後悔 03
「……クロードのせい? どういうことだ?」
ライトウの頭の中は混乱していた。
家族。
ライトウ達の家族というのは、きっと孤児院の人達のことを言っているのだろう。そこについては引っ掛かりはあまり感じなかった。
その家族は、ルード軍によって命を奪われた。
ヨモツ・サラヒカ率いるジャスティス空軍により、理由もなき襲撃を受けて。
事実はそれだけだ。
そこに、クロードが関わる要素は何もないと思われる。
――なのに。
クロードは神妙な面持ちで問い掛けてくる。
「……ライトウ。みんなの孤児院が襲撃されたのは、ごく最近だよな?」
「どこをごく最近と言っていいかは分からないが……まあ、そうだな」
「その孤児院襲撃の原因は、俺だ」
「……そこが繋がらないんだが?」
「ああ、すまない。えっと……」
言葉を探す様に額を掻くクロード。
その弱気な表情と発言に、こちらも不安になってきた。
今までのクロードと、あまりにもかけ離れていたから。
きっとミューズとカズマも同じような気持ちなのか、声を挟んでこないでじっとしている。
そんな異様な雰囲気の中、クロードは短く息を吐いて言葉を続ける。
「俺が魔王としてジャスティスを破壊することを世界に宣戦布告した頃……というか、その後だろうな。ルードは危機感を覚えたのか、俺と――俺の母さんが昔に関わったと思われる施設を襲撃した……んだと思う。同じような反乱分子がいることを恐れて」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
と、そこで思わずと言った所だろう、カズマが口を挟んできた。
「色々と整理がついていないのですが……クロードさんと僕達がいた施設って昔、何か関わったのですか?」
「ああ。忘れている……というか忘れさせられていると思うが、実際にみんなと会っている。ライトウの刀やアレインの走力とかは、俺が持っている能力によって与えられたものなんだ」
「えっ……? ど、どういうことですか……?」
ひどく動揺するカズマ。
それとは対称に、
(……ああ、クロードも知っていたのか)
ライトウは先に思い出した記憶とのピンポイントさに少々驚いただけで済んでいた。
自分が思い出したタイミングで、まさか同じ内容について言及されるとは――
(――違う。知っていたんじゃない。クロードもここ最近でその事実を知ったのだろう)
ライトウはすぐに思い直す。
もし仮にクロードがライトウ達が仲間になろうと持ちかけた時点から知っていたのであれば、現在のこのタイミングでその話を持ち出すのは非常におかしい。
ならばここつい最近――もしかすると、アドアニアでの対戦時に何かがあったのかもしれない。そう考えた方が正しいだろう。
そこで何らかのきっかけ、もしくは誰かから聞かされて、クロードはその事実を知った。動揺させられたからこそ、あれ程までにボロボロにされたのかもしれない。
(……となると、先の回想はいいタイミングでクロードとリンクしたのかもしれないな)
ライトウはその結論に至る。あれ程までに鮮明に記憶を回顧出来たのはそのような理由があったのか、と態度にも出さずに内心だけで頷く。
今はそのような場合ではない。
クロードはその事実から、自分達に対して深い負い目を抱いてしまったのだろう。
だからこそ謝罪した。
「クロード」
ライトウは前に一つ進んで口を開く。
言ってやりたかったのだ。
そんな彼に。
「もう一度、君が謝罪した理由を聞く。君が魔王として世界に反逆したから、俺達の孤児院が襲われた。だから謝罪した、と?」
「……ああ」
クロードの拳が強く握られる。
「加えて、君が俺達と過去に遭っていなかったら襲われていなかった。だから謝罪した、とも言うのか?」
「……そうだ」
「だから君が俺達の家族を殺したようなものだ、と?」
「ああ、そうだ……っ!」
強く。
感情を乗せた声でクロードは言い切った。
今までどこか無感情で無表情だった彼が、初めて吐露してくれた。
