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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第六章
205/292

決戦 10

    ◆ミューズ ――軍本部情報室



「……何をしたっすか?」


 耳元のインカムから流れ出てくる阿鼻叫喚にも近い報告の内容に、ミューズは画面越しのセイレンに問いを投げる。


『んー? ジャスティスが動かないとかそんなのが来たのかなー?』

「分かっているじゃないすか。何をしたっすか?」

『何よー。あたしの所為だっていうのー? あたしゃ何にもしているわよー』

「嘘を……って、しているじゃないっすか!」

『にゃはは』


 子供のように愉快に笑うセイレン。これが本当に自分の母親なのか、ということと先の質問に対する回答に、ミューズは二重で頭が痛くなって額を押さえる。

 そんな様子も見えているのだろう、セイレンは更に煽るような口調で続けてくる。


『あっれー? もしかして考えてもいなかったのー? ジャスティスに反逆されたらどうしようもないから()()()()を――こういう緊急停止の手段は持っておくべきに決まっているじゃないー』

「……そんなの当たり前に想定していたに決まっているじゃないっすか」


 悔し紛れではなく、実際に想定はしていた。

 だが、色々と予想外だった。


「だけどまさか主要部だけではなく――()()()()()()()()()()()()()()()()とは思っていなかったっす」

『カーヴァンクルが円状だからちょうど出来たようなものよん。――ま、でも、本当に想定外だったのはそっちじゃないでしょー?』


 ひひひと笑ってセイレンは告げる。


『ジャマーの効力は「命を使うというジャスティスの燃料を断ち切る」構造だと思っていたんじゃないのー? だからウルジス国の偽物ジャスティスには効力を発揮されないってねー』

「それじゃあ……」

『そうよん。あのジャマーは「燃料から操作系に至る所までの機構をシャットダウンする」だけだからねー。そこは同じだったようねー』


 やはりそこか――とミューズは奥歯を噛みしめる。

 カズマの操るジャスティス、ならびにウルジスの模造ジャスティスの中身をある程度把握はしていたが、その中で構造に理解が出来ない部分があった。

 その一つが、操作をした際に燃料を用いて動かす機構であった。

 ソフト、ハード共に複雑に絡み合っており、下手にいじると動かなくなってしまう恐れがあったためにそのままに設計したのだな、と思えるものだった。


『というかあたしだって命を燃料にする方法なんて分からないしねー。あれはいじれないわー』

「……え?」

『あれは完全にオーパーツよー。まー、どっかの魔女が遊び半分で作ったんじゃないかなー。そっから構造を丸パクリして量産しただけだしねー』


 俄かには信じられないが、命を燃料に置換する方法についてはミューズも分かっていなかった。内部に小さな箱のようなモノがそれだということには分かっていたが、どうやって開けるのかも分からないので、先のと同じように解析を諦めていたのだ。

 セイレンでさえ分からなかった、というのが真実がどうか分からない。だったらどうやって量産しているのだという疑問も湧く。

 しかしながら問題はそこではない。


「っ!」


 ミューズは急いで打鍵を開始する。

 彼女は気が付いた。

 耳元で響く阿鼻叫喚。

 それはジャスティスを制止させられ、一般兵に乗り込まれた――などという被害ではない。

 動いているのだ。

 ジャスティスを止められている中で、ただ一つの存在。



「供給構造を変えたっすね? あの――獣型ジャスティスだけ」



『だいせーいかーい。と、ポチッとな』


 ――ブン。


 一瞬にして全ての画面がブラックアウトした。かろうじてミューズの手元のパソコンだけは様々な外部からの不正アクセスに対して策を講じていたので同じ画面を映し続けている。

