正義 08
呆気ない最期。
誰もが理解するまで時間が掛かった。
クロードが壇上に上がった少女に左胸を刺され。
その少女はクロードに吹き飛ばされ。
彼が椅子に戻った途端、頭の中に声が響いてきて。
唐突に彼の姿が砂のように消え。
完全に姿を消した。
世界中の誰もが、混乱の極みであった。
クロードが居なくなった。
死んだのか?
だが消えるのはどういうことだ?
死んだのならば『赤い液体』の効果は――
「――やったあああああああああ! 魔王が死んだぞおおおおお!」
突然、混乱の渦の中にいた人々の耳に、そのような声が聞こえた。
それは式典会場にいた、黒い仮面を付けた青年が上げた雄叫びであった。
黒い仮面だけではなく、黒いマントも羽織っていた。
一見して素性も分からない怪しい人物だが、顔を隠したい事情があったことは、彼の身体から分かった。
彼には右腕が無かった。
戦争で無くしたのか、それとも――
いずれにしろ、平穏に暮らしていた訳ではないことは分かった。
そんな彼は、あまりにも嬉しいのか、涙交じりの震え声で喝采を上げた。
「あ、あいつの所為で俺は自由を失った! 今ならばやりたい放題だぜ!」
「きゃっ!」
男はそう言うと、近くにいた黒いヴェールを被った女性を左腕で抱き寄せた。
が、その瞬間――
「あ、がっ……」
唐突に、仮面の男は苦しそうな声を出してその場に倒れ込んだ。
地面に横たわる仮面の男。
それをすぐ近くにいた、帽子を目深に被った少年が倒れ込んだ男の腕を取る。
「し……死んでいる!? 死んでいるぞ!!」
その男の声に、先程抱き寄せられた女性は地面にへたりと座り込んで「きゃああああああああああ!」と叫び声を上げた。
「人を傷つけようとしたから死んだんです! あの『赤い液体』の効果がまだ残っています!」
幼い声。例にも漏れず涙声だ。
「まだ生きているっす! 魔王は! 姿が見えなくてもずっと生きているっす!」
また女性の声。彼女の声も震えている。
それをトリガーに、人々は恐怖し、絶望に悲鳴を上げた。
怖い!
何で!?
どういうことだ!!?
しかしながら、誰もが恐怖心を口にはするが、クロードに対しての悪評は口にしない。
分かっているのだ。
口にすれば自身の命がどうなるか。
恐怖心。
だから発言を抑える。
行動を抑える。
混乱はしているモノの逃げ出す場所もない以上、人々は立ち尽くすことしか出来なかった。
目に見えない存在となった魔王。
今までは見えていた分の安心感は、どこかにあったことを、今になって人々は知った。
一人の……いや、一人かどうか分からない、愚かな者の選択によって。
この日から、クロード・ディエルの名は人々の記憶の中に永遠に刻まれた。
決して消えない――魔王の名として。