番外編 聖夜
※クリスマス企画 番外編です。
本編に何ら関係あるかもないかもわかりません。
◆
「クリスマスって何なんだ?」
冷たい風が肌を撫ぜるようになった季節。
いつものように『正義の破壊者』の六人全員での会議が終わってそれぞれの個室に戻ろうかというその時、クロードはとある人物に呼び止められ、文脈も何もなく唐突にそう訊ねられた。
クロードはその人物に対して眉間に皺を寄せる。
「クリスマス、っていう行事については知ってはいるが……ライトウ、お前の口からその単語が出てくるのが意外だぞ」
「意外なのか?」
「意外すぎるぞ。というか知らないのか? 知っていて煽っていたと思ったが」
「すまないがふと耳にしただけなんだ。何やら女の子にプレゼントをあげる行事だと聞いている」
「合っているか合っていないか微妙な話しだな、おい」
どこからそんな話を訊いたのだろうか、と突っ込もうとしたのだが、しかしそこで言葉が詰まる。
「どうした?」
「あ、いや、どう説明したらいいものかと思ってな。……クリスマスって何だ?」
「俺がそれを聞いているんだが」
「そうだよな。すまない」
クロードは数瞬の逡巡の後、言葉を選ぶようにして答える。
「女の子にプレゼントをあげていちゃつく日のことを差す」
「……そういう日なのか?」
「嘘は付いていない」
本当だとも言っていないが。
「で、急にどうしたんだ?」
「いや、プレゼントをあげる日と聞いて、少し落ち着いた今だからこそ、感謝の意を伝えるべきだと思ってな」
「で、その後にいちゃつきたいと」
「そこは知らなかったんだ! だからアレインといちゃつきたいと思ってなどいない!」
ライトウが顔を赤くして抗議する。
そしてクロードは、彼の発言にあったとある言葉を聞き逃さなかった。
「ほほう。アレインとか」
「なっ!」
「アレインに何をプレゼントすべきか、悩んでいたということだな?」
「い、いやだからな? その、アレインだけじゃなくてミューズやコズエもだな……」
「――コズエに何か用ですか?」
ぬっ、と何処からともなくと言った様子で現れた一つの影。
「う、うわっカズマ!? いつからいたんだ?」
「ついさっきですよ。コズエに何か渡すんですか?」
純真無垢そうな少年は首を捻る。
「コズエの誕生日はまだですし、何があるんです?」
「クリスマスだよ」
「クリスマス……ああ、もうその時期でしたね」
「ん? カズマは知っているのか?」
「ええ。というか知らない人がいるのですか?」
「……」
隣にいるぞ、とはとてもではないが言えなかった。
少々顔を紅潮させている人物を余所に、カズマは「あ、そうだ」と手を打つ。
「折角ですし女性陣にクリスマスプレゼントを渡しましょうか。そういえば明日辺りに到着する国に大型のショッピングモールがありますので、そこで各人プレゼントを購入しませんか?」
「何を言っているんだ!? 俺達はジャスティスを破壊して、ルード国と戦っている最中で――」
「いいんじゃないか?」
「クロード!?」
「たまに息抜きは必要だ。お前達はずっと気を張り詰めている必要などないんだからな」
ストレスは身を滅ぼす。
ならばこれぐらいはやっておいてもいいだろう。
「それにカズマは何も考えずに提案しているわけじゃないだろうさ。だろう?」
「え?」
「ええ。明日到着する国はルード国の領土ではないので、ジャスティスはいません。食糧や日常品の補充のために立ち寄るつもりでしたので」
「ということで問題ないわけだ」
クロードは手をひらひらと振る。
「なので明日は自由だ。何か買ってきてあげることだな」
「え? 何を言っているんですか?」
カズマはきょとんとした顔をする。
「クロードも一緒に行きましょうよ」
「……何故だ?」
「いや、だって三人にプレゼント渡すんですよ。だったら男側も三人いなくちゃ駄目ですよ」
「その理屈は意味が判らないぞ。別に個別に渡すわけじゃなくまとめて――」
と、クロードはそこで言葉を止める。
「いや、やはり俺も一緒に行こうか」
「クロード!?」
ライトウが驚きの表情を見せてくる。
反面、カズマはにやりと笑う。
理解しましたね、と言わんばかりに。
「では各自、個別にプレゼント買っていきましょうか。あ、ライトウはアレインに対してのプレゼントを買ってね」
