過去 04
おちかづきのしるし。
無料で貰える。しかも何でもいいとまできた。
それは幼い子供にはかなり魅力的に映っただろう。
だが――真っ先に返答されたのは、《《拒否の言葉》》であった。
「僕は特別な能力はいらないです。ただ普通であればいいです」
カズマが首を横に振ると、クロード少年は目を丸くして問うた。
「どうして? あ、能力じゃなくてもいいんだよ? モノでもいいんだよ?」
「いりません。僕は何もいりません」
きっぱりとした断りの言葉に、クロード少年の顔にも困惑が浮かぶ。その表情を見てだろう、幼きライトウの口から問いが飛ぶ。
「おい、カズマ。何でそこまでいらないって言うんだよ? クロード君は好意で言っているんだぞ?」
「ライトウさん……すみません。僕はこういうの、駄目なんです」
「駄目って……何でだよ……?」
「すみません。多分言っても分からないと思います」
申し訳なさそうに目を伏せるカズマ。
そんな彼に対し、アレインも「えー? 勿体ないじゃん!」と非難の声を浴びせるが、カズマは曖昧な表情のまま小さく首を横に振る。
先に言った通り、これ以上は説明しても理解出来ないということを伝えるかのように。
確かに言われた通り、当時の自分やアレインなどはきっと幼さゆえに分からないだろう。
だが、現在のライトウならば理解出来る。
カズマはここに来るまでの間、色々な人間にたらいまわしにされた。
その中で人を信用できなくなったのだろう。
善意も。
悪意も。
彼の中ではどちらも判別できなかったからこそ、全て悪意と捉えた方がまだマシだ、と考えるようになったのだろう。
あくまで予測ではあるが、当時のカズマの状況を鑑みればそのような思考に至っても仕方がないと思われる。
ただ、当時ただの何も知らない、考えていなかった子供であるライトウは理解出来ていない様子で「分からないよ」と口にしているが、それも仕方のないことであろう。
そしてそれはクロード少年も同じだ。
未だに理解出来ずに眉を下げて「えっとね……うーん……」と悩んでいる様相だ。
「よく分からないけど……分かったよ」
「ごめんなさい。僕のわがままで困らせてしまって……」
「ううん。気にしないで気にしないで…………あれ?」
カズマが頭を下げた謝意を口にしたと同時に、クロードはそう声を上げた。
「ああ、背中にもう一人いたんだね! 気が付かなかったよ!」
彼が声を掛けたのはカズマの背にいた、コズエに対してだった。今までちょうどカズマの背に隠れていた形であって子供視点では見えなかったのか、はたまた意識がカズマだけに集中していたか分からないが、ただ要因として一つあるのは、コズエがこれまでの間、全く声を発していなかったことがあるだろう。
ごめんねー、と苦笑しながら彼はコズエの頭を撫でる。
と。
「……ん?」
クロード少年は撫でる手を止め、そこからしきりに「うんうん」と頷き始めた。
そして数秒後。
「……うん、分かった。じゃあコズエちゃん、君は『会話をしたい』んだね。でもまだ喋れないから……そうだ! 『《《テレパシー能力》》』にしよう! あ、でも他の人も喋られなかったら会話にならないから……そうだ! 『《《知っている人の考えていることが分かる》》』ってことにもしよう。……あ、でも俺の考えを読むのは恥ずかしいから駄目だよー。さっきみたいに君の考えを読めるし、こっちからも口に出さずに伝えられるからね」
コズエに話しかけているようだが、彼女から言語という形で返答が無いので独り言を話しているようにしか見えない。
だが一つだけ。
コズエの顔が嬉しそうに見えたのは気のせいではなかったのだろう。
「……え? コズエ!? コズエなの!?」
唐突にカズマが首だけで後ろを向こうとしながら、焦った声を放つ。
「え? そ、そうなの? 早く? あ、アレインさん! アレインさん! 助けてください!」
「なになに?」
「はい! コズエです! どうぞ受け取ってください!」
「え? え? いきなり言われても、私、ミューズよりは大きいけどおっぱいなんか出ないよ!?」
「ち、違いますっ! トイレです! トイレ! コズエが漏れ――って痛い痛い! ごめんって! 口に出したことは謝るから髪を引っ張らないで!」
背を向けてコズエを渡そうとするカズマと、その前でおろおろとするアレイン。何とも騒がしい光景ではあるが、確かなことがある。
