25mプールに叫ぶ
「ねえ、孝明君がピンク風船を使ってるのって何でなの?」
「昔どうしても勝てない友人に偶々そのキャラを使って勝ったからだけど。天野も『ゴリラップチャンネル』が好きなんだろ? 何でゴリラを使わないの?」
「私に向かなかったと言いますかね……私もちょっと頑張ったわけですよ。でもねー重量級のパワー系が性に合わないチューの? ま、そんな感じっす」
街中をゲームの話をしながら歩く男女。これはもうデートと呼んで差し支えないだろうか? なんだろう超楽しい。いいのだろうか? こんな幸せがこの世にあっても。
「いやーでもゲームが語れる友達が欲しかったんだよね。大輔君は部活ばっかりだし、武君も委員会、真衣ちゃんは興味ないし、杏ちゃんは下手だしさー」
お前、自分の大好きな実況者の事をヘタクソ呼ばわりしてるぞ? 仕方ないけど。
「なんか放課後もみんな忙しそうでさー帰宅部の私は暇で暇で仕方ないつーわけですよ」
「天野は何か部活しようとか思わないのか?」
「んーと、中学の時は水泳やってたけど、キツイし辛いしで、ゲームしてる方が100万倍楽しいわ! ってプールに叫びながらビート板叩きつけて辞めちった」
「…………」
「ま、人間泳げなくても生きていけるよね。海賊でさえ金槌でいい世界があるんだから」
水泳部なのに泳げなかったのか。ビート板を持っているところから何となく予想は出来たが、三年間も続けていたのに泳げなかったのだろうか?
「その世界は代わりに特別な能力を得てるだろ? 天野ただの金槌じゃん」
「まあねー。家の学校のプールは足が着いたから、それでも楽しめたんだけどね」
杏はよく足がつかない場所でよく溺れかけていた。あいつもまだ金槌だったはずだ。
「でも、練習しても全然泳げなかったのはショックだったなー。ま、練習って言っても夏の気持ちく入れる時期だけだったけど。寒中水泳なんて勘弁だし」
「要はただ夏にプールにで入りたかっただけかいな」
「ま、一応部活だったからねー本当は自由時間までサボりたかったんだけど、顧問が練習しなきゃプールに入れないぞ! ってうるさくて。全く嫌んなるよね?」
同意を求められるとこ恐縮ですが、顧問に同情である。よくそんな生徒を顧問は部活に置いてくれたものだ。それに、顧問としては泳げない生徒をプールで自由にさせて溺れでもさせてしまった一大事である。
「孝明君は? 中学の時に何かしてなかったの?」
あーやっぱり俺の話になる? いや、自分で中学時代の話を振ったしまった時点で予想はしてたけど。
「……俺はサッカーしてたよ」
「孝明君にそんなキラキラした過去が!?」
何に驚いてんだよ? というかそんなに普段の俺は暗く見えているのだろうか?
「キラキラはしてなかったよ。泥臭いもんだよサッカーなんて、泥まみれの怪我まみれ……天野と一緒、シンドイ、辛い、飽きた! って海に叫んでから辞めた」
「おーなんか私より青春っぽい。私なんか25mプールだったからね、しかも、バリアフリーだったから色んな人が驚いて見られちゃった」
今の話にバリアフリーが関係していたか? ……もしかして、壁がフリー? 屋外って事を言いたかったのだろうか?
