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宇宙エレベーター見学ツアー  作者: ぜんしも
39/41

(37) フェアウェルディナー

父親との対決を終えて賛成も取り付け、せいせいとした気分で最終日のフェアウェルディナーに参加します。まだ満足に動けない人もいらっしゃいますので、パーティーは着席形式です。本当に最後の時になるこのパーティを万感の思いで迎えるのは乗客ばかりではありません。

時間になったので、パーリャと二人でホテルの宴会場に向かった。フェアウェルディナーがある会場だ。


親父たちは少し前に街へ出かけてしまった。さっきアリシアさんにはレストランを予約してあるなんて言ってたけれど、実はあれは嘘だったらしい。とりあえず断る口実で使ってしまった言い訳なんだそうだ。まあ、街にディナーを食べに行くのは本当だし、乗客とスタッフだけの宴会に、特別扱いされて参加するのも気が進まなかったというのは理解できる。というわけで、親父たちは街の見物がてらどこか適当なレストランを見つけて、二人で旅の食事を楽しんでくるそうだ。


「街ってどんなところなんだろう?レストランなんてあるのかなあ?」


「まあ、前に多少調べた限りでは、そこそこ田舎でそこそこ都会の微妙なところらしいね。まあレストランの一つや二つくらいはあるだろうけど、質は保証できないな」


「でもパパって、意外とそういうおいしいレストラン見つける嗅覚って、なんか動物的なところがあるよね。掘り出し物的ないい店見つけてくるんじゃないかな。後で聞いとこうっと」


パーリャは自分がここに住むようになった時に備えて情報を今から集めておく気らしいけど、2年後にその店あるかどうかわからないぞ。


そしてディナーの会場についた。スタッフたちはそれぞれ忙しそうに動き回っているし、乗客たちはそれぞれ思い思いに歓談しているところだ。よく見ると、ほとんどの乗客はすでに着席している。車いすの乗客はいないと聞いたけど、やはり1Gの重力下で立って話すのは、まだまだつらいようだ。普通ならこの手のパーティーはみんなが混じって会話できるように立食形式にするはずなんだけど、わざわざ着席形式にしているのはこういう理由だったんだ。なるほどねえ。かく言う僕も、正直言えばさっさと座ってしまいたい。というわけで、カレンさんたちが陣取っているテーブルに席が空いているのを確認して、混ぜてもらうことにした。


「すいません。相席させていただいていいですか?」


「もちろん大歓迎よ。パーリャちゃんこちらへどうぞ」


「はい、ありがとうございます」


僕らもこうして席に収まった。会場をみまわすと、テーブルは丸い6人席を4脚用意してある。どうやら乗客とスタッフが混じってディナーを楽しむことになるようだ。ひそかにアリシアさんが来ないかと期待するが、たぶん僕たちのところには来ないよな。


「君たちはいつまでここに滞在するんだい?僕らは今日1日はここのホテルに泊まって、明日からアメリカに行くことにしたんだ。カレンの農場をちょっと見学させてもらおうと思って」


「へえ、いいですね。私たちは明日もちょっとここで予定があるんで、帰るのは明後日です」


パーリャが答える。ただ、帰る予定はまだきちんと立てたわけじゃない。親父たちがどう考えているのか、まだ確認していないからな。


「聞いていいかしら、あなたたちはどこへ帰るの?パーリャちゃんの大学はシンガポールだったわよね?」


「ええ、そうですけど、9月半ばまでは夏休みですから、いったん自宅に帰ります。スウェーデンのストックホルムです」


「ストックホルム!いいところねえ!そうなんだ、あなたたちスウェーデンの人だったんだ」


「バリアントの本社もストックホルムなんですよ」


「ああ、そういやそうだった。なるほどー」


「でも、熱帯から急に帰るととたんに環境が変わるから大変だね」


「今は夏だからそれほどでもないですけど、冬はひどいですね。着る服が全く違いますからね。シンガポールからクリスマス休暇で帰った時、飛行機から降りた瞬間が一番困ります。真冬のストックホルムにTシャツ一枚で着いちゃうんですもん。冷房対策でカーディガンくらいは持ち込みますけど、カーディガン一枚で冬のストックホルムは自殺行為です」


