会話 02
(喋るな)
ビクリ、とコズエが怯えた表情になる。
(喋る必要はない。分かっている。分かっているさ)
「……」
ストン、と腰を落とすコズエに、クロードは身体を起こして真正面から見る。
(君は本当に賢い子だな。一番年下なのに、よく考えている。恐ろしい程にな)
(……)
(だから撫でないぞ。そういうのはやらない)
(……)
(頭を出すな。俺は優しくないぞ)
(……)
めげない子だな。
……仕方ない。
クロードはコズエの頭を撫でる。
「……」
コズエは気持ちよさそうに目を細める。
先程述べたが、コテージに入室した人々は、クロードのことを完全に信頼したと言える。
だが、一人だけ入室していなかったコズエはそれに当て嵌まるのだろうか?
その疑問を、自分の頭を撫でさせるという行為によって、クロードの疑念を解消させた。
(……本当に頭いいな、コズエは)
(褒めていただき光栄です。そして撫で方上手いです)
(そして優しいな)
(え? いや、撫で方を褒めたくらいでそんな)
(本当にカズマのことを大切に思っているんだな)
(……っ)
その時だった。
ほろり、と。
コズエの目から雫が落ちる。
(あ、あれ……? あはは……これは違うんですよ……)
(違わない。君が喋らないのはカズマの為だ)
混乱した様子のコズエの頭を撫でながらクロードは続ける。
(理由は簡単だ。君達生き残りの五人の中でカズマだけが――《《何の取り得もない》》からだ)
ジャスティスを倒す刀使い。
ジャスティスを翻弄する格闘家。
操作も可能な情報屋。
テレパシー能力者。
だが―― 一人だけ何もない。
(君達がジャスティスに襲われたあの日から君は喋れないんだったな。その出来事をきっかけに、君は兄に役割を与えた。喋れない自分の代弁者として、ね)
(……)
泣き声も上げず、しゃくりあげることすらせず、彼女は涙を流し続ける。
その行為すら彼女の努力が見て取れる。
声を出さないことがどれだけ辛いか。
(まあ、でもさっきスムーズに言葉を発せられたから、こっそりと独り言でも喋っていたんだろ?)
(……台無しです)
むすっとした表情でクロードを見上げるコズエ。
クロードはそこで彼女を撫でている手を離し、また寝転ぶ。
(質問するが、テレパシー能力はいつ身に付いたんだ?)
(……かなり幼い頃です。覚えてはいないんですけど、赤ちゃんの頃から会話をしていたとお兄ちゃんが言っていました。人見知りだからお兄ちゃんとしか話さなかったことが、テレパシー能力の単方向性のことがまだバレていないことに繋がっています)
(そうか)
(私も訊いていいですか?)
コズエが涙を拭って腰を落とす。
(どうしてあなたは考えが読み取れないんですか?)
(ん? そうなのか?)
(ええ。テレパシー能力を使っても、クロードさんの考えが読めませんでした)
(そうなのか? 特段何もしていないが……会話の能力を一回オフにしてみるか)
そう言ってクロードはこめかみに人差し指を当てる。
数秒後。
(何も聞こえてきません)
「そうか」
クロードがもう一度こめかみに人差し指を当てる。
(コズエのテレパシーは使えるようだな。だが、考えを読み取る方は俺には効かない、か)
(こんなこと今までなかったのに……まあ、でもその方が良さそうです)
コズエはにこりと笑う。
(クロードさんの考えを読んじゃうと、恐ろしいことになりそうですから)
(結構言うな、コズエ。まあそうだな。俺も読まれない方がいい。案外考えが浅いことを読み取られてしまうからな)
(またまた)
コズエは朗らかに笑みを深くする。
クロードはその顔を無表情でじっと見る。
(そ、そんなに見つめないでください。照れます)
(……ということは、本当に頭がいいんだな、コズエは)
(いやはや可愛いだなんて……どういうことです?)
頬に手を当てて身をくねらせていた彼女はピタリと静止して眉を歪める。
(俺の能力を明らかに見極めていたのは、てっきり頭の中まで読み取ったからと思ったんだが……よくあの少ない情報から推察出来たな。それとも結構、俺の能力って有名なのか?)
(いえ、クロードさんの能力はミューズも「ぐぬぬ、分からん!」と頭を悩ませていました。私があの推定ができたのは、少ない時間でコテージを立てたのと、最初は乗り気じゃなかったのに私達のリーダーになってくれる際に謎の赤い液体をすぐに用意したことから推察しました。距離については、岩に登った後に脳内会話を始めたことから思いつきました)
(そうか。それでもその情報だけで辿り着くのは相当頭がいい証拠だ。コズエ。もしかすると俺より年上か?)
(クロードさんって何歳なんですか?)
(一七歳だ)
(私は一三歳なのできちんと年下ですよ。……あ、今胸を見ましたね。これから成長するんですから)
(ぬいぐるみがちょうど胸元にあるから見えないよ)
(このぬいぐるみはキャラ作りです。大人しい子に見えるでしょ?)
(……本当に頭がいいな)
呆れたように嘆息するクロード。
(もしかして俺にリーダーになってもらうように働きかけたのもコズエか?)
(はい。その通りです)
しれっと彼女は答える。
(クロードさんの活躍からジャスティスを壊していこうと決意しました。ですが実際にライトウとアレインの二人だけで試しにジャスティスを倒させてみましたが、ギリギリでした。だから私達だけではルード国のジャスティスに復讐することなんか難しいことが判ったので、クロードさんの力を借りねば、と思ったわけです)
(この国に来たタイミングでそれを実行した、と?)
(ええ。ミューズが情報を掴んでいましたからね。そうでなければ実行させませんよ)
(本当にこの集団の頭脳だな)
(まあ、この能力の所為で、色々な人の考えを覗き込んだ故の知識ですけれどね)
(能力に制限はあるのか?)
(見知らぬ相手を読み取る場合は視界に居なくてはいけないです。既に一度読んだ相手ならば、こう、チャンネルを変えるように受信することは可能です。テレパシーを飛ばす能力も同様で、これらはかなりの距離が離れていても大丈夫なようです。どこまで飛ばせるかはやったことはないですが)
(じゃあテレパシー能力で俺にアドバイスとかすれば無敵だな)
(一方的で返事が聞こえないので、あくまでこちらの指示だけになってしまいますが、かなり強いコンビになりそうですね。勿論、そういう意味でお手伝いしますよ、私も。戦力としてみてください)
(分かった)
――それにしてもこの小さな身体に色々と詰め込んで色々と考えているものだな。
感心しつつ、クロードは身体を起こす。
「さて、と。そろそろ俺はコテージに戻ることにするか」
脳内会話を取りやめて口に出す。
(私も時間を置いて戻ります。一緒だと何か言われそうですから)
「そこから降りられるか?」
コクコクと頷くコズエ。
(大丈夫です。私、意外と身体を鍛えているんですよ。運動音痴ではありません)
「そうか」
(あ、クロードさん。言わなくても分かっていると思いますが、テレパシー能力の真実は他の人には……)
「じゃあな」
返答を口からは出さず、手をひらひらと振ることで回答し、クロードはその場を後にした。