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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第一章
18/292

別離 08

 校門に近い場所から、彼の名前を呼ぶ声。

 視線を向ける。


「ああ、起きたのか、マリー」


 クロードは無機質な声で彼女の名前を呼ぶ。

 マリーは紅髪を揺らして、ふらふらと立ち上がる。

 見ての通り、彼女は大した怪我もない様子。あれだけ上空から、意識がない状態で投げ出されたのにも関わらず。

 それは当然、クロードがそうなるように仕向けたこと。

 傷がないのも。


 そして――今、目覚めたのも。


「ああっと! 少女が今、魔王の脅威にさらされています!」


 校門の外から大声が聞こえた。ジャスティスが崩壊したことにより、妨害電波の発信が止まってテレビ局の中継が復活したらしい。


「すっかり忘れていた」


 本当に頭から抜けていたことだった。

 しかし、クロードのこれからには必要な要素であった。


(……まあ、後付けだけどな)


 誰かに見せる、ということは元々の考えであり、それはできるならば多くの人々に見せたかった。学校の人だけでも良かったのだが、テレビ局がいるならばうってつけである。


(……もっとも、これからのことを放送してくれるとは限らないんだけどな)


 何せ、ジャスティスを三機も用い、さらに人質を使ったのにも関わらず、圧倒的な敗北を見せたのだから、そんなものは情報規制される可能性が大いにあった。


(ほう……この国のジャーナリズムは死んでいなかったらしいな)


 クロードが確認する所では、どうやら撮影と実況を続けているようだ。それでも、さすがに校庭の中に入ってくることはしないようで、


「危ないです! 何をしているのでしょうか!」

「そこの少女! 逃げなさい!」


 リポーターが叫ぶ。すると校舎の方からも声が上がり始める。


「マリー何やってんだ!」

「早く逃げろ!」

「立ってないで走れ!」


 逃げろの大合唱。恐らく、マリーを知らない人まで口にしているであろう。

 構図は簡単。

 マリーは、魔王の前に立ち尽くしている。

 故に、逃げろ。

 殺されるぞ。

 正しい。

 その認識は、至極正しい。

 当の本人のクロードも、そう思っていた。


 逃げろ、と。


 俺の力が暴走してしまう、などということではない。クロードはきちんと能力を制御しているし、把握している。

 逃げてくれれば、傷付けずに済む。

 傷付くのは、自分だけで済む。

 精神的に。


 だから、お願いだ。

 ここから逃げてくれ。

 無表情を必死に作りながら、クロードはマリーを見つめる。


 ――だが。


「みんな何を言っているのよ!」


 校庭の真ん中で、マリーが声を張り上げる。


「何で私がクロードから逃げなくちゃならないのよ! クロードは私を助けてくれたんでしょ? でなきゃ、軍に拉致された私がこうして無事な訳ないじゃない!」


 マリーはゆっくりと校舎――クロードがいる方向へと足を進める。


「やめろマリー!」


 クロードのクラスの一人が叫ぶ。因みにその人物は先日にクロードをカラオケに誘った内の一人であり、クロードは彼を友人だと思っていた。

 そんな彼が、こんなことを言う。


「あいつはジャスティスを三機もぶっ壊したんだぞ! しかも人もいっぱい殺している!」

「三人だけどな」


 クロードは指を四本立てる。敢えて一本増やすことで、次に誰か殺すのではないか、それは自分ではないのかと、恐怖感を煽り立てる。

 先程の彼は、それだけでヒッと声を潜ませた。


「……本当なの、クロード?」


 対して、マリーは落ち着いた様子でそうクロードに問い掛ける。その表情から、何の感情も読み取れなかった。


「まあ、そういうことになるな」

「そういうこと?」

「俺はジャスティスを三機破壊したからな。故に、三人殺した」


(……何を言っているんだ、俺は)


 クロードは頭を振りたい衝動に駆られた。


(マリーに対して……言い訳してどうする)


