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四、事情聴取

「これって何か意味はありませんかね?」

「! よく残ってたね、写真なんて……。でもこれ見て」

「顔が潰されてる」


 写真は集合写真だった。年齢、付添の大人からみて恐らく学生か何かの類だろう。

十代の子供達が十数人と、大人が二人ほど。規則正しく並んで写真を撮影している。

 そしてその中のひとり、恐らく少女であろう子供だけが真っ黒に塗りつぶされていた。かろうじて見える範囲で推測できるのは、体格のみ。


「体格からして女の子かしら?」

「トラウマの相手かもしれませんね」

「男女といったら、恋愛か肉体関係か。どちらにしても、傷つくには十分な関係っすね」


 嘘をつかれたか、恥をかかされたか。

何にせよ感受性の高い十代の頃にトラウマを負うほどの何かがあったとすれば、それが理由だと言って間違いないだろう。

 これだけ人数のいる集まりがあったのだ。もしかすると他の女生徒もグルで、家主に対して何かイジメだとかを行ったのかもしれない。

 今もイジメに対する対処はたいして良いものではないが、この時代はもっと酷いだろう。助けを求めたところで、手を差し出してくれる人間がはたしてどれだけいたのか。


「劣化が凄くてよくわからないけれど……、この女の子のお着物とっても良いものよ」


 トントン、と黒く塗りつぶされた少女を指差して逸子が話す。

逸子が生きていた頃は、まだ着物も現役だった。彼女自身は洋服を着ていたが、それでも頻繁に目にすることもあるし何なら着たこともあった。

 しかしそれは、逸子のはるか昔から生きているすゑも同様であった。

いや、むしろすゑの生きていた時代は和服しかなかったと言い換えよう。


「なにそれ、逸子さんほんと?」

「……白々しいわねぇ、あなたのほうが詳しいでしょうに」

「テヘ」


 などととぼけつつもすゑは写真をじっと見る。そして口を開いた。


「そうだね。いい着物だ。こんな田舎で良いものを着れるだなんて、随分お金のある家に住んでるんすね。仮に起きたのがイジメで、彼女が首謀者だとしたら――」

「親が隠蔽、ですか」

「酷い話だけどありえるわ」


 どの時代も酷いものは何よりも人間なのだ。だいたい現世に縛り付けられている怨霊というのは、未練というか怨恨が多い。

殺されたとか嵌められたとか理由は様々だが、人間が人間に対して何かしらの悪事を働いたせいで殺された死んだ人間は、強い信念でこの世にとどまり続けるのだ。

 その犯人が死んだとしても。むしろ、その犯人が死んだことで達成できない、まだ残り続ける恨み辛みを抱えながら死んだとしたら。

その抱いていた怒りはどこにぶつければいいのだろう。


「この蔵はもういいっす。村の歴史館や知識人に聞いて回りましょ」

「えっ、章浩さん放置して大丈夫ですか?」

「うーん」


 流石に依頼主の夫を家の柱に縛り付けたまま放置していくのはまずい。付け直した札が良いものであったとしても、何かがあったときに対処が出来ない。

かと言って奏は置いておくには戦力的に弱すぎるし、除霊を頼まれたすゑがここに留まるのも理由としてはおかしい。

そもそも過去を知りたいと言い出したのはすゑなので、残るとすれば――。


「私が見ておくわ」


 もちろん逸子である。

この除霊師の中でも最後の頼みとされるすゑの唯一無二のパートナー。この世でたった一人、すゑのやること成すことについて行ける人物だ。


「そ。じゃあお願い」

「え!? 大丈夫なんですか!?」

「大丈夫大丈夫」

「えぇ……」


 彼女たちの間にある秘密を知らない奏にとっては、悪霊に取り込まれる可能性がある幽霊を置いておくのは無謀な話だ。

だがそれを可能にしてしまうのは、すゑと逸子の間に特殊な契約があるからである。

 はてさて、すゑが逸子を頼りに出来るくらい彼女がここまで力を有するのは、また別のところで話をしよう。





「あぁ? あの家の歴史だぁ? 知らねぇな」


 三人目の村人に訪ねても、返ってくる答えは同じだった。それもそうだろう。あんな呪われた家のことなんて知りたくもないし、関わりたくもないはずだ。

だったら売りに出すなという話だが、あの家も村の家も管理しているのは委託した不動産業者だ。しかもその連中も村人の話を聞こうとしない現実主義者の連中なのだから、また歴史は繰り返していく。彼らにとっては利益が出ればそれでいい。むしろ相手によっては「出る場所」だと伝えれば、逆にいい効果が得られるやもしれない。

