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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第二章
34/292

同志 01

    ◆




「――全く、情けないことだとは思わないかね?」


 とある小部屋。

 脂と共に金もしこたま溜めていそうな腹を揺らしながら、一人の男性が問う。


 彼の名はブラッド・プール。

 ルード国、海軍元帥である。


「クロード・ディエルという一人の存在にここまで怯えきるとはね。全く、マスコミどもにはうんざりする。粛清した方が良いと思うがね」

「すぐに粛清するんだね、あんたは」


 髪を逆立てた緑髪の男性。年は若いとはいかないまでも、それほど齢がいっているようにも見えない。だが、年不相応なゲヒャヒャヒャと笑い声を上げる。


 彼の名はヨモツ・サラヒカ。

 ルード国、空軍元帥である


「そうやってあんたの気に入らない人物だけ粛清していったらこの世から全員お陀仏さぁねぇ」

「……ふん冗談に決まっておろう」


 ブラッドは鼻であざ笑い、軽蔑を込めた目でとある人物に言葉を投げる。


「真っ先に処刑すべきは、この魔女に決まっているがな」


 ジャラ、と。


 その部屋に最初からいた人物は音を鳴らす。

 暗い部屋の奥で彼女は両手首を微妙に座ることが出来ない長さの鎖に繋がれ、ボロボロの服のまま二人を睨み付ける。



「なあ? アリエッタ元帥」


「……」


 ルード軍、陸軍元帥のアリエッタは、頷きの代わりに引き続き睨みを続ける。

 明らかに拷問の跡がある彼女は、それでも屈する様子は見せていなかった。


「おお、怖い怖い。そんなに旦那さんのクロード・ディエルのことが心配かね?」

「……違う」


 かすれた声で否定を返す。


「私は……あいつとは……クロード・ディエルと繋がってなどいない……」

「ああ、そうですか――って信じる馬鹿に見えますかぁ?」


 ヨモツが人差し指をこめかみに当てながら、煽るような口調で彼女に唾を吐く。


「アリエッタさんがぁ、あの魔王の靴を舐めて忠誠を使ったのはぁ、ぜーんこくどころかぜーん世界の人達が見ていたんですよぉ?」

「それは……私をあいつが操っていて……」

「今も操られていない、という保証はあるのかね?」

「……」


 ブラッドの問いにアリエッタは答えられない。

 というよりも答えない。


「まぁさぁかぁさぁ?」


 ヨモツがアリエッタの胸をわし掴む。


「報告書にある様に、クロード・ディエルは『五メートル以内のモノを変化させる能力』の持ち主で、その能力によって操られたって言うのかい? このでっかい胸に誓えるかい?」

「……その通りだ」

「うわぁあお。じゃあ嘘だから揉んじゃおうかね」

「下品な真似は止めろ、ヨモツ。腐ってもお前は私達と同じ元帥なのだからな」

「んだよ、おっさん。枯れているからって嫉妬すんなよ」


 ブラッドの苦言にヨモツはアリエッタから手を離して肩を竦める。

 その間も真顔のまま、アリエッタは鋭い目つきを止めずにいた。


「怖い目をしているねぇ。嘘ついているように見えないのが不思議だよぉ」

「だから……真実だと……言っている……」

「戯言はよせ」


 ブラッドは不毛な会話を止めるべく口を挟む。この中で最年長である彼の言葉に、二人は口を閉ざす。


「ヨモツ。今日ここに来たのはそうではないことくらい分かっているだろう」

「へいへい」

「……?」


 アリエッタは疑問符を浮かべる。

 ブラッドとヨモツがアリエッタの元を訪れるのは一度だけではない。元帥である彼女に対し、また魔女と呼ばれている所以もあってか、部下では彼女の尋問をしたがらなかったのだ。だからこそ元帥が出てくるのもおかしな話だが、結局、ルード国軍の中でも、アリエッタの存在はそれだけ凄かったということを象徴している。


