自覚 03
◆
さらに翌日。
ジャスティスが襲来した夜から丸一日経った日。
最近の日照りとは打って変わって、曇り空が太陽を覆い隠している。
そのような鈍重な朝を、クロードは五体満足で迎えた。
「さて、行こうか」
手早く朝食を済ませ、折り畳み傘を鞄に入れ、制服を整え、いつもより少し遅めに家を出る。
玄関を出てから森を抜ける道中、誰一人として気配を感じなかった。待ち伏せされて襲われる恐れがあっただけに、少しほっとして学校へと向かう。
いつも通りの道は、何も変わっていないかのように静けさを醸し出す。
誰もいないその道は、いつもより広く感じた。
「……いや、ちょっと待て」
彼は異変、いや――異様さに気が付いた。
「何で……誰とも遭わないんだ?」
森を抜け、いつも通りの通学路を登校している。近くの小、中学校の生徒も同様の時間であるために、普段なら人で賑わっている。
それにも関わらず――誰もいない。
子供。
大人。
老若男女関わらず。
まるで、誰もこの世からいなくなったかのように――
「……いやいや、それは有り得ないだろ」
クロードは首を振る。
耳を済ますと、テレビの音が微かに聞こえた。どうやら、ただ外に出ていないだけで、誰もいないということではないらしい。防災訓練でもあるのかな、なんてこと思いつつ、特に気にせずに歩みを続ける。
そして学校に到着すると同時に、
「……どういうことだ」
クロードは呆然とする。
前にも。
後ろにも。
右にも。
左にも。
上にも。
下にも。
何処にも――人がいなかった。
普段なら、人で溢れ返っているこの時間帯。
にも関わらず、まるで休日のように静まり返っている校門前。
「……臨時休校?」
そう呟いてすぐ、教室に人影があるのを眼の端で捕らえた。
「何だ、いるじゃん……」
胸を撫で下ろして、駆け足で玄関へと向かおうと一歩踏み出した――
「……っ」
――と、同時に、彼は気が付く。
どうして、誰もいないのか。
皆、早く登校しているのか。
どうして――自分だけがそうでないのか。
「……違う」
その考えを否定するかのように、クロードは短く首を振る。
だが、彼の中では答えは出てしまっていた。
「嘘だ……そんな……まさか……」
虚ろに言葉を零しながら、彼は全速力で校庭を突っ切る。
上靴を穿き、階段を駆け上がる。
途中で何人か生徒を見かけた。
でも、彼は見なかったことにした。
眼に映ったモノは、クロードの考えを肯定するものだったから。
肯定したくなかった。
否定したかった。
眼を逸らした。
階段から転げ落ちそうになった。
堪えた。
止まらなかった。
前に進んだ。
そして――辿り着いた。
三階。
自分の教室。
2―A。
開かれた前面の扉。
そこに駆け込み、声を掛ける。
「おはよう」
――瞬間。
皆の行動は素早かった。
席に座っていた者は腰を上げ、
談笑していた者はその笑みを消し、
本を読んでいた者は顔を上げ、
その誰もが、窓際に移動した。
机が倒れ、
椅子が散らされ、
教科書が撒かれ、
ノートが踏まれ、
あっという間に、皆との間に、物理的な障害が多数生まれた。
物理的ならそれでいい。
問題は、明らかな精神の壁。
皆の表情。
驚きではなく――慄き。
恐怖。
「……ああ、やっぱり、そうか」
自分の推察が正しいことを認めざるを得なかった。
あの時、ルード軍はクロードの家に来ていたのだ。
いや、来ていなくとも、ジャスティスが戻って来ていない時点で気が付いていたのだろう。
それは先程、推測した。
だが、そこからが間違っていた。
ルード軍はクロードを待ち伏せていたのではない。
そのために、ジャスティスを放置した訳ではない。
怖かった。
恐れていた。
近づきたくなかった。
その感情が勝り、ジャスティスを放置した。
そして、彼の知らぬ間に伝令していたのだ。
魔女の息子が、魔王としての力を覚醒したのだ、と。
ジャスティスが犠牲になった、と。
クロードは、最初は否定した。
しかし、現実は理論通りには動かない。
ルード軍は体裁よりも、恐怖から逃げることを選択したのだ。
結果。
(それが……大正解だった訳か)
誰も来なかった。
ルード軍も。
そして――近所の人達も。
あれだけの破壊があったのに、クロードを心配してくれる人はいなかった。
その時点で気が付くべきだった。
市民はルード軍の非難よりも、クロードから避難することを選んだ。
仲が良かった、あいつも。
こいつも。
そいつも。
クラスの全員がクロードに対し、いつも恐怖心を持って接していたのだ。
「……ひどいな、みんな」
冗談のように、笑顔でそう言おうとするクロード。
だが、顔の筋肉がひきつって動かない。
それでも、彼はゆっくりと前進しながら、
「みんな――友達だったじゃないか」
そう口にしながら、クロードは心の中で必死に叫ぶ。
(友達だったのに……俺は魔王なんかじゃないのに……誰か言ってくれよ! 俺はお前の友達だって! 頼むから……みんな……みんな言ってくれ!)
心の中の喉が嗄れるほど。
表情は変えず。
伝われと願いながら、彼は心の中で叫び続ける。
――すると、その時だった。
「……俺はお前の友達だ」