覚醒 05
(……情けない)
思わず溜め息をつくクロード。
状況が状況だけに、格好良く眼を見開いて、叫んでやりたかった。
生き残ってやる、と。
それができなかったなど、死ぬに死に切れない。
実際、現世に留まっているかのような感覚に陥っていた。
目の前は真っ暗だったが、聴覚は先程からパラパラという音を拾っており、何やら細かい破片のようなものが顔に降り注いできているような触覚を受けていた。
「ああ、死後ってこうなのか……」
そう感慨深く呟いた所で、
「……あれ?」
ようやくクロードは気が付いた。
「生き残って……いる?」
クロードの瞼が上がる。
「………………」
目の前の光景に、クロードは言葉を失う。
彼の眼前にあったのは――『ジャスティスの頭部』。
彼自身は地面に座り込んでいるのだから、二〇メートルも距離があった頭部がすぐそこにあるのは、明らかにおかしい。
おかしいのはそこだけではない。
周囲には鈍色の欠片が積もっており、彼が頭を軽く振るだけでさらに追加されていく。
その物体に触れてみる。
彼の指圧のみであっさりと潰れてしまった、その欠片。
「間違いない……」
指を擦り、唖然としながら言葉を落とす。
「これ全部……ジャスティスだったモノだ……」
触れれば砕けてしまうような、脆い欠片。
それらは全て、先程クロードを追い回していたジャスティスだったモノ。
「……いやいやいや」
大きく頭を振り、欠片を吹き飛ばすクロード。
「有り得ない……だってこんなに脆いはずがない……有り得るはずが……」
そこで、ハッと気が付く。
「まさか……俺が……俺が思ったから……?」
拳が向けられると同時に、色々なことを思考した。
その思考の中で、ジャスティスが脆くなれ、と彼は願っていた。
「だからといって、そんなことが現実にある訳が――」
そこで、クロードはフリーズする。
彼は辿り着いた。
あまりにも馬鹿馬鹿しく。
あまりにも非現実で。
あまりにも――正解としか思えない答えに。
「……ふ、ふ……」
顔をくしゃくしゃに歪めて、彼は息を漏らす。
「……有り得ない」
哄笑することもなく、今日、何度口にしたか分からない言葉を落とす。
「だって有り得ないだろ? 俺が思ったからその通りになるなんて、フィクションにしても度が過ぎている、三流の三文小説……あれ? 同じか? 誰か教えて――って、俺以外の誰もここにいないか……」
そこまで呟いて――
「…………え? 誰も?」
頭を抱えていたクロードは、違和感に顔を上げる。
「……何で誰もいないんだ?」
周囲を見回すクロード。
だが、切り開かれた森には人はおろか、動物の気配すらなかった。あれだけ暴れまわったのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。それどころか、いつもは心地よいBGMを奏でてくれる昆虫たちすらその音を潜め、辺りに響くのはクロードの独り言だけだった。
――有り得ない。
クロードの他にあと一人、確実にこの場にいなくてはいけない人物がいる。
その人物とは――
「あいつは――あの軍人はどこに行った?」
この惨状を作った張本人である、若い軍人。
彼の姿が見えなかった。
(……逃げたのか?)
そう思い、少し疲労が取れて歩くことができるようになった足を動かして、ジャスティスの頭の向こう側へと向かう。
残骸の山。
それは粉々となっていたクロードの周辺のモノとは違って形が大きく残っており、その一つ一つはかつてジャスティスだったのだ、ということが判り易かった。
その中に、コクピットのようなものがあった。それは胸部の位置にあったのだろうと、残されたパーツから推測できる。
そこに、軍服を着たままの若い軍人の姿があった。
先程の場所から距離にして、わずか数メートル。
にも関わらず、クロードは彼の気配に気が付かなかった。
その理由は彼に近づいて見て、理解した。
「……何だ」
クロードは傍でしゃがみ込みながら、彼に言葉を投げる。
「あんた、死んだのか」
外傷は何もなかった。
だが、そのぐったりとした青白い顔と上下しない喉、魂が抜け落ちたかのように見開いたまま一向に閉じない瞼を見れば一目瞭然だった。
「俺が殺したのか」
死体を眼の前にしているにも関わらず、クロードは動揺した様子を見せない。
(ま、死体は見飽きているしな。母さんで)
夢の中で何度も再生を繰り返した、母親が死体になる所を。
彼はそこで、自らの瞼を閉じる。
その裏に、あの時の光景が浮かび上がりそうになる。
「……嫌なこと思い出させやがって」
眼を開き、コクピット周りの瓦礫を蹴り飛ばす。
パリパリ、というあまりにも軽い音を立てながらジャスティスだったものは崩れる。
若い軍人の姿が埋もれていく。
「俺を殺そうとしやがって」
足で欠片を掻き集めて、積み重ねていく。
時折、若い軍人の顔や身体を踏みながら。
そして、軍人の姿が全く見えなくなると、彼は次のように呟く。
「ざまあみろ」
その言葉には何の感情も乗っていなかった。
ただ、文字通り言っただけ。
あまりにも無機質。
「……あれ? おかしいな」
しかしそれは、彼が意識して行ったことではなかった。
「さっきから感情が出ないな……まあ、いいか」
違和感を覚えながらも、クロードは軍人がいた場所をちらと見て、自分の家へと戻るべく歩みを始める。
ひどく静かな夜。
月は相変わらず辺りを照らしていた。
変わっていたのは、森が、林になったこと。
そして――クロード以外の生命の鼓動が、聞こえなくなったことだった。