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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第三章
88/292

交渉 14

    ◆



 この後、ウルジス国に対して、クロードが下した命は一つ。


 全国民に対して、『赤い液体』を飲む様に伝えること。

 その際、『正義の破壊者』の不利益になる行動を起こす、または犯罪行為を行えば命を落とすという『赤い液体』の効用についても説明するよう、また飲まない人に対してはやましいことを考えている犯罪者である、という注釈もつけた上で喧伝するようにも伝えた。

 更にもう一つ、加えたことがある。

 それは『飲んでいない人間に対しての犯罪行為については効力の対象外とする』ということである。このことはつまりは飲まない人間が飲んだ人間に対して優位性を持つことは無い、むしろ損だということを伝えている。唯一、飲んでいないのに飲んだと虚偽することを恐れ『赤い液体』については余分に所持することを許し、飲んだ飲んでいないで揉めた場合はその液体をその場で飲む、飲ませるという解決手段を取らせた。無味無臭で赤い液体を製造することは極めて難しい為、その行為は大いに信頼性があった。

 また『赤い液体』については『正義の破壊者』側で大量に用意した。予備も含めて膨大な数であったが、クロードの一部から取っているだけでかなりの微小単位でも可能だったので、ほとんど既存の液体を再度薄めることによってそれを用意することが出来た。クロードの手によって、新たな素材を提供する必要もなく増殖させられる技術を事前にしておいたのも功を奏した。今更ながら、クロードの身体を離れればそれは『クロードそのもの――同一である』という能力阻害条件を満たさないらしいので能力の対象内となっており、だが『効果範囲はクロードの一部なので広がる』という扱いになるという非常に都合の良いモノになっていた。この原理については色々と考えるのを止めていた。分かりもしないし、誰も証明できない。


 閑話休題。


 このような御触れが出て、市民は多数の感情に巻き込まれながらもその液体を飲んだ。実際に飲んでもやましいことが無ければ大した効果が無いため、人々はほとんど抵抗しないで口にした。当初は飲まない人もいたが、周囲から犯罪者のような扱いを受けたために、結局は渋々口にしていった。



 こうしてあっという間に。

 ウルジス国はほぼ全国民が『正義の破壊者』に属することとなった。



    ◆



「どうしてこうなったんだ?」

「正直、分からないっすね。いやー、どう引っくり返すかなーってのは思っていましたけど、まさかここまでになるとは思っていなかったっす」


 時はウルジス国での交渉が終わった直後――『正義の破壊者』のアジトに戻る途中まで遡る。

 ウルジス国から手配された車で大陸を横断していた所での会話だ。

 因みにミューズは既にアリエッタの姿ではなく、いつもの金髪、白衣姿に戻ってノートパソコンのキーボードを叩きながら、隣の席にいるクロードと会話していた。


「俺達の目的は、ウルジス国に対して優位に話を進め、相手に裏切られないような形で同盟を結ぶ、ってことで合っていたよな?」

「合っていたっすよ」

「それがどうして、ウルジス国が全面降伏して俺達の下に付く、っていう所までいったんだろうな?」

「いやいや、クロードはそこまで追い詰めていたっすよ。ああ言われたら降伏するしかないっすって」

「そんなに厳しいこと言ったか?」

「言っていたっすよ。だって全国民を人質に取ったじゃないっすか?」

「人質? ああ、あの水道に『あの液体』を流したっていう()()のことか」


 デマ。

 クロード達は水道局など行っていなかった。


「あたし達が行ったのはジャスティスの保管庫と赤髪の女性のいる家だけっすよね」

「ああ。赤髪の女性についてあれこれについては、ちょっと思う所があったからな」

「それはあれっすか? 過去の女のことっすか?」

「……何のことだ?」

「マリーさんでしたっけ? 顔写真もあるっすよ。ついでにアレインも見ているっすよ」

「何でそこでアレインが出てくるんだ?」

「さてね、っす。……っていうか聞かないんすね? どこでそういう情報があるのかっていうのは」

「どうせインターネットだろう? しかもアンダーグラウンドの方の。魔王の手に掛かった少女なんて恰好の餌じゃないか」

「まあ、その通りっすけどね。クロードを調べる際に見つけたんすけど……幼馴染だっていうからには好きだったんすか?」

「拳銃で狙い撃っているんだぞ。お前もウルジス国と同じ考えか?」

「そういう考えが癪に障った、って言うんすか?」

「……はあ。そういうの堂々と聞くよな、ミューズって」

「にひひ。それくらいじゃ何も動じないの分かってきたっすからね」


 ミューズがほくそ笑むのを見ながら「……まあそうだな」と肯定する。


「赤髪の女性に対し思うことは無いが、それが弱点だと思って突いてきたことについては腹が立ったからな。全員、呪縛から解放しておいた。ただそれだけだ」

「ホント、経験ない人達を赤髪っていうだけで無理矢理に世界各国へ派遣させたなんてひどいっすよね。まあ、全員、身元が確認できたっていう一報があったんで安心したっすが」

