅を何かかよぎった。
その付近を見ると何もいない、”おかしいな~”と思いながらまたスライムを探す、また視界の隅に何かがいる。そこを注視しても見つからない。
その付近にカードをかざして見る、姿は見えないが情報がカードに浮かび上がる”カメレオン・サラマンダー LV1、固有スキル≪レインボウ迷彩≫≪火魔法≫”。
「えっ、魔物がいるのか?カメレオン・サラマンダー?」雫斗はブツブツと文句を言う、かなりストレスをため込んでいる様だ「カメレオンなのに?サラマンダー・・・?どっちなんだい、レインボウ迷彩?何だこのスキル光学迷彩じゃないんかい。うっわ火魔法迄持ってる」魔物がいると認識すると気配察知のスキルが仕事を始める、なんとなくそこに何かがいると分かるようになってきた。カード越しにぼんやりとトカゲ?いや山椒魚の様な輪郭が見えてきた、認識された事を感じたカメレオン・サラマンダーはそろそろと動き出す、カードの視線から外れると途端に位置が分からなくなる。
「クッソ、なんて魔物だ」雫斗は慌てて逃げたカメレオン・サラマンダーを探し始める、攻撃されたことが無いとはいえ魔物には違いないのだ。集中して探す雫斗、カードの鑑定も併用して探すが裸眼とカード越しでは焦点距離が違うためうまくいかな。
火魔法も持っている為、遠距離からの攻撃も警戒しなければいけない、焦りでイラついてくるのを自覚した雫斗は、一旦この広間を出ることにした。
通路を歩きながらも周に最大級の警戒を向ける、つまり気配察知とカード鑑定のスキルを最大限に活用しながら移動をしているのだ。
最初の広間に戻って来た雫斗は取り合えす落ち着きを取り戻した、一階層で火魔法で攻撃された事が今まで無い事が気持ちに余裕が出来た要因だ。
取り敢えず周りにいるスライムを駆除しようと対象を見ようとした時、なんとなくスライム情報が分かった気がした。気のせいかと思って集中してみる、じ~と見ているとやはり認識できる、集中が途切れると四散しがちになる情報を何とか繋ぎ止めていく。
情報の断片がふらふらと漂いながら形になりそうで崩れる、それを何とか引き戻すのを繰り返すうちある時、”ガァッチ”とかみ合った。
「おおおお~~」思わず雫斗は歓声を上げた。スライムの情報がカード越しに見なくても認識できるのだ、別のスライムを試してみると情報が分かる。小躍りして喜びそうになるのを抑えてダンジョンに落ちている小石を見るが、認識できない、いや見る事は出来るが情報が出てこない、魔物限定なのかもしれない。気配察知と鑑定のスキルが競合した結果なのかは分からないが、取り敢えず魔物の情報が見ただけで認識できるのだ、此れは雫斗にとって、いや探索者にとっても大きな収穫になりそうだった。
問題はカメレオン・サラマンダーだ、二匹の魔物が合わさった様な、キメラみたいな名前の魔物に対して何か対策を講じなければ倒すことが出来ない。そのことを考えながら此処には居ないだろうな?と思わず天井を仰ぎ見る。すると鑑定と競合した気配察知が最大限の仕事をする、何かいそうな気配のする一点を見つめるとカメレオンサ・ラマンダーの情報が認識される。
「げっ、居るのか?」目を凝らして見ると何となく輪郭が分かってくるから不思議ではあるが、問題はどうやって倒すか?認識らされた事を察知したカメレオン・サラマンダーがコソコソと動き出すが、今度は見失う事がない。
取り敢えず礫を使ってみる(飛び道具はこれしか無い)、短鞭を収納から取り出し礫を投擲する、カメレオン・サラマンダーは器用にか身をくねらせて礫を躱すと、ギロっと飛び出た大きな目を雫斗に向けた。
視線を向けられた雫斗は、背中にゾックと寒気が来る予感というやつだ。その刹那、火の玉が雫斗に向かってくる、慌てて避ける雫斗 しかし二発、三発と打ち出すカメレオン・サラマンダー。
パニックになり掛けるが、火の玉を避けて居る事で冷静になってくる、”なんだ、遅いじゃん。これなら避けられる”その事が余裕を生み冷静になってくる。
避けながら観察していた雫斗はある程度カメレオン・サラマンダーの攻撃パターンが分かってきた、動きが止まると数発の火の玉を打ち出す、それから動き出している。しかも移動するパターンが同じなのだ、時計回りに3刻きざみで移動している。つまり4回の火の玉での攻撃で元の場所に戻って来る。
それが分かると、何故かカメレオン・サラマンダーが気の毒になってきた、しかし此処はダンジョンで今は魔物と戦っているのだ。
カメレオン。・サラマンダーが移動した予測位置に、今度は散弾のコインを数枚まとめて投擲する。手傷を負わせる事が出来たようで“ギェ〜”と叫び声をあげながらカメレオン・サラマンダーが背中から落ちてきた、背中を打ち付けてひっくり返ってもがいているカメレオン・サラマンダーに、素早く近づきトオルハンマーで頭に一撃。
