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アレクスとニールが潜んでいた崖は、遺跡のある崖の対面にあった。その崖の中ほどで、木が茂って見つかりにくい位置から監視していたのだ。
登山は上りよりも下りの方が足に来る。それをゆっくりではなくスピードを出してというのだから、鍛えているニールでも流石にきついものがある。一番下まで辿り着くと、なぜかそこにも盗賊たちがわらわらと湧き出ていた。
(どこから来やがったんだ、こいつらは! 遺跡の入り口は上にしかなかったはずだろ……)
このままではガストンとロランが挟み撃ちになってしまう。ニールは覚悟を決めた。
しかし、こんなに大勢を相手にして広い場所で戦うのは自殺行為だ。ここはこの地形を存分に利用させてもらうことにした。まずは躍り掛かって来た最初のひとりの攻撃を回避し、延髄を蹴ってノックアウトする。さらなる攻撃を素早く回避し続け、遺跡までの狭い道をニールは駆け上った。
ここからが彼の本領発揮である。追いかけてくる盗賊団の連中を、攻撃を避けた拍子に掴んで崖の下に投げ落とす、ロランたちを追っていた敵を背後から蹴り落とす。こうして確実に敵を葬っていく。そしてそれを繰り返し、崖の道を上りきったニールの目の前には……遺跡とは名ばかりの、寒々しい空間が広がっていた。
剥き出しの岩面、そしてそこにあるのは、まるで鳥かごのような鉄製の檻だけだ。
「バカどもぶっ飛ばして来たってのに……どうなってんだこれは!」
ため息を吐くガストンと、八つ当たりで檻を蹴飛ばすロラン。そんな中、ニールはよくよく鳥かごを観察してみた。鳥かごは二重になっていて、外側の扉を開いて中のもうひと回り小さな鳥かごに入れるようになっている。その床からはレバーが突き出しており、それを上下させることで動かすことができるのではないかと思われた。
(あれ……これってもしかすると……)
滑車がついているかごとくれば……そう、地球のエレベーターである。しかし、ロランやガストンには何が何だかさっぱりわかっていないらしい。ここは自分の出番だとニールは歩き出した。
「おい、俺が動かそうか?」
「はぁ? アンタに何ができるってんだよ!」
「落ち着けロラン、やらせてみよう」
噛みつかんばかりのロランを手で制して、ガストンがニールのために場所を開ける。ニールは進み出て檻を開け、中に入った。油が差され、手入れされているように見える。どうやら本当に動かせそうだ。
「こっちに入れ」
「何するつもりなんだよ、オッサン。本当に大丈夫なんだろうなぁ」
ふたりに中に入るように指示するが、ロランは半信半疑のようだ。ともかく三人で鳥かごに入り、ニールはレバーを動かす。すると、ゴゴゴ……と音がして、重苦しい動きでエレベーターが起動した。
「うおっ……!」
「こりゃ、すごいな」
ふたりは初めての体験なのだろう。身を硬くしていたが、ニールの落ち着いた様子から危険ではないとわかって安心したようだ。
古めかしいエレベーターはかなり揺れながらも安定して降りて行った。あの盗賊たちはおそらく偶然にこのエレベーターを動かすことができたのだろう。降りた先は地下になっていて、弱い照明が辺りを照らしていた。そして、その明かりに照らされていたのは、扉のない小部屋と山積みの金銀財宝だったのだ。
「おおっ、すげぇな!」
「こりゃ大変なもんだな……」
ロランは喜びの声を上げ、ガストンも感心したように唸る。宝の山の中身は主に銀貨だが、金貨や金杯、剣に盾、宝石類もごちゃごちゃに積まれていた。ロランがさっそくそれを検めはじめている。
ガストンはと言えば、「賊はもういないようだし、アレクスのやつを迎えに行ってくる」と言って、小部屋を出ていった。おそらく、崖の下へ出る隠し通路がこの先にあるのだろう。そうでなければ、あんな剥き出しの古いエレベーターしかない遺跡で生活なんてできない。
ニールもまた、地球へ帰るための手がかりを求めて宝の山に手を伸ばす。そして、視界の端になぜかとても気になる、淡く光る赤い水晶を見つけたのだった。石投げするのにちょうど良さそうな手頃なサイズだ。だが、ふと殺気を感じて振り向くと、ロランが抜き身の剣を手にして立っていた。
「……何のつもりだ?」
「いや。べつに。アンタさえ消せば、この手柄は俺たちだけのものになると思ってな……」
およそ意味のない質問だった。
彼がこうして剣を抜いている以上、そういうつもりなのは明らかだったからだ。だが、それでも問い掛けずにはいられなかった。
水晶を取っていては間に合わない。そう判断したニールはゆっくりと立ち上がった。戦うにしても逃げるにしても、不安定な体勢のままではただ殺されるだけだ。ニールはロランに向けて穏やかに口を開いた。
「早まるなよ。オレはただ、元の世界に帰りたいだけなんだ。手柄なんて欲しくないし、分け前なんかいらないぞ。報告でもなんでも、好きにすりゃいい」
「……ごちゃごちゃと、わけのわかんねぇことばっか言いやがって。そういうところも気に食わねぇんだよ! ……もう、どうでもいいや。消えろ!」
殺意を乗せたロランの剣が振りかぶられた。




