ライトウ 02
◆カーヴァンクル ルード軍基地 内部
「あれから成長したか?」
交えた刀は押しも引きもしない。
交錯したまま、二人は睨み合う。
燃え盛る炎のような瞳のライトウ。
対照的に凍てつくような冷たい視線のキングスレイ。
「……成長、か」
にやり、と。
そこでライトウは不敵に笑って見せる。
「――これが証明にならないか?」
ギン!! と。
ライトウは刀ごとキングスレイを弾き飛ばす。ライトウの刀の方が刀身が長いのでそのまま斬りつけられると思ったのだが、そこはキングスレイ、自分の剣のリーチの長さをきちんと把握した上で刀が身体に触れぬように少し身体の軸をずらして――顔面ではなく肩の空間に刃が存在するような位置で捉えさせていた。
「ふむ……成程」
弾き飛ばされた勢いを適度に足元で軽減させながら後退しつつも姿勢を全く崩していないキングスレイは、自らの剣を見ながら頷く。
「確かに成長しているようだな。少なくとも刀を信じられるようにはなっている。私を前にしても全く物怖じしていない」
「当たり前だ」
そう言いながら、ライトウが耳に着けていたインカムを床に投げ捨てた。
あらかじめキングスレイとの戦闘の際は外す、とミューズと約束していたのだ。
理由は、微かな音の違いすら耳に捉える必要があるからだ。
剣豪との戦いは、そんな些細なことでも大局が動く可能性があるのだ。
――そんな緊張感の中。
ライトウは刀を真正面に据えながら相手を睨みつける。
「アドアニアで戦った俺と同じだと思ったら大怪我をするぞ」
「その様だな」
――ビュオン!!
突如、一陣の風が吹いた。
但しそれはただの風ではない。
キングスレイが剣を振るった際に生じたモノ。室内だからよく分かるのだ。
しかしその威力は伊達ではない。
アドアニアで見せた力。
ビルをも斬り落とす力。
それがライトウに向けられた。
通常であったらライトウは、あの時のビルのように真っ二つになるはずだ。
だが――
「はぁっ!!」
――裂帛。
ライトウの一振りがそれをかき消した。
彼にも既に見えていた。
キングスレイのその不可視の攻撃。
それは自分も出来るから。
「どうやら手加減はしなくてもいいようだな」
「どうだかな」
ライトウの眉間に皺が寄る。
「今のは手を抜いていただろう? アドアニアの際にビルを倒壊させた時と比べて威力が無かった」
「仕方ないだろう。ここを倒壊させてしまえば私の命だって危ういのだから。流石にこれだけの重量物を避け『斬る』なんて出来やしないのだから。――君だって分かるだろう?」
キングスレイは口の端を上げる。
「私の――いや、俺の領域まで辿り着いたようだからな」
「……まだだ」
ライトウは軽く首を横に振る。
「俺はお前の――『剣豪』の領域まで達しているとは思っていない。遠隔での剣戟も気合入れないと出来ないからな」
「それを言う必要はないと思うがな……しかし先の攻撃を捌いた時点で普通の人間ではないぞ? 通常の剣士ならば知覚すら出来ずにそっ首を跳ね落とされていた所だぞ」
「一度見ているからな。そうじゃなかったら俺も同じ目にあっていただろう」
「謙遜するな。一度剣を交えれば大体分かる、――ぞ!」
――瞬間。
甲高い金属の音が再び廊下に響く。
振り降ろされたキングスレイの剣を、刀でしっかりと腰を落として受け止めていた。
「ほら。初見の攻撃だぞ? 受け止めているじゃないか」
つい先程まで距離があったというのに、一瞬で詰めて攻撃されている。
その攻撃をライトウは難なくさばいた。
「これを初見の攻撃というのは無理が無いか?」
「ただ単純に速さだけではなくフェイントを織り交ぜた攻撃だから、普通の人間だと受け止めることすら出来ないぞ」
「そう判断出来る程度の余裕ある攻撃であること自体が手を抜いているということ……だ!」
自身が上へと跳ねるように、ライトウは受け止めていた剣ごと上部に押し上げる――が、キングスレイはそれを読んでいたかのように後方へと跳躍してライトウから距離を離す。
「ふむ、成程。そういう見方もあるな――と」
そこで間髪入れず。
ライトウが追撃の為にキングスレイの懐へと飛び込んだ。
キングスレイは再び後方へと跳躍し、その攻撃を回避する。
しかしライトウの勢いは止まらない。
前へ。
前へ。
一方、キングスレイは防戦一方。
右に避ける。
左に避ける。
避ける。
避ける。
