真実 09
◆
家に帰った私は、何もする気が起きなかったのでベッドに横たわっていた。魔女の村では教育者以外は働いていなかったわ。何でも魔法で出来るから。そしてその教師は私の両親だったわ。おかげで学校では目立ったいじめはなかったけれども、でも両親……あなたのおじいちゃん、おばあちゃんに当たるのね、その二人には迷惑を掛けたな、と思っているわ。今でもね。
話を戻すわ。
ベッドに横たわりながら、ぼんやりと思考していた。
「何でも出来る、か……」
その思考内容は、先程にデメテルとやり取りしたこと。
自分は何も出来ない、何も出来やしない、落ちこぼれ。
そう言われ続けた。
そんな私が、何でも出来ると言われても、実感が湧かない。
ただデメテルが励ましに言ってくれているだけ。
そう解釈していた。
だけども――
「……子供、出来ているのかなあ……?」
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけの好奇心が湧いてきた。
先にデメテルはこう言った。
『どんな人と結婚するのかを確認しに、時空を変化させて直接未来に居に行ったりすることも、貴方の異能なら出来たりするのよ』
妙に真剣味を帯びた声で言っていた。
「もしかすると……出来るのかなあ……?」
そんな気持ちになってきた。
乗せられてきた。
「……やって、みようか」
起き上がって、手を前方にかざしながら、異能を使うように意識を傾ける。
やれるかも、という気持ちは、正直に少ししかなかった。
出来るなんて思っていなかった。
ただ微塵に思っていなかったわけではない。
僅かではあるが、希望を持ってしまっていた。
――だからこそだろう。
「……え?」
私は目の前に出現したモノに目を丸くした。
裂け目。
人が一人通れそうな裂け目が、突如現れた。
「まさか本当に出来た……未来に行けた……?」
今までは異能を使っても、出来ない、という思いこみが強すぎて、何も起こらないことが常々であった。
しかし今は、実際に出来ると思っていなかったことなのに、目の前にそれっぽいものが出現した。
もしかしたら出来たのかもしれない。
「……」
ごくり、と唾を飲む。
目の前のモノは、本当に自分が考えて、自分の異能によるモノなのか。
そしてこの先にあるのが何か。
それらを知りたいという気持ちが勝った。
「行くわよ……」
文字通り後先考えず。
私はその裂け目に身体を投げ出した。
次の瞬間。
周囲の光景はがらりと変わっていた。
「……っ」
勢いよく投げ出された私の身体は、背の低い植物によって柔らかく受け止められていた。多少の痛みはあったわ。
だけどそれよりも、驚きの方が先行していた。
私が居る所。
それは、とある森に囲まれた一軒家の前であったことはすぐに理解した。
同時に、その家の窓から見える室内の風景が目に入った。
そこにあったのは――いや、《《居たのは》》。
私と、黒髪の可愛い子供が一緒にいる姿。
つまり――クロード。
あなたと私が一緒にいる姿だった。
「……っ」
私は思わず声を出しそうになるのを、口を両手で塞いで強制的に防ぐ。
似た人物ではない。
間違いなく、あそこにいるのは私だった。
「結婚……出来たんだ……」
知り合いの子供、という線は考えなかった。
何故ならば傍にいる男の子には自分の面影があったから。
嬉しかった。
涙が出てきた。
それを手の甲で拭いながら、滲んだ視界でもう一度確かめる。
今度は客観的に確かめる。
本当にあそこにいるのは自分なのか。
――無意識だった。
無意識に音を立てずに建物に近づき、五メートル以内に目の前の親子が入った所で、私は目の前の女性の名前を、能力によって自分の目に映しだされるように変化させていた。
映し出された名前は――『ユーナ・ディエル』。
今の『ユーナ・アルベロア』とは違う名前であったが、間違いなく、自分であった。
そして子供の方の名前も同時に見る。
――『クロード・ディエル』。
「……良かった……」
間違いない。
あれは自分だし、自分の子供である。
だから確証が持てた。
自分は先に望んだ通り、未来に来たのだ。
未来に来て、確認できた。
自分が結婚できていることを。
可愛い子供もいることを。
「……むふー」
満足だった。
きちんと子供が出来たのだ。
つまりは結婚も出来たのだ。
あれだけ幸せそうに慈愛の表情を浮かべているのだから、幸せな結婚だったのだろう。
そう胸を張ってやろう。
だからもう一度、その光景を目に焼き付けよう。
そう再度その幸せを噛みしめようと室内に目を向けた――その時だった。
「………………え?」
私は気が付いてしまった。
たまたま目に入ったモノ。
本当に、何気なく入ってきたモノ。
それはカレンダーであった。
カレンダー。
