カズマ 01
◆
獣型のジャスティス。
その強さは通常のジャスティスよりも圧倒的であるパワーである。
四本の足で紡がれる力は、二本足で踏みしめる通常のジャスティスとは段違いを誇っている。何よりその形状のような文字通り獣のような動きで相手を翻弄し、一瞬で狩っていくスタイルは、どんな兵器でも――どんなジャスティスでも対抗できていなかった。
カズマも、その強さを目の当たりにした。
弱点だと思っていた背部の攻撃も難なく対処され、パーツが破壊される程のダメージをいとも簡単に受けてしまった。
カズマが弱かったわけではない。
相手が強かったのだ。
それは明白であった。
ならばどうするか。
カズマ自身を鍛えても何もならない。
これはあくまでも二足歩行型ロボットであるジャスティス同士の戦いであるのだから。
故に答えは一つ。
――相手と同じフィールドに立てばいい。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
絶叫。
そうしないと意識を持っていかれそうだった。
変形に伴う重力に。
――機体が求める命の原動力に。
この形にした途端に操縦している際に身体が重くなったのは、単に変形に伴って内部での空気圧や振り回されるような重力変化が原因であるのは重々理解していたが、しかしながらジャスティスの操縦では全く感じない命を――魂が引っ張られる感覚をより顕著に感じていた。
気のせいなのかもしれない。
だけど、カズマは感覚で分かっていた。
この機体には多くの命が詰まっている。
その命を使って、自分はここにいる。
そして新しい機体は、その命を更に酷使することになる。
それでも。
自分はやらなくてはいけない。
勝たなくてはいけない。
目の前のジャスティスに。
――ルード国に。
「だあああああああああああああっ!」
叫び声と共に、カズマは変形した右前足を、相手のジャスティスに叩きつける。
『舐めるんじゃないわよ!』
相手ジャスティスは、ピエールが操作していたジャスティスから右手を抜いて左方に跳躍して行く。彼の命が尽きたので、相手のジャスティスを押さえることが出来なくなってしまっていた。
その為、カズマの攻撃は空振ってしまう。
「っ!」
カズマは力を込めて空振った攻撃を更に方向修正する。
何故ならその方向にあったのは、ピエールのジャスティスだったからだ。
傷つけたくない。
傷つけるわけにはいかない。
自分の為に頑張ってくれた、大恩ある人を。
「ぐ、うううう!」
物凄い音を立てて、カズマは転がるように周囲の建物にぶつかっていく。
しかしながらピエールのジャスティスには当たらなかった。
(……良かった……)
内心でホッとする。
が、すぐに首を大きく横に振る。
(違う! 甘い! 甘すぎる! 安心するな!)
本来であればピエールのジャスティスなんて気にせずに、むしろ踏み台にして相手のジャスティスを追うべきであった。その方が相手も動揺していたこともあって有効手であっただろう。
だが、カズマはどうしても非道になれなかった。
情を優先してしまった。
何をしてでも勝たなくてはいけないのに。
(……いや――発想を切り替えろ!)
やってしまったことは戻せない。
戻せないことを後悔している暇はない。
ならば――やってしまったことを利用しろ。
「ぐっ……やっぱり慣れないな……っ!」
カズマはわざと体勢を立て直すのに手間取った振りをするために何度か建物にぶつかりながらよろよろと立ち上がる。
まるで勢いが付きすぎて制御できていないかのように。
『ハッ。やっぱりにわか操作じゃそんな程度よね』
――掛かった。
にやりと口元を緩める。
相手は完全に舐めきってきている。
と同時に、動揺は完全に無くなっていたことがハッキリと分かった。
ならば作戦は一つだ。
がむしゃらに。
相手の油断を誘って刺す。
「く、くそ……っ!」
カズマは手近のビルの瓦礫の破片を投げつける。
だがその破片は敵ジャスティスには当たらずに、また周囲の地面や中には近くのビルに当たってしまったものもあった。
『何をやっているんだか』
相手から嘲笑の声が聞こえる。傍から見れば操作が上手くいかないから何とかして遠隔操作で安全に攻撃を加えようとしているやけくそな行為に見えるだろう。実際にジャスティスにはジャスティスと同素材の攻撃しかダメージを与えられないのに。
更に捨て身に見えるような攻撃を仕掛けるカズマ。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
相手に飛び込む様に一直線に跳躍するカズマ。
『単純ね』
敵ジャスティスは余裕綽々といった様子で右方へと移動する。
このままカズマが飛び込んだならば敵ジャスティスにかすりもしないだろう。
――通常であったら。
『なっ……!?』
敵ジャスティスから驚いた声が聞こえる。
それもそのはずだ。
何故なら、カズマのジャスティスが――空中で方向転換したからだ。
空軍ジャスティスの様な可翔翼ユニットを身に着けている訳ではない。そもそも可翔翼ユニットもそこまで急転換は出来る代物ではない。
単純に足場を蹴って方向転換したのだ。
そう。
――先程に破片を投げて倒壊させた建造物を足蹴にして。
カズマの攻撃は敵ジャスティスを捕えた。
咄嗟のことで相手も攻撃を避けることが出来なかったのだろう。
唯一出来たのは両腕で防ぐのみ。
一方でカズマの攻撃は上部からの――重力に加えて足場を蹴った勢いもプラスした攻撃だ。
「おおおおおおおおおおおおおおっ!」
『ぐううううううううううううううっ!』
二人の唸り声が交錯する。
全力の攻撃。
全力の防御。
全く同じ形状のジャスティスがぶつかり合う。
機体性能は全くの互角――
――ピシ。
ではなかった。
「え……っ?」
先に悲鳴を上げたのは、カズマの機体の方であった。
カズマのジャスティスの右手――今は右足の部分から亀裂が走る音がした。
最初は気のせいかと思った。
だけど、それが気のせいじゃないというように――
グシャリ。
カズマのジャスティスの右爪に当たる部分が砕け散った。