既に軽口どころか、お互いの口から呼吸音しか発せられていない。
響くのは小さな音。
ライトウの刀が空を割く音。
お互いの足が地面を蹴る音。
しばらくはその音が続いていたが、
「――ぬ?」
突如、キングスレイが声を上げる。
ほぼ同時に、ガキン! という金属音が新しく追加された。
そこからは金属音が大幅に場を支配する。
一つ。
二つ。
最初の切り結び開始から、何かしらの変化があったことは明らかだった。
「……若さ、か」
ぽつりと零したキングスレイの言葉が、その変化の要因を端的に言い表していた。
最初はライトウの攻撃は地面を蹴って詰めてきたので、ほんの数瞬ではあるがタイミングが非常に図りやすい攻撃であった為、キングスレイも容易に避けることが出来た。
だが先の声のタイミングから、ライトウは――壁と天井を利用し始めたのだ。
壁を蹴る。
天井まで蹴る。
室内だからこそ――空間が狭いからこそ出来る芸当だ。
故にタイミングがずれ、かつ、上下左右どこから速度のある攻撃が来るかが分からない――というのがキングスレイからの目線だろう。
だからこそ、ライトウはその策を実行した。
――足にかなりの負担が掛かることを承知の上で。
これが若さ、とキングスレイが述べたが所以である。
キングスレイだって同じことは出来る。
後先考えずにやろうと思えば、の話だが。
それは下方向に加わる重力のベクトルの影響で、その足への負荷はかなりのモノとなるからだ。更には加速した身体を重力による緩和ではなく、むしろ加速する方向に影響するので、今度は地面との接触時の負担も普段よりも増大することは明白だ。他にも身体のバランスの問題もあるだろうが、ライトウは崩すことなく刀を絶え間なく振るい続けている。
ライトウの縦横無尽の攻撃。
それを凌ぎ切り、時折剣を振って反撃をするキングスレイ。
第三者はこの場にはいないが、もしいたならばこの状況を見てこう判断するだろう。
ライトウがキングスレイを押している、と。
だがそれは――間違いだ。
「なっ!?」
ガクン、と。
先と同じように壁を蹴ろうとしたライトウの身体が大きく傾いた。
理由は単純だ。
身体を加速させるべく左足で壁を蹴った所、その壁はライトウの脚力に耐えられずに穴を空けたからだ。
予想外の出来事に声が出てしまった。
彼だって愚かではないから、きちんと壁を蹴るにしろ蹴りやすい箇所――ライトウの脚力を一度は耐えられるであろう箇所を目掛けて足を付けていた。見た目で壊れやすそうな箇所は勿論、本能で感じ取った脆い場所も回避していた。
にも関わらず、足を打ち抜いてしまった。
それはライトウのミスではない。
「――若さ、か」
キングスレイの剣がバランスを崩したライトウに迫る。
先と同じ言葉。
だけど意味合いが全く違う。
経験の浅さを指摘した言葉だった。
壁を崩したのは、キングスレイの狙い通りだ。
ライトウが着地しそうな箇所に目掛けて剣戟を飛ばして脆くしていた。
先の攻防で振り回した際に攻撃をしていたように見せかけた中で、たった一つだけ紛れさせた壁への攻撃。他にも数か所あれば気が付いただろうが、キングスレイはたった一か所のみしか行っていなかった。
だからこその、この瞬間。
バランスも崩して無謀に、しかもキングスレイは勢いを付けてライトウ目掛けて急接近してきているので薙ぎ払う暇もないという絶体絶命の状況。
経験則に基づく一瞬の判断と、それを想定していなかったライトウの若さゆえの状況であった。
――しかしながら。
「ぐっ!!」
ライトウは反射神経と本能のみで対応した。
自身の刀でキングスレイを攻撃する――のではなく。
その剣先に――刀の先を合わせた。
それだけではなく、刀の柄を自分の腹部に当て、その衝撃を身体全体で受けた。
故にその衝撃は彼の身体を通して、その後ろへと伝わる。
更にもうひと勢いをつけるべく、浮いていた右足も壁に叩きつけていた。
結果。
脆くなっていた後ろの壁が衝撃で破壊され、彼の身体は後方へと吹き飛んで行った。
――吹き飛ばされた。
一見して攻撃を食らっただけに見えるが、この時の行動は結果的に好判断であった。
良かった点は二つ。
一つは攻撃に転じなかったこと。
勢いのない攻撃をしても軽くあしらわれ、更なる無防備に晒されるのは明白であったこと。場合によっては刀も吹き飛ばされていたかもしれない。
そしてもう一つ。