そういやパーリャが大学に行って最初の年のクリスマス休暇で返ってくるとき、シンガポールに冬服なんて持って行ってなかったって言って、おふくろが冬服を一式用意して飛行場に迎えに行ったっけ。今回は北半球は夏だから、さほど困りはしないはずだ。


そんなことを話しているうちに準備が整ったようだ。会場のステージにおなじみのアリシアさんが姿を見せた。


「みなさま、ご歓談中失礼いたします。準備が整いましたので、これから『宇宙エレベーター見学ツアー』の締めくくりとなります、フェアウェルディナーを開催したいと思います」


その声で、拍手と歓声が沸き起こった。アリシアさんは拍手の鳴りやむタイミングを見計らって先を続ける。


「最初にお断りをしておきますね。実は本日のこの催しにはワールドワイド通信社から取材のカメラとインタビュアーが入っております。皆様方のご旅行中の取材についてはお断りしていたんですが、世界初のツアーということでせめてツアー終了後の取材は許可してほしいとの要望がありまして、断り切れませんでした。申し訳ありません。この後、個別に撮影と取材が行われることになりますが、通信社にはお客様のご希望を最大限尊重するように申し入れてあります。お差支えがありましたらご遠慮なく取材拒否してくださって構いませんので、お許しいただける方だけ取材にご協力いただければと思います。以上、あらかじめお断りしておきますが、よろしくお願いいたします」


確かに会場の隅にはカメラマンとインタビュアーと思しき人がいて、お辞儀をしている。言うだけ言ったという表情で、アリシアさんはセレモニーを続けた。


「さて、今回の21日間にわたるターサでの見学ツアーも、皆様のご協力とまれに見るチームワークで、ひとつの事故も起こることなく、予定を変更することもなく、さらに全行程での食糧廃棄率が1%未満の目標も無事達成することができました。あらためてみなさまのご協力に感謝申し上げます。ありがとうございました」


そう言って、アリシアさんが頭を下げると、周りにいたスタッフの面々も一緒に頭を下げた。舞台袖にはクライマーに搭乗したスタッフ6人が全員そろっている。名前は忘れちゃったけど、2日目の設備案内の時以来見ていなかったスタッフも顔を見せている。


一層盛大な拍手が鳴り響く。


「みなさんのご感想はいかがでしょうか?こうしてお集まりいただいたみなさまの表情を見ても、十分に楽しまれ、また貴重な体験を持ち帰っていただけたものと確信しております。私たちスタッフも、つたない部分はあったと思いますが、精いっぱい務めさせていただきました。私たちにとっても、みなさまの笑顔をたくさん見ることができましたことは、望外の喜びでした。本当に感謝の言葉もございません」


また、アリシアさんをはじめスタッフたちが頭を下げる。そして乗客たちは暖かく拍手を送った。


「後日みなさまのご連絡先の方へ、今回の旅についてのアンケートを送付させていただく予定にしております。忌憚ないご意見をお聞かせください」


「それでは、そろそろパーティを始めましょう。今回の乾杯のご発声は、トルークバル・ファルシャ先生にお願いしてあります。ファルシャ先生、お願いします」


そうして拍手とともに、ファルシャ先生がステージに上がりアリシアさんからマイクを受け取る。だがファルシャ先生は、学者さんらしからぬつぶやきからスピーチを始めた。


「……体が重いですね」


会場が沸く。みんなそう感じているんだろう。


「アリシア社長やスタッフの皆さんはさすがにプロですね。シャキッとしっかり立ってらっしゃる。私も見習って、シャキッとしましょう。……さて、とうとうこの日が来てしまいました。世界初、人類初という貴重なツアーも、今日で終わりです。これまでの夢のようなひとときを思い出として持ち帰り、私たちはまた日常の暮らしに戻って行きます」


「ですが、私は今回のツアーを体験して、目が開かれた思いです。考えてみれば私たち人類は、幼いころに自我を獲得してPersonalな世界を知り、家族や周囲の人たちと触れ合ってLocalな世界を知る。さらに学校での学習やメディアを通じてGlobalな世界があることを知って、これまではその時点で大人と認められておりました。ところが、私たちは今回のツアーを通じて、他の人類に先駆けてさらにその先にUniversalな世界があることを肌で感じ取ってきました」


「宇宙は、自分一人では生きられない世界。呼吸する空気も、水も食料も用意されておらず、生存することすら至難の世界です。ですが、人類は地球というゆりかごから出て、自分自身の力で宇宙の環境に抗うすべを、ようやく持ち始めたのです。私たちの一歩から、おそらくは人類史に新たな新章がはじまったのです」


