真実 02
(どういうことだ?)
コンテニューはひどく動揺した。
先程、ジャスティスを破壊したすぐ後に、もう一度同じ光景が繰り返された。
――まるで過去に戻ったかのように。
『って、金髪で碧い目って……おいおい。この村の人間じゃねえじゃねえか! まずいぞ、おい!』
(……本当に過去に戻っているんだ、これ)
続いてきた同じセリフに、コンテニューは確信を持った。
確信を持った上で、確かめることとした。
「……」
すっと左腕を同じように掲げ、今度は問答無用でジャスティスを破壊した。
すると先と同じように、目の前からジャスティスが消失した。
更に気が付いたが、ジャスティスが薙ぎ倒していた木々も元に戻っている。
間違いない。
何故かは分からないが、過去に戻されている。
短時間ではあるが。
当然これはコンテニューの意志ではない。
誰が行っているのか?
分からない。
(言ってしまえば――神様、というところか?)
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、自身も他人に成り代わるという形ではあるが過去に戻っているのであながち馬鹿には出来なかった。直感――というよりも感覚ではあったが、クロードの場合はコンテニューという存在がいたからこそ戻れたのであって、単純に過去に戻ることは出来ないだろうと、理屈ではなく悟っていた。
だとしたら、それを簡単に行えるのなんて、もう神しかいない。
そう思うしかない。
とりあえずその点について考えるのは後回しだ。
今考えることは、ただ一つ。
どうやったらここから先の未来へ進めるのか、だ。
(……ジャスティスを破壊したから過去に元に戻されたのか? それとも――)
思いついたことがあったコンテニューは、再び先のジャスティスが登場し、近づいて来るタイミングまで待つ。
『って、金髪で碧い目って……おいおい。この村の人間じゃねえじゃねえか! まずいぞ、おい!』
同じセリフが来た所で、同じようにジャスティスを破壊する。
但し、今度は一つだけ行動を変えている。
それは空気の盾を周囲に張り巡らせることだ。
コンテニューは考えた。
戻されたのはこの時点で遠方から狙撃などをされて命を落としたからではないか、と。
クロードの時――未来では、コンテニューが確実に存在していた為、ここで命を落とすことは歴史を歪めることとなって修正が入った――という考えだ。
空気の盾を張れば、少なくとも直後に殺されることは無い。念のために足元にも張っているから、地雷という線もない。
そのように心構えをして入念に準備してから、ジャスティスを破壊してみた。
しかしながら――結果は同じであった。
(……破壊自体が駄目だ、ということか……あっ)
と、そこでコンテニューは気が付いた。
破壊自体が駄目だという理由。
そこに直結しているであろうことを。
『これまで僕はたくさんの人をこの手で殺しました。最初は戦場のど真ん中でジャスティスを試運転をしていたパイロットを殺して乗っ取った所からですね。そこから何人も殺しました。もしかすると今の貴方以上に殺しているかもしれないですね。しかしそれは全ては自分の知っている人の幸福の為、ひいては――自分の幸せの為ですね』
コンテニューはそう言っていた。
クロードにそう言っていた。
「……余計なことを言いやがって……」
そう悪態を吐くが、結局は自分自身であったので何とも言えぬ気分になる。
しかしながら、自分がそう口にしたからには、何か理由があるはずだ。
「……」
その理由にすぐさま思い当たる。
思い当たるが――
「……そういう理由、か」
苦々しい顔になる。
理屈では分かっている。
今までとやっていることは同じだと分かっている。
それでも、彼の中には葛藤があった。
「……キツイ、ですね……」
口調を元に戻す様に意識する。
そうしないと精神が持ってかれそうだった。
それ程の、覚悟であった。
だけど身体は付いてこない。
思わず膝を折ってしまい、天を仰いだ。
――その行為と同時に。
再びパキパキと木が折れる音が聞こえた。
『何だ? まだ子供が残っていたのか? ……って、金髪で碧い目って……おいおい。この村の人間じゃねえじゃねえか! まずいぞ、おい!』
先と同じセリフ。
ここでコンテニューは先程はジャスティスを破壊した。
だが今回は呆けてしまっていた為に何もしなかった。
何も出来なかった。
すると――
『お、おい! 大丈夫か!?』
――変化が生じた。
ジャスティスのコクピットが開き、慌てた様子でパイロットが降りて近寄ってくる。白衣を着た肌の色が薄い中年であった。
「……!」
その様子に、ようやく意識が戻った。
降りてきた中年。
コンテニューはしなくてはいけないのだ。
この人物をこの手で殺し。
この中年が乗っているジャスティスを奪わなくてはいけない。
嫌悪感が強い。
この手で殺すことも。
そして――ジャスティスに乗ることも。
だけど、やるしかない。
それが――コンテニューが行ったことなのだから。
「……っ!」
コンテニューは左手を中年に翳す。
中年の位置はすぐ傍。
当然、先程ジャスティスを破壊した距離よりも短い。
つまりは――五メートル以内に存在しているということ。
――だが。
「……?」
何も起こらなかった。
