ライトウ 03
ようやく。
そこまで言われてライトウは理解した。
キングスレイの剣。
それはジャスティスの動力源と同じように、命を力に換えている。
その力はキングスレイに与えられている。
魂を出力に還元する。
その点で彼は――ジャスティスと同じだということを。
「……だからどうしたというのだ?」
分かっている。
分かっているが、敢えて訊く。
「ジャスティスと同じように魂を力に換える剣だということ、それを俺に伝えた所で何になる?」
「単純な話だ」
キングスレイは薄く笑みを浮かべる。
「俺は既に人間ではない。ジャスティスだ。だからお前の経験値に『人間を斬る』ということは増えない、ということだよ」
「……」
違う――とライトウは首を横に振りたい衝動に駆られた。
キングスレイはそんな子供じみたように矛盾を指摘するだけの為にそう言ったのではない。
きっと、人を斬るという経験をしたことがないライトウに対して躊躇なんか生ませない為に、あのようなことを言ったのだろう。
――全力を出させる為に。
先のアドアニアでの戦いの時もそうだが、キングスレイはライトウに自分を撃破してほしい旨が見える。いや、正確には自分を超える存在となってほしいという意思が見え隠れしている。
何の為なのかは、正直言って分からない。
だけどそうでないと、アドアニアでライトウを見逃すはずがないのだ。
故に、一つ疑問が生じる。
(……先の話は本当なのか?)
あの剣が魔剣と呼ばれていたことについてはまことしやかに囁かれていたことは知っていた。しかし持ち主のキングスレイが凄腕の使い手だからこその揶揄であるとライトウは思っていたし、他の誰もがそう理解していただろう。
それが魔剣によるものだった。
成程、人外の力は剣によってもたらされたモノなのか、とある意味納得は出来る。
だけど、本当にあれは魔剣なのか?
そうだとしても、キングスレイに還元されているのだろうか?
答えは分からない。
だけど、すぐに気が付く。
(……いらぬ情報、か)
答えなど、分からなくていい。
たとえ『剣豪』の力が剣によるモノだった、ということであったとしても。
そうでなかったとしても。
目の前の『剣豪』は、ライトウが超えるべき壁なのだから。
「――だからどうした?」
ライトウは敢えてこう言い放つ。
「あんたがどうであれ、俺はあんたを斬るだけだ。そんな強さの背景や裏事情などどうでおいい」
「……ぶれないな」
キングスレイは穏やかに微笑む。
まるでライトウの内心を見透かしているかのように。
「そのぶれなささは先のアドアニアから本当に変わったな。何かあったのか?」
「答えると思うか?」
「思わない。ただ訊いてみただけだ」
「ならば意と反して答えてやろう。――キングスレイ、あんたのアドバイスのおかげだ」
「俺の……?」
「何だ。意外そうな顔だな。まさか俺が他人の意見を全く受け入れない、頭の固い人物だと思っていたのか?」
「不躾ながらそう思っていた。いかにも『サムライ』という異名通りかと」
「サムライにそんなイメージがあったとは知らなかった。――さて、話を戻そう」
ライトウは自分の刀を一度軽く振る。
「アドアニアであんたは問うたな? 『その刀に名はあるのか?』って」
「ああ。確かに問うたな。『誰と共に戦っているんだ?』という意味合いでな」
「あの時には刀に名は無かった。故にお前のその問いに対しての答えも持っていなかった」
断言。
胸を張って言うことではない。
だけど――
「そう言うということは、その後に刀に名を付けたのだな?」
その問いに。
ライトウは首を――横に振った。
「いいや。新しく名なんか付けていない」
「……は?」
素っ頓狂な声を上げるキングスレイ。
無理もない。ここまでの話の流れならば、何か名を付けているはずだったであろう。しかも、アドバイス、という言葉も口にしていたのだから、それに従ったと考えるのは至極当然だろう。
しかしライトウは、自信満々にこう答えた。
「俺と共にいたこの刀にもう新しい名など必要ないだろう? だってこの刀はいわば――自分そのものなんだから」
自分とずっと共にしていた刀。
どんな時も、文字通り一緒だった。
家族よりも、もっと近しい存在。
そんな刀に、今更新たに名を付ける必要はない。
自分そのものである刀。
ならば自分も――刀そのものであるべきだ。
「……得心した」
キングスレイは鋭く目を細めた。
彼も理解したのだろう。
一人の剣士として。
彼の言わんとしたことが。
「その刀、敢えて名を付けるならば――『ライトウ』、ということだな?」
「そういうことだ」
ライトウは満足げに微笑む。
そう。
これこそが彼が見つけ出した答え。
自分自身が一振りの刀となることだった。
「全身全霊を持って、俺はお前を斬る。それが俺の――剣士としての在り方だ」
「……そうか」
その答えに、キングスレイは深い笑みを返す。
その笑みには色々と含まれていることがライトウにも読み取れた。
全てが見えたわけではない。
だけど一つだけ。
一つだけ分かったことがあった。
喜び。
彼は間違いなくライトウの答えに対して喜んでいる。
嬉しがっている。
まるで、自分の望んでいた展開だというように。
「――言葉だけでは何とでも言えるな」
と。
そこでキングスレイは静かにもう一度剣を構え直す。
明確だ。
彼も本気でこちらに相対してきている。
そんな様相が伝わってきた。
「そういう殊勝な心がけなのは理解したが、しかしそれで俺が倒せると思ったら大間違いだ」
「……ああ、確かにそうだな。今のままだと、確かにお前の言う通りだ。勝たなくては意味がない」
ライトウも刀を握る手の力を強くする。
まるで震えを抑えるように。
しかし、これは恐怖による震えではない。
(そうか……これが聞いたことがある、所謂――『武者震い』ってやつか)
武者震い。
奮起する為に起こる身体の現象。
先に対峙した時は何もなかったのに。
改めて剣士としての覚悟を告げたからなのか?
それとも、相手が本気でこちらに対峙してきていることも理解したからなのか?
(――違う!)
ライトウは本能で理解していた。
ここが最後だ。
最後で――最期だ。
ライトウ。
キングスレイ。
必ずどちらかはここで――命尽き果てることを。
「――『サムライ』ライトウ」
キングスレイがライトウを呼ぶ。
その声は真剣で。
低く。
彼を―― 一人の対等な敵だと認めている声であった。
「君も剣士ならば、どうやって証明するのかは分かるだろう?」
「ああ」
ライトウは頷きを返す。
分かっていた。
分かり切っていた。
ライトウは剣士だ。
キングスレイは『剣豪』ではあるが、それでも一人の剣士であることは間違いない。
だから相手への伝え方が分かる。
剣士と剣士。
その会話は――刀剣でのみ成り立つ。
「この俺に見せてみろ。君の――その刀剣で!」
「言われなくても!」
――次の瞬間。
お互いの刀剣が交錯した際に生じた甲高い音が響いた。