主人公席
どうして主人公席って呼ばれているのだろうか?
窓側で一番後ろの席。そんな大層な名前がついた席に高校に入学して早々、名前が輪村孝明だというおかげで座る事が出来たのだが、何を以って主人公と呼ばれているのか、座っただけでは残念ながら判断出来ない。
俺が主人公の素質がないからだろうか?
主人公席の名前の由来を調べて見ると、どうやらアニメ製作の構図が理由らしい。教室全体を見渡せる位置で、また不要な時はモブキャラ達を映さなくていい席。他にも窓の外から主人公を撮る事が出来たり、窓の外をボーっと見るという主人公を登場させる事が出来るからという理由が挙げられていた。
俺もボーっと外を眺めれば主人公みたいになれるのだろうか?
「………………」
どうだろう、今、自分は主人公らしいだろうか。と、外の太陽が雲に隠れたせいで少し外が暗くなる。そのせいで光の反射率が外と逆転し、窓に口が半開きのアホ面が映った。
およそ主人公らしくない顔である。
窓の外を見るのを辞めて、主人公席についてもう少し調べる。
席の説明をする中に『主人公包囲網』という言葉を見つけた。
主人公の席を一番端に置く事によって、主要なキャラ。つまり、ヒロインや主人公の友達で席を囲う事を『主人公包囲網』と呼ぶらしい。
なるほど、それじゃあ昼休み現在、一人昼食を取っている俺は、主人公に成れないわけだ。この席はリア充が座れば主人公席になるのであって、俺みたいなボッチは、教室のドア付近の席で、どのクラスにも一人はいそうな、休み時間中は常に机に突っ伏して寝る役を担うべきだったのだろう。
これも全て苗字のせい。五十音順の席決めで輪村なんてほぼ最強だから仕方ない。
クラス替えをすれば大体この席。
しかし、せっかく与えられた主人公席に座る権利を優遇されているのだから外を見ながら物思いの一つくらい耽ってみないと勿体無い。
風で雲が運ばれて太陽がまた顔を出す。これで外を見てもアホ面を拝む事もない。
空を見つめて、溜息を一つ。
「はあ……」
物思いは高校入学初めての夏休みまで後少しまで迫った、この時期になっても一つしかない。いと悲しきことかな。
周りに誰もいない、主人公らしさを演出するためにボソリと呟く。
「高校デビュー、失敗したなあ」
新たな青春の舞台に胸を膨らませて入学したのになぜ未だに一人飯なのだろうか?
外なんて眺めてないで、正直頭を抱えて蹲りたい。主人公席でさえなければ蹲って、そのまま寝た振りをして昼休みを過ごすのだが。
高校に入学して友達なんて簡単に出来るだろうと、たかをくくっていたのに、自分が人見知りで、コミュ力が低い人間であったのは予想外であった。
中学の時は、それなりの人気もあってクラスの中心的な存在だったと思っている。それなのに環境が変わって、旧知の存在がいない世界で自分が他人に臆病になるとは思わなかった。
確かに中学の頃を思い返しても、俺に友達が出来る時は基本的に向こうから話しかけて来てくれていた気がする。
それに運が悪かったのが、俺の右隣、右斜め前、前の席、全員が女子。
ハーレム席だと当初は喜んでいたが、女の子と話すのに慣れていない俺は初日に少し話しただけで、それ以来まともに会話をしていない。
英語の授業などで話しをする事もあったが、最近は真面目に受けるのがバカらしくなったのか、俺の席を包囲している三人で喋っている。
完全に主人公席である事が裏目に出ている。
神様のいたずらによって完成された『ボッチ育成包囲網』から抜け出す事が出来ないまま、他のクラスメイト達はそれぞれ、自分達のグループを作り俺は一人蚊帳の外となる。
席替えをして欲しいのだが、担任教師の意向で、このクラスの席替えはしないと、初めのホームルームで止めを刺されている。
つまり、俺に残されたのはこの席を満喫するために物思いに耽る事だけなのである。
「あはは! ちょっ大輔! 今のズルくない?」
何やら楽しそうな声が俺の席から縦線上に真っ直ぐ進んだ、窓際の一番前の席から聞こえてくる。
毎日、孤独なグルメを堪能している俺とは真逆の雰囲気を醸し出すグループがそこにいる。トップカースト。クラスを牛耳る最強勢力。木藤グループだ。
とまあ、彼らを俺の個人的な視点のみで大げさに評価すれば、感じの悪いグループのように仕立て上げる事も可能ではあるのだが。
しかし、ギャーギャーとアホみたいに声を上げて騒いでくれれば、上位カースト達に向かって、ニヒルを気取りながら
「ああやって盛り上がってないと彼らは不安なのだろう、自分達は楽しい事をしている。自分達は青春を謳歌している。と、大声を出す事で自分に言い聞かせているのだろう」
なんてボッチ系主人公っぽく語るところなのだが、現実として、彼らは普通に楽しそうに家から持って来たのであろうゲーム機で遊んでいるだけである。
多少、盛り上がって声が大きくなる事もあるが、不快な大きさというわけではない。というか、俺が家でゲームしている時の方が間違いなく声が大きい。
言わせて貰えれば、それは少しズルくないか?