 しかし実際に被害者が出れば村人達は殺人に加担した犯罪者なのだが、死に方が死に方だし、警察もどこも「幽霊に呪い殺された」だなんて信じてくれないだろう。

だから今の今まで何度もむごい事件が起きようとも、こうして放置されていたのだ。


「この写真に心当たりは?」

「んだその古いの。見たこたぁねぇよ」

「そうすか、あざます」

「ありがとうございました」


 最後の手段で掘り出した手紙を見せる。だが反応は本当に知らない様子だった。

結局誰に聞いても知らないと言われるだけで、大した収穫はない。


「誰も知らないみたいですね」

「嘘ついてる様子はないし、年代も随分古いから本当に知らないっすね」

「なぁ、あんたら!」


 バタバタと走って来たのは、家屋について訪ねた二人目の村人。

わざわざ村の中を駆け回ってすゑと奏を探してくれたようで酷く驚いた。この村の人間は優しく情に厚いが、あの村外れの家屋にだけは厳しかった。

だから聞いて回る二人を避けている様子が度々見られたのだ。そんな中、彼らを探す者が現れればそれは驚くだろう。

 二人は男が息を整えるのを待ち、話を聞き出すとこれまた驚くことになる。


「みんな嘘ついてんだろ」

「まぁ、多分そうでしょうね」

「公民館に行ってくれ。あそこにゃあ何でも揃ってるし、何なら館長は村に詳しい」


 急に協力的になった村人にすゑは目を丸くした。家には関わるなとあれだけ言ってきたというのに、突然どういった心変わりだろうか。

すゑが問う間もなく、村人は自ら口を開いた。


「カミさんがあんたのこと調べたんだよ。超有名で超実力派の除霊師だって?」

「まぁ……」

「あんたが来てから村の様子が落ち着いてんだ。なんかこう、今までは「ザワザワ」って感じで、嫌な雰囲気だったんだよ。だからよ、カミさんの話聞いて、もしかしたらあんたならやってくれるかもって思ったんだ」

「そすか……」


 男は頭を下げた。先程の家に事情を聞きに行ったときの、腫れ物に触るような態度はもう全くなかった。

 深々と下げられている頭を見下ろして、すゑは「いい時代になったものだ」と心のなかで笑う。昔はすぐに調べ物が出来るスマートフォンなる利器はなかったし、よそ者に対しての態度はもっと酷いものだった。

 国が豊かになって人間も柔和になった。長い間除霊師として酸いも甘いも経験してきた彼女にとって、こういった時間は時代を感じさせてくれる一瞬の一つだった。

 もちろん、時代の流れというのが理由ではないだろう。

村人達はあの家を避けているが、いつかはあの呪縛から解放されたいと思っているはずだ。だが小さな村で、著名な除霊師に依頼する金などない。なんとかしたくてもどうにも出来ない現状。

 そんな中、一つ差し込んだ希望の光。この「延来院すゑ」という女ならば、やってのけるかもしれない。そんな淡い希望を抱いたのだ。


「なぁ、さっきは悪かった。どうか村を救ってくれ」

「……あたしはあの家を解放するだけっすよ」


 四人目の村人を探すのをやめて、二人は公民館へと足を向けた。

 すゑとしてはありがたいことだが、田舎の、しかも対して広くもない村落に公民館。すゑは違和感を感じる。解放されたい村人もいるなか、除霊師を頼む金はないのに公民館は建設出来るのか。