それは相手の剣先に刀の先を合わせ、その威力を利用して後ろへと吹き飛んだこと。
先を合わせた、という表現から分かる通り、キングスレイは剣の刃で斬りつけるのではなく、その切っ先で貫こうとしていた。
その為、もし刀の腹で受けようとしても、彼は少し軸をずらすだけで刀の腹を滑らせてそのままライトウの首を落とすことも、腹部に突き刺すことも出来ただろう。更には刀の腹に対して剣先が――加わる力が一点集中することによって、刀が破壊される恐れも十二分にあった。加えてライトウの刀の先も同じように相手に向いているので、最悪相討ちにすることが出来た。それは刀の刀身がキングスレイの剣よりも長いからこそ出来る芸当だ。そうなればキングスレイも愚かではない。咄嗟に剣先をずらす動きに躊躇いが生まれる。
その隙を逃さず、ライトウは体勢を立て直すべく部屋の中を転がる。自分で腹部に当てたことによって衝撃を力を入れた腹筋で受け止めたのが功を奏し、すぐさま起き上がることが出来た。衝撃が来る覚悟をしていたのも要因であろう。
「ふむ。流石だな」
ゆったりとした動作で、キングスレイが破壊された箇所から入ってくる。一度の好機を逃したばかりだというのにその余裕な態度に、ライトウは苦虫を噛み潰したような顔になる。
(また俺は弄ばれているのか? ……違う!)
だがすぐに内心で首を横に振り、表面上では口の端を吊り上げて見せる。
「俺を仕留めきれなかったことに後悔しているんじゃないのか?」
「言葉を返そう。まだ狭い廊下の方が機動力で優位に立てたのではないのかな?」
――確かに。
キングスレイの言うことはもっともで、意図せず放り込まれたこの部屋は、ちらと映った景色だけでもひどく広い空間になっていた。中央に椅子とテーブルが並べられている、かなり綺麗な空間であるという印象であった。
この部屋が何かということを言い表すとしたら――
「中央会議室」
キングスレイは目を細める。
まるで――昔を懐かしむ様に。
「ブラッド、ヨモツ、コンテニュー、そしてセイレンと共に何度も軍議を行った、文字通り会議室だよ、ここは」
中央会議室。
そうキングスレイが口にしていたが、ライトウにはとてもそうは見えなかった。確かに机や椅子は置いてあるが、上下左右に異様に広い空間に対して数は数脚とあまりにも少なすぎるからだ。
「まあ、ここは元帥以上しか入れない特殊な空間だったからな。唯一の例外は清掃員とセイレンだけだが」
ライトウの内心を読み取ったかのように、キングスレイはそう告げる。
「まあ、文字通り軍の中心部、って所だな」
「少数の為にこんな無駄な空間を作るなんて、非効率的だな」
「俺もそう思うよ」
嘲笑し、肩を軽く竦めるキングスレイ。
「ここまで広い空間は必要ない、無駄だ、と常日頃からずっと思っていた――だがしかし、今日初めてこの空間に有用性を感じられたよ」
そこで剣先をこちらに向け、キングスレイは薄く笑みを浮かべる。
「本当なら道場とかそういう舞台がいいのだがな。ここでも十分に戦いの場としては適しているだろう。何せ正真正銘、カーヴァンクルの中心部であるのだからな」
「ならば良かったじゃないか」
ライトウも刀の先をキングスレイに向け、真顔のまま言葉を返す。
「ルード国を強国に押し上げた当の本人が、その中心で討ち果てるなんて本望だろう?」
「……言うようになったな。アドアニアの時にはそんなことを口に出来る余裕なんてなかったのに」
確かにそうだ。
アドアニアの時は『剣豪』という名とビルを真っ二つに切断するその様相に圧倒された。
勝つなんてビジョンは全く浮かび上がってこなかった。
だが、一度相対して――その後に考えて、分かった。
キングスレイは雲の上の存在ではない。
圧倒的な存在ではあるが、勝てない存在ではない。
――自分になら。
「あれから一か月以上も経てば多少は成長するもんだ」
「若者は羨ましいな。どんどん新しいことを経験し、吸収して行く。経験をあらかたしてしまった俺にはもう滅多に味わえない感覚だ」
その分だけ既に経験を蓄えているだろう――と正直に思ったが、そんなことは言わない。
それは相手の強さであり、そこに気が付かせる必要はないのだから。
相手の強さは内心で認める。
だけど、今のライトウはそれを決して口には出さない。
表面上でも、彼は保つ必要があったからだ。
この場で一番強いのは自分。
