正義 04
◆???
「……準備はいいか?」
「……了解っす」
「……僕達がやらなくてはいけないのですね」
「……止めたいけど、駄目なんだよね」
「……やりましょう。それが彼の望みなのですから」
◆
世界連合総長任命式。
その式典の会場はアドアニアの中心にある、目立つ建造物であり、クロードにゆかりのある場所であった。
アドアニア軍基地。
その目の前にあるスペースに、高くセットされた壇上。
それは奇しくも――というよりも敢えて合わせたのだが――クロードがアリエッタを相手にし、魔王として名乗りを上げた場所、そのものであった。
ただ、あの時よりも一か月という準備期間を設けた為、会場としては大層立派なものとなっていた。
その広大なスペースには関係各位以外にも一般市民も多数列席することが出来、魔王の姿を一目見ようと多くの人々が集まっていた。
更には、国籍、性別、年齢層を問わず、会場には集まっている。
それはどの人達も武力を持っていないという『赤い液体』による抑止力の成果であり。
そして、クロードが作り上げた世界そのものを証明していた。
「――ご列席の皆様、お待たせいたしました。ただいまより、世界連合総長任命式を行います」
スーツを着込んだ司会の男性の言葉で、式典が始まる。
この式典は全国どころか全世界で生中継されている。
そんな中、クロードは壇上のど真ん中、皆よりも更に一段高い場所に座っていた。その恰好は、周囲にいるウルジス王やルード大統領、その他国家の代表クラスの人物とは異なり、いつもの黒の制服に黒のマントという、魔王の代名詞ともなっている装束であった。
一人だけ異なってはいたが、不思議と違和感はなかった。というよりもきっと、クロードが他の恰好をしている方が違和感があっただろう。
既にクロードはこの恰好――魔王として、世界に確立されているのだから。
この世界での唯一の存在として。
言い換えれば――この世界の異物として。
「……」
しかしながら。
クロードは堂々たる様でそこにいた。
物怖じした様子も無かった。
未成年であるのに。
多数の人に見られているのに。
しっかりと、前を見ていた。
式典は厳かに進む。
形式的な前置き。
世界連合についての背景含め、詳細説明。
その成立についての合意。
拍手。
「はい。では賛成多数ということで、ここに世界連合の成立を宣言いたします」
再び拍手。
「では次に世界連合の長たる存在、総長の選定です。各国代表にて協議した結果、『正義の破壊者』の代表であるクロード・ディエル氏が候補として挙げられました。クロード氏の総長就任に賛成の方は拍手をお願いいたします」
ひときわ大きな拍手。
閲覧している一般人からも拍手の音が聞こえる。サクラを仕込んでいるわけでもないにも関わらずにだ。そのようなサクラを仕込むことも『他者の嫌がることの強要』と捉えられ、『赤い液体』の効果で指示した者に苦痛として跳ね返ってくるだろう。そうなればサクラの強要など出来やしない。
すなわち、これは民意なのだ。
国民ではない。
全世界の人々の民意だ。
「では賛成多数としてクロード・ディエル氏を国際連合総長に任命いたします。では、クロード氏。就任の挨拶をお願い致します」
司会に呼び掛けられクロードは席を立ち、目の前に置いてあるマイクの前まで移動する。即ち、ここまではこの場にいる全員が持っている台本通りなのだ。
しかし、ここからはそうではない。
ここからはクロードが――コンテニューが、母親と共に作り上げた台本だ。
「世界中の皆さん。きっと初めましての人もいるだろう。俺がクロード・ディエル――魔王だ」
壇上に上がっている主要人物達は目を剥く。
それは口調や「俺」という一人称があまりにもフランクで、台本通りではなかったからだ。
「世界連合という新たな世界の統治者の長については勿論拝命する。
――さて、これで俺が全世界の支配者となったわけだ」
世界の支配者。
その言葉に人々のどよめきの声が大きくなる。
クロードの告げた内容は、誰もがその通りだと思っていた。しかしながらそれを表だってそうは言わない為に、世界連合の長という遠回しな形を取ったのだ。だからそれを直接口にするなんて、誰も思っていなかった。
「支配者となったからには、俺として一つ宣言させてもらおう」
そう言ってクロードは胸元からあるモノを取り出す。
それは小瓶に入った――『赤い液体』であった。
「この世界の人類全員に、この『赤い液体』を服用してもらった。一人の例外も無しに、だ。だから皆には共通の認識を持ってほしい」
