平和 04
「し、失敗……です、か?」
「そうだ。――ああ、言っておくが私はルード国に対して繋がりがあるとか、そういうわけではないからな」
人差し指を振って否定するウルジス王に、ピエールは静かに噛みつく。
「だ、だったら、そんなルード国がやったかどうかなんてわからないじゃないですか……やっていないだけかも……」
「二つの意味で、それはないな」
ばっさりと。
ウルジス王は否定する。
「一つは先にピエール殿が述べたことは、必ずルード国の人間も思いつく事例だからだ。ルード国だって愚かではないのだから。それでも軍事にしか使っていないのには何かしら理由があるはずだ。――まあおおよそ自国民からの反乱を防ぐ、という目的だとは推察できるけれどな」
ジャスティスは軍のみが所有する。
その前提が崩れて一般の領域までに展開されれば、その圧倒的な武力という軍側の有利さが消えてしまう。ジャスティスについてなどを一切秘匿にしているのもそのような理由であろう。
「もう一つの理由は……そうだな、こちらは敢えて『質問という形で回答』をしようか」
質問で回答。
一見相反する事象ではあるが、ウルジス王はその言葉通りの『答え』を提示した。
「どうして私は、今、ここにウルジス王としているのだ?」
「……そういうことっすか!」
ミューズが得心がいったという表情で声を張り上げた。
「正直、あたしも理由分かっていなかったんすけど、さっきの言葉で分かったっす」
「ど、どういうことですか……?」
「文字通りの意味っす。ウルジス王がウルジスの王としていること、更にはこの『正義の破壊者』という組織にいること――それが答えなんすよ」
「そ、それがどういう」
「――武力で制圧しようとも、必ず何らかの手段で反抗する勢力が出てくる」
クロードはそう言ってウルジス王に視線を向ける。
「そういうことだな、ウルジス王?」
「正解だ」
ウルジス王は口の端を上げる。
「ウルジスという国が二大国だと言われていたのは何故だ? 圧倒的な武力で制圧できるのであれば。そして君達『正義の破壊者』がここに存在していられるのは何故だ? 圧倒的な武力で制圧できるのであれば――答えは簡単だ。圧倒的な武力であっても、人は何かしら対抗する手段を考えて抵抗するからだ」
「そんな……」
ピエールの口から動揺が零れ落ちる。
しかし彼も理解しただろう。
「僕の意見は……間違って、いた……」
「いや、発想は間違っていないと俺は思う」
そこで助け舟を出したのは、意外にもクロードであった。
「流石にこんな組織まで立ち上げたんだからジャスティスを破壊しないという選択肢は取れないけれど、でも、何かで抑圧するというのはいいアイディアだと思ったよ。ただ、それが武力では駄目だということは、ウルジス王に説明してもらったな」
「武力以外で……?」
「まあ、抑圧、イコール、ストレスを与えることでもあるから、そんな代わりのモノはないのかもしれないな。――うん、ピエールの出した意見に対しての議論はこれ以上は難しいかな」
クロードは手を一つ打つ。
「さて、他に意見を出す人はいないか? ああ、新しい意見でも、アイディアレベルでの思いつきでも構わないぞ」
「……」
彼はそう促すが、誰も口を開かない。
再び重苦しい空気が漂い始める。
一秒。
二秒。
五秒。
十秒――
「――ねえねえ、今って何しているの?」
そろそろ耐え切れなくなって誰かが口火を切りそうな時に聞こえて来たその声は、白色に近い明るめの茶髪の五歳くらいの幼き少年が、隣にいた褐色の肌の女性に問い掛けたモノであった。
女性は少年に声を潜めて説明する。
「えっとね……平和について話しているのよ」
「へいわ―? なにそれー?」
「平和っていうのはね……ああ、どう説明したらいいのかしら? この子の親、平和って言葉について教えていないのかしら……」
褐色の肌の女性は戸惑いながらも、男の子に優しい口調で語り掛ける。どうやら言動は勿論、名に共通する部分がないことからも、二人は親子の関係ではないようだ。
「つまりえーっと……世界のみんながどうすれば戦わなくてすむのかなー、って考えているのよ」
「なんだー。じゃあ簡単だね」
静まった場の中で鮮明に聞こえるその会話。
誰もが耳を傾けていた。
そして少年は無邪気に言葉を場に投げかけた。
――皆を驚かせる、その言葉を。
「みんながみんな、他の人に嫌なことをしなきゃいいんだよ。例えば――他の人にやる痛いことを、自分も同じように痛くなったりとかね」