海戦 11
◆
「くっ……」
カズマは苦戦していた。
ブラッドのジャスティスと対峙している。
あのジャスティスの中にはコズエがいる。
もう手を伸ばせば届く距離にいる。
だが、相手は強い。
まるで歯が立たない。
二刀流を捌いて防御するだけで手いっぱいだった。
もしこれがライトウだったら、捌いた上で攻撃に転じ得ただろう。
もしこれがアレインだったら、回避した上で相手の意表を突く手を本能で実施しているだろう。
もしこれがミューズならば、相手の情報を吸い上げて適切な動きをしているだろう。
だが、自分には何もない。
少し、相手を薙ぎ倒しただけで強い気になっていた。
――しかし。
彼は決して諦めない。
諦めればコズエの命がない。
自分の命などどうでもいい。
コズエ。
可愛い妹。
施設が襲撃される前から、色々と不幸な環境であったカズマがこれまで生きて来れたのは、コズエが傍にいたからだ。
コズエが――兄と呼んでくれたからだった。
だから諦める訳にはいかない。
今まではすぐに諦めていた。
どうせ才能には勝てない。
その思考が全てを支配していた。
「――そんな考えは捨て去れ!」
吐き出す様に考えを口に出す。
「コズエを助ける為に全神経を集中させろ!」
鼓舞する。
逃げ出さない。
集中しろ。
集中しろ。
「コズエ……コズエェエエエエエエエエエエエエ!」
◆
コズエは静かに息を吸う。
所々が痛む。
だが、それは生きているから、痛いんだ。
痛みは死んだら感じられない。
死んだことがないから分からないけど。
「どうでもいいですね。そんな戯言」
コズエは呟く。
そんな呟きは当然、ブラッドは気にもしていない。ここで返されれば思考がぶれていたかもしれないので、その無視は彼女の決意を後押しした。
もう迷いはない。
後悔はある。
クロードのためにと思って取った行動。
結果的にその行動で、多くの人々を巻き込んでしまった。
自分が何もしなければ、ここまでこじれなかっただろう。
(クロードさん)
コズエはテレパシー能力でクロードに語り掛ける。
(私の勝手な行動で迷惑を掛けてしまい、申し訳ありませんでした。この度の失態は私が対処します。幸い、私は海軍元帥ブラッドのジャスティスの中にいて、ブラッドも傍にいますから)
だから出来る。
自分の予想が正しければ、やれる。
ブラッドを道連れにすることが。
(……だけど一つだけ、伝えたいことがあります)
コズエは絞り出すように告げる。
一つだけのお願い。
(それは……)
そこで彼女は言葉を止める。
自分は何をお願いしようとしたのか。
それは明確だった。
これから死にゆく自分が伝えたいこと。
クロードへの思い。
好きだと。
好きだったと。
それを彼に伝えたかった。
最後だからいいじゃないか。
どうせ死んじゃうんだから恥ずかしいもへったくれもない。
そう考えていたのだが――
――……やはり駄目です。
コズエの目が潤む。
だが泣かない。
それは彼女の心の中の決心のようだった。
――ここまで迷惑を掛けておいて、自分の気持ちを一方的にぶつけるなんて意味のないことをしたら、更に迷惑をかけることじゃないですか。
それは嫌だ。
何故ならば、コズエはこれ以上クロードに――
――これ以上嫌われたくない!
自分のわがままで、最大限の自分の我慢。
伝えなければ唯一通るわがまま。
――ならば、これくらいは持っていかせてほしい。
彼女はもう一度息を吸い。
そして、二番目に伝えたいことをテレパシー能力に載せた。
(この戦いが終わったら兄を……どうか、よろしくお願いいたします)
(――嫌だね)