 もしかしたら、村人が諦めてしまっているのは除霊師のせいなのかもしれない。

以前どこかで依頼して、ヤブだったか大金をもぎ取るだけもぎ取って死んでいったのかもしれない。

何にせよ村人の口は固くつぐまれている。





「こんにちは」


 二人が公民館に入るとちょうど人がいた。気の良さそうな中年代の男性だ。

田舎の村にしては様相もしっかりとしていて、田畑で働くような格好ではない。いかにも事務仕事をしていそうな格好だった。

 男性は二人を見つけると、驚いたような顔をする。そして二人に寄ってきてニコニコと微笑みながら話し始めた。


「どうも。珍しいな、若い人達がここになんて……、観光かい? 私は館長の小嶋 武郎(たけろう)だ。案内しようか。どうも暇でね……」

「いえ、観光ではなく除霊に来ました。あたしは除霊師の延来院 すゑっす」

「俺も除霊師の双雲 奏です」


 都合よく小嶋はこの公民館の館長であった。しめた、と思った。

もしかすると歴史か何かを扱っているかもしれないからだ。そして彼自身も何かしら知っているかもしれない。

 ここで何も知らない何もないと言われてしまえば、村自身があの家屋についての歴史を封じ込めてしまったと諦めるしかない。

犯罪者をプロファイリングする捜査官のように、患者に寄り添う医者のように、出来るだけ相手を知っておきたいすゑにとっては致命的だ。

 もちろんそれがなくとも除霊は実行できるのだが、問題は彼女のモチベーションに関わる。


「あぁ、あの端の家に来てる人達か」

「話が早いですね」

「村は狭いから、何でも筒抜けさ」

「何か知ってますか?」

「……こっちに」


 連れてこられた部屋は展示室だった。ざっと見るだけでも村の歴史が事細かに書かれている。そこまで広い村ではないが、歴史的には結構重要な保護すべきものがあるらしい。

古き良き日本家屋が数多く残っていることもあって、今後の世代に伝えていきたいとこの公民館を建てたようだ。

 さて、部屋を一望するとすゑは息を呑む。最初から人に聞くのではなくここに来ればよかったのだと。


「やめろって村の人は言うんだけどね。私は村の全てを包み隠さず見てほしいんだよ。」

「これは……」


 そこにはあの家屋の歴史が綴られていた。村人が怯え恐れ怒るのも無理はないと言うほどに詳細が連ねられている。

やはり村の歴史の中で一番重要で、問題だったのはあの家に関してなのだろう。他の、田畑や扱っている林業などに関しても触れられているが、本当にサラッと簡単に済まされている。

 なんと言っても最も目を引いたのは、焼け落ちたあとの写真だった。

あの家は一度燃えていたのだ。

 話によればその後早々に建て直され、現在のあの母屋があるという。だから本当にオリジナルではないのだ。村に現存する他の日本家屋は、同年代に作られたものだが、あの家だけ建て直しがあったために比較的新しめなのだ。


「蔵は離れてるから、残ったんだ。でも母屋は酷い燃え具合でね」

「当時は処理も雑で、しっかりとした捜索すらしなかった」


 今のような消防署も消防車もなければ、ただただ燃えていくだけの家を見るしかなかっただろう。村外れに建っているせいで発見も遅れたかもしれない。

だが蔵だけは残った。まるで意図していたかのように。


「あぁ。それに、彼の境遇は知ってるんだろ?」

「境遇?」

「酷いイジメにあっていたんだ。村の有力者である娘に恋をしたのが発端なんだけどね、彼女は凄く彼を嫌ってね。だから取り巻きが彼に仕置きしたんだ」

「なるほどね……」


 まるでパズルのピースのようにカチカチと情報が噛み合っていく。

 両親を追い詰めていた「さとだ」。村の有力者、娘。恋をした青年。「彼女と付き合うな」という両親の警告。

 村の有力者の娘であれば、恋人ないしは許嫁がいてもおかしくない。弄ばれた恋心は、次第に殺意に変わっていくのだろう。信じていたはずの彼女は、自分をあざ笑い遊んでいたのだから。

彼にとって見れば、裏切られたも同然だ。


「まだ戦争すらやってた時代だからね。倫理観なんてないし、彼の寝ている時に当たり前のように家に火をつけたんだ。イジメの延長さ」

「……」


 それは嫌なほど長く生きているすゑが一番良く知っている。すれていた時期もあった。だから逸子にあってなければ、こんなにまともでいられないだろう。もしかしたら除霊すらやめていたかもしれない。