「その栄光を感じ取り、ここからさらに先へ進む新たな目標を見つけられた私は幸せ者です。皆さん方お一人お一人の中でも、何かしらの革命がおこったのではないでしょうか。それほど、我々が自分の身体で宇宙を体験するというインパクトは大きなものだったのです。多くのアストロノウツたちが彼らの手記の中にさまざまな表現で残した感覚が、実際に宇宙を体験してようやく理解できました。こんなツアーを企画し、運営し、実現して、われわれにこのチャンスを与えてくださったアリシア・ナカイ社長をはじめとするスタッフのみなさんに感謝を申し上げたいと思います」


「セルゲイ・ミティーホフさん、リー・ネイネイさん」


ファルシャ先生はスタッフの一人一人の名前を呼び始めた。


「フェルデン・ヨハンソンさん、ギルバート・ヨハンソンさん、ナヒム・ガンさん」


名前を上げられたスタッフたちが、緊張して背筋を伸ばしていく。


「そして、アリシア・ナカイさん。それにお名前は存じていませんが、地上とGEOステーションで私たちの旅を見守ってくださったスタッフのみなさん。みなさんのプロフェッショナルな意識と献身的な働きで、私たちはツアーでの楽しみ以上に人生においてとても大切なものを持ち帰ることができます。なにより私たちの誰一人けがや体調を崩すこともなく、むしろ地上にいる以上に快適な、奇跡のような21日間を過ごさせていただきました。そのことへの感謝を込めて、参加者一同からお礼の気持ちを伝えさせてください」


ファルシャ先生のその言葉を合図に、各テーブルの数名の乗客が一斉に立ち上がってステージに向かって歩き出した。僕たちのテーブルからもカレンさんとタンさんが立ち上がってステージに進んでいった。何が起こったんだ?


「お兄ちゃん、……やられた!」


パーリャの視線には、驚くアリシアさん以下スタッフ全員の顔と、それぞれの前にささげられた花束があった。乗客の何人かがテーブルの下に隠し持っていた花束を取り出して、感謝のしるしとして搭乗スタッフたちにささげたのだ。


大きな花束が6つ。あんな花束が、今日到着してからこんな離島のホテルで準備できるはずがない。それに、アリシアさんたちに隠してこの会場に持ち込めるはずがない。たぶん地上のスタッフたちも巻き込まれていたんだろう。彼らが数日間の隠密行動で準備していた、本当のサプライズはこれだったんだ。今ようやく気付いた。


結果的には僕たちもまとめて出し抜かれたことになる。……でも、正直出し抜かれて気持ちよかった。パーリャも苦笑気味に微笑んでステージを見ている。


ファルシャ先生が言葉を続けた。


「アリシア社長をはじめスタッフの皆さんの、不眠不休にも近い努力と気遣いは、我々の全員がツアーの中で体験することができました。その結果として、乗客それぞれの中に宝石のような記憶が残されました。私たちは数度にわたる話し合いの中で、そのことを互いに確認しました。私たちの感謝の気持ちは、とても言葉や物で表すことはできませんが、せめてこの場をお借りして乗客全員からの気持ちとして、受け取ってください」


結局、僕たちはアリシアさんたちへの情報漏洩を防ぐための防壁として使われたことになる。そして第1食堂での乗客たちの話し合いに加担しているように見えていたスタッフたちも、この花束については知らされていなかったようだ。一様に驚いた顔をしている。


あーあ、アリシアさんの顔がもうぐちゃぐちゃだ。カレンさんが差し出した花束も受け取れず、ただ手のひらで顔を覆って感情を押し殺している。他のスタッフは、そこまでの感情は表に出してはいないが、それでも必死で涙をこらえているように見える。いや、セルゲイさんは顔を真っ赤にして涙をこらえきれずにいるようだ。それでもかなり威圧的に見えるが、まあそれはしょうがない。他のスタッフたちも多かれ少なかれ、感情を刺激されているようだ。いつも冷静なギルバートさんも、しきりに目をこすっている。


