後悔 01
◆
ベッドの上でクロードは頭を抱えていた。
彼がそのような行動を取っていた理由はただ一つ。
先程までのライトウの回想の内容を読み取っていたからだった。
意識を失っていた際の――文字通り無意識での行動だった。彼が壁を挟んで五メートル以内の距離にて回想していたことも要因の一つであろう。
カチリ カチリと。
無意識にライトウの記憶の鍵を外していたのは、もしかするとクロードだったのかもしれない。
もしくは、過去の回想であった通り、ライトウが思考を深くする修練を行ったことで記憶を消去していたクロードの母親であるユーナ・ディエルの能力よりも成長したからなのか。
いずれにしろ、クロード自身ですら覚えていないライトウ達との出会いが、こうして思い出された。
しかも、明らかなライトウ目線で。
しかし、クロードはこの時のことを思いだせない。
幼い時は能力を使えていたらしいが、そんな記憶はない。
そもそも孤児院にいった覚えもない。
幼い頃の記憶は何処かなのか?
――全く覚えていない。
だが、そんなことよりもクロードの頭の中を占めていることがある。
それは――『後悔』だった。
「俺がみんなに能力を与えたから……戦場に……」
能力なんて持っていなかったら、『正義の破壊者』の幹部にはなっていなかったであろう。
そうなればきっと、失われていなかった命がある。
コズエ。
アレイン。
二人は『正義の破壊者』の幹部だったが故に、命を落とした。もし一般人であっても、孤児院を襲撃された恨みを持っていたら別の何かでルード国に刃向って命を落としていた可能性も否めないが、だからといって現状の命を落としてしまった状況に言い訳が出来る訳ではない。
現実は変えられない。
彼女たち二人を殺してしまったのは、クロードが『正義の破壊者』を作ったからだ。
彼らと手を結んだからだ。
彼らと手を結んだキッカケはジャスティスへの恨みであったことは間違いないが、特殊な能力を保持していたことも結果的に手を組んだ要因であることは、今思えばあったかもしれない。
「……いや、違う……っ! 俺は……あいつ達のジャスティスへの恨む気持ちが強かったからであって……………………っ!!」
自己弁護の言葉を口にしていた彼は、そこである事実に気が付いて目を見開いた。
思い出したのだ。
ライトウの過去の記憶の中で、自分の母親が口にしていた言葉を。
『これから私は君の、私達と関わった記憶を無くすわ。それは、私が……というよりも、クロードなのだけどね、君達に何かを与えた、ということを他の人に悟られないようにする為よ。もし分かってしまえば――それこそ、君達の命を脅かすようなことになるかもしれないわ』
『私が狙われているから。そして……あの話からすると、クロードも、ね』
狙われている。
それは確実にルード国からだろう。母親はルード国の――ジャスティスに踏み潰されたのだから。
母親と自分は、孤児院に訪れた。
その孤児院は、ルード国空軍に襲われた。
理由も分からず突然襲われたとライトウは言っていた。
だが――理由はここにあった。
何故襲ったのか。
それは、この孤児院に母親とクロードが行ったことがあったからだ。
魔女と関係していそうな施設を破壊した。
それしか考えられない。
しかし、それだと一つの疑問が生じる。
もし訪れていただけで襲撃の対象になっていたのであれば、発覚してすぐに襲われているはずだ。
なのに、ライトウ達が襲撃されたのは、つい最近のことだという。
少なくとも七年前――クロードの母親が殺害されたあの時期ではない。
それまでの間、どうして襲撃されなかったのか?