自分達に心を開いてくれた。
そのように感じて――嬉しかった。
嬉しかった。
そのような感情が湧き起こってくること自体、異常だと思われるかもしれない。
だけどそれも当然だ。
何故ならば、ライトウはクロードの言葉なんか――
「それは違うぞ、クロード」
――何一つ同意していなかったからだ。
「違う……? 何が違うんだ……?」
「俺が問い掛けた全ての質問に対しての答えだよ、クロード」
瞳が揺れているクロードに対し、ライトウはブレなく真っ直ぐに見つめる。
自信に満ち溢れた視線で。
「君がルード国に喧嘩を売らなかったら、俺達の家族は殺されなかった? そもそも過去に遭っていなかったら殺されなかった? ――それは事実だと思うか?」
「……事実だ。事実に決まっている」
「それは誰かに言われたのか? 君のせいで俺達の孤児院を襲ったのだ、と?」
「いや……そうではないけれど、ただ、そうじゃなきゃ、ライトウ達の孤児院が襲撃される理由がない、はずだ……」
「そうか。誰かから直接聞いたわけではないのだな」
――良かった。
ライトウは心の中でホッとする。
もし直接言われたのであれば別のパターンに変えなくてはいけないが、言われていないのであれば予め立てていた道筋通りに話も進められそうだ。
こちらの方が、自分としても相手を説得できる自信がある。
「ならばそれはあくまで結果論であり、事実ではない、ってことになる。俺の中ではクロードのせいで孤児院が襲撃された、っていうのは推定であって、事実は、ルード軍のジャスティスによって殺された、ってだけしかない。それだけだ」
「でも、俺のせいで……」
「だからそれが、俺にとっては事実ではないってことだ。あと、こうも言ってやろう」
ライトウは口の端を上げて、堂々たる様で告げる。
まるで――皆を率いている時のクロードのように。
「それがどうしたんだ?」
「なっ……」
クロードが口を半開きにさせる。
呆気に取られた、という言葉がよく合っていた。
そんな彼に、ライトウは叩き込む様に言葉を重ねる。
「例えそれが事実だったとしてもそれは過去だ。今現在には関係ない。それを謝罪してもらった所で命は戻らないし、俺達も離脱しない。だからこう言ったんだ。――『それがどうしたんだ?』ってな」
さり気なくミューズとカズマも含めた言い方にしてしまった。だが、さり気に「俺達」と言った時に二人の様子を確認したのだが、そこに反発を覚えている様子はなかった。
そこに安心感を得ながら、ライトウはクロードに手を差し伸べる。
「だから君がこの件で俺達に謝罪する必要なんかない。俺達のことなんか考えなくて、今まで通り進んでもらえればいいんだ」
――正直な話。
クロードの影響で施設が襲われた、ということについては思う所はある。それが事実か事実ではないかは置いておくにしろ、彼と会わなかったら今とは全く別の人生を歩んでいた可能性も多々あるからだ。
言われた通り、平和に暮らしていた可能性もある。
何なら、アレインと結婚していた未来だってあったかもしれない。
だけど、それはあくまで『可能性があった』という話でしかない。
現実は違う。
自分達は戦場に立っている。
アレインは別の男を好きになって、死んでしまった。
しかし――それらは全て結果論でしかない。
ああすればよかった。
こうすればよかった。
後からならばどうとでも言える。
しかも、彼自身が手を下したわけではなく、副次的になってしまった、意図的ではないこと。
だったら彼を責めるのはお門違いだ。
真に恨むべきはルード軍。
それだけだ。
「なあ、二人もそう思わないか?」
そこでライトウは敢えてミューズとカズマの二人に言葉を投げながら振り向く。
二人の表情は対照的だった。
ミューズは満面の笑みで頷いていた。思慮が足りないのではなく、この場の空気を読んだ上での判断だろう。