「何でだよ!?」
ライトウが涙目でこちらを見てくる。
戦闘中に鬼のような形相でジャスティスを破壊している男がこんな所で泣くんじゃない、と言いそうになったが、多分自分がライトウの立場でもそうなるだろうなと思い直す。
「ああ、じゃあカズマはコズエのを買うのか?」
「いえいえ。可愛い可愛いコズエの為に買いたいのは山々ですが、流石に彼女も兄離れをしなくてはいけないと思い、ここは心を鬼にしてプレゼントはあげないようにします。くっ……」
お前が妹離れ出来ないんじゃないか――と思うクロードではあった。実際にコズエの方は兄離れなど易々としそうな性格であったことを知っているし。
「ということで僕は女性三人の中で人気投票したら最下位になりそうなミューズに、可哀想だから仕方なくあげることにします」
「お前、ミューズに対して恨みでもあるのか?」
ミューズだって可愛い部類に入るのに、扱いがひどくないだろうか? まあでもミューズは「男女関係なんか煩わしいっす」とか言って飄々としそうだからこれでいいのかもしれない。
「ということは俺はコズエにあげればいいんだな」
「絶対に喜ぶものをあげてくださいよ!? 絶対ですからね!?」
「まずはお前が妹離れしろ」
ついに言ってしまった。
反省はしていない。
一方、
「喜ぶ……? アレインが喜ぶモノって何だ……? 俺は……俺はどうしたらいいんだ……?」
ライトウは頭を抱えていた。
◆
(お兄ちゃんぐっじょぶ!)
コズエはクマのぬいぐるみで隠れている片手をグッと握った。
ふと気まぐれで兄の思考を読んだ所、男性達がクリスマスプレゼントについて話をしている所とちょうど合ったのだ。
その思考の中で、クロードがコズエの為にプレゼントを選んでくれることを知ったのだ。
(しっかし……タイミングがいいですね)
「んじゃあさ、男の子たちに日頃の感謝の意味も含めてクリスマスプレゼントを買いに行きましょう」
「いいっすね。女子からのプレゼントに男子連中ドキドキっすよ」
アレインとミューズが顔を綻ばせながら語っている。
女子もクリスマスが近いことを意識し、三人に対してプレゼントを買おうとしていたのだ。
(……まあ、考えることは一緒ですか。クリスマスって平和な気持ちにさせてくれる行事ですねえ。)
のんびりと彼女は話に加わっているふりをしながらぼーっとそんなことを考えていた。
だから聞き逃してしまっていた。
「……ということで、各自、限られた予算内で相手が喜ぶであろうモノを買ってくる勝負っすよ!」
「っ?」
コズエは目を見開く。
「なに? コズエ、聞いていなかったの?」
首を縦に動かす。
「私達三人は一つずつプレゼントを買ってくるの。だけどランダムで男衆三人にプレゼントを渡すから、誰にどのプレゼントが当たるか分からない。そんな中、一番、相手に喜んでもらえた人が勝ち」
「逆に言うと『うわ……』って態度取られたら負けっす。そしたら罰ゲームっす」
「因みに罰ゲームは恥ずかしいセクシーダンスで決定したわよ」
「!?」
(どうしてそうなったの!? 途中の話の流れが凄い聞きたかった!)
この時ほど話せない振りをしているのを止めようと思ったことは無かった。
「負けないわよ、ミューズ」
「ふっふっふ……あたしの情報網を舐めないことっすね」
混乱するコズエを余所に、二人の女子はバチバチと火花を散らし合っていた。
◆カズマ
翌日。
とある国のとあるショッピングモール。
「じゃあここからは三人分散、ということで」
カズマが一つ手を叩くと、サングラスを掛けた少年と帽子を目深に被った人物は頷き、その場を離れた。
「……はあ。大丈夫なんでしょうかね」
二人の姿が見えなくなると同時にカズマはポツリと一言漏らし、彼らとは逆方向に歩き始める。
――大丈夫か。
その意味は二つある。
一つはライトウのこと。
彼はあれから一睡もしていない。余程悩みに悩んだのだろう。
(判断力が低下して変なことしなきゃいいけど……)
そこは心配しても仕方がない。彼も大人なのだからどうにかするだろう。
そう割り切ることとした。
そしてもう一つ。
(クロードさんにあんな態度や口を聞いてしまって大丈夫だっただろうか……?)
