第三話 - 僕は伝説を手に入れた
◆◇ 十年後、自宅にて
十年の時が流れた。
十年分の歳を取ったマツボックリ売りの青年が、自宅のリビングでひとり、自分が出演したテレビのインタビュー番組の録画を見ている。
『マツボックリを飾るのがハリウッドでも大ブームということなんですけど、その人気の秘密はどのあたりにあるんでしょうか』
『まず第一に、マツボックリがすごく良い物だからです。日本には昔から水石という、自然の石を鑑賞するという趣味があります。マツボックリ鑑賞も拾ってきた松の球果を鑑賞するという点で水石によく似ている、侘び寂び文化に属する新しい趣味です。始めようと思えば子供でも始められるし、極めようと思えばそれこそ世界中の森を探しても満足できるマツボックリに出会えるか分からない。そういうところに、いつ人気が出ても不思議じゃないちゃんとした魅力があったんですよ』
『なるほど、マツボックリ鑑賞は正統派の侘び寂びだということですね!』
『ええ、ええ。そして第二のポイントなんですけど、やはり映画にエルフ族の趣みとしてマツボックリ鑑賞が登場したのが幸運でしたね。侘び寂びが茶の湯と一緒に育まれたことからもわかるように、鑑賞する趣味というのは一緒に鑑賞してくれる人がいないと成立しないんですよ。それが映画に登場して、一気に知名度が上がったことで、急に趣味として成立するようになった』
『あの映画は私も観たのですが、マツボックリが本当に美しく飾られていて、それがエルフ社会で重要な美術品になっているという設定にも説得力があり、すごかったですね!』
『監督いわく、日本の戦国時代の名物茶器のイメージらしいですね。広大な森林を統治するエルフが自分の統治力を誇示するために嗜む、上品な趣味っていうのがストーリー上の要点で、構想段階では炭を鑑賞するっていう設定だったらしいですけど、エルフが木を焼いて炭を作るっていうのがイメージ的にちょっと違うんじゃないかという迷いがあったとかで…」
『そこでマツボックリに白羽の矢が立ったというわけですね!いやあしかし、そこでハリウッド映画に抜擢されるのもすごい話だと思いますね』
『それは本当に幸運が重なったというか、出会った人に助けられたというか。まぁ全ては、“マツボックリの導きのおかげ”ですよね』
\ウォーースゲーーー/
\カッコイイーステキーー/
『ははは、ここであの映画のセリフが出てくるなんてグッと来ちゃいますね!それでは今日はこのへんで!また来週!』
パチパチパチパチパチパチ
………
……
…
〜〜〜〜〜〜〜〜
や〜よかったよかった、変なこと言ったり変な顔したりしてない。
テレビに出るって緊張しますね〜……。
去年、僕の集めたマツボックリがハリウッド映画への出演を果たし、マツボックリ鑑賞はハリウッドで一時的なブームになった。
アメリカ人的には「日本から輸入された侘び寂び趣味」っていう認識っぽいんだけど、日本人的には「日本にマツボックリ鑑賞なんていう趣味はねえよ(笑)」って感じの扱いで、「勘違いされた日本文化」枠で何度かバラエティー番組に取り上げられた結果、地味に日本でもマツボックリ鑑賞の趣味が広がりつつある。
この十年、いろいろなことがあった。
まず学生時代に使っていた事務所だけど、ある日マツボックリの仕入れのために行ったら、突然もぬけの殻になっていて、リーダーとも連絡が取れなくなった。
後から風の噂で聞いた情報によると、どうも「マツボックリ販売の事務所」というのがカモフラージュのための世を忍ぶ仮の姿で、僕の知らないところでマツボックリではない別の物も売っていて、そっちの方で何かやらかしてマズイ状況になり夜逃げしたらしい。
僕がテレビに出たりして少し有名になったので、リーダーから連絡が来るかもしれないと思っていたけど、今のところなにも音沙汰はない。
リーダー…元気にしてるといいけど……。
まぁ事務所とリーダーの話はたぶんあんまり人に知られちゃいけない、墓場まで持っていく系の話だと思うので、連絡来ても返信はしないけど…。
事務所が潰れたあとも一人で新宿駅でマツボックリ一個一万円で立ち売りしてたら、達人みたいな風貌のお爺さんが近づいてきて、十分ほど無言で眺めたあと、十二個あったマツボックリを全部買っていった。
このときに連絡先も交換した。
これが人生のターニングポイントで、それ以来この人から定期的にマツボックリの大量発注を受けるようになった。
