真実 06
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アドアニア。
緑が豊かで食糧自給率も高く、また地下資源も豊富であるという、他国から羨ましがられるような国であるが、武力を持たず、政治的交渉によって上手く他国と付き合っていた。さらにその欠けている武力面も、二大国の一つであるウルジスと結ばれた平和協定から、他国からの侵略にはウルジスが武力介入してくることになっており、実質、アドアニアは平和の国であるという認識を人々から持たれていた。
そんな国にこれから攻め入る。
その理由についてコンテニューはルード国の上層部を探ってみたが、どうやらウルジス国と同盟があって、かつ、かの国が援護に来るのが遅そうな国だからという、単純な理由なようであった。ジャスティスという圧倒的な武力を見せつけるのと同時に、相手に手を引かせて国際的な優位を得る為――というのが目的とのことだ。
だがしかし、それはあくまで政務側の理由だ。
もう一人。
このお披露目の舞台を『アドアニア』にしたがっていた人物がいた。
むしろその人物の意向が、政務的に理由を付けて反映されたと言っても過言ではない。
科学局局長セイレン。
彼女の頭の中を覗いた所、その目的はひどく自己勝手なものであったことが分かった。
セイレン目的はただ一つ。
ユーナ・アルベロア。
現在の名は、ユーナ・ディエル。
クロード・ディエルの母親。
その彼女を、ルード国に連れ戻すことだ。
殺すのではない。
連れ戻す、だ。
どのように情報網を張り巡らせて知ったのかは不明だが、彼女はアドアニアにクロードの母親がいるということについてあたりを付けていたようだった。何故なのかであったり、どうして連れ戻したいのかなどは残念ながら深層まで読み取れなかったので詳細は不明だが、一つ、分かったことがあった。
その昔。
母親はルード国にいたようだ。
そこで何と、セイレンと共同でジャスティス関係について研究・開発をしていたとのことだ。
これはあくまでもセイレンの頭の中を覗いた結果なので、彼女の思い込みであったとした場合は事実かどうかは分からない。彼の知っている母親は戦闘兵器を望むような人間ではなかったので、きっと騙されて協力させられていた、という所だろう。
いずれにしろ、それは本人に訊けば分かるだろう。
その本人とはセイレンではない。
そう。
すぐ目の前の家の中にいるであろう彼女――ユーナ・ディエルに。
コンテニューは自身の監視役一名と共に密入国した後、すぐにその人物を撒いた。詳細は……外観相応の少年として振る舞って逃げた、とだけ述べておく。子供というのは大人であれば罪になることも見逃される。そのことは便利であった。但しそこまで長い間は逃げることが出来ないだろう。
手早く、かつ見つからないように。
そのように心掛けて彼はここまで来た。
誰にも悟られず、街から――現段階では『町』レベルではあるが――そこから外れたとある場所。
他国の人間では絶対に立ち寄らないであろう奥地に立つ、木造の一軒家。
未来で燃やしてしまう、思い出が詰まった家。
「……」
感慨深くなってしまった。
感傷的にもなってしまった。
全て失ってしまったモノ。
――これから失ってしまうモノ。
ふらふらと引き寄せられるように家の方へと歩き出した。
その時だった。
「あら?」
そんな声と共に扉が開いた。
顔を出したのは、長い艶やかな黒髪に、くっきりとした目鼻立ちの、見た目は二〇代前半に見える女性。
かなりの美人だが、その表情は非常に薄い。
見覚えのある顔。
いつも見ていた顔。
――もう二度、見ることが出来ないと思っていた顔。
ユーナ・ディエル。
自身の母親が、目の前で生きていた。
「……あ……」
ずっとこの邂逅をシミュレーションしていた。
会わなきゃいけないから。
話さなくちゃいけないことがあるから。
――会いたいから。
――話したいことがあるから。
だけど同時に、言い得ぬ恐怖心もあった。
今、彼女の目の前にいるのはクロードではない。
コンテニューだ。
金髪碧眼という黒髪黒目のクロードとは真逆と言っていい程に位置している容姿の彼を、彼女は信じてくれるだろうか?
また、信じてくれた所で、彼女は自身をどう見てくるのか?
コンテニューとして。
――他人として――
その反応が怖かった。
だけども。
そんな心配は杞憂だった。
「……クロード……?」
彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐに小さく息を吐いて口元を緩めた。
笑顔ではない。
だけども――とても優しい表情だった。
「おかえり、クロード」
彼女はそう言った。
屈み込んで両手を広げて、そう言ってくれた。
もう駄目だった。
自分の中で押さえていた気持ちが、ドッと溢れてしまった。
「お母さん……っ!」
一気に駆け出し、彼は母の胸へと飛び込んだ。
母は、ぎゅっと優しく抱きしめてくれた。
「お母さん……お母さんお母さんお母さん……あああああああああああああああああああっ!!」
そこからしばらく、彼は泣き声を上げた。
クロード時代からずっと流していなかった涙。
何年も。
何年も。
我慢し続けていた。
泣くことだけではない。
魔女の息子と呼ばれ続けて。
魔王となって。
ハッピーエンドを目指すために過去に戻って。
ここまでずっと、甘えることを我慢していた。
「大丈夫。分かっている。分かっているよ」
母はそう言う。
本当に分かっているかは定かではない。
だけどもその言葉は彼の中に染み渡り、心に安寧をもたらした。
母親と息子。
紛れもない。
そこにいるのは、絆の繋がった、親子であった。