一時、悩んでいたこともあった。
あれからメンバーも増えた。
メンバーを増やし際に選別も行った。
しかしその選別方法は、人道的とはとても言えなかった。
時には相手を死に至らしめることがあった。
それらはクロードが指示したとはいえ、ほとんどの指示系統には自分が入っていた。
自分が殺害させてしまった。殺してしまったのだ、と悩んだ。
場違いに一瞬、クロードに恨みを思ってしまったこともあった。
しかし、いくつかのトラブルを未然に防げたことがハッキリと分かっていた。
仕方のないことだったのだ。
同時に気が付いた。
クロードが一番、業を背負っているということを。
彼だって殺人狂ではないし、望んで人を殺害しようとしている訳ではない。
昨日の反応からも、至って普通の感性も持ち主でもあるのだ。
そう割り切れてからは楽になれた。
心に余裕も持てた。
からといって、いきなりあんな口調で言ってよかったのだろうか。
クロードの反応も悪くないから大丈夫だろうと思いつつも、心配事として心の中でのもやもやはあったのだ。
「……まあ、それは後で考えましょう。それより――」
とカズマは目当ての店を見つける。
彼が向かったのはアクセサリ屋。
それはミューズに対して思う所があったからなのだが――
「……ん?」
◆ライトウ
「むぅ……」
帽子を目深に被った人物――ライトウは不安そうに唸る。
昨晩、ずっと考えていた。
自分が誰かのために何かを贈るなんて一度も無かった。
故に、彼女が何を欲しがっているのかなんて考えたこともなかったので思いつきもしなかった。
そういう経験が無かったこともある。
この年まで恋だと愛だの考える間もなく、剣術の修練に取り組んできていた。
しかし、命の危機と向き合っていくうちに、自分の中の恋心に気が付いた。
身近にいた彼女の魅力に気が付いたのだ。
いつから惹かれていたのかは分からない。
ただ、最近は気が付くと彼女を視線で追っている時があった。
「完全に恋だよなあ、これって……」
そう呟いた、その時。
彼は何者かに肩を叩かれた。
◆クロード
「さて、さっさと買い物をして帰るか」
サングラスを掛けた少年――クロードは足早に歩を進める。
彼の顔は全世界的に広まっている。サングラス程度でいつまで誤魔化せるか分からないだろう。この国が『正義の破壊者』に好意を抱いているか分からないし、無用な長居はするべきではないだろう。
(しかしコズエの好みか……ぬいぐるみとかではないだろうな)
あれはカモフラージュの為だと自分で言っていた。あまり愛着を持っていない――と見せかけてかなり愛着はあるようだ。故にあのぬいぐるみの代替の用意はやってはいけないだろう。
それ以外で彼女が好きそうなもの。
そう考えた時、彼女はかなり頭がいいので実用的なモノを求めているのではないかと思い当たる。
実用的なモノ。
「……よし。食料品売り場に行くか」
目的地を決めてさあ進もうとした時――
上着の裾を誰かに掴まれた。
◆カズマ
「ふふん。あたしにもこういうの似合うっすよね、ふっふーん……ハッ!?」
カズマは、目の前で髪飾りを付けて嬉しそうに鼻歌を奏でているミューズと眼が合ってしまった。
◆ライトウ
「ライトウもここにいたのね」
「むぐっ」
振り向くと同時に、頬に指を突き刺された。
「あははっ。引っ掛かったわね」
そこには嬉しそうな表情でアレインが白い歯を見せていた。
◆クロード
「……」
不満そうな表情のコズエがそこにいた。
◆カズマ
「さてミューズ、見なかったことにしてほしいか、それとも敢えて広めてほしいか。どっちの方が嫌かい?」
「すみません答えること自体を勘弁してほしいっすこのどSめ」
店頭で顔を真っ赤にさせるミューズを、楽しげにカズマは攻めていた。
謝る必要も恥ずかしがる必要も何もないのだが、彼女はぐぬぬと顔を歪ませている。
ウサギの髪飾りを欲しがっているなんて可愛らしい、年相応の女性ではないか。