「アリエッタ元帥。現在、貴方は未だに元帥の座にいることは、我々が呼んでいることからも理解しているだろう」

「……ええ」


 そして口の端を上げる。


「続く言葉は――『()()()()()()()』かしら?」

「その通りだ。――入りたまえ」


 ブラッドは背部を向いて扉の近くにいた人物に入室を促す。その人物は「失礼いたします」と頭を下げて前へ出てくる。

 鮮やかな金髪と碧眼。眼、鼻立ちもくっきりしており、美少年、という言葉が良く似合う。『少年』という言葉通り、彼の齢はかなり若い。一八歳である。


「コンテニューです」


 コンテニュー。

 名は無く、ただの名前のみしか所持していない彼。


「陸軍元帥は、君に代わって彼になる。知っているかね?」

「……ええ、よく知っていますとも」


 アリエッタは嘆息する。


「彼を中将から……支部長に上げたのは……私ですから……」

「その通り。陸軍の中で君の次に有能な人物だ。今日から彼に陸軍全てを仕切ってもらう。これは総帥の意思だ」

「そう……ですか……」

「ついては君の処分についても、彼に任せようと思う」

「……」


 アリエッタは表情を変えずにコンテニューに目を向ける。

 コンテニューは温和そうな表情を崩さずにじっと彼女を見る。

 そんな二人をよそに、


「では、ここで失礼するよ」

「んじゃーね、ただのアリエッタちゃん」


 ブラッドとヨモツは退室していった。

「……」


 部屋に残されたのはアリエッタとコンテニューの二人。

 沈黙が場を支配する。


「……いやはや、困ったことになりましたね」


 先に口を開いたのはコンテニューの方だった。

 彼は苦笑いを浮かべる。


「僕はそんなに出世欲があるわけではないのですが、まさか陸軍のトップになってしまうとはね。あはは」

「……」

「うーん、やっぱり、話は持ちませんね」


 コンテニューは笑みを深くする。


「心の底から、貴方の様子をざまあみろと思っているので、どう取り繕っていいか判りません」


「……!?」


 アリエッタは目を見開く。

 コンテニューの口から甘い言葉が出るとは思ってはいなかったが、まさかそこまで辛辣な言葉が返ってくるとも思っていなかったためだった。

 アリエッタの知るコンテニューという男は、戦場では無敵を誇り、また一個小隊としても部類の強さを発揮している、最強の歩兵である。その一個小隊を軍全体レベルに展開したいと考えて出世の後押しをしたのだが、まさかここまで来るとは思ってもみなかった。

 そんな彼から「ざまあみろ」という、さげすんだ言葉が出てきたのが、にわかに信じられなかった。


「どうしました? まさか私が精神すら成熟した、元帥にふさわしい大人だとでも思っていたのですか?」

「……正直、そうだ」

「正直者ですね。では、こちらも正直に理由をお伝えしましょう」


 コンテニューは笑んだ表情のまま告げる。


「貴方がジェラス大佐を殺したからですよ」


「……」


 思い当たる節はある。

 ジェラス大佐。

 アドアニアを収めていた大佐。

 コンテニューはジェラス大佐のことを慕っていたという情報も入ってきてはいた。


「彼とお酒を飲むことがささやかな夢だったのですが、結局、叶えられなかったんですよ。他にもありますが……それがコンテニューとして、僕が貴方にざまあみろって言った理由です」

「……悪かったとは言わないわ」


 あれはアリエッタなりにその場を考えたが故の行動だ。後悔はしていない。

 例えその行動が、クロードに利用されたとしても。


「ですよね。貴方は間違っていないし、反省する道理もない。だからする気もないでしょうね」


 だからこそ、とコンテニューは顔を近付ける。


「貴方を罰すのは僕だ。僕は恨みで貴方の処分をする」

「……」


 アリエッタの瞳は変わらない。

 変わらぬ強い意志が込められている。


「さて、と」


 コンテニューは手を一つ叩くと、何やら後ろポケットから取り出す。

 それは帯状の布の束だった。

 彼はそれをアリエッタの顔に巻き付ける。


「な、何をっ……」

「甘いですよね、ブラッド元帥もヨモツ元帥も。視覚がある分、安心するじゃないですか」


 あまりにも平坦な声。

 それが逆にアリエッタに恐怖を駆り立てた。


「これから何をするか、教えてあげましょう」


 コンテニューは彼女の耳元でそっと囁く。


「貴方のこの部屋は、これから男性受刑者の憩いの場として開放します。この場で起こることについて、こちら側は何があっても一切干渉しません。ただそれだけです」

「……っ!?」

「貴方はただの罪人です。元帥としての特権は勿論、軍人としての権利はおろか、人権など既に存在しません」


 そういえば、と変えた様で全く中身を変えずに問い掛ける。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、貴方はどうなるのでしょうね?」


「っ!」

「こういう拷問はされていないでしょう。流石に元帥にそういうことをする度胸は無かったのでしょうね。――だけど私は違います」


 恐怖。

 初めてアリエッタは苦悶の表情を浮かべた。


「いつ来るか判りませんね。数分後かもしれないし、明日かもしれないし、一か月先かもしれません」

「き……貴様……」

「貴方が何を言っても無駄ですよ。僕は元帥なんですから」


 コンテニューは人差し指で彼女の目元を撫でる。

 アリエッタがビクリと反応する。


「ああ、何だっけ、あ、そうそう。そういえば、こんなセリフを残しておきましょうか」


 指を離し、彼は再び耳元に口を寄せて告げる。



()()()()、そして――()()()()()()()



「っ!?」


 アリエッタの全身に怖気が走る。

 悲鳴も上げられない。

 喉が引き攣ってしまったから。

 何故ならば、この言葉。

 まさに同じ言葉を、彼女は言われていた。


 他ならぬ――クロードに。


 何故、彼が同じ言葉を言ったのだろうか。

 何故? 何故? 何故? 何故?

 疑問が次々に湧き上がる。

 だが同時に恐怖も込み上げてくる。

 そんな精神的におかしくなりそうな状況に、アリエッタは陥ってしまった。


 ――コンテニューの思い通りに。

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