亭主関白になりたい次期伯爵様
『俺』はバルファ・モーリッツ次期辺境伯爵。貴族としては 『私』という所だけれどここは辺境、脳筋だらけの騎士団を率いるのにそんな事を言っていたら馬鹿にされる。皆がついてこない。
まあ、俺自身、貴族社会の表面上の付き合いが嫌だったから、ここモーリッツの男同士の飾らない付き合いは楽しい。
俺は王都で王太子の近衛をしていた。アイマリクト伯爵家次男なので家は継がない。どこかの子爵家か男爵家に婿入りして近衛を続けていくと思っていた。
事態が変わったのは
従兄弟のスージーが学園に入学する為にアイマリクト家に来てから。
サファイア王女の我儘に付き合わされて、ぃゃぃゃ、護衛になって王女、スージー、そしてモーリッツ伯爵令嬢ローズと城下へ行った。
その時、何故かローズに気に入られ、とんとん拍子に話が進み、婚約、そして今モーリッツ伯爵家へ婿入りし、次期辺境伯爵の勉強中だ。
義父ウイリアム・モーリッツ辺境伯爵は勇猛果敢。剣で俺が唯一勝てない相手だ。尊敬している。
義母アンネメリー・モーリッツ伯爵夫人は王妹。王族の淑やかな女性かと思えば辺境伯爵夫人らしくモーリッツ領を取り仕切っている。俺は頭が上がらない。
多分俺だけでなく義父もだろう。
嫁のローズは辺境のモーリッツ領で育ったせいか俺と同じく貴族社会が好きではない。そんな所も気があう。はっきりいってお転婆だ。
気を使うことの少ない環境でほっとしていた。
しかし、
半年前に息子カルバァが生まれてから俺の周りが変わってきている。
カルバァが生まれた時は嬉しかった。家族はもとより領民もお祭り騒ぎだった。
俺はどこにいっても祝いの言葉をもらい祝福してもらった。父親になったんだと感動していた。
「バル様、ばーるーさーまー」
「ローズ、どうした?」
ローズが呼ぶのでそちらを見ると…怒っているよな。
「先程カルバァと散歩に行きましたか」
「あぁ。抱いて庭に行ったぞ」
「日陰にいましたか。いませんでしたよね」
「花を見たり鳥を見たりしてたから日陰ではないな」
「カルバァが日焼けして赤くなってます」
「それくらいは大丈夫だろう」
「何を言っているのですか。先日も言いましたよね。まだ小さいのだから外に出る時は日陰に行くか、傘を差すか、帽子をかぶせるようにして欲しいと」
「あぁ、まぁ」
「乳母のサニーに聞きましたよ。サニーが日陰に行きましょうと言ってもバル様は聞かなかったとか」
「あぁ、そうだったような。丁度鳥がいてカルバァが喜んでいたんだ」
「帽子を被ればいいですよね」
「…そうだな」
「わかりましたか。気をつけてくださいね」
「……すまない」
…乳母 サニー…
また若旦那様が若奥様に怒られている。
お二人は若奥様が若旦那様に一目惚れして押しに押して結婚した。
実際、若旦那様が伯爵家に婿入りされた時は若奥様は若旦那様を甲斐甲斐しくお世話をし、大好きなんだとみていてわかるほどだった。お似合いのお二人だった。
お二人の関係がかわったのは御子が出来たとわかってからだ。
若旦那様は若奥様を大事にしていた。そこまでやるかというくらいだ。
若旦那様が若奥様を横抱きにして部屋から出てきた時は驚いた。何かあったのかと思ったら
「歩いて転ぶといけないから」
と真面目に素面で言っていた。『馬鹿じゃないの』と思ったのは私だけでは無かったと思う。
若奥様が出かける時は必ず付き添うし、横抱きを皆に咎められてやめてからは家の中でも手を繋いで歩いていた。
(若奥様、大事にされてますね)
これには旦那様や奥様も呆れていたけれど、カルバァ様が生まれるまで続いた。
若い侍女達は自分の相手も若旦那様さまのような優しい人がいい。と、騒いでいたけれど、私は鬱陶しそうだから嫌かな。
若奥様もよく何処かに行っててとか一人にしてとか言っていた。あの頃から若奥様は強くなっていったような気がする。
カルバァ様が生まれてからは若旦那様の溺愛に拍車がかかった。とくにカルバァ様に対しては。
生まれて間もなく若旦那様はカルバァ様のオムツをかえていた。私はオムツをかえる貴族子息がいるとは思わなかった。聞いたこともない。
若奥様が若旦那様を慌てて止めて叱っていた。
若旦那様はやり過ぎなんです。何事も程々が良いのです。
若旦那様は今日もまた叱られています。
…バルファ・モーリッツ…
またローズに怒られた。この頃ローズはすぐに怒るんだよな。俺はローズもカルバァも大切だ。ローズの手伝いをしたいし、バルファと一緒にいたい。がみがみと怒らずに普通に話をしてくれればいいのにといつも思う。
母親があんなに怒ってばかりではカルバァの情緒教育にも悪いよな。
でも、一度言い返すと3倍になって返ってくるからな。まあ、何も言い返さないのが一番だ。
鍛練の後、義父と話をした時にも言われた。
「最近ローズは強くなってきたな。アンネメリーに似てきた。私もアンネメリーに良く怒られていたよ。家の中は女性が強い方が上手くいくと言うからな」
肩をポンと叩かれた。
周りで聞いていた騎士達も首を縦に振って頷いている。
飲みに行こうと誘ってくれた者もいた。
ありがとう。だが、今日はやめておこう。
朝、ローズから今日は早く帰って来るように言われているから。
べ、別に怒られるからとかではない。だんじてない。約束は守らなければいけないんだ。
急いで館に戻るとローズがカルバァを抱いて出て来た。
「お帰りなさいませ。バル様」
「ただいま。早めに帰ってきたがどうした?」
「はい。今日はカルバァが初めて離乳食を食べます」
「はい?」
「今までミルクかスープでした。今日はすり潰した野菜を食べます。凄くないですか?初めてたべるのです。だからバル様も一緒にいて貰えたら嬉しいと思いました」
「順調に成長しているようで良かったよ」
この言葉でいいんだよな。
なんで初めて離乳食を食べるだけで呼ばれるんだと思ったのは不味いんだよな。
ローズがにこにこしてカルバァを渡してくるので抱っこした。
正解だったようだ。
夕食には義父もいた。やはり早く帰って来るように義母に言われたらしい。
お互い目を合わせ頷きあう。
義父とはこの後一緒に飲もう。そして、我が家の女性陣の対策方法を教えてもらう。出来ればもう少し、少しでいいから亭主関白というものに近づきたい。