終わってみれば、余裕の勝利であった。光に還元されていくカメレオン・サラマンダーを見つめながら溜め息をつく。
残されたけ戦利品は、魔石とスキルスクロールのカードとポーションのカードがドロップした。一階層では破格の落とし物だ、特に一階層でスキルスクロールがドロップするなんてダンジョンが出来た当初の記事でしかみた記憶がない。
もしかすると、最初に倒したボーナス的なポイントが有るのかもしれない、カードのログで見ても討伐した記録だけで他には何も書かれていなかった。
何のスキルスクロールかな?と見てみると、案の定"ファイヤーボール"だった、割と定番の魔法のスキルスクロールで中層ではよくドロップする。しかし魔法系に限らずスキルオーブは取得しても技を習得するのに時間と努力とセンスが必要なのに対して、簡単に技を使えるようになるスキルスクロールは人気のドロップ品だ、此れは高く売れるかな?と雫斗は売る気満々である、自分で使わないのか?と疑問に思うかも知れないが、魔物を倒すと固有スキルが手に入る事が分かった事と、雫斗のお爺さんである武那方 敏郎の影響が大きい。
敏郎爺さんが言うには、スキルを使った剣技は躱しやすいと言うのだ。始点と終点が同じ軌道を描くスキルの斬撃はどんなに早くても見切る事が出来る。いや予測がつく、もし使うなら予測されない工夫をするかフェイントを使う。もしくは斬撃自体の軌道を変えるかしなければ使えないとの事だ。つまり鍛錬をして身につけなければ意味がないと言うのだ。どのみち鍛錬するなら技の単体のスクロールより体系を覚えられる剣技や魔法のオーブの方が後々お得だと考えているのだ。うまくいけば自分のオリジナルの剣技や魔法が使えるかもしれないのだから。
カメレオン・サラマンダーの倒し方を確立したことで最初のカメレオン・サラマンダーを倒しに行く、当然途中のスライムを倒しながら行くが、ついでに壁や小石、天井に注意を向ける。雫斗は”ダンジョンの壁”や”ダンジョンの小石” などのカードに表示される認識と直接見て認識されない情報のギャップが気になるようだ、その様子がカードをスマートホンに見立てて周りを撮影している変な人になっているが、誰も見ていないので良しとする事にした。そんな見方によっては奇妙な事をしながら進むと、おかしな壁が目に入った、一見普通の壁だがカード越しに見ると”ダンジョンの壁。何か変だ”の表示に戸惑う雫斗。ペタペタ触ってみても変な所は無い、暫く考えた雫斗はハンマーで殴ってみることにした。
別にダンジョンは壊せない訳ではない、ただ壊しても暫くすると元に戻るだけだ。それが不破壊属性と言われている所以ではある、ある採掘を専門にしている探索者が洞窟の広間と広間をつないでみようと考えた。つまり近道を作ることを思いついたのだ、採掘場所から採掘場所までの時間短縮のつもりだったのだが、思わぬ無駄骨に終わった。
仲間を募り測量した結果、隣の広間迄約5メートル。その壁を壊し始めた、仲間と削岩機で掘り進めて数時間後、5メートルを掘ってもつながらない。意地になってもう5メートル掘ったがつながる気配がない、不審に思った仲間たちと繋がる予定の広間に向かう、その広間の壁には傷一つない、不思議に思いながらも元の掘り進めた場所に戻ると壁が元の状態に戻っていたのだ。その探索者は落胆しながらも、協会へと此の事を報告して報奨金をゲットしたのだった。
ハンマーの様な武器は、穴を掘る道具では無い、しかし今日はたまたま採掘で使うツルハシを持ってきていない。仕方がないのでハンマーで殴る、「グヮシン」。おかしな手応えがある、”もう一回”「グヮシン」壁にひびが入る、何かあると確信した雫斗は勢いづく。
「グヮシン」「グヮシン」「グワガラララ」最後はものすごい音を立てて壁が崩れ落ちた。土煙が晴れると壁の向こうに通路が伸びていた。「隠し通路か?」雫斗は驚きを隠しきれずにいた、この5年間一階層で隠し通路なんて聞いたことがない、罠の匂いがプンプンするが、好奇心を抑えきれずに足を踏み出していた。
しばらく歩くと重厚なドアの有る部屋へ出た、何か文字らしき文様が浮かんでは消えを繰り返している。「どうしよう?やばそうなドアの前まで来てしまった。・・・そのまま帰るか?」緊張してまるで誰かに相談するように声に出独り言をいう、だけどそのドアは取っても無いどうやって開けるのかも分からない、探索者心をくすぐるドアなのだ。
気が付くと雫斗はドアの前に立っていた、そして浮かんでは消える文字を眺めていたのだその文字に興味をひかれた瞬間、天地が逆転した。落ちている様な浮かんでいる様な不思議な感覚の中、一瞬でもとに戻る、上下感覚は戻ったが目の前のドアが消えて広い空間が目の前に広がっていた。
