豆腐、過去を振り返り豆腐を返上する
さて、そんなわけで過去編なんだがな。
いやだっていいところで過去編挟むなんて、お決まりのパターンだろ?
自分で言うのもなんだけど、つまんない過去だからこんなものは読まなくてもいいんだ。
いや末尾だけ読んだほうがいいかもしれないな。どうだろ?
まあ、次の更新は二時間後なんだ。
それまで……斜め読みしてくれよな。
◇
俺は、元々兄弟のなかでも後ろ盾がない。
一般庶民出の二番目の妻が生んだ三男坊という微妙な立場だった。
俺が幼いときに両親は離婚して、その後父親は三番目の妻に手を出して今も連れ添っている。
それでも一応は生まれつきの坊っちゃまだった。
俺の生みの母親は、離婚後もその美貌を武器に、蝶のように社交界を渡り歩いていた。
もちろん俺には生まれ変わった覚えも、前世の記憶もない。
血反吐を倒すことを目標に掲げていた時期もあったが、よくよく考えれば、血反吐どもの立場と俺の立場は、大きく差がないような気がしてきたんだ。
跡継ぎか後継ぎでないかと言えば、その差は大きいものの、敷地面積なんかはゲームの血反吐の家よりも我が家のもののほうが広そうだった。
そもそも引きこもったのも二段階方式だった。
お受験が終わり小等部に入るやいなや家を出ていった母親が、ついにはカジノギャンブルで男漁りという醜聞を撒き散らし、俺の学校内での立場が下がったことが、第一段階である不登校の原因だった。
当時の俺。
小学二年生とはいえメンタルが豆腐だった。
そうしてここに落ちこぼれ豆腐が一丁うまれた。
ちなみに落ちこぼれ豆腐の命名主は上の兄だ。
その後しばらくは下の兄に教わったり、ネット学習に加えて、家庭教師をつけて勉強もしていたんだが、この最初の家庭教師が二つ目の要因になった。
このお嬢様。
お嬢様養成大学からやってきた家柄にも瑕疵のない家庭教師が、父とできてしまったのである。
しかも家庭教師は大学卒業と同時に義母になった。
なっ、そんなのありえねーだろ?
こんなの引きこもるしかないだろ?
今思えばそれも家同士の予定調和だったのだろう。
だが残念ながらそこが分からない年頃だったのだ。
年齢一桁の甘やかされた子どもだったのだ。
やさしく教えることの上手な、いい匂いのするきれいなおねえさん先生を尊敬していたことも、見てしまったのが小学生には刺激の強すぎる熱烈なキスシーンだったことも、父親の手のありかも先生が嫌がらなかったことも、そのすべてが当時の俺にとっては裏切りだと感じられた。
俺の豆腐はボロボロに崩れた。
かくして、引きこもり一辺倒である。
父親にも、この新しい母親にも多少の罪悪感があっただろう。
プリントを出題して、そのまま帰ってこなかった先生を探しに出た俺が、大声で泣き喚きながら立ち去ったからには、聞こえていたに違いない。
だからだろうな。
学校に通えとは言われなかった。
ねえやがさみしげに頭をなでてくれたから、これ幸いと俺は家の中でも引きこもりをはじめた。
そしてじいやが持ってきてくれたTRPGのゲームブックをきっかけに、はじめはじいやに遊んでもらうためにゲームを覚え、そのうちにはじいやがいなくてもひとりでも遊べる世界に、すっかりハマってしまったのだ。
大人にとってもそれは、これ幸いというやつだったのだろう。
元々俺には母方の後ろ盾ひとつない。
家の中での立場自体が弱かった。
つきまとう奔放な義母のうわさは、由緒正しき上の兄たちをも襲ったかもしれない。
つまるところ、このうわさを直接ぶつけてもいい相手を学校に置かない方が、家を継ぐ兄たちにとって楽だったのだ。
この家は人の出入りがとにかく多い。
俺が人の目にふれる場所に毎日いるだけで、家にとっても不利に繋がりかねななかった。
だから、俺を無理に学校に戻らせようとは誰もしなかった。
そして頻繁にゲストも加わる家族の食卓にも誰も招こうとしなかった。
