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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第二章
36/292

同志 03

    ◆




 クロード・ディエル。

 黒髪黒眼の至って普通の少年は、現在は魔王と恐れられている。

 黒色の高校の制服を身に着けているのは変化ないが、防寒かつ雨露をしのぐためとして新たに黒のマントを着用していた。その容姿がまた魔王というイメージを助長させていた。

 彼の名は有名だ。

 故に街に降りることは出来ない。

 彼の宿はもっぱら野宿であった。

しかしやろうと思えば彼は一軒家を一瞬で建築し、一瞬で消すことすらできるのだが、目立つからという理由で行っていなかった。

 この能力を身に着けたとはいえ、睡眠と食事については必要としている。食事についてはそこらへんにある石でも何でも変化させることで飢えをしのぐことは出来たが、軍に狙われているのでオチオチ睡眠もとれない――というわけではなく、太い神経で野宿であっても安眠している。外で寝ることについては能力を手に入れる以前から習慣的に行っていたので問題もなかった。

 もっとも、地面をベッド状にしたり、周囲の岩にカモフラージュさせたりと色々と工夫はした結果ではあるが。

 しかし自分の存在を薄くしたり他人に見えないようにしたり、睡眠と食事を取らない身体にしたりすることは出来なかった。能力はどうやらクロード自身へ適用することは出来ないようだった。

 故に、襲撃の際には必ずその姿を現し、ジャスティスを破壊して行った。

 幾つの国を渡ったか。

 幾つジャスティスを壊したか。

 もはや覚えきれない程の数となっている。

 その少年の行動はルード国民に恐怖を与えたが、それと同時に、ルード国に侵略されていた国々から、英雄としてあがめられることもあった。

 その関係だろう。



「俺達を仲間にしてくれないか?」



 ローレンツ。


 アドアニアと同程度の小国ではあるが、森林資源が豊富な国である。例にももれず、ルードに支配された国でもある。


「……はぁ」


 日が落ちてきた頃。

 人気もほとんどない獣道の道中にあった大きな岩の上で、クロードはため息を吐く。

 これで何度目の勧誘だろう。

 クロードは辟易していた。

 彼の目的は『この世のジャスティスをすべて破壊すること』だけだ。別にルード国に復讐することではない。結果的にそうなっているだけである。

 その度に言ってきた言葉を、目の前の者達にも告げる。


「俺は仲間など必要としない。そういう噂などは聞いたことは無いか?」

「ある。だがそれでも俺達には君が必要なんだ!」


 先程からずっと話している、一番近い位置にいる男が顔を上げる。


「俺達は家族をルード国に殺された! 抵抗もする間もなくジャスティスに……だからルード国に復讐をしたいんだ!」


(……ほう)


