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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第二章
52/292

海戦 10

   ◆



(……やはり、そうなりましたか)


 コズエは両手が縛られていなかったら自らの頭に当てたいという気持ちになっていた。

 実はクロードにも言っていないことがある。

 それは、カズマの本当の能力。

 能力という言い方はあまり当て嵌まらないのだが、しかし、彼は人より優れている所がある。


 それは――『何をやっても人並み以上に出来る』ということだ。


 その一例が『正義の破壊者』の統率である。

 普通の人間では急速に人数が膨らんでいく組織の運営など出来ない。

 だがカズマは問題なく統率している。

 これはとてつもないことである。

 カズマは昔から、その傾向があった。

 人より運動が出来て。

 人より頭が良くて。

 人より先が読めて。

 だが、目立たなかったのは、他に特化した人物が周囲にいたからだ。


 剣術に特化したライトウ。

 格闘に特化したアレイン。

 情報に特化したミューズ。


 カズマは彼らには、決して勝てない。


 特化した優れたモノがないので勝てない。

 自分は特化したものがない。

 何でもできるが、何も極められない。

 それが彼の劣等感であった。

 ――傍から見たら凄いにもかかわらず。

 ただ、ジャスティスとの戦闘にはそのスキルを生かせずにいた。

 特化した者じゃないと、生身では生き残れない。

 ルードとの戦闘でコズエはそう感じていた。

 だからカズマも感じていたのだろう。

 しかし。

 今、カズマは戦場に立っている。

 ジャスティスという武器を携えて。


(とはいえ、ここまで相手を圧倒するとは……)


 予想外の出来事。

 やらせてみればある程度の所まで行けるだろうと考えていたが、相手を翻弄して難なく撃破していく姿までは想像していなかった。足場を崩された所で撤退するのがいい所だと思っていたのだが。

 もしかすると、カズマの特化した部分が『ジャスティスを操縦すること』なのかもしれない。


(……いや、ジャスティスの能力はあの程度は元々出来ると考えた方が自然ですね)


 だから、人並み以上に出来るカズマがあのような操縦が出来たのだろう。そっちの線が濃い。


(お兄ちゃん……)


 ずっとテレパシーを送り続けているが、カズマからの反応は一切ない。

 彼の頭の中は基本、コズエを助けようとする気持ちでいっぱいだ。

 そして、それはすぐ手の届く場所まで来ている。

 来てしまっている。

 だが、その前に――


「――はははははははははっ!」


 唐突に、ブラッドが高笑いをし始めた。

 高齢の男性が突然上げたその声に、コズエは怯えを感じて身体を跳ね上げた。


「面白い! 魔王はこんなにジャスティスの操縦に特化していたとは! しかも頭もまわると来ている! 面白い! 面白いぞ! ははははははははっ!」


 狂ったように笑っている。

 笑って、目の前のジャスティスに視線を向けている。

 そして彼は何やらボタンを一つ押すと、


「魔王! 貴様と一対一の勝負がしたい!」


 ブラッドは唐突にそう告げた。


「他の者には邪魔はさせぬ! さあ、この船上でこのまま決闘だ!」

『元帥! お待ちください!』


 すかさず味方からであろう、諌める音声がジャスティス内に響く。


『ここで一対一の決闘にしては今までの策が!』

「うるさい! 私は元帥だ! 策も何もここで魔王を倒せば問題なかろう! それに今までに私が同じようなことをして負けたことは無いだろう!」

『それはそうですが……またですか?』

「まただ! 決して謝らない! 謝るのは負けた時だけだ!」

『はあ……分かりました』


 すごすごと通信相手は引き下がった。

 この元帥はこれで良いのだろうか。

 そんな疑問を抱きながらも、実際、これだけのジャスティスを率いて、しかも囮にしているような作戦をしているのだから、人望はあるのだろう。もしかすると、こういう所にカリスマ性を感じているのかもしれない。


「さあさあ! どうだ受けるか!?」


 ……。

 相手ジャスティス――カズマから返答はない。恐らくは通信の方法が分からないだけだろう。する必要も感じていないのだろう。


 ――だが。

 目の前のジャスティスは、すっとその持っていた刀を構えた。


「そうだ! それでいい!」


 ブラッドの声が楽しそうに弾む。


「魔王! ここで決着を付けよう!」


 前のめりになって操縦桿を握るブラッド。

 その眼は鋭く前を向いている。

 そして口元が大きく歪んでいる。


(――駄目です。勝てない)


 直感で、コズエは感じた。

 相手は微塵も自分が負けるとは思っていない。

 しかも、負けたことがないというのは本当の様だ。頭の中を読み取っても、好戦的な面しか見えないが、負けた記憶などが全くよぎっていない。

 間違いなく、ブラッドは――特化した能力を持った人間だ

 そんな人間に、カズマが勝てるわけがない。

 このままでは絶対に負ける。

 どうすればよいのか?

 どうすれば――


(……クロードさん)


 コズエは考えた末に、ずっと我慢していたことをすることを選択した。


(お願いです。お兄ちゃんがジャスティスに乗って私を助けようとしています。ですがこのままではブラッドにやられてしまいます。どうか――)


 一瞬、この先を言おうか迷った。

 だが、それも一瞬のこと。

 何よりも大切なのは――兄の命を守ることだ。


(どうか、助けてください!)