 しかしながら同時に、ミューズの耳元のインカムから音も聞こえなくなった。

 それは勿論、セイレンが何かしたに違いない。


『じゃあ我が愛しくない娘よ。また勝負をしようじゃないかー』

「……勝負?」

『そう。あのアドアニアの時と同じようにねー。さあ画面をご覧くださいなー』


 その言葉と共にブラックアウトした画面に、文章が表示される。

 ちらと一瞥し、ミューズは首を横に振る。


「ルード語で書かれても読めないっす。口で言ってくれっす」

『あらそうなのー勉強不足ねー』

「自分の国の言葉は理解して当然だっていう発想が傲慢っすよね」

『あー、それが言いたいだけだったのね』


 図星だ。

 本当はミューズはルード語を読むことは出来たのだが、セイレンの手を煩わせてやろうとわざとああ言ったのだ。


『まあどっちにしろいいわー。じゃあ口頭で伝えて上げるわー』


 全く気にした様子もなく、セイレンは告げる。




『ミューズちゃんの挑戦。


 一つ、ジャスティスの動きを止めているジャマーの解除。

 二つ、『正義の破壊者』の通信を妨げている妨害電波の解除。

 三つ、その部屋の通気ダクトにこれから入ってくる毒ガスの解除。


 制限時間―― 一五分』



 一五分。

 アドアニアの時と同じだ。

 だが、同じなのは時間だけである。


 一つ、ジャスティスの動きを止めているジャマーの解除。

 二つ、『正義の破壊者』の通信を妨げている妨害電波の解除。

 三つ、その部屋の通気ダクトにこれから入ってくる毒ガスの解除。


 いずれも敵地故の試練となっている。


『あ、勿論どれもネットワーク上で何とかできるからねー。方法は教えないけどねー』

「……説明サンキューっす」

『あらあらー、そんなに驚いていないのね。特に三つ目なんて唐突に言ったのに』

「毒ガスっすか? それは想定内……ではないっすが、予想内っすよ」


 大して気にしていない、といった口調でパソコンから目を離さないままにミューズは答える。


「この場所を爆破することも出来ない、というかそんな用意をしている軍の基地なんかないっすよ。普段どれだけハラハラしながら過ごさなきゃいけないんすか。あるとしたら昏睡ガスみたいなものを準備していてそれを用いることっす。それを毒ガスに変更したんすね?」

『流石にそこは分かるかー。こっちの準備不足も読み取っているのねー』


 セイレンは隠そうともせず、相も変わらずのんびりとした声で続ける。


『でもさー、今から必死にやっていると思うけどさー、まだ始まっていないとかそう言うの言わないけどさー絶望的なことを伝えてもいいー?』

「どうぞ」


『これらの解除はねー ――()()()()()()()()()()()()()()()だったわー』


 セイレンでも二つしか解除できない。

 ――三つあるのに。


 確かに、彼女の力量を考えれば絶望的だろう。もし嘘を言っていなかったら、という条件が付くが、ここで彼女が嘘を付くメリットはないだろう。ならば本当であると考えた方がいい。

 考えた上で、絶望などしない。


「……それが何すか?」

『あれー? 分かんないのー? 算数が出来ないのー? あたしでも一五分じゃ二つが限界だって言っているのに、三つあるんだよー? つまりは――一つは絶対に解除できないんだよー』


「言いかえれば――()()()()()()()()、ってことっすよね」


 むしろその言葉は――希望であった。


 全てが時間内に負えることが出来ないのであれば、確かに絶望でしかなかった。相手が提案してきたのに最初から勝負として成り立っていない、と文句を付けられるだろうが、結局は彼女のお遊びでしかないので、約束を破った所で何の罰も受けるわけでもない。だから最初から勝負として成り立っていないのだ。なのに、頑張っても一つ解除できないなんてフェアじゃないなんて、今更ながらそこに突っ込むのに意味なんてない。

 前回のアドアニアの戦いでは、正直な話、彼女の提案に乗る必要なんて無かった。

 ビルに爆弾が仕掛けられているのならば、あの場から立ち去ればよかったのだ。データも移動式のパソコンでやればよかった。

 そうしなかったのは、そんなことしなくても出来ると思ったからだ。

 完全なる慢心であった。

 だから今回は慢心はしない。

 けれども今回は逃げられないだろう。きっとドアの施錠もされているだろうから、物理的に不可能だろう。

 予測でしかないのは確かめていないからだ。

 ――それすら確かめる暇すら惜しい。

 そんなひたすらキーボードを必死に叩いているミューズの様子を面白く思っていないのか、セイレンは少し投げ槍な声を発してくる。


『まー、でも、何からやるのかは決まっているよねー。この三つの中で優先的に解除すべきなのは決まっているしねー』

「決まっていないっすよ。それに――誰が二つしか出来ないって言ったっすか? それはあんたの場合、ってだけっすよ」


 そんなセイレンに、ミューズは打鍵は続けたまま不敵な笑みで真正面に向けた。



「本気のあたしを舐めるなっす。

 あたしが本気を出せば――三つ対処できるっすよ」



『……やってみなよー。ま、無理だと思うけどねー』


 言い方に少しいらついた点があったのだろう、セイレンは嘲るような口調で突き放す。


『はい。ということでスタート。んじゃ、頑張ってねー』


 画面には一五分から減っていく残り時間が映し出される。

 そんな時間表示には惑わされず、ミューズは真っ直ぐに自分のパソコンの画面を見ながらキーボードを叩く速度を更に速めた。

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