 ピクリ、とクロードは反応する。

 彼らは今までとは違った。

 今までは自分を利用する気満々の大人ばっかりであった。

 自分の利益の為。

 誰も彼もが戦争や戦闘を利益に変えたいために、というモノで、ジャスティスに対しての復讐心が薄かった。

 それらの人々の誘いは全て断り、逆恨みする人間はジャスティスを破壊する邪魔になりそうだと判断して制裁を加えたりしていた。

 だが、現在目の前にいる者はそうではなかった。

 もしルード国への恨みつらみだけを言うのであれば、今までの人物と同じ対応をしていただろう。

 彼らが口にしたのは、ジャスティスへの恨み。

 そこにクロードは興味を示し、初めて彼らの姿を認識し始めた。

 そこにいたのは、男女折々に五人。女性の方が多い。


 先程から言葉を発しているがっしりとした短髪の男性。


 線の細そうな男性。


 ショートカットの女性。


 金髪の小柄な女性。


 ぬいぐるみを抱えている大人しそうな少女。


 共通項として、全ての人々が若かった。

 もっとも年がいっていそうな人でも先に声を上げた男性で二〇代前半であり、クロードよりも年が下に見えるような女性もいる。

 そのことがクロードの警戒心を少し緩めたと言ってもいい。


「よっ、と」


 岩から降り、彼らの近くまで降りる。とはいっても、一番遠い人から五メートル圏内で、近い人でも一メートルほどの距離は離しているが。


「悪いがアドアニア公用語で話してくれないか?」

「アドアニア公用語? ……すまんが俺達は習得していない」

「今話せるようにした。その証拠に、俺が今まで口にしていたのはアドアニア公用語だったが、理解出来ているだろう? ――今は他の四人も、だ」

「そんなこと……あっ」


 五人は目を見開く。

 そして各々が会話をし始める。


 ――アドアニア公用語で。


「さっきからずっと何やら判らない言語で話しているのによく会話になっているなあ、と思っていただけなのに急に分かるように……これはどういう手品なの?」


 五人の中ではクロードと同い年くらいのショートカットの女性が問い掛けてくる。


「手品だと思う?」

「い、いや、そうだとは思わないけど……目の前の現象にまだ追いついていないだけなの。ごめんなさい」


 焦った様子の女性。クロードの機嫌を損なったのではないかと勘違いしたのだろう。

 そんなことを気にもせず、クロードは代表の男に口を開く。


「あらかじめ言っておくが、俺に対して隠し事は通じない。本心で話せ。じゃないと自分自身が爆発するぞ」

「えっ?」

「冗談だ」


 クロードは笑わずにそう言う。

 だがそれを冗談だと捉える人は五人の中に誰もいなかった。

 ゴクリ、と五人は息を呑んで感じ取る。

 目の前の少年は、やはり只者ではない、と。


「さて、まず問おう」


 クロードは抑揚のない声で問う。


「俺をどうやって見つけた?」

「それはただの偶然だ。このあたりに来ているとの噂があったので探した所で見つけることが出来た、という流れだ」

「そうだとは思った」


 実際、クロードを見つけるのはルード国軍もそうだが、偶然というパターンが多い。


「でも最近はルード国軍が来ずにあんた達みたいのが多いんだけど、そこも関係ある?」

「関係あるかは知らないが……俺達には情報操作できる奴がいて――」

「はいはーい。あたしっすよ」


 小柄な女性が手を上げて割り込んでくる。


「あたしの情報網はもう凄いもんっすよ。だからルード国側にブラフを巻きつつ、有用な情報はこっちで取得するなどはお茶の子さいさいっす」

「……ということがある。事実としてそれがどれだけ作用しているかは分からないが」

「成程」

「軍の、特に陸軍の士気が下がっているってのも要因っぽいっすよ」


 小柄な女性が補足説明をする。


「分かった。じゃあ次に聞こう」


 クロードは目を細める。


「ジャスティスに家族を殺された、ってのはどういうことだ?」

「……それは」


「――そこは僕から話をします」


 リーダーの男性より少し幼いような、優男という言葉が似合う男性が手を上げる。


「カズマ……」

「ライトウは辛いでしょ? だから僕が代わりに」

「俺はどちらでもいい。カズマさん、でいいかな? 話してくれないか?」


 カズマは大きく頷く。


「僕達五人は同じ施設で育ちました。皆、家族のように仲が良く、貧しいながらも楽しい暮らしをしていました。それがある日……」

「ルード国が攻め込んで、蹂躙した、と」

「ええ。とあるジャスティス操縦者の一人が見せしめにと、何も関係なく僕達の施設を襲撃したのです。空からジャスティスが、蹂躙するように……大人達はそこで守るために……避難の間に合わなかった子供達も一緒にそこで……生き残ったのは、僕達五人だけでした……」


 唇を噛みしめる。他の四人も俯く。


「その中でもライトウは、親が施設の経営者の一人で、実の弟も……」

「そういうことか」


 クロードは見抜いていた。

 ライトウと呼ばれた青年の彼の目に宿る悲しみ、そして復讐の炎は確かなものだった。

 他の四人もライトウとそう変わらない憎しみが宿っていた。


「問いを続けよう」


 クロードは続ける。


「君達がやりたいこととは何だ?」

「……ルード国に復讐をしたい」


 ライトウが再びそう口にする。


「俺達の施設の人達を燃やした、壊した、殺した――そんなルード軍のジャスティスをぶっ壊したい」

「その復讐とはルード国全体か?」

「いや、それは違う」


 首を横に振る。


「俺達が復讐したいのは確かにルード国だ。だが、あくまでそれは軍部、そして侵略を指示した人間だけだ。甘い話かもしれないが、俺は、俺達のような状況の人間を作りたくはない」

