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Justice Breaker  作者: 狼狽 騒
第五章
174/292

過去 05

「うーん……難しいかもしれないけどやってみるね」


 ライトウの願いに対してクロードは唸り声を上げる。やはりあまりにも無茶な願い事なので困惑しているのだろう。

 と思ったのだが、彼はすぐにライトウの目の前に手を翳すと、


「まずは肉体の方――えいっ!」


 ……しん。

 何も変化が起きない。

 いや、起きていないように見えた。

 何らかの変化が起きたように感じなかった。


「……これで望みどおりになったのか?」

「多分ね。もしなっていなかったらごめんね」

「いやいや、謝る必要はない。お願いしたこっちの要求が無茶なんだ」


 あまりにも荒唐無稽な願い事。

 だが今なら判る。

 クロードはきちんと、ライトウの言う通りに実行していたのだと。


「じゃあ、次は何でも斬れる刀だね。……って、刀ってどんな形をすればいいの?」

「刀を見たことが無いの?」

「うん。あんまり」

「じゃあ、えっと……このページのような形で、鞘を付けて……あ、何でも斬れる刀って言ったけど、刀を収めるこの『鞘』ってのだけは斬れちゃ駄目だからね」

「うん、分かった。じゃあ『刀では斬れない鞘』のセットってことだね。……ちょっと待っててね」


 そう言うとクロード少年はしゃがみこみ、地面に手を置いた。


「んーと……こんな感じかな? どう?」


 あっという間に。

 彼の両手には、土の色をした鞘と刀が形成されていた。


「長さとか大きさとかこんな風でいいかな?」

「あ、もう少し長くてもいい?」

「こう?」

「あ、うん。そのくらいで」

「じゃあ次は色を付けるよ。――よっ、と」


 軽い言葉と共に彼はこともなく長さを自由自在に変化させたかと思うと、次の瞬間にはそれらしい紋様を鞘に刻んでおり、気が付いたら土気色だった刀身にも鈍色が既に彩色されていた。

 一体どのような理屈なのか。

 どのようにしているのか。

 全く理解出来ないことが目の前で起きている。

 だが――


「すごいな! ピッタリだよ!」


 幼きライトウは全身で喜びを表していた。

 彼の心にはきっと新しい刀のことしかないのであろう。

 自分が望んだ、自分の為に作られた刀のことを。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 刀を受け取り、ライトウ少年の喜びは爆発した。

 腰に鞘を差し、刀の柄を握る。

 いつものスタイルと同じように。

 幼い身体には少々長めなその刀ではあったが、決して地面を引き摺るような真似などはしなかった。

 そしてゆっくりと刀を抜く。

 驚く程スムーズに引き抜け、格好も様になっていた。きっと幼い頃からずっとエアで練習していたからだろう。

 二、三度空を斬る動作を行った後、鞘に刀をしまうまでの一連の動作を行った彼は、


「……やばいな、これ」


 嬉しそうに声を弾ませた。

 振っただけで明らかにその良さが分かる。

 現在、その刀を所持し続けているライトウにはもう味わうことが出来ない感動だろう。

 正直、羨ましく思う。

 ――自分に嫉妬した。


「あーっ! ライトウだけずるい!」


 そこでアレインがこちらを指差し、非難の声を上げてきた。どうやらコズエ関係の騒動はひとまず収束したらしい。コズエを背に乗せたカズマもこちらの方へ歩んでくる。カズマはひどく疲れた様子だが、何があったのかは全く予想が付かない。

 子供ゆえの張り上げた声の応酬が始まる。


「いいな! 剣いいな! ずるい!」

「ずるいって言われても……アレインもこれ欲しいの? というかこれは剣じゃなくて刀だぞ」

「ううんいらなーい。けどずるーい! 無料でもらって!」

「何だそりゃ?」

「……無料? 無料っすか!?」

「お、起きたのね、ミューズ」

「今無料って言葉聞こえたっす! そのことについて詳しく!」

「んーとね、そこにいる黒髪の――クロード君っていうんだけど、あの人が何でもくれるってさ。ほら! ライトウの手を見て!」

「あ、本当っすね! 刀っすね! どうやってやったんすか!?」

「こう手からパーッと出てさ! 何もない所でさ! 凄かったよ!」

「まじっすか!? どうやったんすか!? むしろそっちの方が気になるっす!」

「僕もそっちは気になりました」


 カズマもそう神妙そうに声を挟んでくる。


「コズエの言葉が聞こえて来たこともびっくりしました。どうやったのか教えてほしいです」

「教えてくださいっす!」

「教えて!」

「ああもう! うるさいぞみんな! ……ごめんねクロード君、みんながうるさくて」


 その言葉に周囲が「何だよ! 自分が一番貰っているのにずるいや!」とぶーぶーと文句をつけてくるのを「あー、あー、聞こえなーい! でもうるさーい!」と耳を塞ぎながら矛盾を口にしている様相に、昔から中途半端にリーダーぶっていたんだな、とかなり恥ずかしい気持ちになってきた。自分だってさっきまで興奮していたじゃないか。他の人から見たら、こいつ何を言っているんだ、と反発を受けることが間違いない――と客観的に見ると子供時代のあらが見えてきて目を覆いたくなる。