「いや、ちょっと幼いか……」
「もー! 何が言いたいんすか!?」
「ん? 言いたいことはないよ」
「いやなんか言えっす!」
無茶言うなよ、と少し困った挙句、彼はこう口走る。
「えっと、その……可愛かったよ」
「はっ……?」
「普通の女の子だね、やっぱり。普段白衣でパソコンに向けているにやけ顔でとは違う表情だった」
「……微妙なんすけど、その言い方」
少々頬を紅潮させながら唇を尖らせるミューズ。
(そんなに恥ずかしかったか、ウサギの髪飾りを買う所は。鼻歌もあったし、仕方ないとは思うけど)
顎に手を当てて悩むカズマに、ミューズは居ても経ってもいられないといった様子で地団駄を踏む。
「っていうか何をしにきたっすか!? ここ女物のアクセサリ売り場っすよ!?」
「うん? 何って……そういえば買うの? そのアクセサリ」
「い、いや買わないっすよ!? これはただ単に見ていただけで、これ買っちゃうと手持ちからオーバーになっちゃうっすし、目的は別にあるっすし……」
「目的?」
「それはっすね……ってあたしが目的聞いていたのにどうして逆になっているっすか!?」
「あ、うん。そうだったね」
カズマは一つ頷くと、
「僕はもう目的は果たしたよ」
「は?」
「ということで、そこらへんぶらぶらして帰るよ」
「今日のカズマはなんか色々つかめないっすよ……」
「いつもじゃないかい?」
そう嘯きながら彼女に訊ねる。
「ミューズはどうする? なんなら一緒に回るかい?」
「うぇっ!? 一緒に!?」
「そんなに嫌かい?」
「嫌とかそういうんじゃなくってっすね、むしろ……いやいやいや! っていうかあたしはさっき言った通り、目的があるっすから……その一緒には……」
言い難そうに口をもごもごとさせるミューズ。
カズマは察した。
何かカズマには一緒にいてほしくない――知られたくない用事があるのだ。
「ん、分かった。僕も寄る所があるから。じゃあまたコテージでね」
「あ、うん。またっす」
カズマは彼女に背を向けてその場を去った。
そして数分後、元の場所に戻ってくる。
その場にミューズはいなかった。
「よし。――すみません」
カズマは店員に声を掛け、あることを確かめる。
問題ないことを確認した後、目的の物を購入する。
「……ふぅ」
支払いを済ませて少し広い通りに出た後に、彼は小さく息を吐く。
「女子も同じことを考えている、ってことか」
下着売り場や生理用品など女子特有のであればミューズは口にするはずだし、それをからかいの道具として利用するはずだ。
そうでないのだからこの結論になる。
その事実から見えたことに対し、カズマは思考を燻らせていた。
また少し頭を悩ませることが出てきた。
いや、正確には確定はしていないが、ほぼそうなるであることが分かった。
「さて……どうするのが正解だろう?」
◆ライトウ
「ライトウもこのショッピングモール来てたのね」
快活に笑うアレインは、いつもと同じようにスラッとした足を惜しみもなく見せつける服装であった。但し上は厚手のコートにマフラーという恰好であるので露出は低いのだが、そういうギャップが更なる彼女の魅力に繋がっていた。
「ん? どうしたの?」
「いや、ちょっと、な」
「それにさっき何か言っていたよね? 恋、とか?」
「……」
(どうしよう……?)
ライトウは冷や汗をだらだらと流していた。
何を呟いてしまったんだ。
しかもよりによってアレインに聞かれるとか。
穴があったら入りたい。
いや、その前にこの状況をどうにかせねば。
「……ん? そんなこと言っていないぞ。聞き間違いじゃないか?」
「おー、そうか。そうだったのね」
馬鹿で良かった。
(……いやいや、彼女はちょっと大らかなだけで常識はある女性だ。決して馬鹿ではなくてちょっと抜けているだけだ……って、何で自分で考えたことに自分で弁明しているんだ!?)