 しかし、クロードからの反応は無かった。

 当然だ。

 クロードから返事が出来ないのだから。

 それでもクロードならば、唐突に現れてあっという間に相手を圧倒して制圧してこの場を収めてくれるかもしれない――そう思ってしまった。

 だが、現実は非情だ。

 そんな空想上の出来事は起きない。

 クロードが一瞬で現れることなんて、出来やしないのだから。


(……無理ですよね)


 コズエはそこで諦めの息を吐く。

 クロードが自分の願いを聞き入れたとしても、海岸に姿を見せていない今、この戦いまでに海上のこの二人の所まで行くのは不可能だろう。

 であれば、どうすれば兄を救えるか。

 両手を縛られ、コズエは動けない。

 ならば、やるとしたら一つだけ。

 やれることは一つだけ。


「……」


 コズエはじっと集中する。

 集中先は、ブラッドの頭の中。


 ブラッドの頭の中の状態をカズマに伝えること。


 カズマに勝ってもらう。

 それしか、最早カズマが生きるすべはない。


「行くぞ!」


 その時、ジャスティスが動くのを感じた。

 目の前のモニタにいる相手ジャスティス――カズマのジャスティスが迫ってくる。

 お互いが交錯する。


 ガキィイイン!


 ブラッドのジャスティスが右手で持った短めの剣で横から払い、それをカズマが受け止めていた。


 ――だが。


「甘い!」


 直後、カズマのジャスティスが距離を取らされる。

 その理由は、ブラッドの左手からの攻撃だった。

 短剣。


 ブラッドは――()()()だった。


「ほう。受けたか。流石だな」


 ブラッドが感心した声を上げる。

 その声にはまだ余裕がある。

 ――反面。


(何で!?)


 コズエは焦燥していた。


(何でこの人――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?)


 先程の左手の短剣の攻撃について、思考が全く読めなかった。

 いや、読めなかったわけではない。

 ブラッドは、本能のままに剣を振るっているのだ。

 今までの経験に培われた実動作。


「ほら次だ!」


 距離を詰め、再び短剣を振りかざす。

 カズマのジャスティスは防御するが、しかし四方八方から来るような乱打に対応できず、徐々に押され始めた。

 その間、ブラッドの思考に歪みは無かった。

 ずっと思考は一つ。


 相手を倒す、というところだけ。


「ほらほらほら!」


 休みなく攻撃を続けるブラッド。

 その間、目を見張るような操縦さばきをしている。

 通常の人では絶対に追いつけない程の速度。

 それを本能で行っている。

 だから強い。


(やはりこのままではお兄ちゃんは……)


 コズエは焦る。

 相手の思考を読み取って伝えることも出来ない。

 ただ兄がなぶられるのを見ているしかない。


(どうしよう……どうしよう……どうしよう……)


 考えることを諦めない。

 ずっと考える。

 手首が縛られている状況。

 そこから抜け出すことさえできれば、相手の操縦を妨害できる。

 ずっとは出来なくとも、少しでも妨害できれば、そこに勝機は見いだせるだろう。

 意識を少し逸らせられれば――


(……そうだ! これはどうです?)


 コズエは息を思い切り吸う。

 そして――


「――あのジャスティスはクロードではないです!」


 大声で叫んだ。

 しかも、相手が動揺する内容で。

 両手が塞がれていても出来るのは、口での攻撃だ。


 だが――


「さあさあさあ!」


 全く口撃は効いていなかった。


 ブラッドは目の前の戦いに集中していて、コズエの言葉などに耳を貸していなかった。それは思考を読み取っても同じだった。


「そんな……」


 コズエの目は絶望に浸っていた。

 自分が出来ることが、あっさりと不発に終わってしまった。

 他に何が出来るというのだろうか?

 だが、今は動けない。

 自分では何もできない。

 何か仕込んでいればよかった。

 口に針でも仕込んでいたら、飛ばして相手の手にダメージを負わせられたのに。実際含んでいても出来ないのだが。


(どちらにしろ、そんなのはボディチェックかなんかで見つかっていたでしょうね。何も仕込めなかったのが現状です。後付け論ですが、何も持っていなかったから、ここまで来られたのでしょう)


 結果論。

 だが、良い結果ではない。

 かなり歯痒い状態だ。

 目の前にいるのに、何も出来ない。

 何も出来ずに、カズマがやられそうになるのを見ているだけ。


(……悔しい)


 コズエは涙を流す。頭を振ってその涙を飛ばしてやろうかと一瞬思ったが、大した妨害にならないだろう。手を滑らせるとかいう操縦桿ではないのだから。

 ただの後悔の涙である。

 だから尚更悔しかった。

 両手さえ縛られていなかったら。

 何かできないのか。

 何か。


(何かないですか……クロードさん……)


 クロードの名を出した――その時だった。


「っ!」


 コズエの脳に、とある会話がよみがえった。

 それは、クロードと出会って、最初の夜に二人きりで交わした会話だった。


(……そうです)


 コズエは思考を開始する。


(もし私達だけ――最初だけは特別だったら? クロードは冗談と言っていましたが、それが冗談じゃなかったら?)


 首を横に振る。


(……いや、冗談じゃなくても賭ける価値はある。やる意味はある)


 コズエは大きく息を吸い、決意を固めた。


 考えることを諦めなかった彼女。

 ずっと兄を救うことを諦めなかった彼女。

 その彼女は思考の末、一つの行動をすることを決めた。

 それは諦めなかった彼女が、一つ、諦めることだった。



 コズエは――()()()()()()()()()

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