「当人やその家族なんかの不満分子から徐々に広めて行こうと思ったが、結果的に一気に広められることになって良かったな」

「ええ。あの液体、実はもう結構広まっているんすけどね。あの交渉をする以前から、国民の心は『正義の破壊者』に傾いていたってことっすね」


 あの『赤い液体』を飲む――すなわち『正義の破壊者』に属する行為については裏でも、驚くほどスムーズに事が進んでいた。『正義の破壊者』がウルジス国でも好意的に受け入れられていたことの証拠である。


「さて話を戻すぞ。――全国民を人質に取ったっていう所、何の話だ?」

「なんの話って……あの言動、どう見ても『言われた通りにしないならば混入の事実を全国民に公表し、混乱させることも出来るぞ』って脅しつけていたじゃないっすか。その為に水の件を出したんすよね?」

「いいや。ただ単に、既に飲ませたって思わせたらすんなり飲むかな、って思って言っただけだぞ」

「……はい?」

「でもなかなか飲まなかったよな。何でだろうか?」

「……クロード……」


 はあ、と見るからに呆れの様子を見せつけるための溜め息を吐きつけてきた。


「あたし分かったっす。何でウルジス王が完全降伏したのかが」

「おお。それは凄いな。教えてくれ」

「完全にクロードが気まぐれで言ったこと、やった行動を深読みしただけっすよ」

「ふむ、やっぱりそうか」

「……あれ? 意外と冷静に返してきましたっすね。あたしがドヤ顔したのが恥ずかしいじゃないっすか!」

「そんな顔していないだろ? でも、まあ途中で流石に気が付いて惑わせる言動も敢えて行った節もあるけどな」

「ホントっすかぁ?」

「さて、どうだろうね」


 飄々とミューズの疑いの目をかわすクロード。このような態度がウルジス王を困惑させたであろうことは容易に想像がつく。


「しっかし、この車内でそんなことを喋っちゃっていいんすか?」

「盗聴器とかか? 心配ないだろう。そうすれば反逆の意思ありとして死んでしまうかもしれないと思われるだろうからな」

「そうじゃなくてっすね……」


 ミューズが前方を指差す。

 するとそこには「あわわわわわ……」と震えあがっている運転手の姿があった。


「危ないから落ち着いて。別に気にしていないから」

「は、はいぃ……」


 この国の運転免許は二〇歳を超えていないと取得できないのだが、その年齢に相応しいとは思えない慌てっぷりを見せている少女は、赤い髪をしていた。

 あの時の『正義の破壊者』に運がいいのか悪いのかは分からないが、辿り着いた少女だった。


「いいのか? って勝手に決めておいてなんだが、敢えて聞かせてもらえないか?」

「は、はい? 何のことですか?」

「俺達『正義の破壊者』とのパイプ役に任命させたことだ。こうして運転手としてだが」

「あ、はい。それはむしろ感謝したいくらいです」


 赤髪の少女は前を向いたまま答える。


「私の家庭は元々あまり豊かではありませんでした。だからこうやって役目を与えていただいて、そのおかげで経済的な補助も受けられることとなって……」

「けれど君だけは本国を離れることとなったんだぞ?」

「いいんです。私、元々アクティブな方だったので、外国に行って見聞を広めたかったのですから」


 それに、と少し声のトーンを落として彼女は言う。


「私、王の命で貴方達を探せと言われて不安でした。言葉も通じないし、頼れる人は誰もいないし……『正義の破壊者』の人に殺されるかもしれない、って……でも違ったんです。『正義の破壊者』の人達は優しくて、犯罪もしない、良い集団で……私、どっちが正しいか全くわからなくなったんです」

「俺達は正義でも何でもない。ジャスティスを破壊する為の組織だ。それだけは確かだ」


 クロードがぶっきらぼうとも言える返し方をしたので、ミューズがくすくすと忍び笑いをする。


「ああは言っているっすけど、クロード自身が真っ直ぐ曲がっていないから、下にいる人も付いていっているっすよ。だから犯罪をしないってのも、当たり前のことですけどみんな守るっす」

「……なんか分かる気がします」


 女性二人が微笑む。

 それを見て、クロードは頬杖をついて窓の外に視線を向け、


「……俺は正しいことをしているわけじゃないんだけどな……」


 そうポツリと言葉を落とした。


 ――その時だった。


「――クロードッ!」


 唐突にミューズが悲鳴に近い大声を上げた。


「どうした?」

「……っ……」


 ミューズの顔が引きつっている。先の言葉の続きも咄嗟に出てこないようで、口をパクパクさせている。

 彼女の視線はノートパソコンに注がれている。



「貸してくれ」


 半ば無理矢理、クロードは彼女の手元からノートパソコンを引き寄せる。


「これは……」


 その小さな液晶に映されていた内容。



 それはミューズを絶句させるには十分なものであった。

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