「ど、どうしたライトウ!? いきなり頭を振って!?」
「大丈夫、唐突に頭を刀に見立てた修練をしたくなっただけだから」
「あ、ああ、そうなのね……」
少し引き気味になりながらも、頭を振って落ちた帽子を拾い上げて渡してくる。
「ありがとう」
「いいってことよ。で、ライトウは何しにここに来たの?」
「ゴワッハッ!」
また答えにくい質問を言ってくる。思わず変な声が出てしまった。
「ごわっは?」
「い、いや、ちょっと買いたい物があってな……」
「買いたい物?」
「そ、そうだあれを買いたくてな!」
適当に指を差す。
「え……っ? あれ、なの……?」
「そ、そう。あれ――」
「婦人服、なの?」
「えっ……?」
ライトウの指先。
その先にあるのは間違いなく婦人服コーナーだった。
そしてライトウの言葉が詰まる。
何故ならば――本当に目的の場所だったからだ。
実用的なモノがいいだろう。ならば普段から来ている、服がいいだろう。多くあっても困らないし。
――という少しズレた思考で導き出された結論だ。
この結論に至るまでどれだけの時間を使ったか。
それを考えるとここで引くわけにはいかないと思い、正直に答えることにした。
「あの……えっと……うん。そうなんだ」
「そう、なんだ……」
アレインが一歩引く。
「その……ごめんね。今まで気が付いてあげなくて……その、女装も似合うと思う、わよ?」
「違う!? 俺は女装なんてしないししたいとも思ったことは無い!?」
「だったら何で――いや、誰かにあげる……恋……そういうことね」
アレインはふふんと鼻を鳴らす。というかやっぱり恋の件は聞かなかったことにしてくれていたのか。
「うんうん。だったら付き合ってあげるわよ」
「え?」
「こう見えても私はセンスいいわよ。私の着たい物は満足度百パーセント(自分調べ)よ。って、そりゃ自分だから当たり前ね! あっはっは!」
「……」
分かってて言っているのか、それとも妙な勘違いしているのか、色々と分からない。
だが、ラッキーなことに彼女の服の好みを容易に聞ける状況に勝手に進んでくれていた。
服の種類。
似合う服。
試着までしてくれた。
緑色のセーターを着た彼女はくるりと一回転する。
「どう? 似合う?」
「ああ。とっても似合うよ」
「……って真面目に返されると照れるんだけど」
「う、うむ。すまないな」
「あはは。そこって謝る所じゃないわよ」
ひとしきり口を開けて笑った後、彼女は微笑に表情を変える。
「ずっとお兄ちゃんお兄ちゃんしていたライトウがこんな感じになるのって、想像がつかなかったわね」
「む、すまない。やはり変だったか?」
「ううん。そっちの方が自然でいいと思う。最近、気張っていることが多かったからね」
「これもクロードのおかげだな」
自分より上の人間がいる。
頼りになる人間がいる。
それだけで心はどれだけ楽になるか。
反面。
経験したから思う。
クロードは頼りになる人間がいるのだろうか。
心を一人で摩耗していないだろうか。
「んー、なんか難しい顔をしているよ、ライトウ」
「む、そうか。すまない」
「何考えていたの?」
「いや、クロードのことをな。あいつにもっと頼られるようにならないと、って」
「……そうだね」
アレインも神妙に頷きながら、拳を二、三度突き出す。
「クロードに頼られるようにもっと強くならないと」
「そうだな。頑張ろう。だが無茶はするなよ」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん――ハッ」
みるみる顔を赤くするアレイン。
対しライトウはほっこりと口元を緩める。
「懐かしいな。昔はそう呼んでいたよな」
「違う違う! 心の中でずっと呼んでいたとか久々の二人きりで出ちゃったとかそんなんじゃないんだからね!?」
「素直な所は昔から変わっていないな」
「……子ども扱いしないでよね」
「していないよ」
今は別の見方をしてしまっている。
妹的な見方でもない。
一人の女性として。
だからこそ再度強く思った。
アレインを――守りたい、と。
そう心に誓ったのと同時に、久々の二人のやり取りをしばらくの間、ライトウは楽しむことにした。
