天人なのです
放課後、SNSを見てみるとトレンド欄に、昨日、杏の配信アカウントで俺とのゲーム動画の一部が載っていた。
『不憫』『不運』『可哀想すぎ』『哀れww』
どのコメントも俺に言われているようで悲しくなる。『不運! 一位の友人に起きた悲しみの結末!』と、書いて杏は投稿している。うるせえよ。
まあ、これほど滑稽なシーンも滅多にないだろう。
自分でなければ腹を抱えて笑っていたところだ。杏達のグループもこの動画を見て盛り上がっていた様子であったが、杏はどんな気持ちでいたのだろうか?
宝物を見つけたかのように目を輝かせ昨日のゲーム動画を持ち帰った杏だが、あんな調子で本当にゲーマーを辞められるとは思えないのだが……。
木藤と付き合えると決まったわけでもないのに。今まで積み上げてきた実績を捨てるというのも無理な話だろうが。
幼馴染の心配もだが、俺の不安もどうにかしなければ。フットサルに俺を参加させる事を杏は伝えてしまったのだろうか?
上手く話せるか今から緊張して仕方がない。天野ともそうだし、それ以外の人達とも。
「ハァ……帰るか」
気付けば教室には、ほとんど人がいなくなっている。部活に行ったか、帰宅したか、杏もさっさと帰ってしまったようである。意外と平日に杏達が遊ぶ事はあまりない。それぞれ委員会や部活、バイトで忙しいらしい。杏で言えば配信だろうか? 放課後こそリア充の本領発揮の場だと思っていたが結構互いにドライな関係なのだろうか?
そこにグループに入って俺は上手くやれるのだろうか? ああ、すでに意が痛い。
「ねえ孝明君?」
鞄に手をかけて帰る準備をしようとした時に女性の声が聞こえる。心臓が飛び跳ねた。冗談か何かだろう一瞬聴覚を疑うが、俺が意識的によく聞いているその声は、確かに俺の名前を呼んだ。その声が自分に対して向けられたのは久しぶりの事であった。
「あ、天野?」
驚く事に声の主は片恋相手の天野翔子だった。
「ごめん、もしかしてもう帰る途中だったり?」
「い、いや、大丈夫だけど……」
え? どうして天野が俺に話し掛けて来るんだ?
「そう? それなら、聞きたい事があるんだけど」
「へっと? なんでしょうか?」
つい敬語になってしまう。慣れない会話。取り戻せ対人能力。
「この動画のアキってもしかし孝明君だったりする?」
「はい?」
携帯を突き付けられて見せられた動画には、さっき俺が見ていた杏がネットにアップした俺とのゲーム動画であった。
「あれ、違う? アカウントのゲーム名と同じだったから、もしかしてって思ったんだけど?」
確かに自分のアキというアカウント名がボコボコにされているキャラの上に表示されている。モザイク処理くらいして欲しいのだが。別に俺の名前くらい晒しても構わないという事か――いやいや、いや?
「な、なあ天野? 何で俺のアカウント名を知ってるんだ? 杏から聞いたとか?」
俺のアカウント名を杏が教えると俺達の関係性が明るみになる可能性を考慮して、杏からは言わないという約束だったはずじゃなかったのか?
「杏ちゃん? は関係ないよ?」
ちょっと待って。もしかして今、墓穴を掘ったか? いやでも、それじゃあどうして?
「えっとね……実は隠しておこうと思ってたんだけど。実は私、一昨日も孝明君と対戦してた――『天人』なのです!」
「へ、へぇーそうなんだ」
「あれ? 机と椅子を引っくり返すくらい驚いてくれると思ったんだけど」
多分、天人の正体が天野だと知らなくてもそこまでの反応は見せない……いや、どうだろ? するかも?
「あ、天野って天人さんだったんだ。で、でも何で俺のアカウント名がアキだって知ってたの?」
一応、天人の正体は知らなかった事を強調しておく。
「え、えっとー実はですね……ゴメン! 孝明君の携帯を盗み見ちゃいました!」
俺の携帯を盗み見た? 確かにゲームアカウントを学校で開く事もあったけど、なぜ?