「だから俺の力が必要だ、と?」

「そうだ。君はジャスティスとそれに関わる人達しか被害を出していない。そこが俺達にとって必要なことだ」


 ライトウの黒い瞳が、クロードの同じく黒い瞳とぶつかる。

 やがてクロードが瞬きを長く行う。


「甘い考えだな。甘い」


 その言葉に、ライトウは落胆の表情に翳りを見せる。


「やっぱり、駄目か……?」


「駄目とは何だ? 考えが甘い、と言っただけだ」


「え?」


 ライトウが顔を上げる。


「で、君達は俺に何をさせたいんだ?」

「あ、ああ……」


 ライトウは戸惑いつつも答える。


「君には俺達のリーダーとなってほしい」

「……ん? リーダー?」

「ああ。今は俺が最年長だからこうして交渉しているが、俺達は家族ではあるがゆえに、誰がリーダーなんてことは考えられないんだ」

「というよりも、ライトウがリーダーというよりもお兄ちゃん、って感じなんだけどね」


 ショートカットの女性が肩を竦める。


「ということで、ルード国に立ち向かうに当たって、俺達の先頭に立って進んでくれる人物が必要なんだ」

「それが俺、ってことか」


 クロードは嘆息する。


「まず問おうか。俺にとってのメリットは何だ?」

「人員が増える。一人よりも協力者がいることで動きやすくなる部分もあるだろう」

「後は?」

「ここには優秀な人材がいます」


 カズマがすかさず口を挟み、小柄な女性を差す。


「ミューズは先に述べた通り情報に長けています」

「あたしの情報網はクロードさんの想像の三倍は凄いっすよ」


 ミューズと呼ばれた少女は、にっひっひと笑う。


「続いてアレインは女性ながら格闘に優れています。速さも随一です」

「まあ、どこまで通じるかは分からないけどね」


 ショートカットの女性が拳を打ち付ける。


「最後に、ライトウは刀の使い手です。今はあなたと交渉するために刀は置いてきておりますが……」

「他の二人は?」

「僕とコズエは、その……信じられないかもしれませんが、とある能力を持っているのです」


 その言葉に、ぬいぐるみを抱えて先程から一言も口にしない少女が首を縦に動かす。


「能力とはなんだ?」

「えっ?」


 カズマが驚きに目を丸くする。


「信じて……くれるのですか……?」

「君が嘘を言っていないことは俺には判る。だから真実だと判断した」

「……」

「続けてくれ」

「は、はい」


 カズマが少しうるんだ目で続ける。


「僕とコズエは所謂『テレパシー』です。離れていてもお互い会話出来ます。恐らくは実の兄妹故にだとは思いますが……」

「……」


 コクリとコズエが首を縦に動かす。


「コズエさんは話すことが出来ないのか?」

「ええ……施設が襲われた時に心因性のショックで……申し訳ありません」

「謝る必要はない。――それよりも」


 クロードは問う。


「ライトウさんとアレインさんの能力がいまいちだな。補足はあるか?」

「それならば、こういう事実はどうでしょうか?」


 カズマが待っていました、と言わんばかりに二の句を告げる。


「ライトウとアレインが力を合わせて一体のジャスティスを破壊したことがあります」


「……それは事実か?」

「まあ、私が攪乱させて、ライトウが一閃、って形ではあったけれどね」

「一体が相手だったから出来た芸当だ。君みたいに複数相手にはしていない」


 アレインとライトウが肯定の言葉を口にする。


「ふむ。ということは事実か……」

「はい?」

「いや、こっちの判断だ。気にしないでくれ」


 クロードは眼前で手を振った後、訊ねる。


「君達の実力は分かった。だが――いいのか? 間違いないが、俺は殺人を犯している。どんな建前があるとはいえ、れっきとした犯罪者。しかも国際指名手配を受けている人間だ。その人間に加担するということは、君達も同様の存在になるということだ」

