決戦 12
◆カズマ
ジャスティスが動かない。
その事態にカズマは大いに焦った。
操縦桿をいくら動かしても、ボタンをいくら押しても、ジャスティスは何も反応しない。
反応しているのはモバイルバッテリーで駆動しているモニターのみである。そこに分割して映し出されていた模造ジャスティスの画面は次々とブラックアウトしていった。
獣型ジャスティスは容赦しない。
何故かあの機体だけは動くことが出来る。
「――ミューズ? ミューズ!?」
耳元にあるインカムで彼女の名を叫ぶように呼びかけるが、彼女からの返答もない。そしてその内、他のジャスティスから音も聞こえなくなった。どうやら通信が妨害されているようだ。
しかしながらきっと通信が生きていたら、更に聞くことになっていただろう。
――模造ジャスティスのパイロットの悲痛な叫び声を。
「……マズいな……」
目の前のメインカメラは切られていないようで、そこからの景色は未だに変わっていない。
だがそこに現れる影に、カズマは恐れを抱いていた。
目の前に緑色の影が見えればそれでおしまいだ。
模造ジャスティスから距離が離れているとはいえ、ジャスティスを撃破しながら移動したので、その残骸を追って行けば辿りつけられてしまうことにも気が付いた。
そうなれば動けない状態で一方的に蹂躙される。
ならばどうする。
(……離脱するか?)
このジャスティスには、離脱機構が付いている。これはクロードがコンテニューとアドアニアで対峙した際、破壊される前に上部に射出される――距離を離す――ことで命を吸い取られないように出来たことを知ったために、ミューズに提案して作らせたものであった。
これを行えば命は助かる。
自分の命だけは。
(――駄目だ)
カズマはすぐに首を横に振る。
脱出機構はコクピットごと上部に排出する構造の為、一度使用したら再度ジャスティスを操作することが出来なくなってしまう。
(そうなれば守ることが出来ない。――ミューズを)
カズマが撃破されれば、その先にいるのはミューズだ。
ライトウもいるとはいえ、彼は恐らくはキングスレイと対峙しているだろうから共にはいないだろう――とあたりを付けていたカズマは、無防備に晒されているであろう彼女を想った。
想って、思った。
「……ミューズなら……」
ジャスティスが急に動かなくなったのは敵が何かをしたからなのは間違いがない。その何かについて対処できるのは、きっと通信や情報網などのソフトウェアの面で特化した能力を持っているミューズだけだろう。同時に通信が途絶したことからも、その考えは間違ったものではないことは内心確信していた。
だからこう思った。
――ミューズなら何とかしてくれるのではないか?
丸投げの頼り切りの案になってしまうが、実質、彼が出来るのは信じることだけだった。
期待から降りることは出来ない。
逃げることは出来ない。
ただじっと、祈ることしか出来ない。
緑色のジャスティスがこの場所を見つけないことを。
ミューズがこの拘束状態を解除してくれることを。
人任せのお祈り。
神頼り。
だが、カズマは知るべきであったのだ。
自分達が今までいかに辛かったのかを。
――神などいないということを。
直後。
祈りも虚しく。
カズマの視界には緑色のジャスティスの姿が映し出されていた。
「早すぎるだろう……」
あまりにも救いのない展開に、思わずカズマはそう言葉を零してしまった。
ルード国のジャスティスを破壊した跡からこちらの居場所は割り出されるのは分かっていたが、その点にすぐに気が付いて行動をしなければここまで早くは辿り着かない。
きっとパイロットは頭のよい人物が乗っているのであろう――なんて現実逃避をしている場合ではない。
終わりだ。
こちらから見えているということは、相手からも見えているということだ。
あと数秒もしない内に破壊されるだろう。
「動け……動いてくれ……っ!」
操縦桿を前後させるが、びくともしない。動かなくなる直前に押そうとしていたボタンも、何度も押下しても反応はない。
完全に積んだ状態である。
覚悟は出来ていない。
全く出来ていない。
「……どうする……離脱……いや、駄目で……でも……」
ジャスティスを動かせなくなるだけで、これ程まで混乱するとは思わなかった。
昔はジャスティスなんて当然所持していなかったのに、いつのまにやらそれがないといけないようになっている。戦力という面もあるが、昔の自分はどうやって生きていたのか、考えられないようにもなっている。
ハッキリと自覚した。
ジャスティスに頼り切りで、自分は何にも力が無い。
それなのに自分が助けられるなんておこがましいことを考えていた。
だからこの場から離脱しよう。
昔の、ただのカズマに戻るだけ――
――なんて考えは、最初から無かった。
「……足掻けっ!」
カズマは自分を叱咤する。
逃げ道はもうない。
心にも逃げ道は作らない。
――今出来ることをしろ。
カズマは周囲のスイッチを構わず押した。何か反応してそこから活路が見いだせないかを探した。しかしながら、どれを押しても反応はない。
足掻いて。
もがいて。
道を模索する。
それは、自分が生きる道ではない。
探しているのは彼女を――ミューズを助けられる道だ。
と。
『――助けてください!』
そこで響いた声。
それは意外な所からだった。
というよりも頭から抜けていた。
『僕は貴方に攻撃しません! だから破壊しないでください!』
その声はカズマの真横にいるジャスティスから。
つまりこれは――ピエールが命乞いをする声であった。