◆クロード
「何だコズエいたのか……ああ、切り替えようか」
クロードは能力を使用し、脳内で会話できるように切り替えた。
『ショッピングモールにいたんだな』
『そうです! いましたよ!』
袖を掴む手を離し、頬を膨らませる彼女。
「何故怒っているんだ?」
『何で食料品売り場に行こうとしたのですか!?』
『いや、ちょっとだな』
『……まさかクリスマスプレゼントを買いに行こうとしたとかないですよね?』
『……いや、そんなことはない』
『そうであれば一人の女子として忠告しますが、仮に実用的なモノとして考えていてその思考の末に食料品に至ったとしても、それを渡されても困るだけですからね』
『そういうものなのか?』
『っていうか人間として常識ですよ』
『そうか。そういうものなのか。……あ、誰かにプレゼントをするとかそういうんじゃないんだからな』
『そうなんですねえ。へー、そうですかあ』
つーん、とそっぽを向くコズエ。
だがすぐに笑みを浮かべながら振り返る。
『クロードさん、女性にそういうの贈った経験ないんですね?』
『ないな』
アドアニアの幼馴染のマリー家ではクリスマスに豪華な食事をしたくらいだ。だから食事がいいのではと思ってしまったのもあるが。
『そうですかそうですか……ふむふむ』
「何で嬉しそうなんだ?」
『べ、別にそんなことはないですよ!? っていうかさっきからちょくちょく声に出ていますよ?』
『わざとだが』
『……そういう使い分け凄いですよね。周囲に怪しまれないように時折声を掛ける所とか』
『もっと褒めてもらっても構わないぞ』
『それ本心で言っています?』
ふふ、と息を漏らして笑うコズエ。
『さて、クロードさんはこの後どうします?』
『どうしようかな……ガチで悩んでいるんだが』
『だったら私と一緒に幾つかお店回りませんか?』
コズエがそう提案してくる。
『そうだな……少し一緒に回るか』
『デートですねデート!』
『ん、そうなるな』
『え……?』
『どうした? デートするんだろ? 行こうか』
『え、いや、ちょっと照れますよ……』
コズエの頬がほんのり赤くなる。
『は、初めてなので優しくしてくださいね……?』
『うん? ああ、そうするよ』
『そこはつっこんでくださいよ!』
『知っていて敢えてツッコミはしないぞ』
『そういう所ありますよね、クロードさん……って、えっ?』
「ほら、行くぞコズエ」
ちょっと涙目になっている彼女の手を引く。
『ちょ、え、え……?』
「デートって手を繋ぐもんじゃないのか?」
『いや、その心の準備が……』
『そんなに待てないぞ。俺の顔が割れる前に行くぞ。知っている人にはすぐ分かるらしいからな。コズエに見つかったみたいに』
『しまったぁ! そういう落とし穴がありましたか……っ!』
『何のことだ?』
『いえ……でもまあいいです。行きましょう』
コズエの小さな掌がギュッと握り返してくるのを感じる。
そのあまりの小ささと弱々しさに改めて驚く。
普通のか弱い少女。
二人でいる時はそれを感じさせないのは本当に凄いと思う。
そんな彼女が望むならば――
(……まあ、今日くらいはコズエの好きにさせようか)
――実は。
クロードはコズエのプレゼントについては既に購入済みであった。
昨日に決まったと同時に抜け出し、能力を使って高速で移動し、閉店前に購入して戻ってきていたのだ。
理由は、ちょっとしたきっかけで顔バレして騒ぎになって購入できないことを防ぐためだ。
故に、このショッピングモールには既に用事はなかった。
そして。
コズエに振り回される形でクロードもショッピングモールを回ったのだった。
その時のコズエの様子が楽しそうだったので、クロードも満足していた。
◆結果
「メリークリスマス! ――さあて、みんなの目の前にプレゼントが行き渡ったっすね?」
後日。
プレゼントを目の前の机に並べ立て、六人は向かい合っていた。
その状態に男衆――といってもライトウだけだったが――は困惑していた。
結局プレゼントは、男から女、女から男以外はランダムにされたからだ。
