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酒場へ向かった四人は、そこで豪快に大皿料理を頼み、腹を膨らませながら情報収集することにした。彼らにとってはそれが普通なのだろう、昼間だがワインを頼んでいる。ニールも勧められたのだが、断った。カラリパヤットの師匠の影響で、無宗教者だが酒はたしなまないのだ。
‟庭”にいなかった探索者たちは全員酒場にでもいるらしく、どこにもかしこにも鎧に身を包み武装した男女が宴席を開いている。そこでどうにか情報を集めたはいいものの、遺跡の内容は謎に包まれていたし、盗賊団の人数も詳しくはわからなかった。
「元々、盗賊団がその遺跡にいるのか、いたらどのくらいの規模なのか調べて来いって依頼だったんだぜ? ここいらで聞いてわかりゃ苦労しねぇ」
「じゃあ、なんだって全滅させるつもりで情報集めて作戦練ってんだよ、ロラン」
「そりゃ、その方が金になるからだろ」
ロランとガストンの話を聞いているうちにわかったことだが、彼ら三人は全員、この国の貴族の息子だった。金に困っているようには見えないし、今も周囲の探索者たちから浮くような豪遊っぷりだが、そんな彼らも金はいくらあったって困らないらしい。
単純に金を稼ぐつもりなら、酔っぱらったこいつらを捕まえて身代金を要求した方が手っ取り早そうである。
まさか目の前で誘拐が起きるとは思わないが、そういう意味でも一応警戒していたニールだったが、幸い、宿を取り、部屋に入るまでに襲撃はなかった。これから寝て、明け方から山へ登る計画になっている。異世界で迎える二度目の夜、ニールはうんざりしながら四人部屋で大人しく眠った。
次の日、大きな鐘の音に起こされると、外はまだ真っ暗だった。
「……ちっ……五月蠅い鐘の音だな……」
元々低血圧なニールは起きるのに時間が掛かる上、こんな時間に起こされてしまったことで明らかに不機嫌である。とりあえず、まだ眠っているロランの頬を突いて起こしてみることにした。
「っ! なにしやがる!」
とたんにロランの腕が伸びてきて、寝起きで動きが緩慢だったニールは頭を掴まれて悶絶した。俗に言うアイアンクローだ。
「いてぇいてぇ!! 起きろよ、朝だぞ!!」
「……もうちっとマシな起こし方しろよ。ぶん殴られてぇのか、オッサン」
「酒臭い奴をどうやって起こせというんだ。水でもぶっかけた方が良かったか? これ以上つんつんされたくなかったらさっさと起きろ。そして支度して出発するぞ」
「チッ。そこまで酔いつぶれちゃいねぇよ!」
ロランはうるさそうにニールを手で払って起き上がると、服を身に着け始めた。残りのふたりも似たような状況だ。三十分もしないうちに身支度を整え、昨晩のうちに運び込んだ冷えた朝食をしたためて一行は出発した。遺跡の眠る場所までは、徒歩のみで約三時間半の道のりである。
「とりあえず歩いてウォーミングアップだな。それから、聞いておきたいんだが、この先は魔物とか出たりするのか?」
ニールの問いに、今までほとんど口を開かなかったアレクスが答える。
「いる。だが、矢で追い払う。あんまりぐずぐずしていられない」
「そうか。俺は弓は……弓も専門外だから全て任せる。いざとなったら走って逃げれば良いだろうからな」
ニールの言葉に、アレクスは頷くことで応えた。
◆◇◆
今回の作戦はとてもシンプルだ。
夜が明けきる前に急襲、殲滅。それだけである。だからこそこれは時間との勝負だ。最低限の装備で松明片手に登山し、遺跡から見える範囲に入ったら明かりを消す。
タイミングを間違うとアウトなので、こちらも真っ暗闇のままでは戦えない。どうしても陽の光は必要になる。運が良ければ向こうの見張りを早々に倒し、こちらが有利な状態で戦えるだろう。
遺跡は断崖の上にあり、そこへ行くためには細くて脆い、山羊にしか通れないのではないかと思われるほどの獣道を、グルグル回って登っていくしかない。
そのため、遺跡を根城にしているだろう盗賊団もまた、地上への行き来は言うに及ばず、見張りを立てるのだけでも苦労しているのではないかと思われた。
「狭いなこの道。もっと別のルートは無いのか?」
もしここで戦うなら、キック技は避けてパンチと投げ技で相手を下に落として行くしかないだろうなと考えつつニールはそう質問する。
ニール達はその遺跡の背に当たる方角から近づいてきており、今は、遺跡とほぼ同じくらいの高さにある別の崖から遺跡の様子を探っているところだった。
「他に道はねぇ。そうだな……アレクスにここから見張りを射ってもらう。俺とロランで突っ込む。あんたは残っててくれ、ニールさん」
ガストンが言った。
「わかった。それじゃよろしく」
道が開けたら安全に遺跡の中に踏み込み、そして中に居る盗賊を殲滅する。ニールの頭の中はそうシミュレーションされていた。それがガストンの発案だったおかげか、ロランも何も言わずに従っていた。
彼らが遺跡に向けて半分ほど登った頃だろうか、様子を見守っていたアレクスが急に舌打ちをした。
「どうした?」
「ヤバい。あいつら、旦那と兄貴に気づきやがった」
言うが早いか、アレクスは背後の矢筒から流れるような動きで矢を取り出し、次の瞬間にはもう射っていた。
「ぐぁぁあああああああああっ!」
遺跡の見張りが絶叫を上げながら真っ逆さまに落ちていく。二百メートルはあるだろうか。あれはおそらく助からないだろう。
「行け、そんで、旦那たちを助けてくれ」
「……まぁ、俺みたいな「素人」が力になれるかどうかは分からんが……」
そう言いつつも、自分の世界に帰る為にニールは動き出す。
カラリパヤットで鍛えた柔軟な足腰と身体能力で獣道をひたすら下り、少しでも早く遺跡への登り口に辿り着くべくニールは駆け抜けた。