「それでサッカーを辞めちゃったんだ?」
「声に出して、叫んで、自分の気持ちを表したらスッキリしたら、もう俺の中にサッカーに対して情熱は無いんだなって、次の日からはゲーム三昧」
「ほー、お仲間ですね! やっぱり楽なのが一番だよねー」
「そうだな」
本当にそう。楽が一番。辛いのは嫌だ。キツイのも嫌。無理せず頑張らず自分の出来る範囲で生きる。
「というか、サッカー経験者なんだね? 今週の日曜日にフットサル大会があるんだけど? もう三日しかないけど、よかったら孝明君もどう? うちのチーム経験者が一人もいないって不安だったたんだよね?」
杏はまだ俺の事を誘う話をしていなかったのか。ここまでその話が一切、天野の口から出ていなかったから、そんな気はしていたが。
「でも俺なんかが急に天野達のグループに加わったら空気壊さないか?」
即答で「行く」って言えないのが悪い所だよなあ……分かってるが聞かないと不安で仕方ない。大丈夫っていう太鼓判なしでは大手を振れない小心者である。
「さあ?」
「考え得る限り最悪の答えだぞ、それ?」
無理なら行かないし、大丈夫なら行くっとさらっと答えられるのに。
「私は大丈夫だけど他は私には分かんないなー。みんな何か隠してる感じがするんだよね」
「隠してる?」
「ただの仲良し集団じゃないんよ私達。闇を抱えてるっチューの? せっかく集まったのに本性を隠しあってる感じ? 裏の顔を絶対に見せないようにしてる偽者達の臭いがプンプンするっつーかなんつーか」
見方が変わるというか、他人をしっかり観察するような人なのだろうか?
「ま、隠しているなら無理に聞かないけどねー無理はよくない、健康第一!」
「今の話と健康は関係ないだろ……」
「心の健康の話。人の闇を知っても互いにシンドイだけ。だから孝明君と杏ちゃんがどんな関係かは聞かないであげるー」
「え?」
そう言って、携帯の画面を天野は見せる。そこにはメッセージが書かれてあり。
杏 『クラスにいる輪村孝明がサッカー経験者らしいから誘ってもいい?』
杏 『本人からの言質はとってるから』
「これ、フットサル専用のグループなんだけど、私が言う前に杏ちゃんが言っちゃった。でも、さっきっていつ? 学校で杏ちゃんと私達は今日ずっと一緒にいたんだけど、孝明君といつ話していたのかな?」
なんて間の悪い時に……。一度、携帯の画面を自分の方に向け、軽く操作をしてから俺に再び見せてくれる。
天野『私は一向に構わん!』
「それに私の事は苗字で呼ぶのに杏ちゃんは名前で呼んでるし。怪しーなー」
ニヤニヤとする天野は俺にメッセージ画面を見せ続ける。
大輔『輪村か、アイツなら大歓迎!』
山内『どっちでもー』
環 『まあ杏が言うなら』
天野の返信を皮切りに次々と返信が送られてくる。
「お、みんな大歓迎みたいだね」
自分でも画面を確認した天野が世迷言を口にしている。
「いや、絶対みんなではないだろ?」
少なくとも、環は俺の参加に対して微妙な態度のように見える。
「真衣ちゃんかな? あの子ツンデレだから気にしないで。それに、これは参加確定でしょ。さあ、孝明君! おめでとうございます! 参加するに当たっての意気込みをどうぞ」
何でそんなテンション高いの? 天野は携帯をマイクのように俺へ差し出す。
「まあ、焦らず、目立たず、頑張らずにやっていきたいと思っています」
「ふふん。良い答えですね。そういうところ私は好きだよ」
好きと言われた事にドキッとしてしまう自分が少し情けなく思えてくる。
「孝明君の活躍を私は楽しみにしてるよ。君の青春の雄叫びを再びカムバック!」
語義が重複している事には突っ込まない。
「それじゃあ、私はこの辺で。あ、私が杏ちゃんと孝明君の関係を疑ってる事は杏ちゃんに秘密でお願い! よろしくねー」
「あ、うん……」
バイバイと大きく手を振る天野に軽く手を振り返す。なんだろう、アイドルの残念な私生活を見てしまった気分である。天野に感じた憧れとのギャップに只今、心が苛まれ中。
しかし、帰天野の笑顔と声が頭から離れないところを見ると恋はまだまだ冷めてないようであった。