現状で相手が強くでも、必ず最後に勝つのは自分だ。
そう思い込んでこの場にいる。
だから彼はこう返す。
「そうだ。ここで俺は初めての経験をたくさんする。その分だけ強くなる。この戦いが終われば、確実にあんたを超えるぞ、『剣豪』!」
「俺を超えるからこそ、この戦いの後に生き残っているのだろう?」
「そうとも言う」
勢いで言うから整合性が取れなくなる。
だけど恥じる気持ちは内に秘めて突っ走る。
「俺はもう、あんたを斬る覚悟は出来ている。人を斬ったことなど一度もない――文字通りの『正義の破壊者』であった俺だが、それも今日までだ」
ジャスティスのみを斬ってきた。
命を散らせたのは、ジャスティスを通してだ。
だからこそ、対人戦の経験が少ないのもそうだが、心の底ではこの刀を人間の血で染め上げることを躊躇していたことも、彼は自覚していた。
それらは一か月で全て捨てた。
ジャスティスを破壊するのだけが、自分のするべきことではない。
キングスレイは彼なりに自分の『正義』を掲げて向かって来ている。
ルード国の実質的な長として、国を守るということで。
自分にとっての『正義』は相手にとっての『悪』で。
相手にとっての『正義』は自分にとっての『悪』だ。
相反するこの事象を整理する頭を、残念ながらライトウは持ち合わせていない。
独善的なのは承知している。
だけど。
ライトウは自身の『正義』の為に相手の『正義』を打ち砕く。
破壊する。
「俺は今日初めてジャスティスではなく、キングスレイ――あんたという『正義』を破壊する!」
『正義の破壊者』として。
そして一人の剣士として。
彼は告げた。
そこに逃げ場などない。
アドアニアの戦いのように見逃してもらうつもりなどない。
ここで戦った経験を次に生かして再戦するつもりなどない。
全てはここで終わらせる。
その強い意思が込められた言葉であった。
そして。
それを受けた彼は――
「――はっはっは!」
笑う。
心底嬉しそうに。
心底愉快そうに。
決して笑い飛ばしている訳ではない。
馬鹿にしているようでもない。
「いやはや、少し驚いたよ、少年」
「……何に対してだ?」
「ふむ。やはり詳細は悟らずに勘だけで言ったようだな。まあ良いだろう」
そう言って彼は右手で持っている自分の剣を、左手で指差す。
「俺のこの剣については知っているな?」
「ああ。あんたのその剣はよく見覚えがある。戦車を斬り、弾丸を斬り、そして一人で戦争自体を終わらせたパートナー。だけど名前が『スティーブ』だとは知らなかった。それが友人の名だということもね」
「では何故、俺が友人の名を付けたのか教えてやろう」
唐突にキングスレイは語り始める。
どうしてこの場面でそのようなことをし始めたのか。
判らなかったが、しかし聞かなければならない――と思った。
「スティーブという名は、先に君が言った通り、俺の友人の名だ。そして――この剣を打った鍛冶師でもある」
「鍛冶師……? ということは――」
「この剣を打ってくれたことに感謝しているからその名を付けている――なんていうことではないぞ。むしろそのような理由で名前を付けているなどと知ったらかなり嫌がる人物だからな」
「ならば何故、名前を付けているのだ? その人に対しての嫌がらせか?」
「半世紀以上も嫌がらせを続けるなんて、そうだったら俺は相当陰湿だな。……まあ、もっと単純な理由だ」
そう前置いて。
さらり、と彼は告げる。
「この剣の中にスティーブの魂があるからだ」
「……え?」
それは鍛冶師としての魂――という訳ではないだろう。
――魂が剣の中にある。
そう言われて、真っ先に思いついたことが一つある。
そして――
「この剣は昔、魔剣と言われていた。文字通り、人の命を吸って使用者に還元していたからな。正確に言えば材料の状態から人の命は吸っていたのだが、スティーブはそれを所有者に還元するように一つの剣として、文字通り『命を賭けて』打った。――それだけで素晴らしい鍛冶師であったことは分かるだろう? そしてもう一つ――分かることがあるだろう?」
――それが正解だった。
「まさか……ジャスティスの動力源って……」
「そうだ。この剣と全く同じ……いや――この剣から生まれた、と言った方が正しいだろうな」
つまり、と彼はこう続けた。
「その剣の恩恵を受けている俺は既に人間じゃなく――ジャスティスみたいなものだ、ってことだ」