「悪気はなかったっていうか、いや、あった。ゴメンあったんだけど、私どうしても学校にゲーム友達が欲しくて、孝明君ゲームが好きって自己紹介してたでしょ? 同じ趣味の人がいたーー! って思ったわけなのですよ」
サッカーも辞めて、趣味も特に言う事もなかったので最初のホームルームにあった自己紹介でゲームと言ったのは覚えている。
「でも、孝明君いつも一人だし、誰も近寄らせないオーラみたいなの出してるし、話かけずらくて……」
「俺って、そんなオーラ出してるように見られてるの?」
「難しい顔して外眺めてたり、昼食も一人、休み時間は本を読むか、寝てるかだし、誰かと仲良く喋ってるところを見た事ない。みんな『窓際の孤高』とか『孤独のランチ』とか『永遠の寡黙』とか言ってるよ?」
「え? 俺にそんな二つ名が付けられてるの?」
俺の知らない所で酷いあだ名が付けれれている……。一人でいるだけで、そんなに悪目立ちするものなのか? というか杏も俺に教えてくれればよかったのに。
「どうしても話し掛けれなかったから、つい携帯を覗いたら、丁度、孝明君がゲーム用のアカウントを開いてて……」
それでアカウントを見つけて、俺の投稿を見てメッセージを送ってきたわけか。
「クラスメイトとなら安心してゲーム出来るかもって思って……ホントすんません……」
天野が『天人』だったのは単なる偶然ではなかったという事か。運命だなんだと騒いでしまった……いやいや、天野がわざわざ俺とゲームしたいと思っていたというのも十分運命的だろ?
「い、いや、それは別にいいんだけど、俺もゲーム友達が欲しかったから」
注釈として『友達』の上に『対等な』を付けなければいけないのだが。
「でも隠すつもりだったのなら何で今日は?」
どうして今のタイミングで話してくれたのだろうか?
「えーと、実はですねー私この実況者さんが大好きなもので」
この実況者。さっき見せて貰った動画のアカウントの主、チャンネル名『ゴリラップチャンネル』の実況者。つまり、杏の事だ。
「この動画に友人とのゲーム中って書いてあるでしょ? もしこのアキって友人が孝明君だったら、ゴリラップの中の人と友達なのかなって」
実はアナタの友達がそうですよ! とは言えない。天野も正体を隠して、誰よりもゲーム下手を演じる杏の正体が有名実況者だとは夢にも思わないだろう。
「い、いやぁ、えーと」
しかし、どうしよう。杏、お前の身バレの危機だぞ?
「あ、大丈夫! 紹介してとか言わないから。ただ本当に実況者がいるって知りたいだけだから!」
凄い熱量を感じる。どれだけ好きなんだよ。
「やっぱり、女性でプロゲーマーってのに憧れるんだよね。私もゲームは好きだけど、あんなに上手にはどうしても出来ないからなー」
それは懸けた時間と賭けた時間が違う。そして覚悟が違う。アイツはただのゲーム好きと一緒ではないのだから。あと本人的にはプロではないらしいが。
「んー俺もその実況者は好きだけど、残念ながらその動画の『アキ』は俺じゃないな。どこにでもいそうなアカウント名だから偶然だろ」
もちろん嘘を吐く。杏のためにも俺のためにも。
「まぁそうだよねーそんな運命的な事ってないもんね」
もしかして運命的な事なんて気付いてないだけでそこら中に散らばっているものなのかもしれないと、天野を見て思ったりする。
「いやぁ、でも孝明君と話せて良かった」
そう言って笑顔を俺に向ける。心臓を絞めつけられる。グッとくる笑顔とはこういう顔の事を言うのだろう。いつも違う誰かに向けられる笑顔が自分に向けられるだけで、感じ方が全然違っていた。
「あ、そうだ! どうせなら連絡先を交換しとこ? クラスメイトなのにサブアカ同士でやり取りするのも変だからね」
きたこれ! と叫ばずにはいられたが内心は喜びで一杯である。もう飽和状態。ニヤけを抑えるので精一杯。
携帯を取り出して交換する。翔子と書かれた、天野の連絡先が登録された。クルクル回りながら天高く携帯を掲げて「ゲットだぜ!」と言いたいところだが自重。
「じゃあ、これからはこっちで連絡するから」
「あ、うん。よろしく」
もう頬がピクピク痙攣してきている。耐えろ俺。喜びが漏れ出しそうになっている。
「そうそう、今日はこれから暇? 帰る方向が同じなら、よかったら一緒に帰らない?」
「あ、と、はいぜひ」
気持ち悪いほどの笑顔になった顔を帰る準備をしながら隠すのであった。