クロードは手を付き、語気を強める。
「この赤い液体は、善人には全く影響がない。影響があるのは悪人だけだ」
悪人。
「戦争をする者。
人を殺す者。
暴力を振るう者。
人を傷つける者。
恫喝する者。
心に傷を負わせる者。
人に嫌なことを強要する者。
人のモノを破壊する者――
全てが悪人だ」
言い切る。
それは理不尽な戦争で母親を亡くし、ありとあらゆることを傷つけられてきたクロードだからこそ、言えたことだ。
「俺は競争を否定しない。だけど人々が傷つけ合う戦争は認めない」
人々の進化には争いが必要だ。
だが、傷つけることは不要だ。
理不尽な諍いは、もう二度と御免だ。
「俺は平和を望んでいる。だから支配者となった」
恐怖で人を縛った。
「痛いのは嫌だ。死ぬことは怖い。――みんな当たり前のことを忘れている。俺はそれを思い出させただけだ」
当たり前のこと。
だけどみんな、自分のことしか分からない。
他の人もそうだと、分かっていない。
「だから俺は、人に与える痛みを自分に跳ね返るようにした。詳細は述べないが、場合によっては何倍ものフィードバックがあるようにした。
自分が嫌なことは人にやらない。
ただそれだけ。
それだけで世界は平和になる」
異論はあるだろう。
異分子はいるだろう。
例外はあるだろう。
それでも、クロードが導き出した答えはそれだった。
「仕方が無かった。
必要なことだった。
痛みが無いと人は成長しない。
痛みを与える方も痛いんだ。
――そんな戯言を口にするな。
それは痛みを与える側の言い訳だ」
だから――と、そこでクロードは口の端を上げた。
「そんな間違った正義は、この俺が破壊してやる」
世の中の理不尽な痛みを、正義という言葉で片付けている人々。
戦争を、正義という言葉で正当化している国々。
クロードは魔王として、そのような正義を全て破壊する。
「俺は――『正義の破壊者』だ」
全世界に対してクロードは告げた。
正義を破壊する。
しかしてそれは、平和を維持するという意思表示でもあった。
正義の破壊は、平和の破壊ではない。
正義とは、人々の心の中の言い訳を正当化する為の弁。
クロードはそう解釈した。
だからこそ、それを破壊する。
そう宣言した。
そのこともまた――クロードの中の『正義』ではあったのだが。
「……以上で就任の挨拶は終わりだ」
そう言ってクロードは一礼もせずに席へと戻る。
あまりにも一方的な、型に嵌らないスピーチ。
その場にいる人々含め、唖然とした様子であった。
誰も二の句が告げない。
これだけの人がいるのに、静寂が場を支配した。
息をするのも躊躇するような間。
それを破ったのは、先に進めろとクロードが顎で指名した、司会者であった。
「あ、ありがとうございました。クロード氏より就任の挨拶……でした。えっと、あの……」
司会者は困惑した様子ではあったが、何とか進行をしようと必死に言葉を繋いでいる。
――悪いことをしたな、と内心で思いながらも、クロードは無表情で司会者に視線を向け続ける。それが重圧になったようで、司会者は大きく深呼吸を一つした後に言葉を紡ぐ。
「……はい。次は、戴冠の儀です」
戴冠の儀。
これはクロードが望んだことだった。
「世界連合の総長となりましたクロード・ディエル氏にその証として、冠が贈られます。冠を載せるのは氏の要望で、地元の子供達です」
その言葉に、壇上に二人の幼い子供が登壇してくる。
一人は金髪碧眼の男の子。
もう一人は、長い黒髪の女の子。
男の子の方がその手に、眩い王冠を手にしている。
「戴冠を子供に希望したのは、誰かの意思が介在していないという証明の為とのことだそうです。誰かに操られている訳ではない。自分自身の意思で総長になった。それを世界中の人々に認めてもらうということで地元の子を選んだ――という氏からの言です」
子供から戴冠されることで、どの国の下にいるわけではないことを証明する。
戴冠時には子供目線まで頭を下げることが必要であるということも、平和の証明として実行することも裏では告げていた。
――もっとも。
それらは全て、ただの言い訳だったのだが。
「では、戴冠の儀です」
二人の子供が壇上に上がる。
クロードも前に出て、マイクが置いてある台の横――よく戴冠の様子が見える場所に移動する。
男の子が持っている王冠を女の子も手に持ち、二人の頭上に持ち上げる。
そしてクロードは膝を付き、頭を下げてそれを受ける準備をした。
――しかし次の瞬間。
誰もが想像していなかったことが起こり――
カラン カラン
王冠が乾いた音を立てた。