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宇宙エレベーター見学ツアー  作者: ぜんしも
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(3) ヴァンアレン帯

お話の中に、ごく普通に「部屋」とか「アシスタント」という言葉が出てきます。これはAIのいわゆる音声アシスタントのことです。この時代、部屋の電気製品だとか、コンピューターだとか、レストランでの注文などは、普通にAIが受け答えして要望に応えてくれます。音声アシスタントは、人間同士の会話なのか、自分に対する指示なのかをちゃんと聞き分けて、必要な時だけ応答します。時には命令がなくても、気を効かせていろいろやってくれたりもします。賢くなってるんですね。会話の中でのアシスタントへの命令や指示は2重かっこ『』で囲んで区別しています。

22時になってすぐにクライマーは停止した。


スクリーンに映る地球は相変わらず大きく眼下に広がっているが、なんとなく球形をしているのがわかるようになってきた。ただ、機内の時刻と地表の時刻は当然のことながら一致しているので、機内が22時の時は地表の時刻も22時。つまり夜なので見た目はほぼ真っ黒だ。しかしその真っ黒な中にも、ところどころに明るい部分があるのが見える。この辺りはほとんどが海のはずだから、漁船の明かりなのかな。それとも点在する島の明かりなのか。地図を広げてみないとすぐにはわからないが、まあそこまで追求する気はない。


太陽はすでに地球の向こう側に隠れてしまっている。夜だから当然と言えば当然なんだが、もう少しテザーを昇っていくと、やがて1日中太陽が沈まなくなるらしい。いくらテザーを昇っていっても、太陽からの距離にはほとんど変化はないが、地球からの距離はどんどん遠ざかっていくので、空全体に対する地球の面積はどんどん小さくなっていき、地球が太陽を隠すのも難しくなってくるというわけだ。


その代わり、今日は月が美しい。満月を少し過ぎたくらいで、太陽の代わりに全天で一番明るい星となっている。太陽もそうだが、月も、それから惑星や恒星も、地球で見るより明るくはっきりと見える。もちろんまだ月までの距離は、地表にいるときとさして変わらないのだが、たとえば宇宙エレベーターの一番先端、10万キロの高さまで昇ると、月までの距離は普段の4分の3くらいにはなり、目に見えて大きく見えるようになるらしい。


最も、今回の行程表によると、最も高い地点、カウンターウェイトの見学予定が13日目、8月26日の夕方ということになっているが、この日はなんと新月に当たる。新月ということはちょうど太陽と同じ方向に月がいるわけで、ちゃんと観測できそうにない。でっかい満月が見られるタイミングにしてくれればよかったのになあ。残念。


そんなことを考えていると、パーリャは地球のことについて話し始めた。


「なんか地球の景色がちっとも変わらないのが逆に不思議。よくテレビで見るステーションからの映像って、みんなすごいスピードで地球が回ってるよねえ。ここからだと地球は回らないのかなあ。」


「いや、あれは地球が回っているところじゃなくて、人工衛星が地球を回っているのを見ているんだし、ここからの景色は、宇宙エレベーターが地球と一緒に回っているせいで、止まって見えてるだけだって、何度も教えてもらっただろ?」


「んー、まあ何となくはわかってるつもりだけど、やっぱり不思議だねえ。今は静止衛星と同じ状態だから地球が止まって見えてるんだよね」


違う。今の状態は衛星ですらない!ただ静止衛星にぶら下がってるだけだ!


とかいろいろと言いたくなったが、理解させたいという気もなかったし、理解させられるという自信もなかったので、せっかく納得しているパーリャの理解は、やさしくそのまま置いておくことにした。明日からはオプショナルプログラムで『宇宙エレベーター講座』とかも始まる予定だから、そいつで理解してもらうことにしておこう。


「そういえば、重力もだいぶ少なくなってきたねえ。体が軽いや、今走ったら結構速く走れそう?」


「この重力だと、うまく走れる気がしないな。すべって転びそうだ」


「ころんでもケガしなさそうだけどね」


スクリーンの表示では、現在の重力は0.58G 。僕の体重が40kg以下になった計算だ。小学生のころ以来か?パーリャは……、計算するのはやめとこう。


と、そんなことを考えているうちに、BGMにしていた0番のオペレーションメッセージが、少し騒がしくなってきた。出発したころは、いろいろと忙しく指令が飛び交っていたようだが、1時間もしないうちにだんだん静かになっていき、ここしばらくは、ごくたまになにやらつぶやく程度で、その存在もすっかり忘れていたくらいだ。しかし30秒ほど前から、またなにやら動きが始まったように見受けられる。そろそろドッキングが始まるのかな。