それは正直な話、分からない。きっと母親が何かしらで対応したのだろうが、その方法に全く見当がついていない。
そちらはついてはいないのだが――
「ぐっ……」
額を強く抑える。
掌の隙間からこぼれる吐息は荒い。
それもそのはずだ。
彼はここに来て、予想外の真実を見つけてしまっていたからだ。
ライトウ達が襲撃された時期。
正確な時期については推定にはなるが、その周辺で起きた出来事は、たった一つしかない。
魔王クロードの誕生。
クロードが能力に目覚め、ジャスティスに対する復讐心により魔王となった。
その周辺で理由なき襲撃があったのならば、ほぼ間違いがないだろう。
もし訪れた直後――クロードが幼い頃であったならば、クロードの所為は変わらずだが、放置した母親の責任もあったであろう。
だが現実は過去には何も起きていない。
襲撃などない。
ならば言い訳のしようがない。
彼らを『正義の破壊者』に引き入れたから。
――そんな次元の話ではない。
彼らが『正義の破壊者』に入った理由そのもの。
彼ら自身が襲われた要因。
家族を失った原因。
全てのきっかけは――クロードだ。
「俺の……所為だったのか……」
先と全く同じセリフ。
しかしそこに込められた感情は、更に深い後悔であった。
ふとしたことで気が付いた真実。
だが、少し考えれば分かることでもあった。
ここまでルード国と戦っていた中で、彼らも彼らなりに国としての体裁を保っていることも判っては来ていた。
その最たるものが――ウルジス国への対処、である。
圧倒的な武力で制圧すればよいにも関わらず、ウルジス国がジャスティスを隠し持っていることからむやみやたらに侵略をせずに慎重に事を進めていた。昔はどうだったのかは全く分からないが、つい最近では世界に批判される侵略行為は行っていなかったことも推察できる。
そうでなければ、ルード対ウルジスというだけの世界情勢にはなっておらず、現状のようにルード対その他多数、という構図になっていたであろう。
つまりルード国は一応、正当な理由なき侵略をしていなかったかの国、という位置づけにはあったのだ。
そんな彼らが、密かであってもとある孤児院を襲撃する理由が見当たらない。
何か大きな理由があったと考えられる。
それが――クロードと母親が訪れたことがある、ということだった。
何故この時期なのか。
簡単な話だ。
今までは脅威など何もなかった。
七年前に魔女が死んだからだ。
だからそういう情報があったとしても放置していたのだろう。もしかしたら母親が何かしていたのかもしれない。
だけどそれを、クロードが全てぶっ壊した。
魔王として狼煙を上げ、ジャスティスに対する復讐鬼と化した。
考えているのは復讐だけだった。
ちょっと考えたのはマリーのこと。
それ以外は何も考えていなかった。
ある意味一直線。
ある意味愚直。
他者への影響など、何も考えていなかった。
ジャスティスに関係する人間はどうでもいい。今でもそうは思っている。
だが――間接的に被害を受けてしまうことは別だ。
全く考えも思いつかなかったが、彼らの孤児院は正にこのケースだ。
クロードが魔王としてケンカを売らなければ。
クロードが能力に目覚めずに、あの時にジャスティスに殺害されていれば。
彼らは『正義の破壊者』に所属せずに死ななかった――だけではない。
孤児院を――家族を――失わなかった。
理不尽な殺害のされ方はされなかった。
それが真実で。
不変の事実だ。
「だとしたら……俺は……」
ドシン、と背中に何かが覆いかぶされるような錯覚に陥った。
重い。
重くて体が起こせない。
気が付いた途端、他のことも考えて。
考えて、重くなる。
考えれば考える程、後悔が精神を攻めてくる。
責めてくる。
例を挙げれば――アドアニア国。
クロードの行動一つで、国としての尊厳を失った。
クロードの行動一つで、住む場所を失った人がいた。
クロードの行動一つで、実質的に国が失われた。
あの偽りのゴーストタウンならぬ――『ゴーストカントリー』なのは、全てクロードの所為だ。
残された人々も何も考えず、ジャスティスに復讐するという一心だけで、実質、国を滅ぼした。
それを起こしたのは誰だ?
クロードだ。
それを起こした理由は?
ジャスティスに母親を殺され、日常を壊されたから。
だから全てのジャスティスを破壊する。
「――それだけ、で……」
それだけ。
たったそれだけ。
それだけで、どれだけ犠牲にした?
それだけで、どれだけ世界を混乱させた?
意図せずに、いや――何の考えもなしに。
クロードはこれだけ引き起こしていた。
それがどれだけ罪なことなのか。
愚直に進んできた、その思想がどれだけ愚かしかったか。
そして彼は――自覚した。
「俺はただの……ワガママな子供だ……」
力を持った子供。
それが自分の正体であることを。
世界はただそれに振り回されているだけで、その未来には何もないのだということを。