「……どういうこと?」


 マリーは足を止めずに訊ねる。距離はもう一〇メートルもない。ゆっくりとはいえ、かなりの距離があったはずなのに、いつの間にかそこまで詰められていた。


「どうもしないさ。ただ、ジャスティスに恨みがあるから、ジャスティスを破壊したってだけの話だ。……ああ」


 付け加えるように、クロードははっきりと言う。


「別にお前のためにやったわけじゃないから。そこらへん、私のためにやってくれた、なんて勘違いするなよ」

「うん。判っている」


 そう答えるマリーの表情は――微笑み。


「判っているよ、クロード」

「……お前は判っていないな」


 おい、とクロードは背後に呼び掛ける。


「俺が、マリーが人質に取られた時に言ったこと、誰か言ってやれよ」

「……。……。……」


 誰一人として口を開かない。脅しを掛けたからであろう。下手なことを言ったら殺すぞ、と捕えられたかもしれない。

 しかし、それでいい。

 クロードが言ったことは、クロードに非常にまずいことであること。これを伝えられればそれでよい。

 だが、マリーは短く息を吐いて、やれやれと肩を竦める。


「どうせ、女は時価だ。だから、あの女が殺されようが殺されまいが関係ない、とか言ったんでしょ?」

「……お前、起きていたのか?」

「あ、当たっているんだ」


 手を合わせて喜ぶマリー。どうして喜ぶのが、クロードには全く分からなかった。明らかにけなしているのに。


「拉致されてからさっきまでずっと意識はなかったよ。でも、クロードが言うことは大体判る」

「判る訳ないだろ?」

「判っているよ」


 マリーとの距離が一層詰まる。

 既に三メートルもない。

 故に、表情が良く判る。

 だからクロードには判った。


 彼女は全て、判っている。

 口だけではなく、本当に判っている。

 クロードのことを。


「俺が言ったことが、嘘だと思っているだろ、お前? それは自分に都合のいい解釈だな。誰が見ても、明らかにそう解釈するのはおかしいだろ?」

「うん。そうだね」


 ピタリ、と。

 眼と鼻の先で、マリーは足を止める。

 だが、笑顔は止めない。


「ならどうして、さっきから言葉を選んでいるの?」

「……選んでいる?」

「馬鹿だの、アホだの、頭がおかしいだの、もっと私の行動に対しての厳しい言葉があるでしょ? なのに、クロードはそれを言わない」

「……たまたまだ。言っただろ? 女は時価だとか」

「私には直接言っていない」

「じゃあ言ってやろう」


 半分意地になってクロードは言う。


「女は時価だ。だからお前に現を抜かしていたこともあったが、そんなのはただの発情期に過ぎない。過ぎ去ってしまえば、自分自身に愚かだと言えるよ」

「良かった。一時期でも好きになってくれたことがあったんだ」

「だから――」

「でもね」


 マリーは首を振る。


「クロードにとってはそうでも、私は違う。発情期でも、一時期のことでもない。ずっと、ずっと前から、今に至るまで……私はね」


 にっこりと、今まで見た中でも最上級の笑顔をマリーは見せてくる。


「クロードのことが――大好きなんだよ」


 この笑顔。

 これに、何度癒されたことか。

 だから、好きだ。

 好きすぎる。

 大好きだ。

 そう、答えたかった。

 言いたかった。

 嬉しかった。

 手をあげて走り回りたかった。

 両思いだった。

 自分だけじゃなかった。

 想いが爆発しそうだった。


 ――しかし。


 クロードはそれでも、踏ん張らねばならない。

 マリーなら地獄の果てまで付いてきてくれそうだ。


(それは……駄目だ)


 クロードが地獄に落ちるのはいい。そもそも落ちない自信がある。

 だが、マリーが傍にいた場合じゃ、彼女が足枷となる。

 クロード一人なら行ける場合でも、彼女がいた場合にはできないことがある。

 故に連れて行けない。

 そして、彼女の想いに応えられないのは、簡単なこと。

 今回の場合は、それが答え。

 人質に取られたら、どんな目に遭わせられるか分からない。

 それでは駄目。

 彼女が、クロードの弱点であってはならない。

 それは連れていなくても――むしろ、連れていない場合の方が、その点に注意しなくてはいけない。

 故に、応えられない。


 だから彼は、告白されたのと同時に――



 ―― 元に戻る最後の選択肢を捨てた。



「馬鹿じゃねえのか、お前」


 冷たく。

 底冷えがするほど冷たく、クロードは言い放つ。


「好きだとか嫌いだとか、そう言ったら助かるとでも思っているのか?」

「え……?」

「幼馴染だから、知り合いだから、友達だから、好きだと言ったから、俺に殺されないと思っていたのか?」

「ちょっと待って……クロード、何を言っているの?」

「これ以上俺に付きまとうな。迷惑だ」


 そう言って。

 クロードは手に持っていた銃を――マリーの左胸に向けた。


「盾にもなりゃしない、愚図な肉塊はここで朽ち果てろ」

「………………そう」


 そこでマリーは、信じられない表情をした。

 マリーが、信じられないという表情をしたのではない。


 クロードが彼女の表情を信じられなかった。


 一瞬焦った様な反応をした彼女は、今は驚くほど穏やかな表情に変化させている。


「……お前さ、この期に及んで、まだ俺が本気じゃないとか思っていないか?」

「判っているよ。何ならさ」


 くすりと、彼女は笑う。

 この状況で、笑ってみせる。


「私、泣き喚いた方がいいかしら?」


「……」


 完璧だ。

 完璧に、クロードの考えていることを理解している。


 その上で――命を差し出している。


「……私としてはね」


 マリーは誰にも聞こえないように小声で語る。


「このまま進んで欲しくない。クロードが、孤独になってほしくない。だから、ここで思い留めてほしい。そう思っている。だけど……クロードはもう決めたんだよね? だから、私にこうするんだね? ならば、私は止めない」

「……勘違いしているんじゃねえぞ、マリー」


 クロードは折れない。

 ここで折れれば、マリーが危ない。

 耐えろ、耐えろ、と心の中で拳を固める。


「そう言っても実は助かるんでしょ? みたいなことを言っているんじゃねえぞ。そうすれば優しい優しいクロード君は助けてくれるってか? そんな幻想、さっさと捨てちまえ」


 カチリ、と檄鉄(げきてつ)を上げる。


「優しいクロード君は、てめえの中にしかいないんだよ」


 止めろ。

 逃げろ。

 悲鳴に近い叫び声が校庭に響く。

 ソプラノ、アルト、テノール、バス。

 混在した叫び声という名の大合唱が始まる。

 悲鳴の渦が向けられているその中心には二人。


 黒髪の魔王、クロード。

 紅髪の少女、マリー。


「……笑わないんだね」


 少女はぽつりと言う。


「笑う必要などない。おかしくないんだからな」

「そっか……じゃあ、最後に一言だけ言わせて」


 マリーは唇をきゅっと結ぶ。

 考えに考えたのだろう。

 何を口にするか。

 故に、こう口にしたのだろう。

 言いたいことはいっぱいあっただろうに。

 恨み事も、あっただろうに。

 彼女は最後に――最後まで。



 恋に狂う馬鹿な女を演じたのだった。



「――信じているよ」



 パン。



 乾いた音が響く。

 先刻も聞こえた、その音。

 その音は、場を一瞬で静寂に変えた。

 その音は、周囲の人々の表情を凍らせた。

 その音は、人々から眼を逸らさせた。


 その音は――マリーの左胸を貫いた。

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