だがここに立っている。心が折れなかった証拠だ。

 あの時代の霊達はまだこの世をさまよっている場合がある。彼らを解放してあげるのが、彼女にとっての使命だ。


「一緒に寝ていた親諸共死んだって聞いてるけど……実際はどうだかね。村はこの当時の記録を封印しているから。それに、離れだけは残った」

「あの離れに強い思念が残っているのはそのせいっすね」

「蔵に頻繁に出入りしていた章浩さんがやられたのも分かりますね」

「恐らく他の家族もそうだろう。割と重たいものもあったし、旦那さんが主軸となって片付けを始めたはずっす」


 すゑは日記について尋ねた。あの空白の期間、何があったのか。

流石にそこまで資料が揃っているわけでもないので、小嶋も憶測での返答だった。


「小嶋さん、彼の日記が一部なくなってたんすけど、それもいじめの犯人達が隠したのだと思いますか?」

「恐らくね。もうその「有力者」は村にいないんだけど、イジメを隠蔽していたくらいだからきっとそこも処理したんじゃないかな」

「そうっすよね。今日はありがとうございました」


 二人は公民館を後にした。のそのそと歩くすゑ。

その表情は納得の行かない様子で、思った以上に知識を得られたというのにモヤモヤとしているらしい。

「んー」だの「おかしいなぁ」だの口にしている。流石にそこまであからさまになれば、奏も気付いて彼女を待った。

 我慢出来なくなったのか、とうとう思っていたことを口にした。


「なんか腑に落ちないな」

「なんでですか? 十分知れましたよ。人を恨むには当然の理由もありましたし」

「まぁ、そうなんだけどね」


 眠っている間に死んだのであれば、誰が犯人だということも知らないはず。今までの所業に違和感を覚えていくかもしれないが、それでも最終的に犯人と加担した人間が分からない状態で誰かを憎むだろうか。

 小嶋もそこに違和感を覚えていたようで、少し不満そうに伝えていた。未来に残った記録ではそこで死んだとなっていたが、実際は――。

 もっとも、憑かれた人間たちは「女」を毛嫌いし「綺麗」にしようとしている。とすれば、村にいたご令嬢を恨んでいると考えてもいいだろう。あの話の流れからしたらそうなっても当然だ。


 だがあの教えてもらった内容の中では、彼女の酷いやり方を見てきたが、男が気付いている様子は見られなかった。

もっとも彼は彼女に心酔し、恋に落ちて盲目になっていた。

 それこそ不審だと思っていても、彼女が言うなら彼女のためならと何でもしただろう。それがどうしたら彼女を恨むところまで行くのだろうか。


 村の人間は口を噤むままだ。一番よく知れた資料のある公民館で知れた事実はあれだけ。これ以上はもう得られない。

……諦めて除霊に移るしかない。


「どうするんですか?」


 再び険しい顔で黙りこくっていたすゑに、奏は聞いた。

札で大人しくさせているとはいえ、時間は刻一刻と過ぎていく。章浩の中に入ってからもう随分と経過している。

中の悪霊は抑え込めているとはいえ、今度は憑依された肉体が限界になるところだろう。

 奏もあまり急かしたくはないが、依頼主達のことを考えればそろそろ諦めて腹を決めねばいけないのだ。


「蔵を対処しよう。多分っすけど、日記やこの写真に強く執着してるはず」

「……ずっと思ってたんですけど、それ持ち出して大丈夫だったんですか?」

「ん? あたしが持ってりゃ大丈夫っすよ」

「……」





「おかえりなさい!」


 現・松原家へ帰宅すると、死んでるはずなのに元気な声が出迎えた。疲労しているようすも力を奪われた様子も見られない逸子だ。すゑは少しホッとする。

 逸子から不在だった時の様子を聞きながら、章浩のもとへと向かう。


「問題ありませんでした?」

「えぇ。すゑちゃんが良い御札を使ってくれたからかしらね」

「まぁその分中に蓄積された瘴気がでかくなってんすけど……、あーこわいこわい」


 除霊できるレベルで収まってくれればいいけど、なんてちょっとだけ不安に思いながら。

だがこのレベルの除霊が今に始まったことじゃない。それこそ奏の祖父・音忠と共に仕事をしていた頃は、もっと前の時代の霊も相手にしていた。

 長年蓄積された恨みは酷く強く、随分苦戦したのを覚えている。あの頃は現在と違って設備も札ももっと弱かった。今再戦すればきっと大したことはないのだろうが、それでも強烈な戦いに身を投じてきたのは確かだった。

装備もまともに揃わぬまま大きな相手に挑むのは、大層苦労を要した。


 どちらにせよ、除霊師にはやらねばならぬときがあるのだ。うだうだグダグダ言ってる場合があれば、とっとと封を外して立ち向かうほか無いのだ。


「じゃ、このまま章浩さんを蔵へ連れてって――やりますか」

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