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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第三章
68/292

来訪 01

    ◆



「……こんなに怒りを覚えたのは久しいな」


 自室。

 クロードはソファベッドに寝転がりながら呟いた。

 彼が怒りを覚えた対象は一つ。

 ウルジス国。

 彼の国が取った行動だ。


 民間人を脅迫して捨て駒にする。

 ――()()()()()に怒っているのではない。

 クロードは正義ではないし、そんなことに目を向ける程の善意性も既に持っていない。

 顔見知りは出来れば助けたいが、末端まで救うなんてつもりはない。

 それくらいの意思しかない。


 では何に怒ったのか?


「きっと他の地域にも《《赤髪の少女》》を派遣させたのだろうな。……ふざけやがって」


 赤髪の少女。

 赤髪。

 それは彼の脳裏にある少女を連想させる。

 鮮やかな綺麗な、赤というよりも『紅』。


 紅髪の少女。

 マリー・ミュート。


 アドアニアに残した、クロードの幼馴染。

 そして生きてもらうために、彼自身の手で銃弾で胸を撃ち抜いた少女。

 クロードが切り捨てた少女。


「……切り捨てた、はずなのになあ」


 やはり彼の中には、彼女の存在が大きかった。

 正直な話、アドアニア公用語で書かれた親書に赤髪の娘で、彼の心は動揺しきっていた。

 ウルジス国に確かめに行かなくてはいけない。


 マリー。

 彼女が誘拐されていないのかどうかを。


 アドアニアにいるはずの彼女がどうなのか、残念ながら現在の彼に知る術はない。

 そして表立って調べられる状況にもない。

 気にしていると知られれば、それこそマリーの身に危害が及ぶ。


「はあ……」


 深い溜め息を吐く。

 非情になると決めたのに、奥底では捨てきれない。

 捨てきれていない。

 きっとこの感情は、どこまでも捨てきることは無理なのだろう。


 会いたい。

 逢いたい。

 遭うだけでもいい。


「……抑えろ、抑えろ」


 歯を食い縛ることで衝動を抑える。

 ついでに笑おうとする。


(……やはり笑えない、か)


 怒り、悲しみの感情はあるが、未だに笑いの感情だけはどうしても出来ない。

 能力を手に入れてからずっとだ。

 必要あるとは考えてはいないが、やはり不思議である。

 五メートル以内に変化を生じさせるクロードの能力でも、自分自身については変化させることが出来ない。この点も不思議ではある。

 クロードはこれを、能力を使う上での『制約』と考えている。


「あまりにもズルすぎるもんな。この時点でも俺の能力って」


 そういえば、と思考する。


 母親から譲り受けたと思われるこの能力。

 だけど、記憶の中の母親は笑っていた。

 でも、母は能力を使用していた。

 その違いは何故だろう?


 さらには、能力を譲るという行為はどのように行うのか。

 実際、この能力を誰かに渡すつもりなど何もないので、あまり考える必要はないことではあるが。

 しかし、母親は死ぬ直前までそんな素振りは見せなかったので、単純な疑問だ。

 母親はいつ、自分にこの能力を譲渡したのか。

 あるいは――


「……止めておこう。無意味だ。もう終わったことで必要のないことなんだ」


 唐突に思考を止める。

 これ以上先に行けば、必要が無いのにとんでもないことが分かりそうな気がする。

 そんな気がしたからだ。


 さて、と気持ちを切り替えた所で――


 トントン。


「クロードさん。相談したいことがあります」


 入ってくるなり、カズマはクロードに頭を下げる。


「相談なら普通に言え。頭を上げろ。何事だ?」

「いえ。こうして頭を下げているのは、先に謝っておこうと思いまして」

「落ち着け。まずは座れ」

「はい。失礼します」


 カズマは《《頭を下げたまま椅子に座る》》。


(……やっぱりカズマのやつ、妹を亡くして少しねじが外れたか?)