「マエーク君!パーリャさん!」


ステージ横にいるボシュマール夫人が満面の笑みをたたえて僕たちを呼んだ。ステージに上がれと手ぶりで伝えてくる。僕たちは立ち上がって、ステージに向かった。


「アリシアさんをなだめてあげて。君たちが一番適任でしょ?」


ボシュマール夫人が静かな声で僕たちに役割を振る。僕たちだって乗客の一員で、みんなの計画には一枚かみたかった。だからボシュマール夫人は、いや乗客のみんなは僕たちにも役割を残してくれていたのだ。パーリャと視線を交わした後、僕たちは自分に託されたポジションについた。


「アリシアさん、ありがとうでした。ね、花束受け取ってください、ね」


パーリャがアリシアさんに語りかける。アリシアさんは涙目でパーリャを見つめている。パーリャがハンカチを出してアリシアさんの涙を優しくぬぐっていく。アリシアさんはのろのろとした動作でパーリャのハンカチを受け取り、自分で表情を整え始めた。それでも涙は止まらないが、そのまま顔を上げてカレンさんに向き合って、花束をどうにか受け取った。


「あり……がとう、ござ……ます……」


そこでまた大きな拍手が起こった。僕はアリシアさんの肩を支えて、ただ背中を撫で続けただけだが、アリシアさんは少しは勇気づけられたのだろうか、視線を合わせてうなづいて感謝の意を表してくれたように見えた。


少しは持ち直したアリシアさんをフェルデンさんとギルバートさんに任せて、ファルシャさん以外のスタッフと乗客は元の位置に戻って行った。戻る途中に視線を合わせた人たち、みんなが嬉しそうだった。


「というわけで、ここにいる皆さんに感謝の気持ちを込めて、乾杯しましょう。……乾杯!」


「乾杯!」


これまでで一番大きな拍手と歓声で、フェアウェルディナーは始まった。


スタッフたちはそれぞれ各テーブルに分かれて乗客と一緒にディナーを楽しみ始めた。サービスは数台のパペットと、地上スタッフだった。僕たちのテーブルにはセルゲイさんが着いた。


「セルゲイさんも、泣いてましたよね」


パーリャが振ると、セルゲイさんは赤面して言い訳をした。


「これでも私は涙もろいんですよ。ナカイ社長よりずっと涙腺は緩いです」


セルゲイさんは、耳まで赤くして恥じらっている。姿かたちに似合わず繊細な人なんだな。まあ知ってたけどね。


「でも、ナカイ社長、今回は皆さんに驚かされましたね。私もこんなサプライズがあるとは聞いていませんでしたから、驚きました。驚いて……、感動しました」


そう言って、セルゲイさんは気持ちをかみしめている。


「でも、結局私たちも騙されました。乗客の皆さんがずっと話してたのってこのサプライズのことだったんですね?」


パーリャの抗議にカレンさんが答える。


「ごめんね。結果的にあなたたちにも秘密を通しちゃうことになっちゃったのね。ボシュマール夫人が強硬に言い張ったもんだから」


「え、そうなんですか?」


僕が聞くと、ガスパールさんが補足してくれた。


「そもそも今回の作戦は、ボシュマール夫人とバイカーク夫人が中心になって進めたものなんだよ。アリシアさんには十分に報いてあげたいってね。その時、一番に不確定要素だったのが君たち、特にパーリャちゃんだったんだよな」


それはわかる気がする。アリシアさんとパーリャはいわゆるつうつうの仲だったから、パーリャを味方に引き入れてなにか行動をさせるというのは考えるべきではないだろう。


「えー、私もアリシアさんに報いたいと思ってたんですけど!」


パーリャは仲間外れにされた不満を表明する。


「でも、パーリャちゃんはアリシアさんに秘密を持つなんてできないでしょ?」


「う……、そ、そうかも……知れません……」


「まあ、だから逆に言えば、パーリャちゃんに情報が流れなければ、アリシアさんにも流れないだろうってことで、あなたたちに対しては完全に情報を封鎖することが決まったわけ。マエークさんは、いわばそのおまけね」


「まあ、その点は納得しますよ。僕らを引き込むのは作戦上、許容できなかったってことですよね。僕でもそうするはずです。結果としてアリシアさんがあんなに喜んだんですから、よかったんじゃないですか?」


そんなわけで、僕たちは納得するしかなかった。僕自身はアリシアさんの気持ちがまた覗けたので、とても満足すべき結果だったと考えていたしね。パーリャも最後には納得したようだ。