「なんか騒ぎ出したね。アレが始まるのかな」


「たぶんそうだろう。距離がどうとか水平角がどうとか言ってるみたいだから、ドッキングの準備をしているってとこだろうな」


「スクリーンで見えるかな」


「そりゃ外部のカメラの前を放射線防御壁で覆っちゃうまでは、当然見えるだろう」


「どれかなー」


そう言って、パーリャは下の方をのぞき込む。スクリーンはその動きに反応してまっくらな地球の方を映し出す。


「いや、下じゃないって、上だよ上!」


「あー。そうか、これか!?」


上の方にはよく見れば星空よりは若干明るい濃い灰色のラインがまっすぐに伸びている。これが僕たちが今ぶら下がっているテザーだ。意外と細いのに、なんだか不安が頭をよぎる。カタログにも幅40cm~140cmと、そんなに細くて大丈夫か!と言いたくなる数字が書いてあった。まあ、そんな感覚も素人判断なのだろう。ともかく、その細いテザーの先の方からなにやら真っ黒で大きな塊が近づいてきている。大きな、と言っても距離感があまりないので、実際の大きさはまったくわからない。


「おー。降りてきた。意外と薄いな。こんなんで放射線カットできるのか?」


「えー、結構分厚いよ。1メートルくらいはあるんじゃない?」


「スケールがよくわからんな。あと、入り口しか見えないし」


そんなことを言っているうちに、上から降りてきた防御壁は全体を覆って下の方まで進んでいき、スクリーン全体が真っ黒になった。と思っているうちに、やがて元の風景が映し出された。カメラを切り替えたんだろう。ドッキング前となんら変わらない風景が戻ってきて、何事もなかったかのように作業は終了したらしい。作業時間にして数分程度だ。いやに簡単な気もするが、初めて体験することなのでこんなもんかと納得するしかない。


0番のオペレーションは相変わらずなにやら作業をしているみたいだが、それもだんだん少なくなっていって、やがて収まった。そしてすぐに「ドライビングコントロール、リスタート!」という声がしたと思うと、クライマーはまた静かに昇り始めた。少し加速感があったが、それもしばらくすると収まって、スクリーンの速度表示は400キロあたりで安定するようになった。これでヴァンアレン帯に突入したことになる。


そのうちスクリーンの片隅に、ブリーフィングメッセージが流れてきた。もう夜の時間帯なので音声での案内は控えているようだ。


「ドッキングは終了したって。あ、そうか。明日の朝にはもうほとんど重力がなくなってるんだ。テーブルの上とかそこら辺にあるものをちゃんと固定しとけってさ」


「あらかた終わってると思うけど、なんかあるか?」


さっき夕食の後で、テーブルを片付けるついでにいろんな荷物はボストンバッグと小物入れにしまったところだった。そのボストンバッグも、たくさんある固定用のゴムベルトに挟み込んで固定してある。


「んー、ない、かな?」


「んじゃ、もう寝るか?」


「んー、なんかまだ眠くないけどなあ」


「まだ、初日だから神経が高ぶってるよな。まあそのうち眠くなるだろう。照明だけ落としとこう。『照明10%にして』」


そういうと部屋の照明が薄暗くなっていく。少し赤みを帯びた色になったような気もする。うん、この部屋、よくできてる。


「あー、今までよく見てなかったけど、メッセージいっぱい来てるよ。ヤマちゃんからかなあ?」


パーリャがPC(Personal Communicator)をにらんでメッセージを読んでいる。ここでは普通にPCが使えるようだ。僕も自分のPCを確認する。数件のメッセージが来ているが、特に重要なものはない。あれ?父さんたちからも来てないなあ。別に心配してないのか?まああっちはあっちでよろしくやってるってことだろう。別にいいか。


「お兄ちゃん、パパから来てるよ。ちょっと一緒に写って」


そう言うとパーリャは僕のシートに来て一緒に座る。シートはすでに平たくして、ベッドに作り替えた状態だ。パーリャがPCのカメラを二人並んだ方に向けると、すかさず部屋の照明がもう一度明るくなった。どうやら部屋が空気を読んで明るくしてくれたらしい。なかなかえらい部屋だなあ。