 かなり心配になる行動ではあるが、実戦では問題を起こさない。口調も態度も変わっていないのに行動だけ少しおかしい所があるという、なかなか厄介な状態となっていた。

 しかし、それも仕方がない。

 実の妹を亡くしたのだ。

 心が壊れるのも分かる。


「で、どうしたんだ? 相談したいことって?」

「実は、これからの戦いについて、一つ、考えていることがありまして」


 そこでようやく顔を上げる。

 まっすぐな瞳は濁りしかない。


「僕一人がジャスティスに乗って撃破する、ということはヨモツに対しては辛いと考えています」

「辛いとは?」

「奴の部隊は空を飛びます。空中に対抗できるのはジャスティスのみなので、こちらの戦力は実質僕一人となります」

「つまりはライトウもアレインも数には入らない、ということか?」

「流石に生身そのままでは気圧の関係で難しいでしょう。掴まれて上昇するだけで殺害されます」

「そうだな。だがお前のジャスティスだって空を飛べないだろう?」

「相手の飛行ユニットを奪うつもりです。ミューズに訊ねましたが、ヨモツの部隊の飛行ユニットは奪えさえすれば簡単につけられそうだ、という見解ももらいました」


 尚更ミューズをカズマの方に連れて行くべきか、と迷ったが、すぐにその考えを打ち消す。

 ミューズはあくまで、政治的な立場に立ってもらわなくてはいけないのだ。

 そちらに割くべき人員ではない。


「そこまでは分かった。で、お前が提案したいというのは何だ?」

「端的に言います」


 カズマはハッキリと告げる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ほう」


 クロードの声が低くなる。

 ジャスティスは破壊対象で、憎むべき対象だ。

 加えて、ジャスティスは驚異的な脅威を孕んでおきながら、代償もかなり大きなものを持っている。

 人間の命。

 操縦者の命を用いて、このロボットは動く。

 破壊されると、動力源である人間の命を奪う。

 そして、操縦者だけではなく、ジャスティスの中にいる人は漏れなく命を落とす。

 カズマは知らない。

 そのことによって、捕らわれて同乗させられていた実の妹の命を奪われた、ということを。


 妹を殺害したのは、敵将を討ち取った自分自身の手であるということを。


 だからこそ、敢えてクロードは詳細を語らない。

 語れば今度こそカズマの精神は崩壊するだろう。

 なれば戦闘のエースの地位も崩壊するだろう。

 それは『正義の破壊者』にとっても大きなダメージだ。


 だからこその彼の言動。


 ――配下のジャスティスを増やしたい。


 クロードがカズマを切り捨てられない事情を鑑みて提案したのだろうか?

 ジャスティスを操っているカズマは例外なのだ。

 これ以上の例外を作る必要がどこにある。

 あの憎いジャスティスを利用するだけでも反吐が出るのに。あくまで使えるから利用してやっているだけなのだから。


 本当はすぐにでも破壊したい。

 ――そのような願望を潜めているクロードに、よくも提案できたものだ。


(……ああ。だから頭を下げていたのか)


 彼は重々承知で、それでも必要があると考えて提案してきたのだ。


 ――先の話を思い出す。


 ヨモツの空軍ジャスティスの部隊。

 空を自由自在に飛ぶのであれば、これほど厄介な存在はないだろう。

 今までのように地に足を付けているのであれば、攻撃が出来るのでライトウとアレインが生身であっても活躍できた。

 だが、次の戦場ではそうはいかないだろう。生身で空中はどうしても不可能だ。

 だからこそ、上空での戦闘が出来るよう、相手のジャスティスを奪うことが必要である、と。


(ふむ。そういうロジックか。――ならばこう返さざるを得まい)


 クロードは口を開くと、


「駄目だ」


 彼の提案を一刀両断した。

 途端に彼は目を見開いて抗議してくる。


「何故ですか? 『正義の破壊者』にとってもジャスティスをこれからの作戦を遂行するにあたって、メリットがかなり多い事項ですよ?」

「分かっている。だが、デメリットもあることは分かっているな?」

「……ええ」

「言ってみろ」


 クロードの命に、カズマは少し言葉に詰まりながらも答える。


「……ジャスティスを破壊する、という行動理念なのに増やせば、やはりジャスティスがいいのではないか、と人々に思われることです」

「違うぞ」


 否定の言葉にカズマは驚きを隠せない様子だった。


(……久々にカズマの揺さぶられた表情を見ているな)


 妹が死んだ日から死んだように抑えた表情をしていたカズマの表情が動くのを見て内心でそう感嘆しながら、クロードは決定的な答えを突きつける。


「最初から俺は他者の目など気にしていない。だから答えとしては、《《ジャスティスを利用することに俺が反感を覚える》》――っていうデメリットだ」


 最大の戦力はジャスティスを操るカズマでも、はたまたライトウでもアレインでもない。

 クロードだ。

 クロードがいるといないとでは『正義の破壊者』の戦力は段違いになる。

 その存在も。

 その力も。

 加えて、組織のトップだ。

 その人物に反感を覚えられ離反されたら、組織としてもう終わりで、あとは瓦解していくしかない。


 ――そのことを、クロードはカズマに改めてインプットさせた。


 故に、次に出てくる言葉も想定できる。


「だ」

「だったらお前のジャスティスも、ってか? ――その通りだよ」


 カズマの言葉を遮り、先を読みとった言葉を投げつける。


「だがお前は、ジャスティスを最後自壊させる覚悟で戦っている。だからこそ俺は、お前がジャスティスを用いていることを認めているんだ。それが分かっていなかったのか?」

「それは……すみません。正直、自分のことしか考えていなくて……」


()()()()()


 しゅんとなるカズマに、クロードはここで肯定の言葉を放つ。

 え? とカズマが目を丸くする。


「お前は自分のことだけ考えて敵と戦えばいい。他の余計なことは考えるな、戦いの腕が鈍る。敵のジャスティスを打ち砕け。毒を食って毒を制す。――それを体現しろ」

「……クロードさん」


 少々潤んだ目で、カズマがクロードを見つめる。


「男に見つめられる趣味はないぞ。で、分かったか?」

「はい」


 カズマは立ち上がり、クロードに頭を下げる。


「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。では、これにて失礼します」

「――ああ、そうだ、カズマ」


 背を向けるカズマに、クロードは言う。


「お前のような覚悟がある『正義の破壊者』のメンバーはいないが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……っ、はい! そうですよね!」


 そう顔を綻ばせて、カズマは退室して行った。

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