その間にも、俺の生みの母親の男性遍歴は、恐ろしいまでの社交界の醜聞にまで成長していった。母親が日本の拠点を引き払ってどこか海外に行くまで、それはずっと続いたんだ。
引きこもりとはいっても、ねえやがいつも一緒だった。
ビデオチャット付きのオンライン教室も受講していた。下の兄は相変わらず教科書を携えては部屋に襲来を仕掛けていた。
運動不足はよくないと武芸もいくつか教わっていた。
使用人の食堂でじいややねえやたちとご飯を食べていたから、ぼっちだけど完全に一人ではなかったはずだ。
習字や楽器などの習い事の指南役も、美容師も家まで来た。
服は外商で選べた。ねえやは俺を着せ替え人形にして遊ぶのが好きだったんだ。
完全に家を出なかったわけじゃない。
水泳は外でしか習えなかった。
物理化学実験も家の中でするのは危ないし装置も足りないしで、見に出かけるものが多かった。
家の会社のすごいプログラミングだって見せてもらいにいくしかなかった。
避けられない子供向けのパーティーもあった。片言のフランス語で外国の子と話すことのほうが多かった記憶がある。
夏には外国のサマーキャンプに行かされた。だから元々他の国の言葉も少しだけ話せたんだ。まあ語尾にメルシーとかセボンとかつけてたらなんとかなるだろってやつだ。
ゲームだけをしていたわけじゃないんだ念のため。
つまるところ、それでもズルズルとやらかしたのは俺の不徳が致すことだ。
そのときだって俺は血反吐と大差ないようなわがままな御曹司のガキだったし、引きこもり中も外に出る用事があるときは、ねえやが念入りに選んでくれた服を着ていた。いつもきれいにアイロンがかかっていた。
ねえやに今日も素敵な坊ちゃまですねなんて魔法をかけられながら、いつだって引きこもりとは思えないほど髪まで身綺麗にセットされていたんだ。
遠巻きにはされていたけれど、振り返って考えてみたところ、机や教科書に落書きされたわけでもない。せいぜいが室内履きが行方不明になったくらいだ。
それまでがちやほやされすぎだったんだ。家のなかでは坊っちゃまだろうと、外に出たら違うんだと分かってなかったんだ。
それでもサムライギャルソンの二つ名を得てからだって、マダムもムッシュに合わせて身綺麗にすることは忘れなかった。ヒゲだってワキだってマダムたちの勧めにしたがい脱毛した。だってガーディアンは清潔さが全てなんだぜ。臭いガーディアンなんて、まっさきに護衛対象からクビを言い渡されるんだ。
そもそも学園はもちろん、離島のコレージャとリッセだって、あのカリキュラムでは施設維持費諸々も安くはあるまい。
それから、モーターヨットの維持費だってバカにならない。係留料だってかかる。
俺はそもそも血反吐と同じく財布の紐の緩い金食い虫のお坊っちゃまなんだ。その自覚はあってしかるべきだろう。
だがこれが、なんかの伏線であるわけがない。
ここがゲームの世界のわけがないんだ、マジであり得ないんだが。
せめてファンディスクを買っておけばよかった。
隠しキャラも確認しておけばよかった。
後悔先に立たず。
純情ヒロインとか一途とか言わないで、周回プレイもすればよかった。
まさか乙女ゲーに転生していたのか。いつの間にだ。
引きこもりの間に憑依でもされたのか。まさか。
そんなことはありえない。
俺は生まれたときから俺のままなのだ。
元豆腐で、留年したサムライギャルソンで、ただの留学生だ。
だれか俺にここが現実なのだと確証をくれ。
なんてな。
もちろんここは現実に決まってるだろ。
バカだな、偶然の一致だ。
俺は現実で生まれ、現実を生きる東京生まれの現代人だ。二次元は二次元だろ。
それなのに、まばたきしても目の前にいるもんが、ありえない状態なんだが。
◇
おかしいな。
目薬はどこだ。
なんて探していたら悲鳴が聞こえた。
ちょっと待て。それはヤバい。
そんなの身体張って止めるしかないだろ!
だって俺はガーディアンなんだ――――…_