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その“庭”とやらは、名前に反してまったく土地に余裕のない建物だった。簡素な作りをした箱型の建造物は漆喰の白に管理された緑が映える美しいもので、どこか上流階級の匂いがした。
中へ入ると、美しい女が出てきて「受付はあちらです」と案内してくれる。ロランは口笛を吹き鳴らして女への評価を表した。
「なかなか良いと思わねぇか?」
「興味ない。いいから行くぞ」
ニールはすげなくそう言うと、先を促した。通された先はまるで役所のような有り様で、ニールは拍子抜けした。そこで盗賊団討伐の依頼を受けるのかと思いきや、覇気のない受付の男が言うには、「あくまでも噂であり、調査段階。調査の依頼を受けてほしい」とのことだった。
「なんか、話が違わないか?」
「オレに言うなよオッサン。でも、おかげで遺跡とやらの正確な場所はわかっただろ? あとはそこまで行って、帰り道とやらを探せよ」
「……。そうだな。じゃあ、そこまでの道案内は頼んだぜ」
「チッ、わかってら」
むしろわかったのは正確な場所だけ、というわけだが。ともかく調査の依頼を受けた二人は遺跡に向かうことにした。そのための登山の装備を整えていると結構な時間になった。慣れない道を夜向かうわけにはいかない。焦燥感がニールの胸にくすぶるが、身の安全には代えられなかった。
さらに別の問題もあった。
ロランが「賊が相手なら武装させろ」と言うのだ。わからない理屈ではない。だが、ロランはニールにまでも剣を持たせようとしているのだ。武装して戦えということだろう。
「まぁ待て、俺は武器は持たない」
「使えないのか? だとしてもオレには剣が必要だ」
「それは、いや、そうだな」
「たとえ剣がなくてもアンタには前で戦ってもらうぜ」
ニールはこれからの戦いを思って表情を暗くした。元々、剣を扱えないわけではないのだが、ここでは使えないのだ。
それに、この世界でも地球の現実と同様、怪我した傷が劇的に治ったりするようなことはない。たとえ傷を治す魔法、戦闘をアシストしてくれるような便利な魔法をロランが覚えていたとして、ニールの体はそれを通り抜ける。まるで世界から拒絶されているかのようだ。
だったら最初からこんな世界に招くな、と怒りも覚える。こちらは別に、連れてきてくれと頼んだわけじゃないんだ!
とにかく、相手の盗賊は聞く限り多人数だ。できるだけ一対一に持ち込んで戦うつもりだが、できれば戦いたくないのが本音だ。ニールは考えた末、ある提案をすることにした。
「大勢と戦うつもりなら、どこかで仲間でも集めてから行った方が良いんじゃないのか」
「は? 仲間?」
「そうだ。例えばギルドだか“庭”だか知らないが、そういう所で仲間を集めて向かうのが、こういう世界のお約束なんじゃないのか?」
あいにくとそういうゲームや小説などのサブカルチャーにはまったくと言って良いほどに疎いニールだが、少なくともエンヴィルーク・アンフェレイアでの経験から言えばそうだった。しかし、ロランはそれを一言のもとに切り捨てる。
「いや。命を預けるなら、信頼できる相手じゃねぇとな」
「そうか……」
「一度戻るぞ、オッサン。アイツらを連れてくる」
「あいつら? あ、おい。待てよ」
「いいから」
急に踵を返した青年をニールは呼び止める。いきなり「あいつら」と言われても、なんのことかサッパリわからない。だが、ロランはそのまま歩き始める。仕方がなくついていくと、やがてニールが最初に目を覚ました騎士学校へと辿り着いた。
「ここに仲間がいるのか」
「ああ」
「ふぅん。で、武器屋にはこの後行くのか?」
「いや。置いてきた自分の使うわ」
「え、あの俺が蹴り飛ばした?」
「おう。やっぱ自分のが一番手に馴染むしな」
「誰かに取りに行かせるのか?」
「……まぁ、待ってろ」
ロランはその辺にいた少年――おそらく彼の後輩だろう――をつかまえ、ふた言三言話しかけた。懐から財布を出して小銭を与えたりもしている。まったくよどみのない、慣れた仕草だった。
ふたりが茂みに隠れて待っていると、やがて背の高くて細い男と、背の低い太り肉の男が連れ立ってやってくるのが見えた。警戒するニールを手で制し、ロランが言う。
「俺の仲間だ。こっちのガストンは小回りは利かねぇが一撃が重い。前に立って戦う男だ。こっちはアレクス、弓とナイフ使いだ。どっちかと言うと後ろでサポートするのが得意だ」
言われて彼らの装備を見てみれば、ガストンは革鎧に槌を、アレクスは胸当てに弓をそれぞれ装備している。背の低い方がガストンで、背の高い赤毛がアレクスと言うらしい。
(デブとのっぽだなー)
ニールは思わず、世界的に有名なコメディ映画の泥棒コンビを思い出していた。紹介されたふたりは何が何やらといった様子だが、反論せずにロランの説明を待っている。
「それで、俺はオールラウンダーの剣使いだ。前に立つことの方が多い」
自分の紹介で締め括ると、次にロランはニールの肩を叩いた。
「オッサン、名前なんだっけ。とりあえず、このオッサンは盗賊が根城にしてる遺跡に用事があるらしいから賊の退治に協力してやることになってな。ここらで一度実戦経験も積んでおきたかったし、良い機会かと思って」
ロランはガストンの手から長剣を受け取りつつそう言った。
「ニールだ。まずは相手の所に乗り込むのに情報収集をするべきだと思う。こっちはたった四人で向かうんだろ? そして俺は後方支援しか出来ないから、実質三人だし……盗賊の数がどれくらいいるかとか、その遺跡にはトラップがあったりするのかとか、そういうのも知らずにただ闇雲に踏み込んで行くのは感心しないな」
それを聞いた背の低い方の男、ガストンは感心したようにニールの言葉に賛成した。
「俺もそう思うぞ! やっぱり情報収集は大事だよなぁ? こいつらふたりはいつも闇雲に突っ込んで行くから……! 前にふたり、後ろにふたりでちょうどいい、よろしくな、ニール!」
ガストンは握手を求めて、そのゴツイ掌を差し出してくる。その笑顔は人懐っこい。ニールはしっかりとその手を握り返した。
「それじゃあさっそく情報収集に行こう。遺跡までの距離、掛かりそうな時間、それから山賊の目撃情報とその人数、最後に遺跡内部の情報も、手に入れられるだけ入れるんだ」