「でも、あの花束は降りてから用意したんですか?あんなに大きな花束じゃ、結構探し回らないとなかったんじゃないですか?」


「あれはね、私がテーラーさんを通じて地上スタッフに用意していただいたのよ」


パーリャの質問に、カレンさんがこともなげに答えてくれた。


花束をスタッフ全員分用意することが決まった時点で、どうしても地上スタッフに協力してもらう必要が出てきた。だが、適当な地上スタッフの知り合いがいなかったので、カレンさんがテーラーさんに話をつけて、間接的に地上スタッフを動かしてもらったんだそうだ。GEO経由のチームワークで事前に花束を手配することができたんだという。みんなの真摯な思いが長大な距離を超えて実ったってことなんだな。僕たちは、感慨を新たにしたのだった。


そうこうしているうちに、アリシアさんは会場に戻ってきた。ちゃんと化粧を直してすっきりした体裁で、いつもの笑顔を振りまきながら座席に着いた。アリシアさんはおひとりさまのテーブルに着席したようだ。


パーティがある程度進んだとき、例の通信社のインタビュアーがインタビューをしに来た。最年少のパーリャに話を聞きたいらしい。パーリャは一瞬躊躇したけれども、SEMの広報のことでも考えたんだろう。結果的には快く引き受けて、お嬢様然としてインタビューをこなしていた。もう一人、タンさんもインタビューを受けていたけれど、こっちの方は通信社の人が一様に妙な顔をしていたので、没カットになるんじゃないかと思う。


アリシアさんは、しばらくおひとり様テーブルでひとしきり談笑した後、各テーブルを回って花束のお礼を表明していた。どのテーブルでもアリシアさんは大人気で、4つのテーブルの最後に我々のテーブルに来る頃には、もうすっかりできあがっていた。


僕とパーリャは明日もアリシアさんたちと話をすることになっている。アリシアさんの最後のあいさつはカレンさんたちに譲ることにして、僕たちは控えめのあいさつで簡単に済ませた。カレンさんはアリシアさんと抱き合って、再会を約していた。タンさんもガスパールさんも、いつか一緒に仕事をしましょうとアリシアさんに宣言していたけれど、本当にそうなるのだろうか。アリシアさんは誰にでも向けるほほえみで「お待ちしていますね」と適当にあしらっていたように見えた。


アリシアさん的に全員への挨拶が済んだ頃、僕とパーリャがアリシアさんにこっそり呼ばれた。


「すいません。こんな時でなんなんですけど、うちの地上スタッフの取締役をご紹介しておきますね」


そう言ってアリシアさんはステージの横に立っていた壮年の紳士を紹介してくれた。


「SEMの4名の取締役のひとり、博物館と地上施設担当のバージル・ブロストです。みんなはB.Bって呼んでます。こちら噂のパーリャ・カンパーネンさんとお兄さまのマエーク・カンパーネンさんですよ」


「初めまして、と言いましても、説明会などで何度かお会いはしているはずですが、自己紹介はしていませんね。B.Bこと、バージル・ブロストです。ということで、やっと名乗ることができました」


バージル・ブロストさんはたぶん40代後半くらいの温厚そうな紳士だった。スーツにネクタイ姿で挨拶してくれている。B.Bなんていなせな愛称で呼ばれるようなタイプの人ではないような気もするけど、なにかわけでもあるんだろうか。ちょっと違和感もあるけど、とりあえず挨拶しておく。


「こちらこそ、初めまして。パーリャ・カンパーネンです」


「マエーク・カンパーネンです」


「ナカイ社長や他のスタッフから、パーリャさんのことはもうさんざん聞かされていましたが、みんなの言うイメージ通りの方ですね。マエークさんも、この度はスタッフがいろいろとご迷惑もお世話もかけましたようで、申し訳ありませんでした」


「いえ、そんなことないです。いろいろの件はこっちも同様にご迷惑をおかけしていますので、アリシアさんとももうお互いに痛み分けってことにしていただいてます……」


そんなことはわかっているのだろう。B.Bさんはニコニコとほほ笑みながら、うなづいてくれている。


「いや、他のスタッフたちがあんまりお二人のことを自慢するもんですから、私も早く紹介してくださいとナカイ社長にせがんだんですよ。ようやく紹介いただけてうれしいです。パーリャさんには2年後にウチに来ていただけるということで、それも喜んでるんですよ。2年後が待ち遠しいです」


