真実 11
◆
デメテル。
彼女は私の名を騙り、とある革命軍のトップに位置していた。
私は何度も失敗を繰り返しながら、彼女に接見出来るチャンスを得ていた。
「ユーナ様。同士の方をご紹介したく、お時間いただけないでしょうか?」
とある僻地にある建造物。
そこは革命軍本部であり、その中の、執務室と書かれた部屋の前。
侍女であろう女性が戸を叩くと、中から声が戻ってきた。
「構いませんが……一応、お聞きします。どなたでしょうか?」
「はい。えっと、名前は……デメテル、という方です」
「……っ」
「どうなされました?」
「……………………いえ、何でもありません」
こほん、と一つ咳をして、
「ではその方――デメテルさんのみの入室を許可します」
「え……?」
侍女が驚いた反応をしていたが、私の表情は微塵も動かなかった。
このような返事が来るのは想定していたからだ。
そのように澄ました顔の私を見て、侍女は更に混乱したようだ。
「ど、どうしてこの方のみが……」
「――あら。貴方は私見で私が聖女様に一対一で謁見できるチャンスを踏みにじるおつもりでしょうか? 聖女様の意向を無視する形で。そんな貴方は聖女様の横にいる存在として相応しいのかしら?」
「……」
心にもないことを口にして相手の顔を歪ませる。歪ませることではなく、自分一人のみの入室を渋々了承させることが目的である。
「……どうぞ」
渋面を隠さずに、それでも声だけには表さないように努力した侍女の態度に一瞥すらせずに、私は部屋へと入った。
後ろ手で扉を閉めながら、目の前に座している彼女に視線を向ける。
金髪と、よく見たことがある整った顔。
見覚えが無かったのはその服装とその表情。
いつも着ていた白衣では無く、大人しそうな印象を受けるスカート姿と、それと相まった澄ました顔であった。
「久しぶりね、デメテル。何年ぶりかしら」
私は、無表情のままで彼女の名を告げる。
途端に、彼女の様相が変化した。
口元に手を当て、目で見ても分かるように全身が震えていた。目元には涙まで滲んできている。
「……やっぱり……やっぱり、ユーナなのね……?」
「ええ。この通り、幽霊ではないわよ」
私はおどけた仕草で足を見せる。
そうしながらも、私は密かに変化の異能を用いていた。
その目的は、彼女を――殺すこと。
事情を聞いた上で、殺す。
こうして彼女自身が生き残っているということは、私が推定していた事態は間違っていない、ということだ。
家族やみんなを殺害せしめた元凶。
震えている彼女も理解しているのだろう。
私がこれから、彼女に何をするつもりなのかを。
だから、現状を認識させるのと同時に、このように問うた。
「デメテル、分かる? 今、この部屋は私の異能で誰も入って来れないようになっているわ。更には防音効果もある。ここで悲鳴を上げても誰も駆けつけない」
「……そう……」
「だから抵抗は無――」
「じゃあ早速、子作りしよう!」
「……………………は?」
「誰も入れない、声も響かない。そんな環境を作り出す意味って、貴方の異能で子供を作るってことしか考えられないでしょー?」
「……何でそうなるのよ」
「あらー、違ったのー?」
目に浮かべていた涙を手の甲で拭って、にへら、と緩んだ笑顔を見せてくるデメテル。
だが彼女は、すぐに首を横に振ると、
「……とまあ、冗談は置いておいて――分かっているわ、ユーナ」
先とは違う儚げな笑顔を浮かべて、こう問うてきた。
「貴方、私を殺しに来たのでしょう?」
「え……?」
「え……って、え? 何よそれ」
彼女はお腹を抱えて笑うが、私としては複雑な心境だった。
あまりにも昔と変わらないその笑顔に、すっかりと毒気を抜かれてしまっていたのだ。
目の前の少女への殺意が薄れてしまう程に。
……甘いわよね。
だけど唯一の友人で心を許すことが出来ていた存在に、どうしても目の前にしたら非情になることが出来なかったのよ。
「いやいや……ここまで来たのは、あの村であたしが何をしたのか、聞きに来たからじゃないの?」
「……その通りよ」
改めて表情を引き締め、彼女に向き合う。
「デメテル。魔女のみんなを殺害したのはあなた?」
「んー、その問いだったら『違う』って答えるわねー。あたしゃ誰も手を下してはいないからねー」
「誰も手を下していない……?」
その答えの意味について、パッとは分からなかった。だから唸るように思案していた所、彼女の方からこのような提案が出てきた。
「ねえ、ユーナ。貴方が問うているのは『事実』? それとも『真実』?」
「『事実』と『真実』……」
その言葉の意味を噛みしめて、砕いて、私はこのように返した。
「私が確認したいのは『事実』。だけど知りたいのは――『真実』よ」
「……どっちもかいなー。欲張りねー」
言葉では呆れていながらも、口元は嬉しそうに歪めている。
どうやらこれで正解だったようだ。
「じゃあまずは『事実』から言おうかしらね」
デメテルは瞼を閉じて、静かに告げた。
「あの魔女の村のほとんどの人の魔力を奪って、魔女ではない人間達に武器を持たせて壊滅させた。
全てあたしの意志で行った。
これが『事実』よ」
デメテルが魔女の村の皆殺しについての引き金を引いた。
つまりは、元凶である。
予想通りの答え。
それが本人の口から出てきた。
間違いのない、事実なのだろう。
「……魔力を奪ったのは、あの黒い物体? 魂を吸い取っちゃう、って言っていたやつ?」
「そういえばちょうど見ていたわね。その通りよー。あの物体、実は魔女のみんなの異能だけを奪う物体を開発していたのよー。で、夜中の内にこっそりと皆の家の周辺を回って、吸い取った」