青春を楽しみながらヘイトすら集めないって、何それ完璧集団かよ。
基本的に五人でいるグループなのだが、そもそもメンバーが卑怯。
ゲームの画面を楽しそうに観戦している、男子の一人、木藤大輔は陸上部のホープであり、その隣の眼鏡をかけた男子が山内、クラス委員長で生徒会にも属している。
この二人がまず卑怯。
スポーツ系と真面目系でバランスを取るな。眼鏡なら学校でゲームをするなと注意しろ。
というか、何より腹が立つのは山内には彼女がいるが、木藤に彼女がいないという事だ。
真面目系の方がモテるなよ。これは木藤がホモで山内に秘めた思いを隠しているという事実がない限り俺は山内を許せないだろう。
そして山内の隣にいるのが、環真衣、山内の彼女である。黒髪ロングの正統派美人。俺の山内への怒りを加速させる存在である。おい自重しろよ眼鏡、と言いたい。前世でどんな徳を積めば、そんな美人と付き合えるんだ、と声を大にして言いたい。
山内とはあまり話した事がないし、怒っている理由がほとんど眼鏡であるという事だけだが、それでも俺は山内が眼鏡を外した時に、目が3にならない限り許せないだろう。
とまあ、上位カースト三人の紹介(ほとんど山内への怒り)をしたが、何でそんな属しもしないグループの事を知っているのかという理由もしっかりと存在する。
二本あるコントローラーの片方をプレイしている一人。
癖なく綺麗に流れる茶髪のショートヘアーを揺らす、その顔は白い歯を覗かせおり、夏服の袖から伸びる細い腕の先にある手を必死に動かす様子は、彼女が真剣にゲームをしている事が伝わってくる。
「…………」
楽しくゲームをする彼女につい見惚れる相手の名前は彼女の名前は天野真昼――絶賛片思い中の相手である。山内に向かって自重しろと言うなら、お前こそ自重しろと言われそうな暴挙。カースト圏外がカースト上位の彼女に思いを寄せるなんて無謀にも限度がある。
まあ、分かってはいるつもりなのだが。惚れてしまっては仕方がないだろう。気付いたらカースト状況がどうしようもない事になっていたのも致し方ない。
とにかく、天野がいるため、あのグループを俺は目で追っているせいで
「お、やった勝った!」
勝負が着いたらしく、立ち上がって喜ぶ天野が微笑ましい。しかし、天野が立ち上がった事で隣に座っていた、上位グループの小さな異物が目に入ってしまう。
「もう、真昼強すぎ!」
「ふふっ、ゲームが下手な杏も可愛いわね」
と環が慰めながら、パーマをかけた柔らかそうな栗色の髪を撫でる。
「ちょっと、真衣。撫でないで!」
今日も、また猫を被っている……。別にどうでもいいのだが。
環に撫で回される少女が俺の視線に気付いたのか、コッチを見て目が合う。ほんの一瞬顔をしかめて、すぐに俺から目を逸らした。
「あーあ」
大分ご機嫌斜めと見えるが自業自得。ゲームで手を抜くからだ。
負けたフラストレーション発散するために今日は俺の家におしかけてきそう。
皆から可愛い、可愛いと、飼育小屋に飼われたウサギのように扱われている上位カースト五人中の最後の一人、冬島杏は俺の――幼馴染であった。