交渉 04
◆
(……本当に人が悪いっすね、クロードは)
不遜な態度の彼を横目に、スーツ姿の銀髪の女性――ミューズは内心で溜め息を吐く。鮮やかな金髪は面影が無く、低かった身長も今やヒールで隠して通常の女性並みになっている。
つまり変装だった。
ここに来るにあたってミューズの顔を売っておく必要はなかったため、彼女はクロードの能力によってこの容姿になっていた。
(しっかし……この胸の脂肪、本当に邪魔っすね。アレインはあれをたっぷんたっぷんさせながらよくもまああれだけ動けるっすね……ちょっと優しくしてあげよう)
現在の自分の胸元に視線を寄せながら彼女は同年代の少女のことを思うも、すぐに視線をクロードに戻す。
因みにクロードも変装をしてきていたのだが、能力を使用したミューズの変装レベルには到底至っていなかった。ただの帽子とサングラスで隠していたのとほぼ同等レベルと言ってもよいだろう。
(これって、クロードは自分自身に能力を使用できない、というあたしの予想が当たっているってことっすね、多分)
彼女なりに推察しながら、ちらとクロードを見ると、彼は肩を竦めて口を開く所だった。
「何でって呼ばれたから来ただけだが。ザハルに来てくれって手紙に書いてあったから来たんだよ。それ以上の理由なんてないさ。なあ、そうだろ?」
「いやいや、そりゃアポもなしにいきなり来たら驚かれるっすよ」
「そりゃそうだわな。――さて」
彼は両手を開き、宣言する。
「交渉を始めようか、ウルジス・オ・クルーよ」
「……?」
――しかしながら。
ウルジス王は目を丸くしたまま硬直していた。
「……ん?」
あまりに反応の無さにクロードは疑問の声を上げ、そしてミューズに耳を寄せる。
「……なあ、どういうことだ? あっちから交渉したいって来たのに、全く返答がないぞ?」
「いやいや、そりゃそうっすよ、クロード」
ミューズは極めて明瞭な解を出す。
「だってクロード、アドアニア公用語を喋っているっすから。相手は理解出来ないっすよ」
「ああ、アドアニア公用語ってルード語の訛った形のようなものだからな。今までの相手がルードだったから気にしていなかったな」
「そうっすよ。あたしが訳すっすか?」
「――いや、ここならいけるだろう」
そう言ってクロードは指を鳴らした。
「どうだ、ウルジス王? 聞こえているか?」
「ッ!?」
ウルジス王の目が見開かれる。
『何だこれは!? 何故私はアドアニア公用語が理解できる!?』
「なあ、何を言っているのか訳してくれないか?」
「あー、あたし――私ですね。はい。えーっと、どうしてアドアニア公用語が理解できるのか、だそうです」
ミューズは事前にクロードによって、ウルジス語を理解できるようにされていた。相も変わらず驚きの能力だ。どのような原理、条件なのかさっぱり分からない。現実に起こっていることだが、未だにもやもやとしている部分がある。
(うー、なんかあたしの中でクロードの能力について検証したい気持ちがうずうずしているっすねえ)
ミューズが自分の中の衝動を抑え込んでいる間に、クロードはウルジス王に向かって言葉を投げかけていた。
「理解は勿論、アドアニア公用語を喋られるようにしたはずだ。以後はその言語でのみ交渉を行う。それ以外の言語についての交渉は一切受け付けない」
「……分かった」
ウルジス王はアドアニア公用語で答える。
完全にクロードのペースだ。
意表を突く訪問で完全に相手の混乱を誘った。
まずは『正義の破壊者』の作戦勝ちだ。
悔しそうに歯噛みしている相手の様子からもそれが読み取れる。
「――一つ」
ウルジス王は食いしばっていた口を開く。
恨みの言葉でも言うのか、とミューズは心構えをして冷静な女性を装う準備をすると、彼は続きの言葉を告げる。
「私は貴殿を招待した。故に来賓としてきちんとした対応を行いたい。そのために、一つお願いがある」
ウルジス王は掌でクロードを指し示す。
厳密には――クロードの座っている椅子を。
「まずはその椅子、こちらに返して貰えないだろうか?」
――後にミューズは知ることとなる。
このような何でもないように思える会話。
ここから、既に交渉は既に始まっていたことを。