このお爺さんは茶道の先生で、会席の場のコーディネートなんかもするらしく、そこで使うマツボックリを僕に注文してくれた。
縁側のような目につくところにさりげなく二つ以上のマツボックリを並べて置いておくことで、人為を演出する効果があるとかなんとか。
特にお見合いの席に二つのマツボックリを置いておくのがお客様に喜ばれやすく、これは持ち帰って家に飾る記念品になるから、マツボックリ単体で鑑賞したときでも心を動かされるような美術品としての質の良さが求められるらしい。
それでいて、もし持ち帰ったマツボックリを捨てちゃって、それを相手方に知られたとしても「あ〜マツボックリ捨てたんですね」で話が済むっていう軽さが、あやふやな交渉の席の記念品としてちょうど良いらしい。
という新しい趣向を、新宿でマツボックリを十二個も並べて立ち売りしている僕を見たときに思いついたらしく、それ以来この先生は僕にマツボックリの注文をしてくれた。
「おぬしは常軌を逸しておる」というお褒めの言葉もいただいた。
初期の頃は月にマツボックリ五十個の納入で十万円とかだった。
僕のマツボックリは一個一万円なんですよぉぉってけっこう食い下がったんだけど、「さすがに一個一万円だとこちらの採算が合わんよ」ってことで一個二千円まで値切られた。
この先生がいうならそれがきっと適正価格なんだろうと思って信じることにした。
生活は苦しかったけど、ギリギリ生活できない範囲でもなく、就職もせずにひたすらマツボックリ拾いに明け暮れた。
実際に常軌を逸してたように思う。
そんな生活を五年ほど続けてたら、ある日ハリウッドから電話がかかってきた。
英語で何言ってるか分かんなかったので間違い電話だと思って切ったら、しばらくして今度は日本語で電話がかかってきた。
マツボックリを次の映画の小道具として使いたいのでイイ感じのを百個くらい納入してくれという依頼だった。
最初は詐欺かと思ったんだけど別に詐欺ではなくて、普通に百個を納入して一万ドルが支払われた。
後から聞いた話によると、向こうの映画監督が日本の友人宅のパーティーに参加したときに、リビングに僕のマツボックリが飾ってあるのを見て「オーウ!ファンタスティーーク、クールジャパーン!」って思ったことからそういう運びになったらしい。
なんで監督の友人宅に僕のマツボックリが飾ってあったかっていうと、先生のコーディネートした会席にあったマツボックリを持って帰ったものらしいので、先生と監督、あとお客様には感謝してもしきれない。
まぁ映画に出たって言っても「エルフの家になんかマツボックリが飾ってあるなぁ」くらいの小道具だったんだけど、映画業界で「そのへんで拾ってきたマツボックリを家に飾ってエルフっぽい雰囲気を醸し出す」っていうジョークが流行して、それで一気にマツボックリ鑑賞っていう趣味の認知度が上がった。
仕事が上手くいった流れはだいたいこんな感じ。
あと変わったことといえば、伝説の加藤さんに会えた。
十年前、リーダーが事務所に出入りしてる個人事業者のモチベーションを上げるときによく口にしてた、月に二百個のマツボックリを販売したというあの加藤さんだ。
絶対に架空の人物だろうと思っていたけど、意外にも実在する普通のサラリーマンで、加藤さんの方から連絡をくれた。
本人から話を聞いてみたところ、あの月二百個販売の伝説にはかなり尾ひれがついていて、二百個のマツボックリを販売した月があるのは事実だけど販売価格は全部で三十万円だったらしい。
この売り上げはお金持ちのパーティーの余興のためにマツボックリを納入することで一度で達成された売り上げであって、それ以外の月は僕と同じように販売実績はほぼゼロだったという。
なかなか売り上げをあげられない状況が続いて「こんなマツボックリ販売なんつー意味不明なこと、これ以上やってられっか!」と思って就職して働いていたらしいけれど、何年かして「マツボックリ販売を生活可能な採算ラインに乗せてるヤツがいる」という噂を聞いて僕を探してくれたらしい。
それからは加藤さんとペアを組んで、二人でマツボックリ販売をしている。
加藤さんのマツボックリに対する審美眼には目を見張るものがあって、僕はこの人に会えて本当によかったと思っている。
伝説の加藤さんは僕の仲間になった。
言ってしまえば、僕は伝説を手に入れたわけだ。
やっぱりマツボックリは良いなあ……。