「一部の人達の魔力が残っていたのは?」
「何かしら『魔女』だって思えることがないと、魔女じゃない人達の大義名分が薄れちゃうじゃない。『同じ人間を殺すんじゃない、異物を排除するんだ』、『自分達に害をなしえる存在を、害を与えられる前に駆逐するんだ』っていう、ね」
「……そう」
彼女は淡々と紡ぎ出す。
ここまではある程度、推察した通りだった。
だからこそ、彼女を憎むにあたった。
実質、村のみんなを殺したのは彼女なのだから。
でも、一つだけ分からないことがある。
きっとそれが、彼女の言う――『真実』なのだろう。
「デメテル。じゃあ次は『真実』を訊くわ」
「……ん。いいわよ」
穏やかに微笑む彼女に、私は短く、こう問い掛ける。
「何でこんなことをしたの?」
「……ひどくシンプルねー。だけど、訊かれたら答えなくちゃねー。何でもする、って言ったから」
「何でもとは言っていないわ」
「そうだっけー」
あはは、と短く笑い声をあげた後、彼女は一つ息を吐いて、言葉を落とす。
――トーンと共に。
「……あの村は、自分達に害為す存在を排除しようとした。
つまり、殺そうとしたのよ。
その対象はあたし。
だからその前にみんな殺したのよ。
同じような考えの元で、ね」
「――デメテル」
彼女の言葉の途中で、私は口を挟んだ。
どうしても言わなくてはいけなかった。
「私はあなたに求めたのは『真実』よ。それは分かっているわよね?」
「うん。だからこうして本当のことを話しているじゃない」
「ええ。あなたがさっき口にしたことは、全て本当のことだわ。それは私が、自分の異能であなたの嘘を色として見分けることが出来るようにしているから、間違いないことは確認できている」
「……そんなことまで出来るようになったのねー」
呆れたようにデメテルは肩を竦める。
「で、何が言いたいのよー?」
「全部言いなさい。隠そうとしないで」
「何も隠してなんかいないわよー。それに嘘じゃないってさっき――」
「村に害為す対象となったのは、デメテルだけじゃないんでしょう?」
「……っ」
デメテルの表情が固まった。
それが正解であることを何より証明していた。
「そうなのね。むしろ私が対象になったから、あなたは村のみんなを殺そうと考えたのね」
「……参ったねえ」
あはは、とデメテルは乾いた笑い声を放つ。
「それも能力で?」
「違うわ」
私の能力は真実を知ることが出来ない。
何が起こったのかも知らなかった。
だからこれは推察でしかない。
「ただの私の勘よ。それ以上の根拠なんかないわ」
「……二度目になるけど、参ったね、ホント」
デメテルは頬を掻く。
その表情は少し嬉しそうだったのは、私の見間違いではなかったはずだ。
「……分かったわ。全部話す。――だけど一つだけ約束してね」
「約束?」
「そう。あたしは結構口下手だから、変な風に捉えられる表現があるけど、それでも決して――」
ぐっ、と一つ息を呑み、彼女は人差し指を突きつけてきた。
「自分の所為だとは思わないこと。いいわね?」
……その条件を提示してきた時点で、ある程度悟ったわ。
先に考えたこと以上に、彼女の行動には、私のことが理由として深くかかわっているのだ、と。
「……分かったわ。話して、デメテル」
だけど、それが彼女の優しさであることは十二分に理解していたから、私は首を縦に振った。
その私の返答に対して、彼女も頷きを一つ返す。
そして。
「……あの時」
彼女は言葉を紡ぎ始めた。
「以前に貴方と会った最後の時――ちょうど黒い箱について開発していた時ね。
ちょうどあの時、とある一つのことが決定したという噂が流れた。
ユーナ。貴方を処分するという話がね。
だからあたしは貴方に逃げるように促したの。
未来へと、ね。
結果、貴方はその日から姿を消した。
あたしが促した様に未来に行ったのかな、と思っていたの。
だけど数日経って、大人達はこう言ったの。
『ユーナを始末した』って。
あたしは絶望したわ。
ユーナを逃がすことが出来なかった、って。
もっと堂々と、はっきりと逃げてって言えばよかった、って。
そこからはもう、復讐しか考えていなかった。
完全に、あたしが生死を決めた。
勝手に決めた。
分別の付かない子供や、関係ないと判断した人達は、魔力を無くさせて外の世界に放り出しただけで済ませたけど、でもそれ以外の大半は許せなかった。
……ねえ知っている?
あたし達が大人達から疎まれた理由。
あたしは、『開発』という異能だったから、一般人に武装兵器を与えることが懸念されていた。
だから私は自衛の為に、人と関わるのを避けた。
そうすれば一般人と関わらないだろう、と思われるだろうから。
だけど……貴方は違った。
貴方の異能は、考え方次第で他の人が唯一持っている異能を超える存在となる。
あたしみたいに自衛する手段はない。
貴方自身の異能を疎む人物の存在がいる限り、貴方は幸せに暮らせない。
怖かったのよ。
あの大人達は、貴方のことを怖がった。
いつか自分達に刃向うんじゃないか、って。
だから貴方を殺そうとした。
その怖がり方は異常だったわ。
それを異常とも思っていない、他の人達が異常で。
あたしはそれがとてつもなく怖かった!
怖かった!
怖くて……でもその怖いという感情はあたし一人しか感じていないのが……とっても怖くって……っ!
……そう。
だからあたしはみんなを殺したの。
自分が怖かったから。
平気で異物を排除しようとする、魔女という存在が。
自分達が異物なのに、そういう考え持つ、魔女という存在が。
完全なる魔女の消滅。
それがあたしが望んだこと。
そして実行に移した。
――これが真実よ」