目の前の中年は首を傾げているだけだ。
能力によって殺害する。
どうやってやるのか、全く分からなかった。
冷静に考えれば色々な方法があるのだろう。
だけど、今のコンテニューには目の前の相手をどう殺せばいいか、全く思いつかなかった。
――いや、違う。
全く思い浮かばなかったのではない。
覚悟が出来なかっただけだ。
覚悟が足りなかった。
出来なかっただけだ。
故に思いとどまってしまったのだ。
能力によって殺害すること。
それは――自分の手で殺すことではないのではないか、と。
色々な意味で能力によって殺害することに躊躇してしまった。
思考してしまった。
コンテニューは「たくさんの人をこの手で殺しました」と以前――現時点では未来――に言っていた。
だけども、何か能力や魔術的な要素を持っていたとは聞かない。
つまりある種正当な手段で、その手を汚していたということだ。
(……やるしかない、のか)
コンテニューは歯を食いしばる。
人を殺すことは今までもやっていた。
ジャスティスを破壊することで。
赤い液体を飲ませることで。
だけども両方とも間接的な殺害だ。
直接的な殺害は今までやったことがない。
それでも。
やらなくてはいけない。
コンテニューとしてはやらなくてはいけない。
(……自身の幸せを掴むために、だ)
彼は今度こそ覚悟を決めた。
――いや、覚悟を決める為に、必要だったのかもしれない。
だから彼はあの時にわざわざ口にしたのだ。
この手で殺した、と。
「……はぁ」
大きく深呼吸し、彼は思考する。
この時点で少年が中年を殺害する方法は限られている。
絞殺は無理だ。
銃殺は……銃が周辺に無い。目の前の中年も持っている様子はない。
(ならば……)
彼は視線を下に向ける。
身近にある凶器。
それは足元にある、鏡の破片。
「っ!」
彼はそれを握りしめ。
そして――中年の腹部に刺した。
「ぐっ……」
中年が目を見開いてうめき声を上げる。
――嫌な感触だった。
この手で相手を刺す。
肉に無理やり押し込む、あの感触。
最悪であった。
吐き気を催しそうになった。
それでも気丈に振る舞う為に、無表情を装った。
実は内心では色々渦巻いていた。
今まで人を殺すことが、これだけ嫌な感触だと知らなかった。
そのことを今回の体験で知った。
そしてこれからも続けていくのだろう。
自分の幸せの為に、他人の幸せを奪い続ける。
無慈悲なエゴイスト――コンテニューとして。
その重さを、改めて知った。
命の重さ。
犠牲の重さ。
クロードの時には知ったつもりでいた感覚。
重みを背負い、未来へ向かう。
その覚悟が今、完了した。
――しかしながら。
「こんの……くそガキがああああああああああ!!」
考えが足りなかった。
腹部への刺傷。
これ一つだけでは致命傷には至らなかった。
加えて、今のコンテニューは一〇歳の少年だ。
当然、力もない。
故にあっという間にその手ごと破片を抜かれてしまった。
そして――
奪われた欠片で首元を貫かれてしまった。
「が、は……っ!」
思わず首元を押さえる。
確実に致命傷だ。
頸動脈ごと貫かれた。
このままでは死んでしまう。
尋常ではない痛みも襲い――
「……………………え?」
しかしながら――コンテニューは全く痛みを感じなかった。
それどころか、想像していた事態にもなっていなかった。
喉元に当てた手。
そこには何も無かった。
鏡の欠片も。
それによって噴出した血も。
(まさか……?)
顔を上げる。
そのまさかであった。
目の前に先程までいた中年はいなかった。
ジャスティスが登場した時の木も破壊されていなかった。
つまりはまた過去に――しかも同じ地点に戻ったということだった。
今回は先までと違う。
コンテニューはジャスティスを破壊していない。
しかしながら戻った。
これは予想していた、先のケースに当て嵌まったのだろう。
コンテニューが死んだ。
だから戻った。
「……」
このことによって、ある種の安心感と、ある種の絶望に捕らわれた。
コンテニューがクロードと出会うあの瞬間まで、自身は死んでも蘇る。痛みがあるかは正直知らない。今回はたまたま喉元への一撃で一瞬で死んだから痛みを感じなかっただけかもしれない。
蘇る回数の制限については、恐らくはないのだろう、と彼は踏んでいた。理由は、もしあるのであれば最初からジャスティスを破壊しただけで歴史が戻る訳がない、と思考したからだ。
その代わり、絶対の事象となっているのだ。
クロードが経験した事。
クロードが知っている未来。
それはどんなことをしても不変だ、ということ。
(だったら……みんなを幸せにすることは出来ないんじゃ――)
そう絶望しかかった。
――だけども。
すぐさま思い出した。
「……違う」
コンテニューは言っていた。
印象に残ったフレーズだったから、よく覚えている。
これだけは確かに言っていた。
『僕はお前の望みを全て叶えることが出来ている存在だ!』
出来ている。
完了形だ。
こんな状況でも彼はやってのけたのだ。
それが口頭だけなのかは分からない。
「結局は……信じるしかない、ってことですか……」
あの時の意図不明な言葉が次々と身に染みてくる。
成程。
信じることが絶対的に必要であるのは間違いない。
(……ならば!)