「はい、卒業までしっかり勉強してすぐにお役に立てるようにがんばりますので、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそよろしくお願いします。急にお呼びだてしてすみませんでした。ただ、ご挨拶したかっただけなんです。申し訳ありませんでした。どうぞパーティをお楽しみください。社長、お手数をおかけしました。ありがとうございました」


そう言って、B.Bさんは控えめに下がっていった。アリシアさんも後ろ姿を見送っていたが、B.Bさんの姿が見えなくなった途端、振り返っていろいろ補足し始めた。


「いえね、本当は私がパーリャさんに採用を出しちゃったとき、パーリャさんの能力だとか人柄についてしつこく聞いてきたのが、あのB.Bさんだったんですよ。バリアントのCEOの娘って、どんな娘だって。でもいろいろお話しているうちに分かってくださって、最後にはむしろパーリャさんの擁護をしてくださるようになっていきました。最終的にはたぶん、パーリャさんの採用について一番積極的だったのはあの人ですよ。パーリャさんのプレゼンのビデオを見て、しきりに感心してたのもあの人です」


パーリャは、どう受け止めたものかよく判断つかないようだったが、社長がいきなり拾ってきた新入社員を、まずは疑ってしっかり身元から能力や資質まで確認するのは当然のことだ。いろいろ常識破りなメンバーが多いSEMの中で、まずは普通の反応をしていくことを自分の役目だととらえている人なのではないだろうか。僕にはそう見えた。いずれにしても、社内にパーリャの味方は多い方がいい。歓迎すべき出会いだったと言えるだろう。


「あー、やっとパーリャさんにご紹介できました。3日くらい前から、戻ってきたら絶対紹介してくれってそれはもううるさかったんですよ。ようやく肩の荷が下りました」


そう言ったとたん、アリシアさんにはまたお呼びがかかった。今度は記念写真らしい。バイカークさんたちのところに小走りでかけていった。


「アリシアさん、さすがだねえ。自分も21日間重力が少ないところにいたのに、もう小走りなんてできるんだ。プロだねえ」


「お前もいずれそれができるようにならなきゃな」


「うん、そうだよねー。今すぐは無理だけどさ、てへ」


パーリャはそんなことを言いつつ、アリシアさんを見送った。


そして盛り上がったパーティーにも別れの時が来る。アリシアさんがステージの横に進んでいって、しばらく会場を見回していた。乗客のみんなとスタッフたちは、それぞれのテーブルで、あるいはテーブルを離れて相互にまじりあいながらも最後の別れを惜しんでいる最中だった。アリシアさんはひとつ決意を決めるかのようにこぶしをぐっと握って、ステージに上がっていった。


「みなさま、ご歓談中失礼いたします」


そのアリシアさんの声に、潮が引いていくように会場の熱気が収まっていった。


「楽しい語らいの時間も、そろそろお開きの時間となります。ここまで、わたくしたちのプログラムにご参加いただきまして、ありがとうございました。今回のツアーのプログラムは、これにてすべて終了となります。21日間の見学ツアーはいかがでしたでしょうか。みなさまのそれぞれの思い出の中に、小さく光るものが残ったなら、私たちにはそれ以上の幸せはありません。後日届けさせていただきます記念の品と一緒に、大切にしていただけますことを願っております」


みんな、アリシアさんの言葉と姿に注目して、身じろぎもしない。


「今後、SEMでは年に2回程度、このようなツアーを企画し実施していく予定でおります。来年の2月頃にはGEOまでの往復ツアー12日間、来年の8月頃にはまた今回のようなカウンターウェイトまでの往復ツアーを20日間で実施する予定にしております。その他、高度2000キロまでを往復する日帰りのツアーなども随時企画して、より多くの方々に宇宙体験をしていただけるよう努めていく予定です。もちろん、博物館の方は毎週水曜日を定休日として年間を通じて営業しておりますので、ついでの時などにお立ち寄りくださればと思います。スタッフ一同、皆様のまたのお越しをお待ち申し上げております。このたびは、SEMの宇宙エレベーター見学ツアーにご参加いただきまして、誠にありがとうございました。どうぞ大切な思い出とともに、お気をつけておうちにまでお帰りくださいますよう、スタッフ一同心よりお祈りしております」