 そんな子供達の争いの渦中の中に放り込まれたクロード少年はニコニコとしていた。


「大丈夫だよ。みんな、落ち着いてね。別に俺の『おちかづきのしるし』は制限なんてない――」



「クロードッ!!」


 突然、背部――家の方から悲鳴に近い女性の叫び声が聞こえて来た。

 女性といってもアレインやミューズ、勿論コズエの声でもなかった。

 声の方向に視線が移動する。


 そこにいたのは――先程、母親と話をしていた、黒髪の綺麗な女性だった。


 ここである種の確信を、ライトウは抱いていた。


 見知らぬ女性。

 クロードと同タイミングでの来訪。

 黒髪。


 この状況から推察できるのはただ一つ。

 その女性はきっとクロードの――



「あ、()()()()



 クロードは女性に向かって、嬉しそうに手を振った。


「お母さん!?」


 幼きライトウ、アレイン、カズマ、ミューズの声が重なる。

 確かに相手はかなり若いが、しかしクロードくらいの子供がいても違和は感じない。見た目の特徴とタイミングからクロードの身内であることは推察出来ていたので、内心のライトウは驚きはしなかった。

 その黒髪の女性――クロードの母親は、顔面を真っ青にさせてクロードの元へと駆け寄った。


「クロード……いつの間に『()()』を使えるようになっていたの……?」

「んーとね、ちょっと前くらいかなー? あ、お母さんには秘密だって言われていたんだった……」

「誰に? ……って聞く必要はないわね。あの人か……」


 眉間に皺を寄せる、クロードの母親。表情が硬いと先程は思ったのだが、その表情はスムーズに出来ていた。ということは、出来ないのは笑顔だけだろう。


(……そういえば、笑顔がない所もクロードと共通点だな。何か関係しているのだろうか……?)


 ふと疑問点が頭によぎるが、その答えは分からないまま話が進む。

 母親はクロードの頬に手を当てながら訊ねる。


「クロード、この能力のことを他の誰かに話したり、何かしたりした?」

「うん、したよー。あっちではあの白衣の人だけだけど、こっちではそこのみんなに『おちかづきのしるし』をあげたよー」

「『おちかづきのしるし』……変な言葉を吹き込んで……」


 クロードの母親は頭を押さえて、二、三度首を軽く横に振る。実際、本当に頭の痛い思いをしているのだろう。彼女は苦々しい表情を見せていたが、そこで大きく深呼吸すると、優しい声音でクロードに訊ねる。


「そこのみんなには何を上げたの?」

「えっとね……足の速さでしょ? テレパシー能力と刀、あとは努力すればするほど成長する肉体、だったかな?」

「……そんなこと出来るの?」

「うん! 出来たよ!」

「……何ということを……子供が故の想像力なのね……私には戻すのに想像力が足りない、というか、想像力が足りすぎて無理ね……」


 ぶつぶつと独り言を呟くクロードの母親。しかしどんどん顔が青白くなって冷や汗を掻いていることから、彼女が相当焦っているのは目で見ても分かった。


「この子をここで預かってもらって普通に暮らしてもらおうと思ったのは甘い考えだったわね……迂闊、本当に迂闊だわ………………」


 そこで、うん、と一つ頷き、彼女はクロードの額に手を当てる。


「お母さん?」

「ごめんね、クロード」

「おか……」


 次の瞬間、クロードが身体から力が抜けたように女性に身を委ねるように崩れ落ちた。

 いきなりの出来事で呆気に取られているのであろう、黙り込んでしまった周囲の中、


「何をやっているんだ!?」


 幼きライトウが怒声を放った。

 きっとこの時の彼は、突然クロードが襲われたのだと思って激高したのだろう。

 この点は少し誇らしげに感じた。

 クロードのことをただの便利屋だと思わず、入所してくる新しい家族だと思っていないとそんな行動は取らないだろう。


「眠らせただけよ。クロードは少し疲れていたようね」

「嘘だ! さっきまであんなに元気だったのに!」

「……そうね。子供って凄いわよね。あれだけ走り回っていたかと思ったら、いつの間にか眠っているのだもの。――()()()、ね」


 クロードの母親は人差し指をライトウの背部に向ける。

 その指先に導かれるように慌てて後ろを振り向く。


「なっ!?」


 アレイン。

 カズマ。

 ミューズ。


 いつの間にか三人共地面に横たわっていた。

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