「承知の上だ」


 ライトウが答える。


「そもそも俺達は君の影響を受けて、日常とは既に決別してきた。ルードに壊されていながらルードに庇護されたあべこべな平和な暮らしを捨てて、ジャスティスも破壊した。俺達も恐らく指名手配を受けているだろう。ローレンツの中だけかもしれないけどな。だからこそ――君になら俺の命を預けてもいい」

「……それは本気で言っているのか?」

「ああ」


 カズマの頷きに合わせ、他の四人も首肯する。


「……」


 クロードは考え込む仕草を見せる。

 数秒後。


「――君達の覚悟を見せてもらう。少し待ってくれ」


 覚悟を見せてもらう。


 クロードはそう言って岩陰に向かい姿を隠すと、数分後に小さな小瓶を五つ持って戻ってきた。

 小瓶の中身は赤い液体であった。


「これは見た目は赤いが、中身は無味の液体だ。身体に何の害もない」

「ほ、本当か?」

「その問いに答えはしない」


 クロードは五つの小瓶を足元に置く。


「覚悟と共に、次の四つを約束できるのならば、この液体を飲み干してくれ。

 一つ、ジャスティスを破壊、または破壊するにあたって邪魔な存在のみを攻撃対象とすること。

 二つ、敵への攻撃以外の犯罪は行わないこと。例えば強盗とかだ。

 三つ、俺の言うことには従うこと。

 四つ、時には非情になること。場合によってはここにいる仲間でさえ見捨てろ。

 以上だ」


 クロードは親指のみをたたんで告げる。


「これら四つを守れない様であれば、俺は君達のリーダーにならない」

「……一つだけいい?」


 アレインが険しい顔で問う。


「四つ目。これだけが私は納得できない。どういう意味か説明してもらえないかな?」

「おい、アレイン!」

「いい。その質問が来ることは想定内だ」


 クロードが手でライトウを制す。


「アレインさん。例え話で言えば、もしコズエさんが敵の手に捕まって、明らかに罠だと分かっている所の中心部に置かれていた場合、どうする?」

「どうするってそんなの当たり前じゃない」


 大きな胸を張って、アレインは堂々と答える。


「そうならないようにしないだけでしょ? そんな状況に置かれるようなことに」

「はぁ?」


 ミューズが呆れたような声を放つ。


「前から思っていたけど、アレインって本当に馬鹿じゃないの? 知識全部胸と筋力に振り分けられてんじゃないの?」

「うっさい貧乳。私と同い年なのにその幼児体型は何よ」

「何をーっ!」

「おい、お前ら! ふざける場面じゃないぞ!」


 ライトウが大声で叱りつけた後、クロードに頭を下げる。


「すまん。二人とも毎回こんな感じで……」

「いや気にしていない。それよりも――感心した」

「感心……?」


 呆けるライトウを横目に、クロードは拍手する。


「アレインさん。正解だよ」

「へ……?」


「『そういう状況にさせない』――これが君達が掲げるべき信念だ」


 ポカン、と大口を開けて五人は意味が判らないという混乱した様子を見せる。


「これ以上、俺は告げない。これがアレインさんの問いへの答えだ」

「……」


 一同が黙り込む。

 そして最初に口を開いたのは、ライトウだった。


「……最初からそういう目に合わせなければ、四番目は守る必要はない、ということか?」

「……」


 クロードは答えない。じっ、と五人を見つめるだけだ。

 ライトウ達は戸惑いでお互いを見合わせるのみである。

 どうしよう。

 どうすればいい。

 お互いに確認し合う。

 判断をする決意が足りない。


 ――と。

 そこで一人が動いた。


 その一人は静かにクロードの足元の赤い雫の入った瓶を手にすると、蓋をあけ――


 ゴクリ。


 一気に飲み干した。

怪しい飲み物を真っ先に飲んだ人物は予想ついていると思いますが……

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