顔を上げたアリシアさんの目には、また涙があふれていた。大きな拍手が鳴り響いた。ボシュマール夫人とバイカーク夫人がアリシアさんのところに駆け寄って、声をかけ抱き合っている。他の乗客たちもそれぞれスタッフたちのところに行って、声をかけあっている。


「最後に記念写真を撮りましょう!」


アリシアさんが大きな声で発言して、地上スタッフがカメラを用意している。取材の通信社の人も一緒に撮影するみたいだ。


ステージに上がって、みんなで集まってわいわい騒ぎながらポーズをとった。アリシアさんが真ん中に押し出されようとしていて、本人はそれに必死で抵抗している。


「私は添乗員なんですよっ!どこの世界に添乗員が真ん中に来る記念写真がありますかっ!」


そりゃそうだ。押し出そうとしていた張本人のバイカークさんも、さすがにそれはあきらめたようで、次は奥さんをほったらかして端っこのアリシアさんの隣に並ぼうとしている。奥さんの目が冷たいんですけど、バイカークさん大丈夫ですか?


みんなで並んでシャッターを待っているときふと横を見ると、それらの風景を目に映しながらパーリャが静かに微笑んでいる。


「パーリャ、このツアーに誘ってくれてありがとうな。お前が誘ってくれなかったら、僕の人生は変わってたかもな」


「あたしだってこのツアーに参加してなかったら、たぶん人生変わってたよ。お兄ちゃんの助けもなかったらどうなってたか。こちらこそありがとうございました」


横から見ていたカレンさんが、小さくつぶやいた。


「どんなことでも、感謝の気持ちで終われるって、素敵なことよね」


みんな、その言葉を胸に刻んで微笑みあった。そして前を向く。


「Say Cheese!」


みんなの声がそろった。これが本当の終わりの合図だ。そしてそれぞれの方向に向かって歩き出した。


「じゃあ、またね!」


みんなもうそれしか言わなかったが、それで十分だった。


「部屋に戻ろうか。アリシアさんはまだまだ解放されそうにないし……」


アリシアさんはまだみんなに囲まれてもみくちゃになっている。近くでフェルデンさんとギルバートさんが手を出しかねている。


「うん、また明日会えるから、いいよね」


そう言って、僕たちは部屋に戻って行った。


                * * *


親父たちがスイートルームに戻ってきたのは、夜半前だった。


僕もパーリャも、ずっと22時には寝て6時には起きる生活を続けてきていたから、ベッドに入ってうとうととしていたころだった。様子見に出迎えると親父が外出着から着替えようとしていたところだった。おふくろはソファーに座ってぐったりしている。


「あー、もう寝てたのか。遅くなってすまんかったな。かまわず寝ててくれればよかったのに」


「パーリャはもうぐっすり寝てるよ。ママはすっかりくたびれた感じだね」


あきれ顔で言ったつもりだったが、親父たちはそんなことは気にせず自分のことだけ主張する。


「いや、昨日ストックホルムを出てからあんまり寝てなくて、もうほとんど完徹状態なんだよ。時差はどのくらいなんだっけな。-8時間だったか?まあ、そういうわけでさすがにもう限界だ。俺達は寝るから、お前らももう寝ろ」


「うん、言われなくても寝るよ。明日は別にゆっくりでもいいよね。おやすみー」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


おふくろも、ほとんど寝ているような声でお休みを言った。なんだかんだ言って、ふたりとも元気だよなあ。


久しぶりの1G下での睡眠だ。どんな感じなんだろう、などと思う間もなくすぐに寝付いてしまいそうだ。明日はどんな話になるのかなあ。アリシアさんの名誉だけは守らないと。そんな使命感と共に期待と不安を抱きながらも、あっけなく深い眠りに落ちていったのだった。

パーティも終わって、21日間の全日程が無事終了しました。スタッフのみんなは最後に後片付けに加わって、簡単にミーティングをしたら、明日からはしばらく休日を取ります。乗客のみなさんは、それぞれの予定に従って、さっそく今晩の飛行機に乗り込む人もいれば、明日帰る人、もうしばらくここに滞在する人と、バラバラです。でも、みんなそれぞれIDの交換をしているようですから、個人的なお付き合いは今後も続いていくことでしょう。


次回は最終回です。第38話の最終回と第39話のエピローグを同時にアップしたいと思っています。最後まで、ぜひお楽しみください。

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