海戦 15
◆
その場に残された兵士は大きな動揺を見せていた。
あのブラッド元帥が敗れた。
一対一で。
今までブラッドが相手と一騎打ちをするのは良くあることだった。
だが、そのどれもで圧倒的な勝利を収めていた。
今回も直前までは圧倒的だった。
にも関わらず、一撃でやられた。
油断?
慢心?
そんなのはどうでもいい。
とにかく、目の前の兵士達が数秒動けなくなるほど、衝撃的な出来事だった。
だから相手ジャスティスからパイロットが出てきて少女の亡骸を抱きながら慟哭している間に、誰も彼に攻撃しなかった。
しかし、やがて彼らも呆けていた状態から意識を戻し、そして目の前にいる敵に対してやるべきことを思い出す。
相手は元帥を倒すほどのジャスティス使い。
でも今は生身だ。
だからこそ、誰かが叫んだ。
『今だ! あいつを殺せ!』
「――やめておけ」
その場にいたルード軍に所属する全ての人間が、背筋が凍るほどの怖気に襲われた。
静かな声。
なのに、地の底から響くような声。
誰も彼もが身を竦ませた。
一体誰の声だ?
その疑問に対する回答は、誰が問うまでもなく分かった。
海岸に立つ、一人の人物。
ただの一人の人間。
黒衣を纏った少年。
誰もがその顔に見覚えがあった。
魔王と呼ばれた少年――クロード・ディエル。
彼のオーラは目に見えてすさまじかった。
しかし、どうしてこの距離なのに彼の声がそんなに響いたのか?
そんな疑問を解消する余地もなく、クロードは響く声を続ける。
「無垢な少女を殺害せしめたルード軍。その少女の亡骸を抱きながら嘆く少年に銃口を向けるルード軍。果たしてそれを正義と呼べるのかな?」
さあて、とクロードは無表情なままで両手を広げる。
「海軍ジャスティス諸君。覚悟は出来ているかな? 俺がここに来たということは、最早運命は決まったということだ。海に居ようが陸に居ようが関係ない」
彼は告げる。
無慈悲な正義に鉄槌を下すことを。
◆
後に生き残った、戦艦の船員の一人であった非戦闘員の男は、この時のことを語った。
だが、誰も信じなかった。
何故ならば、男の騙った内容はとても荒唐無稽だったからだ。
魔王クロード。
魔王と冠していても、ただの少年。
基い、人間だ。
姿かたちは少なくともそうだ。
だけど男はこう語る。
「魔王の奴は海を割って、全てのジャスティスを歩いて壊しまわったんだよ!」
誰も彼の言葉を信じない。
真実なのに信じない。