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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第一章
9/292

自覚 03

    ◆




 さらに翌日。

 ジャスティスが襲来した夜から丸一日経った日。

 最近の日照りとは打って変わって、曇り空が太陽を覆い隠している。

 そのような鈍重な朝を、クロードは五体満足で迎えた。


「さて、行こうか」


 手早く朝食を済ませ、折り畳み傘を鞄に入れ、制服を整え、いつもより少し遅めに家を出る。

 玄関を出てから森を抜ける道中、誰一人として気配を感じなかった。待ち伏せされて襲われる恐れがあっただけに、少しほっとして学校へと向かう。

 いつも通りの道は、何も変わっていないかのように静けさを醸し出す。

 誰もいないその道は、いつもより広く感じた。


「……いや、ちょっと待て」


 彼は異変、いや――異様さに気が付いた。


「何で……誰とも遭わないんだ?」


 森を抜け、いつも通りの通学路を登校している。近くの小、中学校の生徒も同様の時間であるために、普段なら人で賑わっている。

 それにも関わらず――誰もいない。

 子供。

 大人。

 老若男女関わらず。

 まるで、誰もこの世からいなくなったかのように――


「……いやいや、それは有り得ないだろ」


 クロードは首を振る。

 耳を済ますと、テレビの音が微かに聞こえた。どうやら、ただ外に出ていないだけで、誰もいないということではないらしい。防災訓練でもあるのかな、なんてこと思いつつ、特に気にせずに歩みを続ける。

 そして学校に到着すると同時に、


「……どういうことだ」


 クロードは呆然とする。


 前にも。

 後ろにも。

 右にも。

 左にも。

 上にも。

 下にも。


 何処にも――人がいなかった。


 普段なら、人で溢れ返っているこの時間帯。

 にも関わらず、まるで休日のように静まり返っている校門前。


「……臨時休校?」


 そう呟いてすぐ、教室に人影があるのを眼の端で捕らえた。


「何だ、いるじゃん……」


 胸を撫で下ろして、駆け足で玄関へと向かおうと一歩踏み出した――


「……っ」


 ――と、同時に、彼は気が付く。

 どうして、誰もいないのか。

 皆、早く登校しているのか。


 どうして――自分だけがそうでないのか。


「……違う」


 その考えを否定するかのように、クロードは短く首を振る。

 だが、彼の中では答えは出てしまっていた。


「嘘だ……そんな……まさか……」


 虚ろに言葉を零しながら、彼は全速力で校庭を突っ切る。

 上靴を穿き、階段を駆け上がる。

 途中で何人か生徒を見かけた。

 でも、彼は見なかったことにした。

 眼に映ったモノは、クロードの考えを肯定するものだったから。

 肯定したくなかった。

 否定したかった。

 眼を逸らした。

 階段から転げ落ちそうになった。

 堪えた。

 止まらなかった。

 前に進んだ。


 そして――辿り着いた。


 三階。

 自分の教室。

 2―A。

 開かれた前面の扉。

 そこに駆け込み、声を掛ける。


「おはよう」

 


 ――瞬間。

 皆の行動は素早かった。



 席に座っていた者は腰を上げ、

 談笑していた者はその笑みを消し、

 本を読んでいた者は顔を上げ、

 その誰もが、窓際に移動した。

 机が倒れ、

 椅子が散らされ、

 教科書が撒かれ、

 ノートが踏まれ、

 あっという間に、皆との間に、物理的な障害が多数生まれた。

 物理的ならそれでいい。

 問題は、明らかな精神の壁。

 皆の表情。


 驚きではなく――(おのの)き。

 恐怖。


「……ああ、やっぱり、そうか」


 自分の推察が正しいことを認めざるを得なかった。

 あの時、ルード軍はクロードの家に来ていたのだ。

 いや、来ていなくとも、ジャスティスが戻って来ていない時点で気が付いていたのだろう。

 それは先程、推測した。

 だが、そこからが間違っていた。

 ルード軍はクロードを待ち伏せていたのではない。

 そのために、ジャスティスを放置した訳ではない。

 怖かった。

 恐れていた。

 近づきたくなかった。

 その感情が勝り、ジャスティスを放置した。

 そして、彼の知らぬ間に伝令していたのだ。

 魔女の息子が、魔王としての力を覚醒したのだ、と。

 ジャスティスが犠牲になった、と。

 クロードは、最初は否定した。

 しかし、現実は理論通りには動かない。

 ルード軍は体裁よりも、恐怖から逃げることを選択したのだ。

 結果。


(それが……大正解だった訳か)


 誰も来なかった。

 ルード軍も。


 そして――近所の人達も。


 あれだけの破壊があったのに、クロードを心配してくれる人はいなかった。

 その時点で気が付くべきだった。

 市民はルード軍の非難よりも、クロードから避難することを選んだ。

 仲が良かった、あいつも。

 こいつも。

 そいつも。

 クラスの全員がクロードに対し、いつも恐怖心を持って接していたのだ。


「……ひどいな、みんな」


 冗談のように、笑顔でそう言おうとするクロード。

 だが、顔の筋肉がひきつって動かない。

 それでも、彼はゆっくりと前進しながら、


「みんな――友達だったじゃないか」


 そう口にしながら、クロードは心の中で必死に叫ぶ。


(友達だったのに……俺は魔王なんかじゃないのに……誰か言ってくれよ! 俺はお前の友達だって! 頼むから……みんな……みんな言ってくれ!)


 心の中の喉が嗄れるほど。

 表情は変えず。

 伝われと願いながら、彼は心の中で叫び続ける。

 ――すると、その時だった。



「……俺はお前の友達だ」

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