カズマとコズエは、きちんと意思疎通が取れている。
まるで会話をしているかのように――
(……そうか。コズエの能力はクロードが与えたモノだったのか)
テレパシーなどという特殊な能力が彼女に宿っていた理由について、まさかこのような形で分かるとは思っていなかった。
そしてこの状況から、ようやく理解に至る。
クロードから何かを貰ったのは――アレインとコズエだけではないのだ、と。
「――さあ、次は君だよ、えっと……ライトウ君」
――次は君だよ。
クロード少年はそう言いながら、こちらに笑みを向けてきた。
今考えると非常に不気味なものであるのだが、しかしどうもライトウ少年は思わなかったらしい。あっさりと何の疑いも持たずに受け入れたようだ。
――いや、この段階ではまだライトウ少年の反応からはそのことが分かることなど出来るはずもなかったのだが、しかし彼はそれでもある種の確信を持っていた。
知っていたからだ。
だからこそ――今があるのだということを。
「何でもいいのか?」
「うん。もしかしたら出来ないことがあるかもしれないけど、とにかく言ってみて。頑張るから」
「うーん……悩むなあ……」
「一つじゃなくてもいいよー。最初に『おちかづきのしるし』について教えてくれた人にも何回かやったし」
「何回か? その人にはどんなことをお願いされたんだ?」
「んーとね……ロボットの作り方かな?」
「……ロボットの作り方?」
「うん。その人にとっては夢だったんだって。ロボット作るの。でもロボットの作り方を教えたっていってもババーンと作る訳じゃなくて、なんか変な図とか文章とかを見せられてね。それはよく分からなかったんだけど、でもそれがその人も分かっていたと思うから、質問されたことに、うん、か、違うよ、かを言うだけだったんだけどね。内容が分からなくても『正しいのがどっち』なのか分かったからね」
「へえ、そうなんだ」
「だからね、遠慮なんかいらないよ。あ、何ならさっきの人みたいに自分の夢に役立つことでもいいんじゃないかな?」
「俺の夢、か…………そうだ!」
と、そこで幼きライトウは自分の胸元に手を入れ、そしてあるモノを取り出した。
それは――本だった。
「なあに、それ?」
「俺の夢だ。恥ずかしくって隠していたけど、でもやっぱりこっそり見たくて、こうやっていつも持っていたんだ。けど君になら話してもいいかな、って……と、あった、ここだ」
とあるページを開いて、そこに映っている人物を指差す。
それは、とある男性。
皺が刻まれた、初老の男性。
しかしその身体は筋肉質で背筋はピンと伸びており、その荘厳さは雑誌越しにも伝わってくるようなものだ。
ライトウはその人物のことをよく知っていた。
「『剣豪』だ!」
(……ああ、そうか)
ようやく思い出した。
何故今まで忘れていたのだろう。
「一人で戦車とか兵器とかバッサバッサ斬ってさ! それがもう――」
自分が剣を目指した理由。
それは――
「――本当にかっこいいんだ!」
剣豪を――キングスレイをかっこいいと思ったからだ。
子供心に響いた。
だから剣を握ることを望んだ。
――憧れたんだ。
「俺の夢は剣豪だ。キングスレイみたいになりたいんだ」
熱く。
熱を持った言葉が、子供のライトウの口から紡がれる。
「だから刀が欲しい。何でも斬ることが出来る刀が欲しいんだ」
刀。
剣ではなくて刀。
それは無意識に口にしていたのだろう。
キングスレイは剣を用いていた。
だったら自分はキングスレイとは違う形で――『剣豪』を目指す。
刀という切れ味の鋭い、東洋の国の伝統武器を用いて。
勿論、それだけではない。
よい刀があっても、それを振るえる力が無いと意味がない。
ならば――
「その為に努力する。だから俺は刀に相応しい肉体も欲しい」
そうだ。
それが自分の望みだった。
「それは、強い身体が欲しい、ってこと?」
「少し違う。それじゃあ努力にならない」
首を一度横に振り、告げる。
「俺は努力する。努力すれば努力するほど刀に見合う男に成長していく身体が欲しい、ってことだ」
剣豪キングスレイを目指す。
その為の刀が欲しい。
でも刀があっても使う方が貧弱ならば意味がない。
ならば努力してそれに見合う身体も欲しい。
これから自分の身体はどのように成長していくのか分からない。
だから、刀に見合う身体に成長できるように依頼した。
――それが、自分がクロードに依頼したことだった。