そして、そこに表示されていた暦。
革命歴173年。
見たことも聞いたこともない年号。
新しい年号なのか。
いずれにしろ、未来にはそのような年号が100年以上続くということが分かった。
――そしてこの瞬間。
当時の私は気が付いていなかったけれども、とあることが、事実として確定とされてしまっていた。
無意識の内に刻まれた、様々な事項。
革命歴173年。
自分の知らない――自分のいた時代には未だ始まっていない年号。
そしてその未来に子供と共にいる、自分。
――子孫でもなく、本人。
そう。
以上のことから、導き出される事実はたった一つ。
この先、自分は同じ容姿で――何百年先まで生きているということであった。
……この当時、本当に困惑したわ。
未来に飛んだと言っても、せいぜい数年先のの未来だと思っていたから、まさか自分の知らない年号で何百年も先の時まで飛んでいくとは思っても見なかった。もしかしたらどこかの国限定で使われている年号なのかもしれない――とは今、客観的な視点ならばそう考えられるけれど、でもその時には微塵も思ってはいなかった。まあ、結局は何百年も先だったのは事実だったのだけれど。
その事実に驚いた私は、これまた無意識に再び裂け目を作っていた。
先と同じモノ。
その先は元の時代、元の場所。
……怖くなったのよ。
今の自分がいる場所がどこなのか。
年代も。
場所も。
何も分からなくて。
まるで独り、世界に取り残されたかのような錯覚に陥ったわ。
だから元の場所に戻りたくなった。
それだけしか頭に無かった。
だからどうやるかとか、細かいことは何も考えていなかった。
「っ!」
後機考えずに飛び込んだ。
――しかし。
「え……?」
その先で、私は絶句した。
私は自分の部屋から未来へ飛んだ。
戻った先はいつもの光景であるはずだ。
けれど私の目の前にあるのはいつもの部屋どころか――家としての役割を果たしていなかった。
燃え尽き、破壊され。
窓もない。
屋根もない。
玄関もない。
あるのは――ただの廃墟としての姿だった。
「何よこれ……」
思わずへたり込んでしまった。
文字通りに地面となったその場所に。
既視感を覚える光景ではあった。
見える建物。
風景。
だけどもそれら全ては、覚えのある光景とはほぼ遠く。
全て焼き尽くされ、破壊され尽くしていた。
そして……誰もいなかった。
誰も居なかった。
あれだけいた魔女のみんなの気配すら感じ取れなかった。
一瞬でこのような状態になり得るはずがない。
何かが起こったのは明白だった。
でも何が起こったのか。
その時の私は何も考えられなかった。
ただひたすら、ふらふらと歩いた。
進む度に、見たことがある光景が見たことない光景になっていることを痛感させられた。
ここは自分が住んでいた、人里から離れた魔女の村。
そうであるのは間違いない。
間違い、ないのに――
「――……おいあんた!」
「……え?」
悩みで周囲が見えていなかった為に急に声を掛けられて驚いた――ということもあったが、それよりも何よりも、聞き覚えのない声であったことが、私が声を上げてしまった要因だった。
ハッと顔を上げると、すぐ傍には髭面の妙齢の男性がいた。
やはり見覚えが無かった。
加えて視覚情報から、その驚きは重ねられた。
彼の手。
そこに握られていたのは木製の柄の先に金属の大きな刃が付けられた物体――斧であった。
斧。
すなわり、それは魔女であれば持つ必要のない――武器であった。
「……一般人……?」
思わず言葉を漏らしてしまった。
先にも述べたけれど、この村に一般人はいない。魔女だけしか住んでいない。結界みたいなのを張っていたのだろう、迷い込んでくることも無かった。
だからこの時に、私は初めて魔女以外の人を生身で見たことになる。
故にそう呟いてしまったのだ。
そして――それがいけなかった。
「お前……三年前の生き残りか!?」
目の前の男が鬼気迫る表情で叫び声を上げた。
三年前?
生き残り?
気になる単語が耳に入った。
だけどそれについて思考する暇もなく――
次の瞬間。
私の眼前には、彼の持っていた斧が迫っていた。
――だけど。
衝撃を受けたと思ったその時。
「え……?」
気が付けば目の前にあった斧は、その持ち主の男性ごと消え失せていた。
そして、目の前の景色も変化していた。
――未来からここに戻ってきた時と同じ景色へと。
……そう、ここまで言えば判るわよね。
私も今のあなたと同じような状態になったのよ。
死んだら過去に戻される。
死ななくても、選択肢を間違えると過去に戻される。
死ぬことも出来ない。
そんな状態を繰り返し、繰り返し、繰り返し――
私は何百年も生きてきたのよ。
実体感時間は何百年どころじゃない、永い時を。
ずっと。
ずっと。