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「オレは失格なのか?」
顔をしかめたままのニールを見上げ、ロランはやや拗ねたように唇を尖らせ逆に質問してきた。ニールのことを騎士学校側の人間だと思っているようだ。いきなりやってきた侵入者にこてんぱんにのされたのでは、そう思いたくもなるものかもしれない。
「その口を止めろ、むかつくんだよ。とにかくもうすぐ暗くなるだろうから、どこか休める場所で話そう」
「はぁ? だから、中で話せばいいじゃねぇかよ」
「そんなものは知らないな。俺は別に試験官でもないし」
「はあっ!? 試験官じゃねぇのかよ!」
ロランは驚きに頭を持ち上げ、また草の上へとドサッと倒れ込んだ。
「あーー、もーー、ざっけやがって! ……侵入者は牢獄に叩き込まれるぜ? 俺が誰か呼べば一発じゃねえか!」
「だったらその前に地面に組み伏せて、首の骨を折って半身不随にした上で木に縛り付けて叫べない様に口も潰してやる。それが嫌ならさっさとどこか別の場所に案内しろ」
今にも叫びだしそうなロランの様子に、さすがにニールは釘を刺す。実際にそこまでやるつもりはないが、こういう奴には生温い脅しじゃ意味がない。舐められるだけだからだ。
「案内ったって……アンタ、自分が犯罪者だって自覚あんのかよ。俺が点呼までに戻らなきゃ、どうせ誰かが探しに来る……その時、結局アンタだって捕まって、焼きごてて拷問されながら苦しんで死ぬんだぜ?」
「いい気味だ」と言ってロランは嗤った。まったく、自分の立場を考えない青年だ。殴ってやっても良かったが、ニールは黙って考えることにした。
(そもそも俺はこれからどうすれば良いんだ?)
ちょうど三年前、ふとした拍子に異世界に足を踏み入れてしまったニールは、理不尽な逆恨みや貴重な研究材料になるだとかの理由で現地の人間に追いかけ回され、命を狙われたのだ。
流行のゲームなどやったこともないニールにとって、剣と魔法とドラゴンのいる異世界、エンヴィルーク・アンフェレイアは何とも生きにくい場所だった。そういう世界における定石も何もわからないまま、すべてを手探りで進めるしかなかった。言葉だけは今回と同じように不自由はしなかったが、おかしな理由で剣も防具も扱えず、魔法に至ってはニールにとって何の恩恵ももたらさなかった。
頼れるのは己の拳のみ。
カラリパヤットで鍛えた肉体と精神がなければ、数々の窮地を切り抜け、帰還することはできなかっただろう。
(ここはおそらく、エンヴィルーク・アンフェレイアとは違う世界だろう……国名に聞き覚えがない。だが、あっちに飛ばされたときと似た状況だ、帰る手段もひょっとしたら同じかもしれない。この世界のどこかに、古代の遺跡みたいな施設があれば……)
とりあえず何でも良いから地球に戻れるヒントが欲しいニール。だが、それを訪ねてみたところ、ロランからは思いがけない言葉が返って来た。
「はぁ? そんな場所、心当たりねぇな」
「なに……まったくか? よく思い出せ。それか知ってる奴のところへ連れて行け。こんな所で躓くなんて……俺は地球へ帰るぞ!」
「わけわかんねぇオッサンだな。頭イッてんのか」
「……頭は平気だ。これ以上俺をイラつかせると本気でぶちのめすぞ」
「ククク……迷子が偉そうに……ッ! って〜〜! あにすんだてめぇ!」
「……御託はいい。とにかく、ここを移動するぞ」
今度こそ躊躇なくロランの鼻面に蹴りを入れたニールだった。しばらく悶絶していた青年だったが、起き上がるとつまらなそうにため息を吐いた。
「あ~あ。変なオッサンに目ぇつけられちまったせいで教官に説教喰らうの確実だぜ。ったく。ほら、こっちだ、ついて来いよ。街に夜遊びに行くときの抜け道があるからよ」
青年は親指で茂みの向こうを指し示す。どうやら抵抗をやめて協力してくれる気になったらしい。
急に肌寒さを感じてニールは口許を引き締めた。早くも日は暮れかけている。なんの準備もなしに夜を迎えるのは自殺行為だということは分かりきっていた。ロランに道案内を任せ、先に行かせることにしながら、ニールは警戒心を解かないようにしていた。
ふと、足を止めたロランが振り返って言う。
「オッサン、さっき蹴飛ばしてくれたオレの剣、拾って行ってもいいか?」
「ダメだ」
「なんでだよ! じゃあ、オッサンが持っててもいいからよ……」
「……それもダメだ」
「何だよそれ!」
「いいからさっさと歩け!」
ニールは異世界の武器には触れられない。正確に言えば「使うことができない」わけだが。
防具と違い武器の方は持つだけであの拒否反応が現れる。手にした瞬間に炸裂する閃光と破裂音……痛いのはゴメンだし、それに何よりあの現象は、信用できないこの男に対しての切り札になるかもしれないのだ。そんなに簡単に手の内は見せられない。文句を垂れる青年を睨みつけることで黙らせて、ニールはこの世界の王都へ足を踏み入れた。