逆にカズマは、神妙な面持ちであった。彼はよくよく考え、その上で結論を出そうと今は思考を巡らせている所なのだろう。否定的なモノではないことは付き合いの長いライトウには分かっていた。
それでも彼は必要であることを思考を速めたのだろう、数秒後には首を縦に振っていた。
これで全員がライトウの言葉に賛成したことになる。
――だが。
「……それでも、俺はやはり自分の浅はかさを許せない」
小さく首を横に振って、彼は大きく息を吐いた。
――自分の浅はかさを許せない。
そんな言葉が彼の口から出てきた。
その真意を、正直ライトウは図り損なっていた。
「な、何故だ……クロードが悔やむ必要は何もないだろう……?」
「……ライトウ。君は優しいな」
クロードが苦悶に歪めた表情で小さく息を漏らす。
笑っていない。
だが彼はきっと内情では自分のことを『嘲笑』している。
それがハッキリと分かる様相であった。
「これだけ醜態を晒している人間に対し、それでも付いてきてくれると言ってくれる。非常にありがたいことであり、嬉しいことではあるんだ」
「だったら――」
「だからこそ、ライトウの言葉には否定をしなくてはいけないことがある」
否定をしなくてはいけないこと。
「確かに、みんなに初めて会った時は、何も考えずに能力を使ってジャスティスを破壊していた。だけど今は何も考えずになんか出来ない。色々と考えてしまっている」
だから、とクロードは小さく首を横に振って言う。
「分かったんだ。自分がいかに――ワガママな子供だったのか、ということが」
「ワガママ……?」
「そうだ。ジャスティスを破壊する、と言いながらその他のことを考えていなかった、ただの先の見えていないガキだったということが嫌というほどに思い知らされたんだ」
クロードは両手で額を抑えたかと思うと、呼吸音が乱れていく。
「みんなが俺のワガママに振り回されていただけだ、っていうことに気が付いた。そこから自分がどう行動していいか、どう能力を使うべきか――考えれば考える程に分からなくなってしまった。そして考えれば考える程に、自分の行動に後悔してきて……いかに自分が今まで何も考えていなかったのか……」
「……」
何も答えられなかった。
クロードはかなり精神的に参っている。それは先の敗退、ならびに負わされた怪我の影響が少なからずあることは分かる。
だけど、彼の言うことも分かる。
分かるというか、刺さる。
ライトウも少なからず思っていたのだ。
自分の考えなしの行動については。
それはミューズもカズマも同じだったようで、共に表情を暗くさせている。きっと二人も思う所があるのだろう。
今や巨大な組織となった『正義の破壊者』だが、それを仕切るには自分達はまだ若すぎるのだ。
考え方も、実行していることも、何もかも。
考えなしに――少なくとも熟慮することなしに突き進んでいる。
それで今までは上手くいっていた。
しかし、一度このようにこけると、このように立ち直れずにいる。
ただ、この場を打開する方法について、ライトウは一つ思いついていた。
こう言えばいいだけだ。
クロードは子供なんかじゃない。
それを口にするのは簡単だ。
但しそれは、クロードに新たな重責を負わせることと同義だ。
大人として――逃げ道を一つ無くすということに成り得るのだ。
クロードに全てを背負わせてはいけないと思っている。
だけど今、そのクロードの苦しみについて、適した答えを返せない。
安易な言葉すら言うのを躊躇わせる。
結果。
再び重い沈黙が場を支配する。
――かと思われたのだが。
「――邪魔するぞ。まあ、ここでは色々な意味でその言葉を使わせてもらおう」
その声は、この部屋にいた人間のモノではなかった。
思わず振り向き、声の主を確かめる。
視認した瞬間に驚きに目を見開く。
鈍色のマントに身を包んだ地味な格好ながらも高貴なオーラは隠せていないその人物は、その顔に蓄えた立派な髭に触れながら、堂々たる様で部屋の入口に立っていた。
ウルジス・オ・クルー。
ウルジス国の王が、そこにいた。