コンテニューは顔を上げる。
諦めない。
何度だって繰り返してでも。
それでもやってやる。
――何を犠牲にしたとしても――
ここで。
本当に彼の腹は決まったのだった。
同時に。
目の前にジャスティスが現れる。
――先と同じように。
「……」
目の前に二足歩行型ロボットが突然現れたというのに、少年はひどく落ち着いた様子で見返していた。その碧色の瞳には驚きも動揺も何も浮かんでいない。
じっ、と。
微動だにせずそのジャスティスを観察するように眺めていた。
『何だ? まだ子供が残っていたのか?』
その声に少年は、ゆっくりとジャスティスの顔面部へと視線を移す。
『って、金髪で碧い目って……おいおい。この村の人間じゃねえじゃねえか! まずいぞ、おい!』
焦った声が響く。
同時にコンテニューはその場にしゃがみ込む。
『お、おい! 大丈夫か!?』
ジャスティスのコクピットが開き、慌てた様子でパイロットが降りて近寄ってくる。
先と同じ、白衣を着た肌の色が薄い中年であった。
きっとこの村の住人とコンテニューは見た目などが大きく異なっているのだろう。
だからこそ安易に降りてしまったのだろう。
そして彼に近づいてしまったのだろう。
それが致命的だ。
文字通りの意味で。
「え……」
中年男性の首元から鮮血の花が咲く。
白衣が一気に赤に染まっていき、彼は地に膝を付け、そのまま倒れた。
一方でその返り血を浴びた少年は平然とした様子で首を勢いよく横に振り、髪に付着した血をある程度飛び散らすことが出来た。
それでも金の髪は鮮やかな紅に濡れ、滴り落ちる。
理由はただ一つ。
中年男性の首を掻っ切ったのは、少年が持つ鏡の欠片だったからだ。
先程しゃがみ込んだ時に密かに拾い、何の躊躇もなく切っ先を突き立てていた。
――先の失敗を反省した結果であった。
「……」
血が滴る鏡を中年の死体に投げ捨て、彼は小さく息を吐く。
鉄の匂いと火薬の匂い。
今はどちらかというと鉄の匂いが強い。
あまり好きではないな――と思いながら彼は死体を踏み越し、歩いていく。
目当ては黒色のロボット。
ジャスティス。
そのぽっかりと空いたコクピットに歩を進めていく。
まるで導かれたかのように、澱みない動作で彼はジャスティスに乗り込む。
「広い、ですね……」
そんな感想を抱きながら中央に鎮座している席に座って足元のペダルに足を掛け、そしてその左右に一つずつある操縦桿を握った。
途端に乗り込み口が閉じ、内部が明るくなる。座るという行為ではなく操縦桿を握るのがトリガーになっているようだ。
どういう理屈でそうなっているのかは皆目見当がつかない。
しかし、
「しっくり来ますね。初めてだというのに」
コンテニューは頬を緩める。
「……?」
直後、戸惑いの表情になって自分の頬に触れる。何故笑ってしまったのか分からない、というような戸惑いの様子だ。
(やはり……コンテニューだからこそ、笑えることが出来るのですね……いや、もう吹っ切れた、ということなのでしょうか)
すぐにその笑みを逆に深くし、操縦桿を握る力を強くする。
「まあ、今気が付きましたが、一〇歳かそこらの少年の手足の長さにもフィットするように自動的に席が移動しているんですね。どれだけ汎用性があるのでしょうか?」
この機体の中は小柄な人間も操縦できるようになっている。きっと女性パイロットも想定しているのだろうと勝手な推定を立てつつも、両手両足を動かしてみる。
ジャスティスが動いた。
視界も良好。
操作の感触も問題ない。
――動かせたからどうだっていうんだ?
そんな疑問が頭を過るが、すぐにその答えは自分の中に生まれる。
「何でこの村が襲われているのか分からないけど、でも、多分悪くないはずだ。多分、良い環境だったんだろう。覚えていないけれど」
この村に対しての感慨はない。
現在、崩壊している景色に対して感想もない。
覚えていない。
だから思い入れもない。
――だけど。
「きっと相手は悪い。こんなロボットを使って一方的な襲撃を行ったなんて。うん。多分悪いですね」
口で嘯く。
本当は知っているのに。
だけど、コンテニューの中に一つの憎悪が渦巻いているのは確かだ。
この少年の中には、その感情が内包されている。
深い沼のようなドロドロした感情。
全ての憎しみは――ルード国にあり。
「憎きルード国。僕が破壊します」
――こうして。
新たな『正義の破壊者』が誕生したのだった。