第二話 - マツボックリは違法じゃないから
◆◇ 実家にて兄と
お盆なので青年は実家に帰った。
社会人の兄も帰省してきていて、これは久しぶりの兄弟の会話。
「お兄ちゃん久しぶり〜」
「おう久しぶり。あー、お前さ、ちゃんと大学いってる?」
「大学はそこそこ行ってるよ」
「なんかお母さんから、お前が怪しいビジネスにハマってるって聞いたんだけど」
「マツボックリ販売のことかな」
「マツボックリ売ってるの?詳しく聞かせてよ」
「事務所でマツボックリを仕入れてきて駅前で売る仕事」
「へー売れんのそれ」
「あんまり売れないんだよ。半年で四個売れただけ」
「全然売れてないじゃん。一個いくらで売ってるの?」
「マツボックリ一個一万円」
………。
マツボックリの値段を聞いた兄は急に真顔になった。
「マツボックリ一個一万円って聞こえたんだけどあってる?」
「うん、マツボックリ一個一万円」
「お前それ違法なやつだよね」
「いや全然合法だけど」
「やってるやつはみんなそう言うんだよ」
「いや本当に普通のマツボックリで」
「マツボックリによく似た熱帯雨林原産のハーブとかでしょ?それ現行法が追いついてないってだけだから」
「だから〜…いま持ってるから見せるね」
弟はカバンの中から木箱を取り出し、テーブルに置いて蓋を開けた。
そこには弟の大切なマツボックリが十二個、行儀よく並んでいた。
「これを駅前で売ってるんよ」
「おお…確かにマツボックリだね……大学生がマツボックリ持ち歩いてんのか…」
「全然違法なブツじゃないでしょ?お母さんが言ってるような怪しいビジネスではないよ」
「いやまだ怪しいけど…お前さっき半年で四個売れたって言ったよね。これ一個一万円で四個も売ったの?」
「良い物は良い物なので、真面目にやってると運で売れる感じ」
「どんな感じで売れたのか詳しく話して」
弟は兄に、マツボックリが売れたときの状況を説明した。
一個目のマツボックリはこの仕事を初めてすぐ、若い男性が買っていった。
このときは仕入れのため生活費が苦しかったので、運良く売れて助かった。
二個目のマツボックリは二ヶ月目に、中年男性と若い女性の二人組が買っていった。
たぶんあの感じはお金持ちとキャバ嬢だろう。
三個目のマツボックリは四ヶ月目に、若い男性が買っていった。
このときの男性は、一個目を買っていった男性と雰囲気がよく似ていた。
四個目のマツボックリも四ヶ月目に、酔っ払った男性が買っていった。
この月は二つも売れたので、おっ、いけるんじゃないこれ?って思ったけど、そこから二ヶ月連続でゼロ実績なので、完全に気のせいだった。
ちなみに四個目をご購入されたお客様はかなり泥酔してたので、帰る途中にマツボックリをそのへんに捨ててないか心配。
「うーん…仕入れってのが気になるが、一個いくらで仕入れてるんだ?」
「事務所のリーダーから一個二千円で仕入れてるよ」
「高いな…一個目と三個目を買った男って同一人物じゃない?サクラだよそれ。お前にもっとマツボックリ仕入れさせようとしてんだよ」
「え〜やっぱそうなのかな…まあそんな気はしてるけど……」
「ほかの可能性としては、マツボックリ内部に違法なブツが埋め込んであって、それの運び屋をやらされてるとかじゃない?」
「売れなかったマツボックリを勉強のために何個か分解したことあるけど中身は普通だったよ。あと仕入れがでっかい箱のなかにマツボックリが何百個か入ってて、そこから自分で選ぶシステムだから、あの箱のなかのマツボックリになにか仕込んであるとは思えないんだよね」
「システムとか言うなよ笑っちゃうだろ」
「でもあの箱、本当に良いマツボックリをリーダーや上の人が先にピンハネして、その残りを僕たちに卸してる気がするんだよね〜…」
「そのリーダーって、ぶっちゃけチンピラじゃない?」
「リーダーは〜…まぁ見た目はかなりチンピラで、中身もかなりチンピラだけど」
「身も心もチンピラじゃねーか。チンピラの人は良いマツボックリ選んだりしないと思うから、箱の中身はノールックだと思うよ」
「ま〜そのあたりはリーダーや上の人を信じるしかないよね…」
「その、なんだ、そのマツボックリのビジネス?で上手く行ってる人いるの?」
「伝説の加藤さんって人は、マツボックリを一月で二百個売ったらしいよ」
「え、月収二百万ってこと?やべー」
「そう、あっ仕入れ値があるから利益だと百六十万くらいだと思うけど、とにかく加藤さんはすごい人なんだよ」
「その加藤って人はどんな感じの人なの?」
「渋谷オフィスを拠点にしてた大学生らしいけど、僕は会ったことない。最近はもうマツボックリ販売してないらしいよ」
「疑うようで悪いんだけど、その加藤って人、架空の人物なんじゃないか…」
………。
違法取引や詐欺を疑うような話題が続き、どんよりとした空気が部屋を満たしていた。
「そもそもなんだが、なぜマツボックリなんだ?」
「えっだってマツボックリって良いじゃん。知名度も高いし、みんなマツボックリのこと好きでしょ?」
「確かにマツボックリ知らない人も、マツボックリ嫌いな人もいないが…。クリスマスの飾り付けの素材とかで一個百円で売られてるのは納得感あるけど、駅前で一万円で立ち売りするのはおかしいだろ」
「う〜ん…例えば、僕が持ってきたマツボックリ十二個のうち、一番良いのはどれだと思う?」
弟はテーブルの上のマツボックリの木箱に視線を向ける。
兄は一分ほど悩んだあと、左から五番目のマツボックリを指差して答えた。
「どれも一緒に見えるんだが、あえてどれかというとこれかなー…。これが一番かさの開き方が均整が取れているね。形もズングリとした卵型で整っていて、置いたときの座りもいい」
「なるほど、たしかにそのマツボックリも良いよね。じゃあその右にあるやつはどう?」
「右のはかさが全然開いてないよね。上の方がすこし開いていてグラデーションのように見えるか。マツボックリっていうと開いているイメージだけど、これもこれで可愛らしい形ではあるな」
「ありがと。僕はその十二個のなかだと今の二つが他より良いマツボックリで、その二つの間では優劣はつけられないと思ってるんだよね。だから売るときに目立つように真ん中に置いてる」
「うおぉ……ガチでマツボックリ良いと思って売ってるんだな……」
「そう僕はガチなんだよ。良し悪しがある無数のマツボックリの中から鑑賞に向いたごく少数のマツボックリを選ぶっていうのが僕のやってる仕事なわけだけど、マツボックリの採取、保管、選別、販売といったステップを通ると、どうしてもマツボックリ一個一万円くらいになっちゃうんだよね。まあ採取と保管はいま事務所まかせなわけで、ここを自力で賄えばもう少しコストダウンできる可能性はあるけど。コストとかよりまずマツボックリを鑑賞したいっていう需要が全然ないっていうのが問題なんだよね」
「んーーー……」
兄はもう疲れたというふうに背伸びをした。
「お前がやってるビジネスは怪しさ満点だけど、少なくともお前は真面目にやってるっていうのは分かったよ。だからといって応援はできないけどな」
「応援してくれなくてもいいけど、マツボックリはいかが?一個一万円だよ」
兄はかさが開いている方のマツボックリを手に取り、財布から一万円を支払った。




