決戦 17
◆回想
――半月ほど前のとあるラボにて。
カズマはミューズと共に、自身のジャスティスについて手を加える術を考えていた。
何が必要なのか。
どういうことが必要なのか。
それは既に、カズマの中では答えは出ていた。
明確な答え。
それはミューズとも一致していた。
しかしながら半月ほど経って、彼らは問題に直面していた。
いや、始めから分かっていたことではあるが。
物理的な改造に対して、材料手配が出来なかったのだ。常識的に考えてそれは至極当然のことであった。ジャスティスを改造するなど、どのような部品や素材を手配すれば分からないのだ。
だからこそ協力を求めた。
クロードに。
彼は不思議な能力でジャスティスの外装はおろか、細かい部品や加工まで自由自在に作って見せた。あまりにも簡単に造作もなく作るので、驚いたものだ。
それで、今はミューズが要求し、クロードが微調整を行っている。その工程にカズマが口を挟むようなことは何もない為、ただ見るだけの日々が続いていた。
やはり手持無沙汰になってしまったので、二人に飲み物でも買ってこようと離席し、早く渡そうと駆け足で戻ってきた――ちょうどその時のことだった。
「――ねえ、クロード。少し相談したいことがあるっす」
深刻そうなミューズの声が聞こえた。
思わず扉の影に隠れてしまった。
別に彼女がいかがわしいことをしている訳でもないとは信じてはいるが、しかしながらカズマがいないこのタイミングでそう切り出すということは、カズマに聞かれたくないことなのだろう。
そんな話をこっそり聞くのは悪いと思いながらも気になったので、声を潜めて耳を傾ける。
「何だ? 浮気の相談ならお断りだぞ」
「違うっす! ……このジャスティスのこと……というか、カズマのことっす」
「カズマの?」
「単刀直入に言うっす!」
ミューズの声が大きく荒くなる。
「クロードの能力で、カズマの命を救えないっすか!?」
「命を? どういうことだ?」
「クロードって、こういうようにジャスティスの改造も出来るじゃないっすか。同じ強度を持つ材質の外装に出来たりとか、何でもできるじゃないっすか。だったらジャスティスの最大の弱点である……破壊されたらパイロットの命を奪う、っていうことも無くせるんじゃないかと思った……っす……」
「……」
ジャスティスが破壊されれば、パイロットはその命を落とす。
それはジャスティスが人間の命を使って動いているからこそそうなってしまうということは、理屈ではなく本能で理解していた。
だからこそ、カズマも理解していた。
ならば勿論、クロードも理解しているだろう。
「……その弱くなっていく語調で、ミューズも言っていることが無理だということは理解しているだろう?」
クロードがずばりとそう言う。
「あれはカズマに対してだけだったかな? 俺の能力について一度説明したことがあるんだよ。確かあの時の質問は――『死を生に変化出来ないのか?』だったっけな」
覚えている。
あれはアドアニアでクロードが自分の家に佇んでいる時に、問い掛けた内容だ。
「その質問に対しての答えは――『俺の主観が入るから出来ない』だ。これを今回の場合に当てはめてみれば分かる」
「……」
「まず、俺が生成するジャスティスの外装の素材などが、本物のジャスティスと同じになっていることについては、単なる偶然でしかない。俺が思っていること――俺の主観は『ジャスティスの外装だから当然、通常の銃弾は通さずにジャスティスの攻撃のみしか効かない』ってなっている。だからそのような外装になっているに過ぎない」
言っていることは滅茶苦茶だ。
だが、彼は実際にそのようなモノを作っている。
「だけどもう一つの方、『ジャスティスは命を使って動いている』、『破壊された場合はその命を過剰に使うために死に至る』――俺の主観はこうなっている」
「つまり……クロードは『命を使うことを止める』こと自体は出来るかもしれないけれど、後者だけを止めることは出来ない、ってことなんすね……」
「理解が早くて助かる。だからジャスティスを動かすことすら止めてしまう可能性があるから、俺の能力ではミューズの望むようなことは出来ない」
クロードが平坦な声でそう言う。
やりたくなくて彼も否定している訳ではない。
出来ないことを、出来ると希望を持たせたくないだけだ。
「すまないが俺は頭が固くてな。主観をそう簡単に変えられなくなっているんだ。昔だったら……復讐のみを考えていた時は何の考えも理屈もなしにポンポンと生み出していたんだがな。ちょっと考える頭を持つとこれだ」
「……それは今のクロードが馬鹿じゃないってことっすよ」
「昔の俺が馬鹿だって言っているようなものだよな、それ」
「あはは。どっかの馬鹿をずっと見ていたからかもっすね。『正義の破壊者』全員を敵に回すことになるので本心は言わないっすけど」
「もう言っているようなもんじゃないか」
「私は身内が復讐に走って欲しくない派っすからね。大切な人がいるならばその人の気持ちを考えて、ってな感じで」
「それはあるな」
くすくすとミューズは笑い。
クロードは相も変わらず無表情であることが見える。
その表情が分かるということは、カズマは既に入室しているということでもあった。
「あれ? ミューズが笑っていますけど、二人で何を話していたのですか?」
何も知らないで今戻ってきた風を装う。
するとミューズが口元に人差し指を当ててにひひと笑う。
「んーとね、秘密っす」
「ああ、秘密だな」
「何ですか。気になりますね」
カズマも笑う。
その心中は別の決意を固めていたが、それを決して表には出さずに。
ミューズの本心を聞いた。
復讐に走って欲しくない。
大切な人がいるのならば戦場に出てほしくない。
だけど。
今はその要求に対して首を縦に振ることが出来ない。
自分には力がある。
悪魔の力――ジャスティスが。
この力を振るって、敵を撃破する。
復讐心ではない。
彼女との未来を掴む為。
――違う。
彼女の未来を作る為だ。
カズマは既に、自分の命が一番ではなかった。
その為には何でもする。
だからこそ――
自分の魂を――この新たな悪魔に売り渡そう。