「いい、いくよ」


そういうとパーリャはごく普通に自撮りを始めた。こっちは展開のあまりの速さに、まだついていけていないっていうのに。


「パパ、ママ、すごいよ!重力が半分だよ!今0.58G。体重減った!やったね!」


パーリャが撮り始めたのはビデオメールだ。普段ならビデオライブをつなぎそうなもんだが、ここからでは通信が4~5秒遅延するらしい。そうブリーフィングでアリシアさんが言っていた。ということでビデオメール。ライブがリアルに届かないところまで旅行した、ってのがむしろ付加価値になるだろう。しかし開口一番、体重の話か?このビデオを見る両親のあきれた顔が思い浮かぶ。横で僕が苦笑いしているのも一緒に写っていることだろう。


「わかってるよ!またすぐに戻るんでしょ!でもいいんだよ!せっかく軽くなってるんだから喜ばなくちゃ!」


ちょっとこっちを見て、口をとがらせていたが、またすぐカメラに向きなおして続けた。


「昇っていくときの景色がすごかったよ!写真撮ったから共有フォルダ見てみて、でも写真であの感動が伝わるかなあ。やっぱりパパたちもこれに乗りに来なくちゃね」


「明日も撮るから楽しみにしててね。あ、お兄ちゃんは元気だよ。パーサーの社長さんが美人なんで鼻の下伸ばしてるよ、見てやってこの顔!」


「な、なに言って!?」


「じゃねー。また明日!おやすみー」


そう言って、ビデオメッセージをさっさと切って、パーリャは自分のベッドに戻っていった。


「お前、何言ってんだ!?なに……」


こっちはついついしどろもどろになってしまうが、この時点ですでに勝負はついている。


「社長、美人だよねー。社長やってるくらいだから結構頭もいいんじゃない?お兄ちゃんだと無理目かなあー?」


「いろいろ勝手に決めるな!」


「ま、でも応援してあげるから、頑張ってみな!私が就職したら、チャンスも広がるしね」


「お前、本気でここに就職すんの?」


「ま、候補の一つだよ。まだよく知らないしね。旅行の間にいろいろ聞いてみるよ。お兄ちゃんのことも含めてね」


いたずらそうな顔をして、ニッと笑うこいつは本当に小悪魔だ。でも悪気はないのは知っている。わかってるんだ。僕はこいつには絶対勝てない。


「頼むから、余計なことはするなよ。あっちだって迷惑なんだからな。でもま、就職はがんばれ!」


「うん、がんばるよ、明日から。んじゃ、おやすみー」


「ベルトしてるか?明日の朝、違うところにいたりするぞ」


そろそろ重力が小さくなってきているので、明日の朝、ベッドの上にいられる保証はない。自分の体をゆるくベッドに結んでおく必要があるのだ。


「あ、そうか。……うん、ベルトした。」


「じゃ、おやすみ……『照明オフ』」


そう言って照明を消した。予定表だと、明日以降のスケジュールはそれほどタイトではなく、のんびりと過ごせると思う。むしろ退屈するのかもしれないな。そんなことを考えながら、まどろんでいるうちに結構眠くなってきたのを自覚する。


重力少ないと意外と寝やすいなあ。頭に血が上って寝られないなんてのも聞いたことがあるけど、個人差があるのかな。それともこんな風に徐々に少しずつ減っていくときはまた違ったりするんだろうかでもそのうち無重力酔いとかムーンフェイスのしょうじょうがでてくるのかもなそういやよぼうのくすりもらったっけどこにやったんだったかなあぁぁ……


そんなことを考える間もなく、意外と疲れていたのか、ふたりともすぐに寝入ってしまった。

おやすみなさい。


ツアー初日が終わる 現在地点:高度2100km ヴァンアレン帯内帯に突入したところ 重力は0.56G

アシスタントは便利ですね。現代(2019年)でも、だんだん普及していってる技術です。まだここまで賢くはないですけどね。特に出てきませんが、この世界ではたとえばお掃除や食器洗いなんかはもうほとんど人がやることはありません。人は、人にしかできないことをやる、という習慣が浸透しています。あと、PC(Personal Communicator)なんてのも出てきていますが、これは今のスマホとほぼ同じものです。もうパソコンなんて概念はなくなっているので、PCと表記しても混同しません。ただしこのPCが、どんな形状をしているのかは、実はまったく考えていません。たぶん今のスマホとは違う形状のデバイスになっているはずです。なにかいいアイディアがありましたら教えてください。

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