見慣れない広間に怖気づいて後ずさると何かにぶつかった、振り向くと先ほど目の前にあったドアが鎮座している、その表面には先ほどと違って一つの文字列が浮かび上がっていた。それを何気なく眺めているとまた天地が逆転して、今度は通路が目の前にある。驚いて振り返るとさっきのドアが悠然と其処にたたずんでいる。雫斗はようやく理解したそのドアはワープゲートを兼ねているのだ、消えては浮かぶ文字の様なものは読めないから分からないが、もしかしたら行き先が変わるのかもしれない。
一応帰って来れたので、気持ちが大きくなって今度は違う文字の時にドアの前に立つ。一瞬の浮遊感の後、目の前にさっきとは違う小じんまりとした空間があった、その中央付近に箱の様なものが鎮座している。
「何だ?宝箱か?」雫斗は半信半疑で警戒しながら近ずいていく、宝箱は10層以降のボス部屋以外では見つかっていない。「罠か?」雫斗は最大限、気を付けながら蓋を開けた。そこにはスキルオーブと、2つのスキルスクロール、そして革製の豪勢な装飾が施された本が収められていた、おっかなびっくりしながら蓋を開けた雫斗は苦笑いしながら、宝箱から品物を取り出す。
スキルオーブは"言語習得"となっていた、2つのスキルスクロールも"言語習得(1)"だった。多分違いはスキルオーブが全ての言語を習得出来るのに対して、スキルスクロールは一つの言語を習得する事が出来るのかも知れない1の数字がそれを物語っていた。で、本命の豪勢な表紙の分厚い本だが、読めませんでした。まー表紙に書かれた文字を見て予想はしていたが、見たこともない文字の列にこれは読めないと諦めた。しかし完全敗北したわけでは無い、雫斗はスキルオーブを使う気満々である。
使い方はオーブを使用した事の有る人のブログに載っていた、要はそのスキルを自分に取り込むことを考える(願う?)だけである。それだけしか書かれていない為詳しい事は分からないが、今は試してみるだけだ。
オーブを両手に持ち厳かに掲げる雫斗、いちいち芝居じみた事をしないと気が済まないらしい(中二だから)。「さぁ~~、我を受け入れ、我の糧となり、我の力と成るがよい。共に困難を打倒すべし」と何処かの魔王が言いそうな台詞を宣う、ちなみに雫斗は誰も見ていないと思っているから、この様な事をして居る訳で、もし入り口で百花辺りが隠れて見て居たら赤面物である。部屋に閉じこもって出て来れなくなるほどの行いなのだが、そこは過ちを恐れない若さだと言える。
厳かに台詞を放ちスキルを取り込もうとした雫斗だったが、”使用する。YES・NO”と頭の中で事務的に響いてくる言葉に「ふぇ?」と呆けた声を出す。戸惑いながら何が起こったのか考えているともう一度、”使用する。YES・NO”と頭の中で声がする「えええええ~?、スキルオーブって意思疎通ができるの?・・・今日はオーブさん、おかっげんはいかかげすか?」とパニックになって見当違いのことを言う、若干ろれつが可笑しくなってはいるが、それは仕方が無かろう。
”使用する。YES・NO”。三回目ともなると切れている様に聞こえるのは気のせいかも知れないが、ようやく雫斗は使用するかしないかの確認の意味だと気が付いた「使います、使います。YESです」と慌てて言うと。「パリン」と小気味いい音と共に弾けたオーブはその破片がスローモションの様に漂いながら光の粒へと変わって行き、雫斗の体に纏わりだし静かに雫斗の中へと入って行った。
スキルを取り込んだ雫斗は戸惑っていた、呆気ないほど簡単で自分自身に変化が見られなかったのだ、本当に使える様になったのか不安になった雫斗はカードで自分を鑑定して確かめた。確かに”言語習得”のスキルが書かれていた、良しこれで読めると勢い込んでほんの表紙を見る。・・・・読めません・・・。落胆して何故だと考えながらも、あきらめきれずに何度も表紙の文字をなどって意味を掴もうと努力すると、その文字が意味のある形と成って理解できるようになる。
【叡智の書】・・・「EITINOSYO」。「えいちのしょ?」「叡智の書おぉぉ?」何か凄い本を手に入れたと喜び勇んだその時、雫斗の足元で魔方陣が浮かび上がる。やはり罠だったのかと恐怖に硬直していると、浮遊感と共に見慣れた通路へと移動していた。
辺りを見回して、此処が隠し通路を見つけたダンジョンの壁だと確認すると「くそ~~、何気に高性能なシステムじゃないか?、用が済んだら排泄物扱いかよ」先ほどの恐怖で引きつった顔で強気な言葉を言う。水で流され無かっただけましかと思い直して、手に入れた【叡智の書】を見つめる中を確かめてみたいがここで見る訳にはいかな、ダンジョンの中だと言い聞かせて修復された壁を見る。
普通のダンジョンの壁へと戻った隠し通路の壁を見つめて”隠し通路は他にもあるのか?もしかしてこれで打ち止め?”。と此れからやらなければいけない事が多すぎて目眩がしそうになるが、【叡智の書】で此れからのダンジョン攻略が進んでいく事に期待を寄せる雫斗だった。