そのランダムの方法はミューズが操作するコンピュータにより決定されるので、結果についてどうこう言えなかった。
アナログだったら無理にでもアレインに渡せたのに、デジタルについてはからっきしだった。
ライトウが買ったのは服だったので、ハッキリ言ってアレイン以外の二人にはサイズが違い過ぎるのだ。
特に胸元が。
故に焦っていた。
(せめてミューズに当たってくれ! コズエにだけは当たらないでほしい)
内心でそう祈りながら、先のミューズの言葉を聞き、観念した様に目を開く。
その結果――
「……良かった」
ライトウは小さく言葉を落とす。
アレインの目の前には、自分が用意したプレゼントがあった。
「くっそーっ! マジっすか!」
「ふっふーん。読み違えたね、ミューズ」
「あそこでああくるとは思っていなかったっすよ! ああ、もう!」
ミューズとカズマが何事か楽しそうにじゃれ合っている。仲いいなあ。
「早速あけようか。何かなあ?」
アレインが無邪気に袋を開ける。
「あれ? これって……?」
「俺のだ」
「あの時のセーター……嬉しい! 地味に欲しかったんだよね! ありがとう、ライトウ!」
良かった。喜んでもらえて。
それが一番の喜びだ。
続いてコズエが袋を開ける。
「っ!」
「俺のだ。中身はリップクリームとリボンだ。リボンはぬいぐるみに付けても自分に付けても似合うと思うぞ。リップクリームは、大人になっていくコズエは欲しがっているのかと思ったから。すまんな。リップクリームくらいしか思いつかなかったんだ」
ぶんぶんと横に振り、そして首を縦に振るコズエ。その後、貰ったプレゼントを胸元にギュッと抱き寄せ、嬉しそうに表情を崩していたので、多分「そんなことはないです。嬉しいです。ありがとうございます」という表現だったのだろう。
「え……?」
と、横で驚いた声があがった。
ミューズだ。
「この髪飾り……」
「ああ。似合うと思って買ったよ」
「……この時から計画していたっすか?」
「んー、何のことかな?」
「そんなとぼけて……でもありがと」
「んー、聞こえないなあ?」
「聞こえているじゃないっすか!? むきーっ!」
カズマはミューズにウサギの髪飾りをあげたようだ。よく分からないが喜んでいるのだと思う。
そんな感じで、男子のプレゼントは女子に喜んでもらえたようだ。
「で、では続いて男子! 開けてくださいっす!」
顔を真っ赤にしてミューズが促してくる。
照れているなあ、初々しいなあ、と微笑ましく思いながら言われた通り目の前のプレゼントを開ける。
「「……えっ?」」
困惑した二つの声が重なる。
「お、カズマ。私のが当たったな」
「ねえアレイン……これ、何?」
「何って、《《プロテインたっぷりグッズ》》よ」
袋の中から大量に出てくる粉モノと栄養ドリンク。
「男の子はやっぱり筋肉! 身体を鍛えるのに便利かと思って!」
「ああ、うん……そうだね……」
よりによってカズマに当たったか。自分だったら嬉しいのにな、と思いつつ、自分のプレゼントの方に意識を映す。
「で、これは誰のだ?」
「あ、あたしのっすね、ライトウ」
「ミューズのか」
納得した。
と同時に疑問を投げる。
「この緑色の液体は何だ?」
「健康ドリンクっす! あたしのお手製っすよ!」
「どうして泡が絶えず出てきているんだ?」
「仕様っす!」
「時折紫色に変色して緑にまた戻るのは何でだ?」
「仕様っす!」
「……安全なんだろうな?」
「未使用っす!」
「おい」
舌を出して笑顔で答えるミューズに強い不信感を覚える。
「なあコズエ、あの二人ってもしかして……」
「……(コクリ)」
端の方でクロードとコズエが神妙そうな顔で頷いている。恐らくクロードの手元にあるハンカチーフは、コズエからのプレゼントであろう。
まともなのは彼女だけであったか。
と、いう所まで思考がたどり着いて、クロードとコズエが何を神妙そうにしているか理解し、ライトウも自然と同じ表情になった。
クリスマスを知らなかった自分。
だがあの女子二人は、自分以上にクリスマスに関しての常識が全くなかったのだ。
そして思った。
「クリスマスって何なんだ?」
番外編 聖夜 完